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上州義理人情伝「アン ころ もち」  作者: 苺鈴


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第15話 ニックネーム

「――あら~♡!いらっしゃい♪もち君、聖先輩♡」


 僕とアンリが調理室に入ると、エプロン姿の福田さんが「おきりこみ」が入った鍋をコンロで温めながら、僕とアンリに手招きした。


「聖先輩♡!もち君を見つけてくれて、ありがとうございます…っ。」


 石井さんは、食器棚からどんぶりとお箸を出しながら、アンリに向かってお礼を言った。


 気のせいか、石井さんは頬を紅潮させて、ちよっと緊張した面持ちだ。


「いえいえ~ボクの方こそ、お招きありがとうございます。うわぁ~おいしそう♡!」


 アンリは、鍋を温めている福田さんの方へ駆け寄ると、鍋の中を覗き込みながら無邪気に言った。


「ふぁあああ…っ♡!?うっ、うちの班、お休みの子が多くて…いっぱいあるので、先輩も遠慮しないでいっぱい食べてくださいねぇ~♡!(きゃぁあああ~~~♡!?あの超絶イケメンの聖先輩が私のすぐ隣にいるぅ~~~♡♡♡!!)」


 突然アンリに隣に来られた福田さんは、ぽっちゃりとした丸い顔を真っ赤にして緊張した声で答えた。


「石井さん、福田さん…!遅くなって、本当にごめんね!」


 僕は、2人に向かって深く頭を下げて謝った。


 2人とも、僕が保健室へ行ってから戻って来ないから、調理実習で作った群馬県の郷土料理「おきりこみ」を食べずに待っていてくれたんだもん……。


「もうっ、本当に心配したんだよー?もち君、保健室へ行ったきり全然戻ってこないんだもん!それで、保健室に迎えに行ったら、もち君いないし~。実習の時間も終わっちゃって、私もりっちゃんも食べないで次の授業に行ったんだからねー?」


 石井さんが人数分のお箸をテーブルの上に並べながら不機嫌そうに言った…。


 気の良い石井さんもさすがに、僕の行いに怒っているらしい…。


「ふたりとも、本当にごめん!!」


「もち君、そんなに気にしなくていいよぉ~?(おかげであの聖先輩とランチをご一緒できるんだもん♡♡♡!)――ねぇ、なっちゃん?」


 福田さんは、いつもと変わらないおっとりとした口調で答えた。


「いいえ!りっちゃん、私は許さないよ~?もち君、本当に私に悪いと思っているなら――私のこと『なっちゃん』と呼びなさいっ♪」


 石井さんは、僕に「おきりこみ」をよそったドンブリを手渡しながら言った。


「あははっ、そうだねぇ~。もち君、私も『りっちゃん』って呼んでくれなきゃゆるさないよぉ~?」


 福田さんまで、石井さんに便乗してニックネームで呼ぶことを強要してきた。


「あぅう……っ。わかったよ…。本当にごめんね……なっちゃん…っ!りっちゃん…っ!」


 女の子をニックネームで呼ぶの初めてで、なんか恥ずかしい…!!


「よし!じゃあ、許しちゃう♪私とりっちゃんは、こっちがわの席に座るから、もち君と聖先輩は向かの席でいいかな?」


 石井さんは、笑顔で答えると、僕とアンリを隣同士で並ばせて座らせた。


「はーい。りっちゃんも許しまーす♪さぁ、さぁ、みなさん。冷めないうちに食べましょう~♡」


 石井さんと福田さんは、僕とアンリの対面の席に並んで座った。


「ふふふっ。いいなぁ~、みんな可愛いニックネームで~。ねぇ!ボクにもなにかニックネーム付けて欲しいなぁ~♡? 」 


 アンリにニックネーム!?


「いえいえ…!そんな…っ、上級生の聖先輩を軽々しくニックネームで呼ぶなんて…!下級生の私には、できません…っ!!」


 石井さんが慌てふためいて、どぎまぎしながら答えた。 


 クラスみんなの前でも堂々と発言できる石井さんが、こんな顔を真っ赤にしてたじたじになっている姿初めて見たよ~!


 アンリは、男の僕から見ても超絶美形男子だし……。


 そりゃあ、女子にはモテるよね……。


「そっ、そうだよねぇ…?そもそも、聖先輩は『聖』って名字もまさに字のごとく神聖で…!『杏璃』という素敵なお名前も…まさに、清らかで気高く美しい聖先輩にぴったりでぇ~~♡!!こんな素晴らしいお名前を下賤な呼び方になんてできませんわぁ~~~!!」


 福田さんも、なぜか身体をもじもじさせて、悲鳴のように叫んだ…。



「―――みんな、お待たせ~♪4限の体育が長引いちまってさー。んあぁ~、ハラ減ったぁ~。」


 突然、調理室のドアが開いて、2年の石井先輩(石井さんのお兄さん)が体操着姿でやって来た!


「石井先輩、お疲れ様で~す。うちの班の男子、もち君以外みんな欠席でいっぱい余っちゃうので、ガンガン食べちゃってくださいねぇ~♪」

 

 福田さんが立ち上がると、空のドンブリにおきりこみを大盛によそって、石井先輩に差し出した。


 どうやら、7人前のおきりこみを消費するために助っ人として石井先輩を呼んだらしい。


「おう!りっちゃん、さんきゅ~♡!いただきま~す♪」


 石井先輩は、杏璃の隣の席にドカッと座ると、おきりこみを食べ始めた。


「お兄ちゃん!ちゃんと着替えてから来なさいよ~~!(もうっ!聖先輩の前でみっともないじゃん…!!)」 


 石井さんが、石井先輩に向かって怒った声で言った。


「えぇーっ?だって、着替えてたら、麺伸びてまずくなるじゃん?ただでさえ、サッカーの試合が超エキサイティン!!して時間押しちまったんだからよー!グラウンドから直行で来たんだぜ♪」


 石井先輩は、悪びれることなく言うと、麺を豪快にズルズルとすすって食べ続ける。


「お兄ちゃんの都合なんか知らないよ~!ご飯食べるところに汚れたままの格好で来るとか信じらんない…!お兄ちゃん、聖先輩からもっと離れてよー!!(こんな汚らしい猿兄貴が近くにいたら、美しい聖先輩が穢れるぅ~!!)聖先輩、だらしない愚兄をお許しください…っ!!」


 石井さんは、申し訳なさそうにオロオロしながらアンリに謝った。


「ボクは、別に平気だよ?それに、ボク、兄妹げんかって初めて見たかも!なんか新鮮で面白いねーwww」


 アンリは、無邪気に笑いながら答えた。



「ホラホラ!夏海ィ~。『ひじりん』は、そんな器の狭い男じゃないんだぜぇ~?なぁ、ひじりん♪」


 石井先輩は、アンリの肩に腕を回して組みながら親しげに言った!

 

 ひじりん?…って、まさかアンリのこと…!?


「ひじりんって…ボクのこと!?」


「おう!聖だから『ひじりん』♪我ながら良いニックネームだろ~?」


「お兄ちゃん!!聖先輩に失礼でしょー!?先輩は、お兄ちゃんとは同学年だけど、年齢は1歳年上なんだからねっ!!」


「えーっ!?マジ!?ひじりん、俺よりひとつ年上って、ことはもう18歳じゃん?スゲェー!!ひじりん先輩、18歳なら男の楽園『利根(とね)書店』に行けるじゃん♪いいなぁ~♡!」


 利根書店というのは、群馬発祥の古本やDVDの買い取り販売店だ。


 普通の古本屋と違うのは、扱っている商品の都合上、18歳以上じゃないと入店できないお店なんだ…(後は、お察しください)


「お兄ちゃん…!!聖先輩の前で、なんてこと言ってんの――!?」


 石井さんが真っ青な顔で、石井先輩を睨みながら叫んだ。


 福田さんも石井さんと負けず劣らず青い顔で、固まってしまっている。


「利根書店…?ボクの知らないお店だなぁ…?どこにあるの?」


 何も知らないアンリは、石井先輩に無邪気に尋ねる!


「ひじりん先輩!じゃけん今度、一緒に行きましょうね~?俺も、あと6か月ちょいで18歳なんで♡!」


「なんで18歳以上じゃないと入れないの?」


「それは、もちろん!男のDVD(333円~)とかアダルトグ、」


「お兄ちゃんッ!!食べ終わったんなら、さっさと出てって!!!」


 石井先輩の声を遮るように石井さんが叫んだ!!


「はぁー?夏海ちゃ~ん、お兄様に向かってなんだその口の利き方は~?――んぎゃぁあああー!?アツゥ~~~イッ!!!」


 いきなり、石井先輩の顔面に熱々のおきりこみの汁がぶっかけられた!!


「――あら~?石井先輩、すみませぇ~~んっ。私ったら、お汁を足そうとしたら、手が滑っちゃいましたぁ~。」


 福田さんが冷たい笑みを浮かべながら(目が笑ってない!)鍋の前でお玉を構えている!


 まさか、あの誰に対しても温厚でいつもおっとしている福田さんが…鍋の中の熱い汁を石井先輩にぶっかけたのか!?

 

「おっ、おう…!気にしないで…!手が滑ったんなら、仕方ないよなぁ……?あは…あはは……。」


 石井先輩も何かを察したのか、ひきつった笑いを浮かべながら、速やかに調理室の出口へ向かって行く。


「俺、着替えなきゃだから、お先に!そんじゃあ、ごちそうさまー!」


 石井先輩は、逃げるように調理室から出て行った。


「はぁー…。皆様、うちの愚兄がご迷惑をおかけしました…!!あと、りっちゃんナイスゥ~♡!」


「あらぁ~?なんのことぉ~?」


 福田さん、白々しい…!!


「聖先輩も本当にすみませんでした。うちの愚兄がウザ絡みしてしまって…」


「ううん!気にないで。君のお兄さん、とっても面白いね!それに…ボク、ニックネームで呼ばれたの初めてだから…♡!すごく嬉しかった…。」


 アンリは、嬉しそうに微笑んだ。


 アンリの笑った顔は―――あの頃と変わっていなくて……


「ボク、こんなに大勢でご飯を食べるのも今日が初めてだよ。みんな食べると美味しいねー♡!ねぇ、アンズ?あれ?アンズ、全然食べてないねー?」 


「もち君!?もしかして、お口に合わなかったかな…?」


「いやいや!そんなことないよ!」


 初めて食べたおきりこみは、野菜がゴロゴロとふんだん入っていて、シンプルな醤油ベースの汁に野菜の旨味と出汁が融け込んでいて、あっさりとしているのにコクがあって、うどんを下茹でせずにそのまま入れているせいなのか、汁にとろみがあって、それがもっちりとしたうどんに良く絡んで…想像以上に美味しかった。


「おきりこみって、野暮ったい味の田舎料理だからねぇ…。もち君、無理に全部食べなくても大丈夫だよぉ~?」


 僕の箸が進まないのは、アンリの家で朝ご飯をいっぱい食べ過ぎたせいもあるけど……


 アンリの幸せそうな顔見ているだけで―――


 僕は、なんだか胸がいっぱいになってしまったんだ。


 






 

 



 

 


 


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