第1話
「君との結婚は形式的なものでしかない」
「私には恋人がいる、彼女と別れるつもりはない」
結婚初日。
起業家の彼は淡々と告げた。
政略結婚とはいえ──
恋人持ちの男と結婚するなんて、夢にも思わなかった。
「はぁ」
私は間抜けな返事しかできなかった。
「その代わり君に不自由はさせないつもりだ。
自由に過ごしたまえ、
ただし家門に泥を塗る行為だけは控えてくれよ」
無表情のまま言い放ち、彼は部屋を出ていった。
泥を塗っているのは、むしろあなたでしょうに…
ショックだったが、
彼が好き!で結婚したわけではなかったので、
私は割り切れた。
盲目なのか、おとなしそうに見えたのか、
何も反論しないと思ったのだろう。
ええ、反論しますよもちろん。
若くして結婚したのに、おバカな夫に
縛られる生活なんて御免こうむりたいもの――
◆
「君は自由に過ごしてくれ」
彼はウキウキした様子で出ていった。
きっと浮気相手に会いに行くのでしょう。
自由に過ごさせていただきます。
こっそり彼の跡をついて行った。
◆
「君だけだ」
デレデレ顔。そんな表情できるのね…
「嬉しい♡」
どこから絞り出してるの?
と聞きたくなるぶりっ子声。
…痛々しいバカップル…
「ありがとー♡嬉しい♡大切にするね♡」
芝居がかったリアクション…
一瞬、ハンターのような目に見えたのは気のせい?
「大好き♡あなただけ♡」
彼女はずっとキャピキャピテンション(笑)
そして彼と別れた。
…気になって、彼女の跡をついて行くことにした。
◆
「お願いしまーす♡ ダイヤだし高値でお願いね♡」
早速、彼からのプレゼントを質屋に出していた。
慣れすぎでしょ。常連なの?
「私の彼を知らないの?
あ、彼の名前でつけといてね♡」
彼の名を使ってドレスショップで女王張りの態度。
彼の名前は名刺代わりですか。
「お待たせ〜♡」
!?
えっ!?
恋人いるの!?
衝撃の事実発覚。
「見てみて♡ 今日の服も似合ってる?」
「あなたのために選んだのよ♡」
恋人のために、彼の名義で買ったのですね。
「お式楽しみ〜♡ みんな羨ましがるね♡」
「オーダーメイドのドレスにして正解♡
そう思わない?」
結婚式=マウントですか。
恋人が婚約者だったとは…
彼は財布と名刺でしかなかったみたい。
さて、どうしようか――
◆
彼は金回りのいい男である。
だから彼女も目を付けたのであろう。
「はぁ…」
仕事終わりでお疲れの様子。
暖炉の前で肩を落とし、表情が陰っていた。
「どうぞ」
紅茶を差し出す。彼は意外そうな顔で私を見る。
少なくとも彼のおかげで何不自由ない生活が
できているから、このくらいは。
そして、財布として扱われている彼を
少し憐れんだから。
「…ありがとう」
それだけ言って、彼は紅茶を口にした。
◆
あの日以来、彼とは多少会話が増えた。
…相変わらず恋人には会っているが。
「…君はなにも求めないのだな」
「女は皆、何かを求めるものだと思っていた」
「そういうわけでは…」
私は言葉を濁した。
「何か望むものはないのか?」
相変わらず無愛想な顔のまま、
それでも言葉だけは不思議と柔らかかった。
「…それなら」
そう言って私は書類を見せた。
彼の恋人の調査書だ。
「……」
彼は調査書を読んで固まった。
さて、どうするのだろう。
彼の表情がみるみる変わるのを私は静観した。
◇
「今日はどうしたの?♡
またお買い物につれていってくれるの?」
浮気相手はニコニコと夫にすり寄る。
夫は彼女を押しのけて言い放つ。
「私の名を使って散財していたようだな」
「えっ」
「しっかり取り立てさせてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待って! 私たち恋人同士なのに、
なんで――」
「恋人? お前にとって私は財布でしかないのだろう?
お前に本命がいるのも知っているぞ」
「!?」
「…お前の恋人は知り合いでな。彼に謝らなければ…」
「彼は浮気を許さない男だからな…」
「や、やめてよ!! 彼とは結婚を控えているのよ!?」
彼女はしがみつくが、
夫は振り切って馬車に乗り込んだ。
「お金ないし!!」
「ふざけんな!! 来週には式なのよ!!」
散々貢がせといてお金ないの?
事故物件すぎる。
ヒステリックに叫び、
地団駄を踏む彼女が遠ざかっていく。
「…いいのですか?」
「ああ…」
疲れは抜け切れていないが、
せいせいした様子でもあった。
「…すまなかった、君を蔑ろにしていて」
「償わせてほしい。やり直させてくれないか」
夫は必死に言葉を重ねる。
私は答えず、ただ沈黙のまま彼を見つめた。
馬車が大きく揺れる。
進む先も、夫婦の行方も、
まだ定まってはいなかった。
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