69話 やってきたモノ
「初めまして。今代憤怒の魔王、私は魔法大国の女王フィリオーラ。私の物になる気はない? 魔王は殺し尽くさなきゃだけど、私の物になるなら、貴方だけは見逃してあげても良いわよ」
こいつを見た瞬間、凄まじい頭痛に襲われ、同時に俺の中のナニカが騒ぎ出した。俺の身に何が起きているのかは分からない。
けれど今俺がすべきは、とにかくこいつを排除することだ。
幸いにして、頭痛と騒ぐナニカはもう治まった。
「断る。何故俺が襲ってきた奴の物になってやらないといけないんだ?」
「よくぞ言ったサタン!! それでこそよ。そやつはフィリオーラ。神話の時代から生きるエルダーエルフ。若く見えるが、とんだババァよ。騙されるでないぞ。しかしなんだ? 貴様、衰えたか?」
俺とフィリオーラとやらの間に挟まるように割って入ってきたグラン王。
この言い振り、知り合いか……? ってか、300歳オーバーのグラン王がババァって呼ぶレベルって、マジか。神話の時代から生きるって、マジか。
見た目はまるっきり普通にキレイなお姉さんって感じなんだけどな。いや、あの舐めまわすような目つき怖いからノーサンキューだけど。
男の視線を嫌がる女の子の心境が、初めてホントに理解できたかもしれない。これは怖いわ。うん。
「あら居たの、グランの坊や。そこを退きなさい。私は憤怒と話しているの。そう言わずに考えてみて? 手荒にしたのは悪かったわ。貴方がいるとは思っていなかったの。だから、ね? 感じたこともない快楽を味合わせてあげるわよ……?」
淫猥な笑みを浮かべ、フィリオーラは俺を誘う。見た目は普通にキレイなお姉さんエルフなので、興奮するかな~? と思っていた。けれど、何も感じない。
むしろウザったいだけだった。既婚者としての理性、とかそんな話ではない。ギムリとレギンに初めて会った時、俺は普通に女としての魅力は感じていた。
しかし、この女からは何も感じない。何故だと考え始めて、俺の全てがこいつを敵と認識しているのだと理解するまで、そう時間はかからなかった。
一体何故、それほどまでに敵だと認識しているのか。それは分からない。けれど、こいつは敵だ。それだけは分かった。
「断る。そもそも、俺は既婚者だ」
「……ふぅん、あらそう。じゃあ、その女どもを殺して強引に連れて行かせてもらおうかしら。貴方可愛いし。私好みなのよねぇ。ふふっ」
雰囲気が変わる。
腰まで伸びた黄金の髪が、風に吹かれたようにざわざわと揺らめく。俺を見据える縁。こんな奴が奏と同じ色をしているのが、無性に腹が立つ。
「……お前、誰を殺すって?」
身体の右側が、燃えるように熱い。
反射的に身体が動き出す。気が付いた時には、俺はフィリオーラを殴りつけていた。しかし、
「あらあら、怒っちゃった? ふふっ、でも残念。今の貴方じゃ私には届かないわよ。でも殺さないであげる。貴方は可愛くて私好みだから」
半透明な魔力の障壁で俺の攻撃は防がれた。
「チッ……!! ならこいつでどうだ!?」
俺の全魔力を剣に籠めて、障壁ごとぶった切ろうとする。
だが、
「無駄と言っているでしょう」
それも無駄に終わる。
虚しく、攻撃は弾かれて終わった。
だが諦める訳にはいかない。俺は、こいつに勝たなければ。そうでないとあいつらを、奏を、クロを、皆を守れないッ!!
「しょうがないわねぇ。出来れば無傷で手に入れたかったのだけど……。まぁ、多少乱暴に躾をしても、魔王なら壊れないでしょう。現実を知りなさい。貴方はまだ、世界を知らぬ赤子なのよ」
フィリオーラの持つ木の杖から、膨大な魔力が解き放たれる。
それはまるで、星。一瞬のうちに視界を埋め尽くしたあまりにも巨大すぎるソレを見て、俺は呆然とせざるを得なかった。
「なん、だ。これ……?」
レベルが違う。
脳裏に過った言葉は、その一言だった。
「何を勝手に諦めている!!! それでも余が認めた男かっ!? 今こやつに負ければ、そなたの大切な家族は殺されるのだぞっ!!」
ゆっくりと、だが着実に迫ってきていた星の前に、グラン王が姿を現す。
まるで俺を庇うかのように。
「あんた、何を……?」
「そなたは余の民の子供たちを支援してくれたのでな。ちと、そなたのヒーローになってやろうと思ってな。それに、まだそなたと戦っておらん! 今ここで死なせる訳にはいかんのだ!! なぁに、心配するな。この程度、余にはどうってことない!!!」
GAAAA!!!
吼えるグラン王。
すると、その言葉通りアレほどの膨大な魔力がいとも容易く弾け飛んだ。
「な、なん……だと……?」
思わず、目を見開く。
あのような膨大な魔力が、遠吠え一つで……!?
「ふん……。その飾り気のない杖、それに魔力。どうも可笑しいと思っていたが、やはりな。貴様、本物ではないなっ!!! 本物のあやつなら、この程度ではないわ!!」
「っ!?」
本物は、これ以上だと言うのか……? 俺は、強くなったと思っていた。楽勝ではなかったが武闘会に優勝して、このままグラン王も倒せると……倒してみせると決意していた。目的のために。
だが……その言葉が本当なら……いや、違うな。俺はあの星のような膨大な魔力を見て、文字通りレベルが違うと、死を覚悟してしまった。
それを、この王様はいとも容易く……。
「はは」
勝つなんて、ちゃんちゃら可笑しな話だったな。
「あら、何のことかしら。頭がどうかしてしまったの? グランの坊や」
「ふん……。なるほど、読めたわ。あやつらしい手だ。どうやら、貴様と問答をしても無駄なようだな!!! 土塊っ!!!」




