最終話
夫が元恋人と知り合ったきっかけは、
社交界だったという。
華やかな夜会の片隅、
彼女は質素なドレスに身を包み、
ひっそりと佇んでいた。
「家が傾いていて、母の病も重くて…」
そう打ち明ける姿が、健気に映ったそうだ。
…それ、詐欺師の常套句じゃない?
夫は胸を打たれたらしい。
「自分が支えねばならない」と思い込み、
恋人として側に置いた。
彼女は夫の性格を見抜いていたのだろう。
親から反対されたため
正式な婚約は許されなかったが、
彼はそれを補うように贈り物を惜しまなかった。
「嬉しい♡ありがとう♡」
彼女が笑顔を見せるたび、報われる気がしたのだと。
——手慣れすぎでは?
「頼られるのが嬉しくてな…」
肩を落としながら、夫はそう私に話してくれた。
◆
先日の突撃で「彼と結婚させろ」と
言い出した元恋人。
その後、夫は彼女の調査を依頼していた。
「これ以上、君に迷惑をかけるわけにいかない」
誠意を見せたかったのか、
夫は調査書を私に渡してきた。
見たくないのに…
だけど夫婦のことでもあるので、
一応目を通すことにした――
◆
あの屋敷への突撃の後、
なんと彼女は新しい男を捕まえたという。
どこから湧いて出るの?その行動力…
「既婚者に騙されてたの!可哀想でしょ?」
「私にはあなたしかいないの…!」
涙ながらに同情を誘ったらしい。
相変わらず発想力豊かで羨ましい…
しかし、騙された男性が気の毒でならない。
さらに彼女の知人によれば、
こう吹聴していたという。
「結婚は延期になっただけ!」
「予定は空けておいてね!」
知人達は調査員へ失笑気味に話したそうだ。
…もはや誰も信じていないじゃない。
そして極めつきは結婚式場。
「婚約者が払ってくれるの♡
だからちょっと待ってて!」
強気な発言。
——申し訳ない、という言葉は知らないのかしら。
「ギリギリセーフ♡」
「せっかくだからカラードレス変えちゃおうかな♡」
式場スタッフが耳にした発言だそうだ。
延期の時点でアウトなのに……
お店の人たちも気の毒でしかない。
◆
そんなお花畑な彼女の元に、
借金の取り立てが訪ねた。
だが彼女は動じず、
「婚約者でしょ? 支払いお願いね♡」
「私がきれいになるのは必要経費でしょ?」
「妻が美しいのは嬉しいことでしょ?」
と婚約者に言ったそうだ。
それは浪費というのでは?
婚約者もはじめは苦笑して受け止めていたそうだ。
!?
え!
「貢がせ癖」が収まらなかった彼女は
さらに新しい恋人まで作っていた。
「あなたがいてくれてよかった♡」
が…学習しないにも程がある。
しかも今回は雑な振る舞いだったようで、
双方の男の耳にあっさり届いた。
そして驚くべきことに、
彼女は周囲にこう語ったという。
「二人に同時に支えてもらえば楽じゃない?」
まだそんな事言うの?
彼女に人の血は流れているのかしら…
当然、現実は甘くなかった。
それを聞いた婚約者はようやく異常さに気づき、
速やかに婚約破棄を申し立てた。
「信じられない! 婚約したのよ私たち!!」
「簡単に別れるなんて!」
「逃げるな!」
逃げるに決まってるでしょう。
怖すぎる…
「私は悪くない!
向こうが勝手に好きになったのよ!」
「私は被害者よ!」
「責任取って!」
責任の意味を履き違えているのでは?
逆の立場なら取れるのか、ぜひ聞いてみたい。
結局、二人の男に逃げられ、
借金の取り立てが家まで押しかけた。
そしてついに家族にさえ見放されたという。
「ひどい! 家族なのに見捨てるの!?」
さすがに家族も面倒を見切れなかったらしい。
なにせ膨大な借金だったのだから。
――ちなみに彼女の実家はごく普通の家庭で、
傾いてもいなければ母親も健康だそうだ。
彼女は上流階級の暮らしに憧れを抱いてたみたい。
贅沢さえ覚えなければ、
普通に結婚できたはずなのにね。
調査書の最後には「現在は路頭に迷っている」
と記されていた。
◆
私は報告書を閉じ、紅茶を一口。
「もう、我々に関わることはないはずだ」
隣で夫が険しい顔で言う。
「そうみたいですね」
窓越しに夜風が揺れ、
遠くのざわめきがかすかに響く。
騒ぎ立てる声も、
やがては静かに消えていくものなのだろう。
「…本当に、君だけなんだ」
ぎこちなくも真剣に、夫が私の手を取る。
私は小さくため息をつき、微笑んだ。
「その言葉が、あなたの愛の言葉なのね」
月明かりの下、
私たちの新婚生活は静かに続いていく。
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