第17話 杏璃の絵
僕は、調理室を飛び出して、全力で廊下を走っていた。
「――アンズ!待って…!」
後からアンリが僕に呼びかけながら追いかけて来ている!
僕は、後ろを振り返らずにひたすら走る。
「ふぁっ!?うわぁああーっ!?」
突然、何かに足を取られて、僕はその場で転んでしまった。
「痛てて……?」
おかしいな?足元に何もない廊下で転ぶなんて…
僕は、こけた時にぶつけた膝をさすりながらよろよろと立ち上がった。
「アンズ!大丈夫?」
僕を追いかけて来たアンリが、心配そうに僕に駆け寄った。
「大丈夫だよ…。早く教室行きなよ?さっき予鈴が鳴ってたじゃん。」
僕も自分の教室へ向かおうとすると、アンリは僕の腕を掴んだ。
「アンズ、待って。せっかくだから、ボクの絵見てってよ♪」
アンリは、僕の片腕を掴んだまま、壁に掛けられている絵画を指差しながら言った。
僕がこけた場所は、さっき石井さんが話していたアンリの絵が展示してある玄関前の廊下だった。
題『夏』2年1組 聖 杏璃「第810回全国高校生絵画コンクール【入選】」
「これが……アンリの絵……!」
僕も美術とか芸術のことはさっぱりなんだけど…
アンリの絵は、いわゆる抽象画で、青に緑に白に黄色にオレンジに……カラフルな色彩が大胆な筆遣いで画面いっぱいに描かれていて……
石井さんが言っていた通り、まさに一目見ただけで『夏』の景色も風も匂いも音も何もかもが感じられるような……!
「アンズ、ボクの絵どう?」
「うん…。すごく、夏って感じ…!!」
「あははっ!何それ~?もうちょっと知性と感性のある感想が欲しいんだけど?」
「ごめん…。僕、美術は苦手なんだよ。美術だけは、通知表で3以上もらったことないもん…。でも、石井さんが言ってたことわかるなぁ…。僕もこの絵好きだよ…。」
石井さんには、本当に申し訳ないことしちゃったけど……。
「ほんとぉ♡!?わーい!嬉しいなぁ~。この絵は、ボクとアンズの真夏の愛のスイートメモリーだからね♡!」
「アンリ!そういう誤解を招くような言い方しないでよ!!さっきだって二人の前で…あれじゃあ、まるで僕とアンリがこっ…恋人同士みたいに誤解されただろ!?
アンリ…僕が言うのもアレなんだけど…たぶん、石井さんは君のこと本気で好きなんだよ?アンリの絵が好きだって言ってたけど、あれは、本当はアンリ自身のことが好きだから、その想いをどうしても伝えたくて、絵に置き換えただけで……」
「あははっww誤解してるのは、アンズの方だよ?石井さんがボクのことなんか好きになるわけないじゃん?言ったでしょ、ボク幽霊部員だから、あの子と顔合わせたの新入生の歓迎会以来なんだよー?そんなほぼ付き合いのないボクを好きになるわけないでしょwww」
「そんなことないよ!!石井さん、さっき泣いてたじゃないか!?アンリが変なこと言うから、僕との仲を疑って……!あんな、顔真っ赤にして、両手で顔を隠して…!!」
憧れの先輩が、ホモで野郎と付き合ってたなんて、ショックすぎるだろ!!
「あははははっ!!アンズってば、本当に何にもわかってないんだね~?」
「なっ!?何が可笑しいんだよ!?」
「たしかに、石井さんは泣いていたよ。泣いて、喜んでいたよ♪」
「はぁっ!?」
「ボクもよくわかんないけど、あのぽっちゃりしてる…りっちゃん?って子と一緒に、ボクとアンズの関係が『びーえる(BL)』?とか『尊み秀吉♡』?とか『アン♡もち最高ォ!!』?とか、なんとか言ってすごい盛り上がっていたよ?」
BLって、ボーイズラブのことじゃないか!!!
あの女子二人…腐っていたのか――――ッ!?
「だから、安心して。そもそも、石井さん達がボクに『先輩!もち君のこと追いかけてあげてください♡!』って言ってくれたんだよ?『次の授業サボっても私達が上手いこと先生に説明しときます♡』とも言ってくれてね!二人とも、たとえ全世界が敵になってもボクたちの愛の味方になってくれるって♪」
なっ、なんて奴らだ……!?
「ねぇ、アンズ!美術室行こうよー♡!ボク、アンズを描きたい♡!」
「はぁ!?」
「次の授業、体育だからボクどうせ見学だもん…。それなら、ボク、美術室でアンズのこと描きたい♪」
「アンリは、それでいいだろうけど!僕は、授業サボれないから…!!」
今日は、2限の途中からずっと授業欠席しちゃってんだよー!!
「だから~、そこは石井さんが上手いこと先生に言ってくれるって♪なんなら、ボクが具合が悪くなって保健室に一緒に付添ってるってことにしちゃえば?」
「アンリ!わがまま言わないでよ?もう、小さい子じゃないんだからさぁー?」
僕より2歳年上のくせに、アンリはあの頃みたいに我儘なままだ…。
でも…そんなアンリが、やっぱり可愛いなって思っちゃう……♡
「うぅ…ッ!?」
急にアンリが辛そうな顔で手で頭を押さえて、近くの壁に寄りかかってしまった。
「アンリ!?どうしたの!?」
「ごめん……。ちょっと…眩暈がしちゃって……。」
「保健室、行く?」
仮病を使おうとしたら、本当に具合が悪くなっちゃうなんて…!!
「ごめん…アンズ…保健室までは……ちょっと、無理そう……っ。」
アンリは、壁にもたれながら、ふらふらした足取りでなんとか歩き始めた。
「アンリ!?」
「美術室の方が……近いから……。あそこなら、ソファーもあるし……。」
美術室は、この廊下のすぐ突き当りにある。
「わかった!僕も肩を貸すから、無理しないでゆっくり行こう?」
僕は、アンリの身体を支えながら一緒に美術室ヘ向かった。




