第七話 崩落
その瞬間、俺の視界に何かが映った。
上からこぼれた石のつぶてが、落ちて床石を打ったのだ。
「天井が崩れて来てる! 早く脱出しないと生き埋めになるぞ!」
天井から土交じりの石材が剝がれ落ち、砂粒が降りかかる。
生き埋めになってしまえば不死者であろうと関係ない。
永遠に山の下で身動きがとれなくなってしまうだろう。
それに、第一クリスタは不死身でもなんでもない。
もし岩に押しつぶされでもすればそれで終わりだ。
一刻も早く脱出しなければ!
「ヴァリウス!時間がありません、剣を預かるので飛び降りてください!」
そう言うとクリスタは俺の背中に止められた剣を虚空へとしまう。
正直かなり無茶な命令だが、この状況ではそれが最適解だろう。
考えている時間は無い。
クリスタは既に、下方に向かって飛んでいる。
「この状況じゃそれしかないな畜生おおおおお!!」
だったら俺も、やるしかない。
そう、覚悟を決めて飛び降りた。
視界に映る松明の光が、どんどんと迫ってくる。
これから何が起こるのか、予想が付いて身が強張る。
『ぐしゃ』
視界が暗転する前に映った、最後の光景は。
飛ぶクリスタを俺の体が抜かす様。
「っ! はあ!!」
全身を襲う激痛を無視し、粉々になった骨が元通りになるそばから立ち上がる。
視界も遅れて明転してきた。
頭がガンガンしてくるが、この手の痛覚にはなれっこだ。
「ヴァリウス!こっちです!」
どうやらクリスタは既に、少し先の分かれ道の方ににいるようだ。
痺れる全身を無理やり動かし、ぎこちなく腕を振って側に向かう。
「まるでくず鉄でできたゴーレムみたいですね」
「うるせぇ」
分かれ道に到着したところで、クリスタがいつも通り俺をからかう。
どうやら、帰り道は塞がっていないようだ。
ひとまず、一安心といったところか。
「とりあえず、今日は帰りましょう。せっかく地図を作れても遺跡が崩れたんじゃ意味がありません。傭兵ギルドも詳しく話せば納得……」
その時だ。
『ピキッ』
クリスタの飛ぶ場所近くから、ヒビが入った音がした。
「クリスタ!!」
考える前に足を延ばし、クリスタに飛びつき、体を掴む。
クリスタが小さく悲鳴を上げるが、気にせず後方に投げ飛ばす。
「くっ!」
俺は飛びついた慣性に抗い、体を反転させる。
分かれ道側に向かって跳ぶ。
……跳ぼうとした。
『――――!!』
抵抗むなしく、間に合わず。
俺の体を、降り注ぐ瓦礫が押しつぶした。
「ヴァリウス!!」
クリスタが叫ぶように、俺の名前を呼ぶ。
どうやら彼女は、崩落に巻き込まれなかったようだ。
俺の方も、頭は無事に済んだようで、前方に視界は通っている、
だがしかし、クリスタの表情には、かつてないほどの焦りが見える。
「だっ、大丈夫だ」
「どこが大丈夫なんですか!」
瓦礫の隙間から顔を出し、激しい痛みに耐えながらなんとか答える。
クリスタから、いつも通りの皮肉や罵倒が飛んでこないことから察するに、どうやら本当に心配してくれているようだ。
彼女がこんなに焦っているのを見るのは、俺が料理の特訓中、余計な具材を入れて鍋と家を吹き飛ばしかけた時以来か。
「俺は死なないよ。ちょっとばかり脱出に時間はかかりそうだけど……」
「待っててください、今助けます!」
「いや待て!」
クリスタが両手を前に出し、何かを詠唱しかけたので慌てて止める。
「何をする気かは知らないけど、魔力を無駄に使うな」
「無駄って……私は!」
「よく聞け!」
俺の言い方が悪かったようで、クリスタは怒りの感情を露わにするが俺は無理やり言葉を遮る。
「いいか、この瓦礫をどけたところで、どうせすぐに新しい瓦礫が落ちてくる。それどころか次はこの部屋、この遺跡ごと崩れるかもしれない」
「じゃあどうすれば!」
「帰還魔法だ」
俺の言葉を聞いた途端、クリスタの顔から怒りが消え、戸惑いの表情が現れる。
帰還魔法、それは記憶している場所ならどこにでも、一瞬で転移する事ができる高位の魔法だ。
例え洞窟や遺跡の中に居ようと唱えきれば脱出出来るが、当然デメリットもいくつか存在する。
一つは発動に莫大な魔力を消費すること。
もしも今魔法を使えば例え遺跡の入口まででも魔力が足りず、詠唱できなくなってしまうかもしれない。
もう一つは……
「置いていけって言うんですか!」
帰還魔法は術者本人、つまりクリスタが用いたのなら、彼女だけしか脱出できないということだ。