第10話 調理実習
―――次の日―――
僕は、アンリの家で朝までぐっすり眠ることができた。
朝早くにアンリのママが僕を起こしに来てくれて、そのまま案内された広々としたダイニングには出来立ての豪勢な朝食が用意されていた。
アンリのママの話しだと、アンリはまだ寝ていて、アンリのママも手が離せない仕事があるそうで、僕は広いダイニングにひとりで朝食をいただいた。
焼き立ての香ばしい香りのクロワッサンに、綺麗な三日月形のふわふわのオムレツに付け合わせのサラダには、色とりどりの野菜とおしゃれな食用花まで添えられていて、具だくさんのミネストローネ風の熱々のスープに、デザートにはフルーツヨーグルトとバナナとキャラメルのクレープまで出てきた。
僕は、寝起きは食欲なくて、いつも朝食はあんまり食べない方なんだけど、せっかくアンリのママが用意(と言っても、作っているのはアンリの家のお抱えシェフ)してくれたので、僕は寝ぼけている胃腸を叩き起こして、なんとか残さず平らげた。
朝食を終えて、僕が昨日泊めていただいた部屋に戻ると、僕が昨日着ていた制服が綺麗に洗濯してアイロンまでかけられた状態でベッドの上に置かれていて…
まさに、至れり尽くせりだった!!
子どもの時にお泊りした時もこんな感じだった気がする。
アンリは、本当にお姫様育ちなんだよなぁ…。(男だから、王子様育ちか?)
たしか、石関先生の話じゃ、アンリの親は学校に多額の寄付もしているらしいし…。
こんな立派な洋館に住んで、お抱えシェフに、メイドさんに、運転手付きの高そうな黒塗りの高級車まで…
僕とアンリは、生まれも育ちも身分まで全然違うんだ……。
まぁ……アンリが男だって分かったんだから、別に…もうどうだっていいんだけどね…!!
僕の初恋は、見事に砕け散ったんだもん………。
『修学旅行、ボクと一緒に行こうね♡!沖縄で一緒に、ちんすこう食べようね♡!』
昨晩のアンリの言葉がふと頭をよぎった。
一緒に修学旅行かぁ……
アンリが男だったとはいえ、僕はアンリのことを嫌いにはなれない…。
もちろん!僕はホモじゃないから、男のアンリと恋人になる気は絶対にないけど!!
アンリだって、僕のこと友達……というか、死んだペットの生まれ変わりだと勘違いしてるだけで……
アンリにとって、僕は可愛がっていたペットでしかないのかもしれない……。
それでも……
僕もアンリと一緒に沖縄に修学旅行いきたいって、思ってる。
そのためには、アンリはもう1年留年しなきゃだけどね……。
☆☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆
僕は、車で学校まで送ってもらった。
アンリは、まだ体調がすぐれないので、今日は学校を休むそうだ。
「――望月君、里芋の皮剝き終わったら、次はニンジンをお願いね?りっちゃんは、麺の方はどう?うん、硬さ良い感じだね~♪」
クラス委員長であり、調理班長の石井さんが慣れた手つきで、包丁で大根を切りながら、班員に的確な指示を出してくれる。
今日の1,2限は、調理室で調理実習だ。
他の班は、6~7人いるのに、僕の班は僕を含めて3人しかいない。
僕の班も6人だったけど、今日も小林(行方不明)と生方と小渕が欠席だからだ…。
「うちらの班、3人だけなのに超順調だね~♡?なっちゃん(石井さんの愛称)と同じ班で良かったぁ~♪」
綿棒でうどんの生地を伸ばしながら、班員の福田理沙(愛称りっちゃん)が言った。
福田さんは、髪はショートボブでぽっちゃり体系のおっとりとした女の子で、紺色のセーラー服の上にピンク色のエプロンを着ている。
「えへへ♡ 私もなっちゃんと望月君と同じ班で良かったよー。二人とも手際良いもん!お家がうどん屋さんのなっちゃんは、わかるけど、望月君も野菜切るの速いね~?お家でお手伝いとかしてるの?」
石井さんは、具材が入った鍋をお玉でかき混ぜながら僕に聞いた。
石井さんは、いつもは降ろしているセミロングの艶やかな黒髪を後ろで一つに束ねていて(いわゆるポニーテール)福田さんと同じピンク色のエプロンを着ている。
「うん、時々だけどね…。石井さんこそ、野菜が全部均等な大きさに切れててすごいねー!僕の切ったニンジンなんて、大きさも厚みもバラバラで…ごめんね…。」
今、僕が切っている薬味用の青ネギも、うまく切れなくて、所々ネギが切れずに連なってしまっている…。
「ううん!全然、気にしなくて良いよー。私、ニンジン好きだからおっきく切ってくれた方が食べ応えがあって良いよ!」
石井さんは、屈託のない笑顔で答えた。
石井さんの人の良さそうな笑顔は、お兄さんの石井先輩にそっくりだ。
「そういえば、望月君、身体はもう平気なの?昨日は結局、早退したんでしょ?」
「あぁ…でも、もう大丈夫だよ。石井さん、昨日はいろいろ心配かけてごめんね…!僕の鞄とか、石井さんがまとめて保健室に持ってきてくれたって、高橋先生(担任)から聞いたよ。本当に、ごめんね…!」
「もうっ!そんな謝んなくていいよー。私は、クラス委員長だから、やるべきことをやっただけだよ。それと、私のことは『なっちゃん』でいいよ♪『石井さん』なんてよそよそしいじゃん?ねぇ、もち君♡!」
もち君…!?
「もちくん…?って、もしかして僕のこと…?」
「そうだよ♪望月君だから『もち君』にけって~い!(決定)」
「もち君かぁ~。なんか可愛いあだ名だねぇ~♡?もち君、私も『りっちゃん』でいいよー?」
福田さんまで愛称呼びを提案してきた!
「ほらほら~もち君、私達のこと呼んでみてよ~?なっちゃんとりっちゃんって♪」
「もち君、遠慮しなくていいんだよぉ~?私達、これから同じ釜ならぬ同じ鍋の『おきりこみ』を食う仲になるんだから~♪」
二人とも作業の手を止めて、僕に迫って来た!
「えぇ…っ?ちょ、ちょっと…待って…!なんか、緊張しちゃって…っ。僕、女子をあだ名であんまり呼んだことなくって…!」
そもそも僕は、東京にいた時は幼稚園からずっと男子校で、女子と接する機会がほとんどなかった!
女の子だと思ってたアンリは、僕よりずっと幼く見えて(と言っても僕より2歳年上だった)可愛い妹みたいな感じだったから…。
小4年の時、初めてできた彼女とも、お互い苗字で呼び合っていたくらいだし…。
そうだった…!!
思い出した…
僕は、小4の時に同じ学習塾に通ってた女の子に告白されて…
アンリのことも大好きだったけど……僕は、生まれて初めて女の子から告白されたのが嬉しくて浮かれてて、その女の子と付き合うことになったんだ。
彼女ができた僕は、アンリと会うのがなんか気まずくなってしまって……
初めて会った小1の夏休みからずっと、毎年夏休みにはアンリの家にお泊りに行っていたんだけど…
小4の夏休みから、アンリの家にお泊りに行くのを辞めたんだ……。
「――きゃあっ!?もち君、指!指、切れてるよ~!」
石井さんの声と、指に走った痛みで僕は我に返った。
「痛ってぇ…!?」
僕は、青ネギを切っている途中で、青ネギに添えていた片手の人差し指に包丁の刃を当ててしまった!
そんなに深い傷ではなさそうだけど、僕の人差し指の先から真っ赤な血が溢れてくる。
「ごめん、もち君!私達がからかったりしたから…!本当にごめんね~!」
石井さんが申し訳なさそうに謝りながら、テーブルの上にあった未使用の布巾で血だらけの僕の傷口を抑えてくれた。
「いやいや、2人は悪くないよ…!僕がぼーっとしてただけで…!!」
「なっちゃん。私、先生呼んでくるね!」
福田さんが他の班を見回っていた家庭科の先生を呼びに行った。
「――どうしたの?包丁で切ったの?傷口を見せて。」
福田さんが呼んで来てくれた先生が僕の傷口を確認した。
「あら~、これはザックリ切れちゃってるわねぇ…。すぐに、保健室へ行きなさい。」
「はい…。2人とも、ごめんね。まだ調理の途中なのに…。絆創膏もらったら、すぐ戻ってくるから!」
「もち君!ばんそこだけじゃダメだよ~!あとは、鍋にうどんを入れて煮るだけだから、私とりっちゃんだけで大丈夫だから!ちゃんと石関先生に診てもらいなよー?」
「そうだよ~。心配しないで、もち君の分はちゃんととっといてあげから、ね?ゆっくり行っておいでー?」
気の良い二人の温かい言葉に僕は、今まで前橋市民をヘイトしていた自分が恥ずかしくなった……。
「ふたりとも、ありがとう…っ。」
僕は、止血するために布巾で傷口を抑えたまま保健室へ向かった。
☆☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆
僕は、もう完全に覚えてしまった保健室への順路を歩いて行く。
僕が保健室に入ると、なぜか毎回タイミング悪く――石関先生が股間ほぼオープンな石井先輩と揉み合っていたり、石関先生が制服の前が開けたアンリの胸元に手を入れようとしていたり(よく見たら先生の手に聴診器があった)…
誤解を招くような光景が繰り広げられていたんだけど…。
今日は、もうさすがにそういうことはないだろう……。
「――失礼しまーす。ふぁっ!?いっ、石関先生…!?これは…!?」
僕が保健室のドアを開けて中に入ると……
なぜか、石関先生が僕の知らない女の人を抱きしめている―――――っ!?
「望月!?どうした?」
石関先生は、僕に気づくと、逞しい胸に女性を抱きかかえたまま言った。
「どうした、じゃないですよ~!保健室で、なんとハレンチな…!!」
さすがに今回のは、誤解ではすみませんよ~!!
「はぁ!?お前、また何バカな勘違いをしてんだよー!!この人は、お前と同じクラスの…小林のお袋さんだよ。」
小林のお母さん!?
「まさか……教師が、生徒の母親と不倫だなんて…!!」
「バカ!!そんなわけねぇーだろ!!小林のお袋さんが息子の件で学校に来てて、具合が悪くなったんで、俺が保健室まで連れて来たら、急に気を失って倒れそうになって、それで俺が抱きとめたんだよ!!まったく…お前は、本っ当に毎度毎度、間の悪い奴だな…!!」
石関先生は、呆れたように言いながら、丁寧な手つきで気を失っている小林のお母さんをベッドの上に寝かせた。
小林のお母さんの顏は青白く、目元は赤く泣き腫らしたようになっていて、パーマがかかっている長い髪も後ろに一つで雑に結んだだけで、服もところとどころにシワがよっていて…憔悴しきっている感じだ。
「小林のお袋さん、小林が失踪した一昨日の晩から一睡もしていないそうだ…。気の毒にな…。大切な息子が何も言わずに、急にいなくなっちまったんだもんな…。」
小林には、散々ひどいことをされたけど……
こんな身も心もボロボロになってしまった小林のお母さんには、僕だって同情する…。
「――で、お前は何しにここへ来たんだ?」
「あっ…!そうだ、すっかり忘れてました…。今、調理実習してて、包丁で指切っちゃったから、絆創膏ください。」
「バカ!怪我してんなら、早く言えよ!!」




