第四話 先客
「街の近くにこんな場所があったなんてな」
「私もビックリです」
街から離れた山林の中。
一見するとただの洞窟にも見えるそれに目を凝らすと、たしかに遺跡であることが分かった。
大木のように見えた円柱はツタの絡まった円柱だったし、入口から少し入ったところには、大きな石の門もあるようだ。
「まるでジャングルだな」
ここにくる途中もそうだったが、遺跡周りの森は家の周りに比べ、異常なほど鬱蒼としている。
「この辺り、魔力濃度が少し高いみたいです」
クリスタが目を閉じながらそう言う。
魔力濃度。その名の通り空気中に含まれる魔力の割合。
これが高い場所では動物や植物が、異常なほど大きく育ったり、変異し魔物になったりするらしい。
魔法の才がある者にはなんとなくその濃さが分かるんだそうだ。
残念ながら、俺には無理だが。
「クリスタ、松明出せるか?」
「お安い御用ですが、うっかり山火事起こさないでくださいね」
そう言うとクリスタは両手を前に出し、何も無い空間から一本の松明を取り出した。
これは空間魔法と言って、色々なものをどこか別の場所にしまっておいたり、取り出したりできるらしい
容量は無限ではないものの、クリスタが言うにはドラゴン丸々一体くらいはしまえるそうだ。
もっとも、その場合どうやって取り出すのか謎ではあるが。
「流石にそこまでドジじゃ……?」
石の門に近づき、門に絡まったツタを燃やそうとして気が付いた。
「どうしました?服に引火でもしましたか?」
クリスタの冗談はさておき。
「門が……空いてる……?」
少しではあるが、門が開いてしまっていたのだ。
「……ふーむ、怪しいですねぇ」
「だろ?」
妙なのは門の内部には一切ツタが生えていないこと。
開いた隙間は人一人分ほどあり、ツタが入り込むには十分なはずだ。
となるとこの門は最近開けられたことになる。
「まあでも、依頼主がここを発見した時に少しだけ開けて、そのまま閉め忘れたんじゃないですか?待ち伏せならもっと簡単なところでするでしょう」
クリスタが俺の思考を先読みするようにそう言った。
確かに、待ち伏せするなら、こんなに魔力濃度の高い危険な場所では無く、適当な洞窟か何かもっと簡単な場所ですると思う。
「うーん?まあ念の為用心するに越したことは無いだろ。気を付けて行こう」
「はい」
ひとまず俺は松明に火をつけ、クリスタと共に遺跡の中入ることにする。
「うん……?」
直後に焼け焦げたような臭いが鼻を突く。
随分強いような気がするが、クリスタは気にしていないらしい。
松明を作るときに、変なものでも混ぜてしまっただろうか?
◇◆◇◆◇
「何も居ないな」
「そうですね」
遺跡に入って数時間。
探索中、何度か立ち止まってクリスタがメモを取り終わるのを待っていることはあったが、未だ危険と呼べる何かには遭遇していない。
普通、魔力濃度の高い土地には、うじゃうじゃとは言わないが、かなり多くの魔物が生息しているはずだ。
ましてや、真っ暗な空間で松明を灯しているわけだし。
ほとんどの魔物は凶暴であり、炎のように目立つ物が目に入れば間髪入れずに襲ってくるはずである。
「運が良いのか…?」
「あなたの運は相当悪いと思いますよ? 今朝も落下して来た木の実を二発もくらったでしょう」
こうも何も無いと怖くなってくる物だが、いつも通りのクリスタを見ると少し安心できる。
そしてクリスタの言う通り、俺はとても運が悪い。
普段通りなら、そろそろ何か起きそうなものだが。
『べちゃ』
水音……?
「ヴァリウス!魔物です!」
クリスタの声で戦闘態勢に入る。
松明をかざすと、遺跡の通路の先に何かが佇んでいるのが見えた。
シルエットからして間違い無く人ではない。
「でりゃっ!」
先手必勝。
すかさず俺は松明をその場に落とし、長剣を両手で握って切り付ける。
『ぶにゅ』
「はッ!?」
だがしかし、思いっ切り振ったはずの長剣が、何かに止められた。
柔らかい物…? しかしそんな物に剣が止められるはずは…?
「そいつはスライムです!!」
その声を聞き、すぐさま後ろに飛ぶ。
尻餅をついてしまったがそれで正解だったようだ。
『どすん』
さっきまで俺がいた場所をスライムが押し潰す。
躱していなければ今ごろ下敷きになって、身動きがとれなくなっていただろう。
しかし物理攻撃が効かないとなると、どうすれば……
「ヴァリウス、魔法を使って下さい! この前教えたでしょう!」
「そうか、分かった!」
スライムは全身が液状化した魔力で出来ているため、物理攻撃は効かないが魔法攻撃がとても良く通る。
特にスライムの身体は松明の材料になるくらいだから、よく燃えるはずだ。
「ファイアボール!」
そしてクリスタから教えてもらった魔法は火属性。
尻餅をついたままとは言え、手を前に出して唱えるだけだ、いくら才能が無いとは言え、このくらい俺にも……
『ぼふっ』
……出来なかった。
俺が伸ばした左手は、虚しく黒煙を噴き出しただけ。
ファイアーでもボールでもないそれで、俺の魔法は打ち止めだった。
『ぶにゅん』
「グッ……!」
スライムが俺に覆い被さる。
俺はすぐさま下敷きになって、身体が半分取り込まれる。
正直、かなりまずい状態だ。
スライムはのしかかった後、獲物を魔力に分解しようとしてくる。
俺は不死者だから死ぬことはないが、衣服は違う。
これから旅立ちと言う時にまた衣服をダメにするわけにはいかない。
(クリスタ!)
「シュート!」
俺がごぼごぼと助けを求めると同時に、スライムの体が弾け飛んだ。
クリスタの魔法だろう。
シュートは、魔力の塊をぶつける魔法だったか。
「ああ助かった、ありが」
「ヴァリウス!」
感謝しきる前に言葉を遮られてしまった。
確かに衣服は大事だが……そんなに怒る事だろうか?
「しょうがないだろ? 不死者には才能が……」
「違います!後ろ!」
「っ!?」
クリスタの叫び声を聞き、急いで振り返る。
気が付けば、俺は何者かに背後を取られていた。