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73話 理想の兄貴


 グラン王との面談を終えた俺達は、早速(くだん)のピラミッドへ向かうため準備を進めていた。遺跡の探索をしながら魔物の殲滅ってなると、それなりに時間がかかるかもしれないからな。事前準備は大切だ。我が家(ダンジョン)から持ってきていた食料も、この街に着くまでで在庫が尽きていたのだ。色々と補充をする必要がある。まぁ、砂漠へ行くにあたって一番重要な水分は、セーラがいるから問題ないんだけど。


「一体どんな奴の墓なんだろうな? ピラミッド」

「亜人にとって大事なんでしょ? 神様とかじゃない? ジェセル硬貨の」


 そう言って、奏は懐から硬貨を取り出し、見せてきた。

 

「まぁ~、それもなくはないか」


 でも、なんか違う気がするんだよなぁ。ぶっちゃけ『直感』が、違うぞって言ってる。答えは分からないけど、神様が眠ってる訳ではないことは確かだ。まぁ折角奏が答えてくれたんだから、否定はしないけど。


「おい……お前ら」


 唐突に話しかけてきたそいつ。

 

「ん? あっ!」


 それは、俺の対戦相手だったイケメン狼ことヘルハウンドだった。

 相変わらずカッコいい。ギザギザの歯と、呼吸する度に火の粉がチリチリしてるのがたまらないですねェ。


「ヘルハウンドじゃんか! 何か用か?」

「うぉっ!? な、なんなんだお前……一回戦っただけだっつーのに。妙に馴れ馴れしい奴だな」

「別に良いだろ? それとも嫌だったか?」

「……まぁ、構わねぇけど」


 顔を逸らして答えるヘルハウンド。……ツンデレ? ツンデレなのかこいつは!? なおヨシッ!!!


「ヨーシッ!!!」

「うおっ!? なんだ唐突に叫びやがって!」

「あっ、わり。ちょっと昂る感情が」


 こういうクールな感じのイケメン狼キャラがたまに見せるデレ。それがたまらないっ!! なんだこいつは。俺の好きな男キャラ要素の詰め合わせハッピーセットなのか? i’m Lovin’it!! なのか!?


「で、なんか用か?」

「あ、あぁ……。さっき、ピラミッドがどうこう言ってただろ?」

「ん? あぁ。それがどうかしたのか?」


 俺が軽い気持ちで問いかけると、ヘルハウンドはやたらと真剣な顔つきになって重い雰囲気を醸し出す。


「頼むっ……!! そこに、俺の妹がっ!! 俺の妹が囚われてるんだッ!! そこに行くんなら!! 俺の代わりに、助けてやってくれッ!!!」


 バッ!! と、俺に縋るように、両腕を掴んで頼み込んできた。


「……とりあえず、話を聞こう。ここじゃ人目に着く。場所を移すぞ」

「あ、あぁ」


 妹を代わりに……ね。




◇◇◇




「それで? 何があった。具体的に言ってみろよ」


 俺達が宿泊している部屋に連れ込み、セーラの水の膜で防音対策をした上で、話を始める。


「……武闘会が始まる少し前のことだ」


 それから、ヘルハウンドは語り始めた。

 その説明で分かったことを簡単にまとめると、


1…ヘルハウンドの妹を攫ったのはピラミッドに住み着く魔物、スフィンクス族。



2…ピラミッドの外に出てきてヘルハウンドの妹を攫った実行犯は、スフィンクス族の子供たち。どうやら自分たちの子供に他種族のメスを攫わせて孕ませ、子育てが終わったら食料にする習性があるらしい



3…スフィンクス族の王であるキングスフィンクスはとんでもない強さらしい



4…いつ頃からピラミッドに住み着いたのかはヘルハウンドも知らないらしい



 この4点となる。



「……なるほど」



 これまた、俺の地雷を踏み抜く習性をしてやがるなスフィンクス族……。



「んで、お前はここで何やってる訳? そんな奴らに攫われてんじゃ、妹さんもうヤバいんじゃねぇの。武闘会なんかに参加してる暇あった?」

「っ……!! 仕方ねぇだろッッッ!! 強すぎるッ、強すぎんだよ!! キングスフィンクスの野郎ッッッ!!!!」



 ギリッ!! と歯を食いしばり、口から炎を漏らしながら叫ぶ。



「俺だって最初は自分一人で助けに行ったんだ!! でも、俺じゃあ手も足もッッ……!! だから強い奴を、あいつらを殺せる奴を探しに来たんだッッ!!」



 なるほど……。一応チャレンジはしてみた訳だ。まぁ、そこは別に良いんだが。気に入らないのはそんなとこじゃない。



「へぇ、助けに行ったのか。んで? じゃあなんでお前、つい最近知り合ったばっかの俺らに頼んで、自分は待ってようなんて考えてる訳? 自分の手で助けてやりてェとか思わねェの? 妹が大切じゃねェの?」

「……ざけんじゃねぇぞ。なんでそうなるんだよ」



 目を血走らせて俺の襟を掴み上げるヘルハウンド。



「言ったじゃねぇか。俺の代わりにってよ。赤の他人に丸投げしてよォ……妹は今も苦しんでんのに、テメェは一人安全地帯で指しゃぶってようってんだろォッ!? それでもテメェ兄貴かッッ!? あぁッ!!?」

 

 襟を掴んでいたヘルハウンドの手を払い、ぶん殴る。気に入らない。見てくれもツンデレな所も俺の好みドストライクだった。だが、こいつは俺の地雷を見事に踏み抜いてくれやがった。妹を愛する者として、兄貴として、黙ってはいられなかった。

 

「ヅッ!!! ってぇなぁ!!! じゃあどうしろってんだよッ!!? 俺じゃ、あいつを助けてやれねぇんだッ!!! 周りに助けを求める以外どうしろってんだよ!!!?」

「分っかんねぇ奴だなァ!!! お前も一緒に来ればいいだろうがっ!! 気に入らねぇのは周りに助けを求めたことじゃねぇ!! むしろ、一人で突っ込む前から助けを求めたって良かったくらいだ。無計画に突っ込んで、結果ボロ負け? もしテメェがそれで死んでたら、妹は助かんねぇだろ! 俺が言ってんのは、赤の他人に丸投げしてテメェは待ってるってとこだ!! 妹はテメェに助けて欲しい筈だろうが!! テメェの命を懸けたって助けてェ大切なやつなんだろ!?」 

「当たり前だろッッッ!! あいつは、たった一人の妹なんだッ!!! 親なんか物心ついた頃にはいなかった……。俺が一人で、あいつの親代わりとしてッ……俺なんかどうなったっていい!! あいつが助かるならッッ!! 俺はッ!!」



 涙を流さないまま泣きじゃくっているかのように、ヘルハウンドは叫んだ。



「ならテメェも一緒に来やがれってんだ!! ……はぁ~」



 息を吐き出して、頭を冷やす。

 気持ちは分かる。こいつは『もしもの世界の俺』なんだ。だから余計に、気に入らないんだろうな。



「兄貴ってのはな、妹にとってヒーローなんだよ。危ない目にあった時は何処からともなく駆けつけて自分を助けてくれる、悲しい時は寄り添ってくれて一緒に悲しんでくれる、いつもどんな時も、ただ一人自分の味方になってくれる絶対無敵のヒーローなんだよ」

「……それは、強い奴の理論だろうが。俺は、そんなに強くはないんだ……。なかったんだよッ!」

「あぁそうだぞ。だから、これは理想論だ。俺だって成れなかった。俺は、あいつを一人残しちまった……」



 そうだ。俺は、あいつを……紗耶香を、一人残して死んだ。その命を守ることは出来た。けれど、俺の死で紗耶香は悲しんだだろう。母さんも父さんも、皆悲しんだだろう。それが何より心残りだ。

 もう二度と紗耶香の悲しみに寄り添ってやれない。一緒に遊んでやれない。もし、また危ない目にあっても……俺は駆けつけてやることが出来ない。だから俺は最低の兄貴だ。絶対無敵のヒーローには、なってやれなかった……。



「けどな、俺自身の手で守ったぞ。それに対してお前はどうだ? 他人に丸投げしてテメェは待ってるなんて、情けなくねぇのか? そんなんじゃ、最低の兄貴どころか、兄貴を名乗る資格すらねぇぞ」

「……行きてぇよ! 行きてぇに決まってる!! 俺の手であいつを助けてやりてぇよ!! でも、俺が行って、もし邪魔になっちまったら……そのせいで妹が助からなかったらッ……!? そう考えると、どうすれば良いかッ……!!」 



 負けて死にかけたから怖がってる訳ではなかったのか。



「そこは、わがままになっていいんだぞ。誰も無碍にしたりなんかしない。少なくとも、俺はそういう奴の方が好きだぜ。……なぁ、お前はどうすんだ? 行くのか、行かねぇのか」

「~~~~ッ。行く!! 行くに決まってんだろッッッ!!」 

「ふ……。それでこそだ。良いぜ。お前の妹、一緒に助けに行こう。さぁて、そうと決まったらこうしちゃいらんねぇ! 慌てず丁寧に処理するつもりだったが、こうなったら弾丸だ。速攻で行くぞ」


 俺の言葉に、皆が頷く。

 個人的にもスフィンクス族とやらは気に入らん。あのクソ共を彷彿とさせるからだ。


「お片付けだ。一匹残さず滅ぼしてやる」

 


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