76話 君はどうしたい?
キングスフィンクス及び、その子供たち。ピラミッドに巣食う魔物の殲滅に成功した。けれど、当たり前だがヘルハウンドは浮かない顔だった。
「何故だ……?」
「あん? 何故って、なんのこっちゃ」
「いや、あいつの妹が攫われたのは武闘会のちょっと前だろ? 7日前か8日前か、精々その辺りだ」
詳しい日時を聞いても覚えてねぇよって言われてしまったから、俺の方で推測するしかないのが決定打に欠けるが、それでもあいつの年齢からすれば、ちょっと前の幅がどうかしちゃってるってことはない筈だ。
何せあいつ、まだ14歳だからな。魔物だから、人間に比べれば圧倒的に長命であることに変わりはない。けれど、既に長年生きた長命種と違い、まだ幼いあいつの時間感覚は人間に近い筈だ。
「それが?」
「いや、着床くらいはしてるかもなって思ってたけど……まさか、ここまでデカくなってるとは思わなくてよ。魔物って成長が早いのか?」
「あ~、なるほどのぅ。あぁ、せやで。魔物だけやあらへん。人間と純粋な動物以外の種族は、長命なだけやない。いわゆる若者の時代がえらい長くて、それ以外の時間は短いんや。まだ知らへんかったか。すまんのぅ。常識過ぎて、言うのを忘れとった」
「あぁいや、俺は構わないんだが……」
しかし、そうか……。前世の常識で妊娠期間を想定していたのが間違いだったか。
「とりあえず、今はそっとしておいてやろう。あいつの妹が目を覚ましたら、希望を聞く。時間は戻せない。だから、純潔を返してやることは出来ない。でも、中の赤子だけ殺すことは出来るからな」
前世だったら、もう中絶は無理な段階だ。大きくなりすぎている。でも、魔法ならそれが出来る。ファンタジーパワー様様だ。最も、母体に多少の負担はかかるが。
「だが、どう足掻いても完全なハッピーエンドとはいかないのが胸糞の悪い話だな……」
◇◇◇
「あ、れ……? あ、たし……」
「ッッ!! 大丈夫か!!? 俺だ! しっかりしろ!!」
「あ、にき……?」
あれから暫く。どうやら、ヘルハウンド妹が起きたらしい。
「目を覚ましたようだな」
「お、まえは……? ッッ!! あいつらは!?」
怯えるように飛び跳ねて、瞬時に周りを警戒する妹。
「大丈夫だ。安心しなさい。スフィンクス族ならもういない。君のお兄ちゃんと俺達で、あいつらは一匹残さず殺し尽くした。もう怯えなくて良いんだ」
「そう、なの……?」
俺の言葉を聞いた妹は、安らいだように力を抜く。
何故俺が言葉を伝えただけで、そうなったのか? 簡単だ。相手を安心させる話し方というものがある。それ通りに喋っただけだ。
ゆったりとしたテンポで、丁寧に滑舌よく抑揚をつけて喋る。それがコツだ。そして最後に、声自体も穏やかな感じにした方が良い。勿論俺自身の技術だけじゃ声自体を操るのは厳しいので『声域拡張』頼りである。テンポと口調の丁寧さ、滑舌、抑揚に関しては、俺自身の技術だが! 全部紗耶香が喜んでくれるからって演技やら何やら色々やってたおかげである。紗耶香に感謝! あっ、会いたい……。紗耶香に会いたい。妹分が足りない……。あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~。でも、今は我慢だ。
後で奏にお願いしよう。うん。
「んんっ!! あぁ、そうだよ。だから安心しなさい。そこで、君に一つ聞きたいことがあるんだ」
「……なに……?」
「君のお腹に居る子供を、どうしたいか、だ。俺なら中に居る子供だけを殺せる。君が望むなら、そうしよう。だが、子供に罪はないと思うのなら、何か少しでも思う所があるのなら、産むと良い。子を殺すためには、君自身にも多少の負担がかかるからね」
最も、彼女自身に痛みは伴わないが。
「……本当に、やれるのかよ。あいつのガキを、産まなくていいのかよ……?」
「任せなさい。確実に、成功する」
「なら……頼むよ。あんな奴のガキの母親になんてなりたくねぇよ!!!」
涙をボロボロ流しながら、ヘルハウンド妹はそう言った。
「~~~ッッ!! なぁ、俺からも頼むよ。あいつの頼みを聞いてやってくれ。もし叶えてくれたら、俺の全てをお前にやる! だから、頼むよ……頼むッッ…!」
それを見たヘルハウンド兄も、つられるように涙を流しながら、俺に縋りついた。
「……任せておけ」




