59話 王位選定武闘会-予選5
《いよいよ最後の組です! えーっと? 魔王仮面選手! 入場してくださぁぁぁい!!!》
ふっ、と短く息を吐く。
ガチャガチャという金属音と共に、控え室のベンチから立ち上がる。
そう。俺は既に剣を鎧化させた状態なのだ。魔王仮面というフザケた名前も、その一環だ。俺はこの武闘会において、ずっと鎧化状態で戦うつもりなのである。
門をくぐり、武舞台へ入場する。
わーわー、きゃーきゃー。これから始まる戦いへの期待に盛り上がる観客の声が、武舞台に響く。
《対するはぁぁぁ~? 七色スライム軍団だぁぁぁ~!! これは厄介な相手だぞ~!!? 魔王仮面選手、どう対処するのかぁ!? 期待が高まります!! それでは、始めましょう!! さぁ、第21予選!! 始めてくださぁぁぁい!!!》
予選開始の合図。
スライムたちが一斉に動き出す。
開幕早々、弾丸のように飛びかかってきたのはレッドスライム。俺の周りを不規則に跳ねつつ、体当たりを仕掛けてくる。どうやら撹乱のつもりらしいな。
「はぁ!」
だが、その程度で惑わされるほど軟ではない。
魔力を足に集中させ、ダンッと足踏み。魔力の衝撃波を周囲へ拡散する。それによってレッドスライムたちは吹き飛んでいった。
しかし――。
「うわぁ……フラグ回収、ってか」
俺がレッドスライムを対処している内に、他のスライムたちは素早く各色で身を寄せ合い、一つに溶け合い合体してしまっていたのだ。
《お~っとぉ!!! 魔王仮面選手!! レッドスライムを吹き飛ばしたのは良いが他のスライムたちが合体してしまったぞ~!!? 集合する粘体の誕生だぁぁぁ!!》
スウォームスライムね。
「っと……!」
素早くバックステップし、更に上半身を後ろへ反らし、躱す。
ビュッ!! と音を立てて、スウォームスライムたちが身体の至る所から触手を伸ばし、俺に攻撃してきたのだ。
「っん? よっ」
武舞台の下から迫るナニカの気配を感じ、すぐさま飛び退く。
その一瞬後にズウォッ!! と武舞台の硬い岩を貫き、触手が俺の居た所に現れる。
よく見ると触手は鋭く変化し、刃と化しているのが分かる。
「ってぇ!?」
不意に、身体に焼けるような鋭い痛みが走る。
鎧は無事だ。身体の何処にも斬れたような感覚はない。それに、斬れただけなら俺はすぐさま再生する。
「ぐっ……はぁ、はぁ……この、息が切れる感じ……毒、か?」
よく見ると、グリーンスライムとパープルスライムが身体から何かそれぞれの色の煙を遠くで出しているのが確認出来た。
《魔王仮面選手!! どうやら毒を食らってしまったようです!! しかも、グリーンとパープルの両方!! これはマズーい!!》
実況の言い振り。どうやらあの2体のスライムは同じ毒でも、別々の効果を齎す毒を放つらしいな。具体的にどういう効果の毒なのかは分からないが、今俺が感じている焼けるような鋭い痛みと、息が切れる感じ。これらがそれぞれの毒によって齎されているのだろう。
「チッ……仕方ない」
影の回廊から完全治療薬を取り出し、鎧の口元のみを開いて瓶の中身を飲み干す。
この予選では何をしてもいい。だから、アイテムの持ち込みもOKなのだ。
「っ!!!」
再び毒を吸わないよう息を止めつつ、武舞台を蹴って突っ込む。
状態異常系は厄介だ。速攻で潰すのが一番!!
「っ!?」
しかし、俺がとりあえずでパープルスライムへ繰り出した斬撃は、意味を成さない。斬れるは斬れたのだ。
しかし斬ったそばから再生してしまったし、剣自体もじゅうじゅうと音を立てて錆び始めてしまった。
《これは魔王仮面選手! 成す術もないのかぁ~!? 不用意にスライムを斬ってしまったことで剣が錆びてしまったぞ~!!!》
斬撃は意味がない、か。というより、物理攻撃は大体意味がなさそうだな。
某国民的RPGのイメージは、やはり捨て去った方が良さそうだ。
「っ!」
空から、地面から、背後から、正面から、四方八方から襲い来る触手。それは斬撃であったり殴打であったり、様々だ。
それを身を反らして、バックステップして、武舞台を駆け回って、時に飛び跳ね、魔力で空中に足場をつくり空を立体的に跳ね回って、様々な方法でひたすら躱し続けながら攻略法を考える。
錆びてしまった剣は、鎧と同化させておけば再び新品同然のピカピカな状態に戻る。それが『自動修復』機能なのだ。故に剣が錆びたのは、一旦どうでも良い。
◇◇◇
「は?」
攻撃を躱し続けていると、いつの間にか俺は家に居た。
ダンジョンではない。日本の……懐かしの我が家だ。
壁掛けの時計が見える。大きなテレビには仮面なバイク運転手のヒーローが映り込んでいた。
「あれ、お兄ちゃん? どうしたの? そんな所に突っ立って。一緒に見ようよ!」
凄く、懐かしい姿だ。
俺と同じ黒髪黒目に、くりくりとした可愛らしい目つき。人懐っこい笑顔。懐かしい。懐かしい……!
「紗耶香……!」
目尻に雫が溜まるのを自覚する。
あぁ、か○でそっくりの声だ。か○でそっくりの仕草だ。
(か○で……? あれ、俺は。今誰のことを……)
ナニカとても大切なことを忘れている気がする。
胸に穴が開いている。
「お兄ちゃん?」
「え……あ、あぁ。うん。わり、今行くよ」
首を傾げて、俺の様子を伺う紗耶香に曖昧に笑って動き出す。
紗耶香と一緒にテレビの正面にある4人掛けの大きなソファに座って、懐かしい変身ヒーローの番組を眺める。
(そもそも俺は、さっきまで何をしてたんだ……?)
穴が、開いている。
「お兄ちゃん……なんで泣いているの?」
「えっ? 俺、泣いてるのか……?」
どうして俺は、泣いている? いつも通りの日常じゃないか。紗耶香と一緒に変身ヒーローの番組を見て、チャンバラごっこをしてみたり追いかけっこをしてみたり。
何故かやたらとチャンバラが強くて、火や雷を極端に嫌がる母さんが居て、俺達家族を溺愛するあまりにブログで個人情報をバラまいたり、職場の人に家族自慢をしまくってみたりして、事ある毎に母さんにボコボコにされるけど、凄く母さんと仲が良くて、俺達家族のことをバカにする奴にはすぐぶちギレる父さんが居て。
学校では嫌われてこそ居ないものの、度の過ぎたシスコンによって男女ともに引かれてて……それでも、なんだかんだでワイワイやれてる楽しい日々で。アニメを見てゲームで遊んで、そんな日常。
「あっ、見て見てお兄ちゃん!! 魔法だよ魔法!! 憧れちゃうよね~! 剣も好きだけど、やっぱりファンタジーな魔法にも憧れちゃうな~」
魔法に憧れる……? 可笑しいな。紗耶香は、魔法に全然興味がなくて、それに合わせてたから俺は魔法のイメージが上手く出来なくて習得に苦労して……。
ザザ……ザザザ……
テレビの砂嵐のような雑音が聞こえる。
(あ? 今何考えてたんだっけ……)
なんとなく、カレンダーに目を向ける。
今日は火曜日か。時間は……20:05。
「なぁ紗耶香。これ、録画だっけ。DVD?」
「え? 何言ってるのお兄ちゃん。今放送してるんだよ?」
違和感がする。
変身ヒーローシリーズは、休日放送の筈だ。平日の夜にリアルタイムで放送していたシリーズなど、記憶にない。
それに時計が指し示す時間は20:05なのに、やたらと外が明るい。
――……ター!!
ナニカ、聞こえる?
「ちょっとごめんな」
ソファから立ち上がり、窓の外を見ようとする。
「窓の外なんか見てどうするの」
紗耶香の様子が変わる。
深く俯いたことで、顔が陰る。何処かピリピリとした声だ。
――そ……様!!
また、ナニカ聞こえる。
「なんかってことはないだろ。ちょっと外を見たくなっただけだ」
「窓の外には何もないよ。そんなことより私とテレビ見ようよ」
可笑しい。止める理由なんて、何もない筈だ。
――ち……え!!
まただ。また、ナニカ聞こえる。
穴が、穴が開いている。
「ごめんな」
そう言って窓の方へ駆け出す。
すると紗耶香は俯いたまま、物凄い力で俺を引き留めてきた。
「窓の外なんか見たって意味ないよ」
ますます疑念が深まる。
――目ぇ……しや……はん!!
痛い。
ナニカ聞こえる度に、凄く痛くなる。
胸に空いた穴が、酷く痛む。その存在感を、猛烈にアピールしてくる。
「そう言われると、余計に見たくなるのが人間ってもんだぜ」
俺を引き留める紗耶香ごと引きずり、窓を開けて外を眺める。
そこには本当に何もなかった。窓を閉めている間は外の景色が見えていたのに、開けてみるとそこにあったのは、藍色の霧だけだった。
藍色……あい、いろ……イン、ディゴ……?
――創哉~!!! 目を覚まして!!!
(~~っそうだ……!!!! 奏、クロ、皆!!!)
思い出した。全てを、思い出した!
急速に、霧が晴れていく。
「がああああ!!!」
気合の声と共に、魔力を解き放つ。
「やってくれたなテメェ……!!」
そこに居たのは、虹色のスライム。
マーブル柄の球体。藍色の霧を身体から滲ませていた。
「この俺に奏たちのことを忘れさせ……。更には、紗耶香に……俺の超超超ちょー! 可愛い癒しの大天使たるマイリトルシスターに化けるたァ!! フテェ輩だなァ~!!!?? ……ぶっ殺す」
――称号スキル『超シスコン』が発動しました
――称号スキル『憤怒の魔王』が発動しました
頭が冴え渡る。どうすれば敵を殺せるのか、分かる。
最も効率的で手っ取り早い最適解が、一瞬で導き出される。
《魔王仮面選手!! インディゴスライムの洗脳の霧から抜け出した~!! もう終わりかと思っていましたが!! まだ決着はつかないようだ~~!! っとぉ!? そうこう言っている内にジャイアント・マーブルスライムが虹色に輝きだした~!!! アレは、極彩魔爆波だ~!! 直撃はマズいぞ~!! 流石の魔王仮面選手も万事休すか~!?》
何やら聞こえるが、耳に入らない。
雑音がうるさい。こんなものは、いらない。
虹色の極光。
眩しいな。いらない。
「ふっ」
奴を殺す最適解、それは体内の何処かにある核を壊すこと。
あぁなんて簡単なお仕事だ。俺には核が見えている。どうしたら壊せるのかも手に取るように分かる。
ならば実行するだけだ。
「す……」
短く、鋭く息を吸う。
目から何かが流れ落ちる。身体が焼けつく。熱い。痛い。だが、その全てを無視してイメージする。
ザザ……ザザザ……
魔力に色を与えようとした瞬間、砂嵐が俺の思考を乱そうとする。
それも無視して、強引に色を与えようとする。
ジャラ……
今度は鎖のようなものが俺を縛り付けようとする。
だが、それも無視して強引に色を与えようとする。
阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。阻まれる。無視する。
パリィィィン……
度重なる邪魔と無視の末、魔力に色を与えることを阻んできたナニカの力は弾け飛び淡く消え去った。
色を与える。
その色は、虹。
世界を構成する全ての色。
次元そのもの。
「空想発生……空間置換」
手元に現れた、温かくてつるつるとしていて、ドクンドクンと動くソレ。
スライムの核。
「終わりだ」
手を握り込み、潰す。
ぶちゅりとした感覚。手が濡れる。
――:;¥^@@、:の%&#*が破壊されました。それにより魔力が超大幅に上昇します。また、属性魔法の使用が可能になりました
――@;;:%$&が上昇しました
雑音まみれの天啓が聞こえる。
「ハッ! ……あ? 俺は、何を……」
俺は確か、合体したスライムたちと戦ってて……。
《しゅ、終了~~~!! 魔王仮面選手の魔法……? らしき力でジャイアント・マーブルスライムの核が握り潰されてしまった~!! 正直よく分かりませんがともかく第21予選、終了です! 突破タイムは98秒! ギリギリでしたが無事突破です!!! 魔王仮面選手! 大丈夫そうですか!?》
「えっ? あ、あぁ。はい。問題ありません」
《それは良かった!! では武舞台の修復もありますので、続きはまた明日から行うことになります!! 本日はお疲れ様でした!!》
一体、何が起きたんだ……? 俺はどうやって、あの魔物に勝った? 分からない。何も分からない。けれど何故だか……魔力がめちゃめちゃ高まったことだけは分かった。
今話の最終ステータス
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名前:神崎創哉 16歳 男 レベル:25
種族:魔王
クラス:迷宮主
魔法:全属性
CBP:3000/3000
筋力:4500
耐久:1650
敏捷:3100
魔力:77500
器用:6250
能力:クラススキル『迷宮の支配者』
…DPショップ,領地拡大,領域改変,領地内転移
虚ろなる身体,万能翻訳,眷属化,解析
ユニークスキル『暗殺者』
…暗器百般,生体解剖,弱点看破,影渡り,状態異常付与
ユニークスキル『武芸者』
…武芸百般,闘気術,超加速
ユニークスキル『吟遊詩人』
…唱奏思念伝達,地獄耳,絶対音感,声域拡張
称号スキル
『転生者』『超シスコン』『憤怒の魔王』
エクストラスキル
『悪意感知』『直感』『家事全般』
常用スキル
『魔王死気』
武技
『超魔浸透拳』
熟練度:芸術5,ダンス6
耐性:飲食不要,疲労無効,不老,痛み耐性Lv8,熱変動耐性Lv3
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