70話 正体
「あら、何のことかしら。頭がどうかしてしまったの? グランの坊や」
「ふん……。なるほど、読めたわ。あやつらしい手だ。どうやら、貴様と問答をしても無駄なようだな!!! 土塊っ!!!」
その瞬間、グラン王の身体がブレる。
次の瞬間には、グラン王はフィリオーラの背後にいた。
「がああ!!!」
吼えながら、グラン王はフィリオーラの首を手刀で斬り裂いた。斬り、裂けた。
「お、終わった……?」
「油断するなっ!! こやつはまだ動く!!!」
しかし、首と泣き別れになって残された身体は、グラン王の言葉通り、動き出した。間も無く、俺に向けて迫る弾丸の如き極光。
「っ……!!!」
急展開に理解が追い付いていない身体を何とか強引に動かして、フィリオーラ(首無し)が放った魔力弾を、当たる寸前で躱す。
ドォォォォン!!
振り返ると、武舞台の観客席の一角が、丸ごと消滅していた。
「安心せよ、サタン。余の部下が既に動き出しておる。そなたの身内は勿論、犠牲者など居らぬわっ! だが……チィ、面倒な!! 以前までは生身の使いを寄こしてきていたというのに、何故今回はこのようなものを……ふんっ!!」
ボヤキながらも、グラン王がフィリオーラを殴る。いつの間にやら、頭と身体がくっついている。
俺の攻撃は一切効かなかったのに、何故グラン王の攻撃は効くんだ……? 何か秘密があるのだろうか。それに、どうして泣き別れになったはずの頭と身体がくっついて……?
いやしかし、犠牲者が居ないのなら良かった。まぁ、うちの奴らは魂の繋がりを通じて居場所も分かっているし、無事なことも確認していたから、それほど心配はしていなかったが……。
「……なぁグラン王。あんたさっき、こいつのこと土塊がどうこう言ってたよな……?」
「むっ? あぁ!! こやつはっ、フィリオーラの操るっ! 魔法人形だ! 別に負けはせんのだがっ! 何度でも蘇る! 倒し方がっ、分からんのだっ!! 以前、もっと無機質な魔法人形を寄こしてきたことが、あったのだがっ! その時はっ、首を落としたら倒せた! だが、この様だ!! 正直っ、お手上げだなっ!!」
フィリオーラゴーレムと激戦を繰り広げながらも、俺の質問に答えてくれるグラン王。ちなみにそのフィリオーラゴーレムは、一度首を斬り飛ばされて以来気が狂ったようにアハハハ! と甲高い声で笑い続けている。
ゴーレム……ゴーレムか。
この世界のゴーレムにアレがあるのかは分からない。でも、アレがあるのなら……俺の『解析』と『弱点看破』なら、見つけられるはずだ。
そう考え、魔力を目に集中させる。
「あった……!!! グラン王!! フィリオーラの背中を剥いでくれ!! 服だけだ!!」
「むっ? 何か考えがあるのだな!? いいだろうッ!! があああッッ!!!」
俺の指示通り、グラン王は迅速にフィリオーラゴーレムの服を剥いでくれた。その背中には、ある文字が彫られていた。
אמת
読み方は、emeth。
「これで、どうだッ!!」
左端のローマ字のNに近い文字、emethのeに相当する部分だけを剣で切り裂く。
その瞬間、フィリオーラゴーレムは狂ったように笑うのをやめ、停止。間もなく、ただの泥と成り果てた。
「……サタン。そなた、何をしたのだ……?」
目を見開き、俺を呆然と見つめるグラン王。
「俺はこいつの倒し方を知ってた。それだけだ」
「その倒し方を聞いておるのだ!! 余も知っておかなければ次また魔法人形に襲われた時、対処出来ぬではないかぁぁぁ~!!」
「おわぁっ!!? わ、分かったよ。話す! だから揺さぶるのをやめてくれ!!」
「むっ。す、すまん……。つい……して、何をしたのだ?」
「え~っとだな。あの背中に彫られてた文字あっただろ? アレは俺の故郷に伝わる言葉の一つで『真理』って意味なんだ。んで、その左端にあった一文字を消すと『死』って意味に変わる。だから、あいつは力を失って元に泥に戻っちまったんだよ」
まぁ正確には俺の故郷の言葉である日本語じゃなくて、ヘブライ語なんだけど。でも……なんだって、この世界にヘブライ語が? アレは正真正銘、本当のヘブライ語だった。いつも『万能翻訳』のおかげで言葉も文字も、全部日本語になってるけど……アレは違った。れっきとしたヘブライ語だ。
勇者……。確か、異世界から召喚してるとか何とか、言ってたよな。まさか、地球から召喚された奴が昔居たのか? だから、文字が伝わってるのか……?
「なぁグラン王。今って勇者、召喚されてんだよな」
「むっ? あぁ。でなければあやつは来ない。言っておったであろう。『勇者の経験値諸君』とな。ふん……腹立たしい事この上ないが、余たち亜人国家の住人は、勇者が召喚される度にあやつの使いに襲われてきたのだ。勇者が強くなる為のエサとする為に」
「そうか……そう、か……」
勇者。まさか、誰か来ているのか……? この、ずっと感じている嫌な予感は、その誰かとの出会いを予見しているというのか……? 分からない。しかし、まともな出会いにはならないのだろうなと、思わざるを得ないのだった。




