57話 王位選定武闘会-予選3
「おっ、居た居た。お疲れナディ」
「父上! はい。無事、勝ってきました」
「ナディくん、はい。これ」
控室の方からちょうど戻ってきた所だったナディを労いつつ、出店で買ってきたグレゴンの実のジュースとコッカトリスの砂肝串をシンシアが渡す。
「ありがとうございます」
「結構戻ってくるの遅かったんだな。出店の方を回ってる時に合流することになるかなって思ってたんだが」
「あぁいえ、ちょっと帰ってくるときに熱心なフェレスの方に捕まってしまいまして……。失礼のないように対応していたら、遅くなりました」
苦笑いで目を逸らしながらそう語るナディの瞳にハイライトはなく、ゲロ疲れたという感情がありありと伝わってくるようだった。
フェレスっていうと……アレか。予選の時にイケニャアアン! とか叫んでたどこぞの雌猫か。めっちゃアグレッシブだな。すげーフットワーク軽いじゃん。
とはいえ、それじゃあ疲れたろうな。俺達は『疲労無効』を持つが、それはあくまで肉体疲労。精神疲労まで無効化してくれる訳ではないのだ。
「……そうか。お疲れさん。マジで迷惑だったら、きっぱり言ってしまうのも手だぞ」
肩に手をポンと軽くのっけて労わる。
しかし、
「いえ、私は父上の子ですから! 魔王サタンの顔に泥を塗る訳には参りません。特に父上は、この国と友好関係を築くつもりなのですから」
ナディは俺の労わりに甘えることなく毅然とした態度でそう言った。
「……ありがとな」
俺からそうするように言った訳ではない。『俺の顔に泥を塗るな。たわけ』などと子供に当たり散らすほど、俺は栄誉にこだわっていない。そんなことをするのは、自分の肩書きを守るのに必死で周りが見えてない奴だ。
ハッキリ言って子供に当たり散らすくらいなら、そいつ本人が器じゃないと俺は思っている。ソレが何であれ。
「しかし、そうか……」
あっちがライン越えをしてきたら話は別だが、ナディの言う通り俺はこの国と友好関係を築くつもりでいる。そうである以上、確かに乱暴な対応などもってのほかだ。攻撃してきたなら遠慮するつもりはないし、皆もしないで良い。それは伝えてある。だからこそ初日の時点で正当防衛の言質はとった。
しかし今回の場合、相手はあくまで好意によってアピールしてきただけなのだ。
「ふっ、どう思ったんだ? 生後二か月未満のお前に聞くのもなんだが、実年齢だけの話でお前はもう大人だからな。……美人だったか?」
にやりと笑って問いかける。
「はは、そうですね……。可愛らしい方だな、とは思いました。勢いに少し戸惑いましたが」
そう言うナディは、弟たちを見守る時と同じ優し気な目をしていた。
……さてはこやつ、失礼のないように対応していたから遅くなったとか言ってたけど、実はちょっとデートしてたな? 一方的に口説かれただけにしては顔が綻び過ぎである。デート云々は行き過ぎた予想にしたって、憎からず思っているのは確実だろう。魂の繋がりを経て互いの居場所が分かるとはいえ、常にマークしてる訳じゃないからな。例えば奏は何処にいるんだ? って思うと奏の居場所が分かる、みたいな。
「そうかそうか。……こいつぁ早くも孫が出来ちまうかもな! はっはっは!!」
「ちょっ、それ笑えないんだけど!? 私まだ14なのにおばあちゃん!? 勘弁して欲しいんだけど!! ……あ、いや、ナディが本気なら、勿論応援はするけど……さ。それとこれとは、ちょっと話が別というか……ね?」
俺の冗談にわりと本気で奏が狼狽える。
俺は別に爺ちゃんって呼ばれても気にならんが、これに関してはむしろ俺が可笑しいのであって奏が普通なのだろう。
「で、実際どうなのナディくん!?」
目をキラッキラにしてナディに詰め寄るシンシア。
やっぱ女の子だな。人の恋路に興味津々な辺り。傍から見ると小学生女児がイケメン教師に『先生って彼女いるの~?』って聞いている構図だが、実情はむしろ女児の方が姉なのである。何かの癖が刺激されそうな光景ですネ~。まぁ、俺はシスコンではあってもロリコンではないので何ともないが。
「ノーコメントで」
「そう言わずにぃ!!」
「ノーコメントで」
「良いじゃ~ん! 私にだけ! ね? ほら! 言っちゃえ言っちゃえ」
「申し訳ありませんがシンシア姉様、黙秘権を行使します」
「え~。ケチ」
ニコニコ笑いながら黙秘権を主張するナディに、シンシアはぶぅと膨れる。
……なんか、前から思ってたけどシンシアとナディって仲良いな。特にシンシアが、俺らに対する態度とは全然違う態度をナディには見せてる傾向がある。
もしかしたら、こっちが素なのかもな。
《さぁ、第8予選! 始めてくださぁぁぁぁい!!!》
2人のやり取りを微笑ましく思いながら眺めていると、ついに第8予選が始まった。
ポロロン、ポロロン。
ハープの音が鳴り響く。
その巧みな演奏に、観客たちはこれが武闘会であることも忘れて魅了されていた。しかし対戦相手となる魔物達は、それを意に介さない。
セーラの演奏は『誘惑』の状態異常を引き起こすハズ。ナディの魅了が効いた以上、興奮剤のせいで効かないということは考えられない……。
「なんだ……?」
思わず呟く。
そして、何か気付いていない変化はないかと手元に向けていた視線をぐるりと動かし、もっと全体を俯瞰する。
そして気付く。セーラたちの足元に水が発生している。
「そうか。誘惑をそのために……!」
何故気付けなかったのかと思ったが、セーラの演奏で強制的に視線を手元のみに集中させられていたのだ。
魔物達が選手たちに飛び掛かる。セーラだけでなく、全体に。
しかし選手は他の観客同様、セーラの演奏に聞き惚れていて動く気配がない。あいつ、わざわざ予選の後で戦うのが面倒だからここで潰すつもりか?
なんて考えていると武舞台の上の水が徐に動き出し、
スパンッ!
セーラ自身に襲いかかってきた魔物だけでなく、惚けていた他の選手たちに襲いかかった魔物も全部まとめて一挙に切り裂いた。
《しゅ、終了~~~~!! しょ、正直に申しますとわたくしセーラ選手の演奏に聞き惚れていて何が起きたのか分かっていないのですが……ともかく第8予選、終了です! 突破タイムは16秒!》
まぁ突破するだろうとは思っていた。
しかし、こんな戦い方で来るとは……。あの水、セーラが特に何もしてないのに勝手に動いて魔物達を切り裂いた。もしかして、自動反撃か? 戻ってきたら聞いてみるか。
次のクロの出番は第10予選。そう間を置くことなく、スタートする。
あいつはどんな風に戦うんだろうな。そんなことを考えながら俺は、予選の観戦に集中しててずっと放置してた砂肝串にかぶりついた。
「……うっめぇなコレ」




