第五話 ねずみ色のフード
暗闇でよく見えないが、その影はどうやら、人型のようだった。
「君、大丈夫か?」
人影が近づき、その姿が露わになる。
ねずみ色のフード付きローブに、装飾の施された杖、おそらく魔法使い。
顔はフードで隠れてよく見えない。
おそらく女性だろうが、こんなところに一人で居るとは……正直なところかなり怪しい。
だが、クリスタの反応からして、彼女が俺を助けてくれたのだろう。
今の会話を聞かれていなければいいが……
「あ……ありがとう。おかげで無事だよ」
「ありがとうございます」
とりあえず俺とクリスタは感謝の意を述べるが、クリスタはかなり警戒しているようだ。感謝の言葉こそ発したものの、俺の後ろに隠れている。
「……なら、今すぐにここから離れるといい」
突然の悪寒。
女性の声が先程の優しい声色から一転し、威圧的になったのだ。
思わず動揺の声が漏れそうになるが、なんとかこらえる。
「どうしてだ?」
ならば、とこちらも声を低くし、純粋な疑問を女にぶつける。
「理由は言えないけどとにかくここは危ない、早く離れるんだ」
言葉の内容こそこちらの身を案じるものだが、その声色には相変わらず圧がある。
しかし、どうやらこちらが不死者だとはバレなかったようだ。
あの会話を聞かれていたら……とも思ったが、その心配はないらしい。
となると、普通の人間である俺にとって、彼女は命の恩人ということになる。
「そっか、忠告ありがとう」
どの道、遺跡の調査を完了するまで帰るつもりはない。
ここは穏便に行こう。
傭兵ギルドは依頼を達成できなかった時うるさいからな。
「俺たちは傭兵ギルドの依頼で遺跡の調査に来てるだけなんだ、あんたの目的は知らないけど、調査が終わればすぐに帰るよ」
俺たちはあんたの邪魔をしないと、出来るだけフレンドリーに伝えてみる。
女の表情は相変わらず硬いままだが、また何かを考えているようだ。
「……できるだけ早くここを離れることだね、だが決して後は付けないでくれ。警告はした」
しばらくの沈黙の後、そう言い残して彼女は背を向け、去っていった。
少しして、俺の後ろに隠れていたクリスタがため息をつく。
「……交渉の才能まで全く無いわけでは無いんですね」
「うるせぇ」
クリスタは俺の肩に乗り、いつものように俺をからかう。
雑な返事はしてしまったが、彼女なりの緊張のほぐし方なんだろう。
少し不気味な人物だったし、言われた通り、あまり深入りしないようにしないとな。
「しかしあの人、明らかに怪しかったですねぇ」
「そうだな」
身なりこそねずみ色のフード付きローブと地味なものだったが、あの杖に魔法の正確さ。恐らくかなり腕の立つ魔法使いだろう。
何故そんな人物が一人で、こんな遺跡に来るのだろうか。
本来魔法使いというのは何人か仲間を連れているものだ。
熟練の魔法使いなら、一瞬で詠唱を済ませることもできるらしいが。
それでも構え、詠唱し、放つまでにどうしても隙が出来てしまうはず。
そうでなくとも一人での探索はリスクを伴うのに……
というかそもそも、どうやってこの遺跡の場所を知ったんだ?
この場所は直接指名で依頼されるほど、新しく、誰にも知られて居ない場所のはずなのに。
一体どうやって……?
「なんにせよ、彼女の言う通り早めに調査を終わらせて帰るべきでしょうね」
「そうだな」
クリスタの言う通りだ。
おそらく俺に推理の才能は無い。考えた所で答えは出せないだろう。
彼女は明らかに俺たちに遺跡から離れてほしがっていたし、後を付けるなとも言っていた。
ならば俺たちは彼女の言う通り、余計な詮索をせずに自分たちの目的を遂行するべきだ。
俺がそんな事を考えている間にも、クリスタは虚空から小さな紙を取り出し、何やらメモを付けている。
彼女も気にはしているだろうが、俺のように無駄に考えるのではなく、依頼を優先することにしたらしい。
「…………」
しかし……そんな彼女の姿を見ていると、俺の頭に新たな疑問が浮かんでくる。
「そう言えば遺跡の調査ってどの程度の事なんだ?」