第11話 母の証言
僕は、保健室に絆創膏を貰いに来ただけなのに、石関先生はご丁寧に傷口に軟膏を縫ってガーゼと包帯で処置をしてくれた。
「――これでよし。望月、もしかして、この傷も実習中にわざと誰かにやられたのか?」
「違いますよー!幸いなことに、例の3馬鹿(小林、生方、小渕)は欠席なので…。ちょっと、考え事してて切っちゃっただけです。」
「お前をいじめてるのは、あいつらだけなんだな?」
「そうですよー。あの3馬鹿は人をいじめるから罰が当たっ……、何でもないです…。」
言いかけて、僕は小林のお母さんの憔悴しきった顔を思い出して思わず言葉を噤んだ…。
しかも、小林のお母さんは、薄いカーテンを隔てただけのベッドで寝ているんだもん…。
「俺は、小林が家に帰って来ないのは、ただの家出だと思うけどな?それと、生方と小渕が昨日から欠席なのは、小林の親族と一緒に小林を探すのを手伝ってるそうだ。」
「じゃあ、行方不明なのは小林だけなんですね?」
「あぁ。職員会議で聞いた話だと、3人は、あの日――お前が利根川で寒中水泳させられて溺れかけてる時に、そのまま市内にある進学塾へ行って午後10時に授業が終わって、生方と小渕は親が車で送迎しているんだが、小林だけはいつもランニングしながら家まで帰っていたそうだ。小林の脚だと、だいたい塾から1時間程度で家に着くらしい。つまり、11時前後にはいつも帰宅していたそうだ。」
「それが…今にいたるまで、家に帰っていないんですね…。」
「そうだ。親にもダチにも、誰にも何も言わずにいなくなっちまったらしい…。」
「―――先生ぇ…!!やはり、うちの健一は、誰かに連れ攫われたんじゃッ…!?」
突然、ベッドを仕切っていたカーテンを開いて、小林のお母さんが悲痛な声で叫びながら現れた。
「君は!?君は、うちの健一から何か聞いてはいない!?あの子は、何も言わずにいなくなるような子じゃないのよぉ…っ!」
小林のお母さんは、両手で僕の肩を掴んで揺さぶりながら問い詰めてくる。
「小林さん、落ち着いてください。望月は、2学期に転校してきたばかりで、お宅のお子さんとは…それほど親しくなかったようなので…。」
石関先生が小林のお母さんを宥めながら、僕から手を離すように促した。
「そう…ですか……。ごめんなさいね…。私ったら…取り乱してしまって…。でも、本当に、どんな些細なことでもいいの…!望月君、うちの健一のことで何か知っていることがあったら教えてちょうだい…?県外から来たばかり貴方の方が…案外、長い付き合いのある小渕君達には、気が付かないことがあるかもしれないし…!!」
小林のお母さんは、さっきよりも落ち着いた声で僕に優しく尋ねた。
それでも小林のお母さんの瞳は、涙で赤く充血していて、顔には幾筋も悲痛のシワがよっていて、必死の形相だった…。
「小林さん、立ち話もなんですし…。あちらにおかけになって、お話しましょうか?望月も、もう少しだけ付き合ってくれ。」
石関先生は、来客用のソファー席の方へ小林のお母さんと僕を誘導した。
僕がソファーに座る前に「いじめのことは話すな」と石関先生に小声で耳打ちされた。
先生に言われなくても、さずがに僕だって、息子の安否がわからず苦しんでいる母親に追いうちをかけるようなことは言わないよ!
「小林さん。これは、俺の個人的な見解なんですが…やはり、お宅の健一君の失踪は家出だと思うんですよ。多感な年頃ですから、なにか突発的に家に帰りたくない日もあると思うんです。」
「そんな…!!うちの健一は、家出なんかしません…!!たしかに…夏の大会で怪我をして、部活に出られなくなってからは……私や主人ともあまり、口を利かなくなって……休みの日に夜遅くまで、友人たちと遊びまわって、深夜に帰ってきたこともありますけど…。」
「あぁ…俺にもそういう時期がありましたよ。俺は、実家の生業のことで、子どもの頃は同級生にいじめられたりして…それで親に反発して、学校へも行かずに、何日も家に帰らない時期がありました。」
石関先生…実家がラブホテルだから、きっと同級生に「や~い!お前んち、ラブホテル~www」とか言われたんだろうな…。
「それでも、お袋は…毎日、俺の分の飯を用意していてくれたんです。荒んでいた頃の俺は、何日も無断で外泊して、急に家に帰って来てもお袋は俺の素行を一切責めずに、いつも温かい飯で迎えてくれたんです…。
小林さん、健一君はきっと、あの頃の馬鹿な俺みたいに、今は自分のことでいっぱいいっぱいで…いつもすぐそばで自分のことを大切に思ってくれている存在の尊さに気づいていないんです。だから、彼自身がそれに気づいて、自分の意思で帰ってくるまで、もう少し待ってあげてくれませんか?」
「―――いいえ…あの子は、絶対に家出なんかしませんッ…!!あの子は…健一は、絶対に何かの事件に巻き込まれたか、誘拐されたんです…!!」
石関先生の話を聞いても、小林のお母さんは、きっぱりと断言した。
「家出じゃないって、断言できる根拠は何ですか…?」
僕は、思わず小林のお母さんに聞いてしまった。
「根拠はあるわ…!!だって…一昨日のうちの晩御飯は、健一の大好物のチーズハンバーグだったのよ!?健一がよりにもよって、チーズハンバーグの日に家出なんて絶対にありえないわッ!!」
小林のうちも石関先生と同じ日に夕飯チーズハンバーグだったのか…。(どうでもいい情報)
「そうですね!チーズハンバーグの日に家出なんて、絶対に考えられませんね!!」
先生ェー!?
あんなに、小林はただの家出だって言ってたのに…!?
「そうですよね、先生!?だから……やっぱり、うちの健一は……変質者に誘拐されたんじゃ!?」
小林のお母さんは、対面に座っている石関先生に掴みかかりそうな勢いで、前のめりになりながら叫んだ。
「小林さん、落ち着いてください!まだ、誘拐と決まったわけでは、ないじゃないですか?」
「いいえ…!!あの子は、小さい頃から変質者に狙われやすくて………小学生の時には……性被害にだって……!」
小林が性被害……?
小林のお母さんは、途中まで言いかけて…僕の顔を見ると、青ざめた顔で口を噤んだ。
「――望月、授業に戻れ。それと、ここで聞いたことは、絶対に誰にも話すなよ!!いいな!?」
石関先生が強い口調で言うと、僕を追い出すように保健室から退出させた。
あの小林が……性被害……?
僕は、聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいで……
なんだか、すごく…重たい嫌な気分で、調理室へ向かう廊下を歩いていた。
「―――オイ、望月!」
空き教室の前で、急に名前を呼ばれて、振り向くと―――
「おっ…小渕…!?生方…!?」
今日は、小林の捜索で欠席のはずの小渕と生方だった。
「僕に、何か用…?」
「ちょっとツラ貸せよ?」
小渕が僕の腕を掴んで、空き教室に連れ込もうとする!!
「えっ!?痛…っ!やめてよ…!!」
「いいから、さっさと来いよ!!」
生方も小渕に加勢して、僕の背中を乱暴に押して、空き教室の中に無理やり押し込んだ。




