バレンタイン大遅刻SP番外編「こば もち ―林間学校―」
9月中旬―――
前橋X高校では、毎年5月に新入生は親睦を深めるために、赤城山にある教育施設『赤城青少年交流の家』で2泊3日の林間学校が行われている。
だが、今年は相次ぐ天候不順のために、当初の予定から延期されて…
今になって、開催されることになった…。
「あぁーっ!?ちょっと~!ニンジン切ったの誰ー!?」
俺と同じ班の石井が、夕飯のカレーの鍋をかんましながら(「かんます(し)」は、グンマー弁でかき混ぜるの意)叫んだ。
「あぁ?俺だけど?なんか文句あんのかよ?」
「皮付きニンジンは、コバケンが犯人かぁ~!あのねぇ…ニンジンは、普通、皮剥いて入れるんだよ?そのくらい、小学校の家庭科で習ったでしょー?」
石井が呆れたように言った。
「知らねぇよ…。」
野菜の切り方なんか、どうでもいいだろ…。
「知らないわけないでしょー?私ら、同じ学校だったんだから~!コバケン、今は夫婦共働きの時代だよ?ニンジンの皮剥きも出来ないようじゃ、結婚できないよぉ~?」
はぁっ!?
「バ~カッ!ケンちゃんは、将来メジャーリーガーになるんだから、食事は専属の栄養士と調理スタッフが用意するんだよwww」
「そうだよ!ケンちゃんの年俸は億単位で、メイドさんとかいっぱい雇えるから、嫁さんは家事する必要なんかねぇーんだよwwww」
食器の用意をしていた小渕と生方が手を止めて、石井に反論する。
「二人とも、取らぬ狸の皮算用って、ことわざ知らないのぉー?」
飯盒炊飯の火加減をしていた福田が俺達の方を見ながら、穏かな口調で言った…。
「きゃははっ!そうだよね~www さすがりっちゃん!」
「うふふ。なっちゃん、もうすぐ、ご飯出来そうだよぉー?」
「あっ!それじゃあ、コバケン。望月君呼んで来てくんない?」
石井がカレーの鍋にリンゴをすり下ろしながら、俺に言った。
「はぁっ!?なんで、俺なんだよ?」
都会育ちの軟弱でチビの転校生の望月は、午前中の登山中に体調を崩したせいで、合宿部屋で休んでいる…。
全く、良いご身分だよなぁ~?
俺らが蒸し暑い屋外でクソ面倒なアウトドアカレー作りに従事してんのに、奴は涼しい部屋にひとりで休憩してんだからよぉー?
「皮付きニンジンの罰だよ~。ホラ!さっさと行って来な?班長命令だよ~!」
石井が俺を肩で小突きながら言った。
「嫌だよ!班長のお前が行けばいいだろ!!」
「私は、女子だから男子の部屋には入れないんだけど?」
「だったら、俺じゃなくても、生方か小渕に…」
面倒事を二人に押しつけようとしたが、二人が見当たらない…!?
「あぁ、二人ならクラスの係りの仕事で先生に呼ばれて行ったよぉ~?」
「ほら、あんたしかいないの!コバケン、これ、望月君と分けて食べな。」
石井は、銀紙に包まれ少量の板チョコ(元の4分の一くらい量)を俺に手渡した。
「カレーの隠し味のやつ、余った分は先生が食べて良いって私にくれたの♪ 甘いチョコ食べたら、望月君も元気が出ると思うから…。コバケン、望月君のことちゃんと労わってあげてね?」
石井は、登山中に望月の体調の異変にいち早く気づいて、先生を呼んで望月を下山させた。
こいつは、ガキの頃から世話焼きで面倒見が良い。
いつも、自分のことよりも他人のことを気にしてばかりいる…。
「お前って…ほんっとに、お節介だよなぁー。」
「だって…。望月君、ご両親を事故で亡くしてるんだよ…?東京からこんな田舎に転校して来たばかりだし…。きっと、いろいろ不安だと思うから、少しでも力になりたいじゃん…!」
「石井…。」
「ほら、早く行って来て!」
「わかったよ…。」
俺は、チョコをジャージのポケットに突っ込むと、転校生がいる合宿棟へ向かった。
☆☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆
「――おい?転校生、生きてるか~?」
広い男子部屋に入ると、すみっこの布団で転校生の望月杏子が眠っていた。
俺は、このチビで犬みたいな面の転校生が気に入らなかった。
小さい頃に、野良犬に噛まれて以来、俺は犬が大嫌いになった!
今でも野良犬を見ると、あの当時の恐怖が蘇って、反射的に蹴り飛ばしてしまうくらいだ…。
だから、この犬みたいなアホ面の転校生とは、なるべく関り合いになりたくない…
「――う…ん……っ。」
転校生は、俺の気も知らずに、気持ち良さそうに寝息を立てて眠っている…。
クソ!
見れば、見るほど、こいつの面は犬みたいで……
名前の通り、明るい杏子色の柔らかそうな髪に…ツンとした小さな鼻に、生意気そうな小さな唇……
女の子みたいに、長いまつ毛に…細い手首と小さな手……
よく見ると……
結構、可愛い顔をしている……。
俺は、無意識に望月の杏子色の髪に触れていた。
望月の髪は、見た目通り柔らかくて、触り心地が良くって……
「―――ふぇ……?誰……?」
突然、望月が目を覚まして、俺は慌てて手を引っ込めた!
望月の髪と同じ色の寝起きの瞳が、俺をじっと見つめている。
「あっ…!?あぁ…っ!お前、俺と同じ班だろ…!だから、もうすぐカレー出来るから…!呼びに来た…!」
俺は、なぜか緊張してしまって、どぎまぎしながら言った。
「あ―……。ごめん……。僕、食欲ないんだ……。カレーは、みんなで食べちゃっていいよ…。」
望月は、まだ体の具合が悪いらしく、青白い顔で答えた…。
「ごめんね…。せっかく、呼びに来てくれたのに……。」
望月は、潤んだ瞳で俺を見ながらすまなそうに言った…。
「いや、気にすんなよ…!あっ…!そうだ、お前、チョコ食べるか?」
俺は、石井から貰ったチョコを思い出して、ポケットから取り出した。
「チョコ…♡!?うん…!食べるっ♡!」
チョコと聞いた途端、望月は布団から起き上って、俺に迫って来た!?
その仕草が、やっぱり犬っぽくて、俺はビビッて咄嗟に身を避けた。
「お前…!食欲ないんじゃなかったのかよー!?」
「えへへ…。カレー食べる気力はないけど、甘い物は食べたかったんだよねぇ…♡」
「お前なぁ……。」
俺は、板チョコを食べやすいように一口大に割って、望月に手渡した。
「ありがとう!いただきます♪ んぅーっ♡!甘くて美味しぃ~♡!」
望月は、チョコを口に入れると、幸せそうに微笑みながら言った。
青白かった頬にほのかに血の色が戻ってきていて…
望月は、笑った顔も可愛かった……。




