44話 ビジネスには酒の席がつきもの‐2
「店員さん。この店のオススメ料理、全部ください。それから、この店で一番美味い酒を4人分大ジョッキで」
「ええっ! よ、宜しいんですかニャ~!?」
「えぇ、構いません」
俺の言葉に、口をあんぐりと開けて驚く三毛猫的なぶち模様の体毛を持つ女店員さん。顔は肌だけが人間そのもの。奏と同じくらいの、健康的な白い肌だ。目、鼻、口は猫のもの。瞳孔が縦に細長く、金色の丸っこい目。小文字のオメガのような口が可愛らしい。黒いバンダナに隠されていて分からないが、とりあえず耳は三角なのが分かる。そして髪は茶色だ。バンダナから僅かにこぼれているから分かる。けれど、それ以上は分からない。
それから身体は、この店の男女共通の制服である黒い無地の半袖シャツと、この店の名前である『スナックにゃん丸』の文字が書かれている前掛け(※なお、万能翻訳のフィルターを通しているため本当の文字ではない)に大部分が隠されていて分からないが、ほぼ人間のように思える。
「あぁ、なるほど」
店員さんの戸惑う姿を見て俺は何となく察したので、一つ頷く。
「支払い能力が不安なら、この通りですから問題ありません。あぁそれから、とっておいてください」
そして懐から取り出した皮袋いっぱいのジェセル金貨を見せると、チップとしてまた別の皮袋からジェセル銀貨を2枚取り出し店員さんに渡す。
「にゃ、にゃにゃあ!? あ、ありがとうございますニャ! 分っかりましたニャ!! ただちにお持ちしますニャア~~~!!」
店員さんは俺の渡したチップに喜び、ぴゅ~っとカウンターの奥、厨房の方へと去っていった。
「……チップで2000ジェセルねぇ、金持ちは違うなサタンの旦那。オレなら精々300ジェセルだわ」
「オレも相当良くて500ジェセルってとこだな~。ホントに良かったのかい? 詳しくは知らねぇけど、間違いなくここの日給よりずっと高いぜ」
既に終わった俺と店員のやり取りに、頬杖をついて皮肉気に笑うギムリとレギン。
「問題ありませんよ。あの娘には、相当動いてもらうことになりますからね」
「あぁ? そりゃどういう。ってか、この店のオススメ料理全部とか言ってたけどよ。そんなに食えんのかい? あんた」
「ふ……。何を仰います? 言ったでしょう4人分と。貴女方の分も含めて注文したんですよ。口説きに来たのですから、それくらいはしますよ。今日の支払いは考えなくて結構。俺が持ちます。俺が来る前に頼んだ分まで全て」
「なっ!? お、おい……。マジで言ってんのかよ」
「オレら、もうなんだかんだ5000ジェセルくらい頼んでんぞ」
俺の言葉に、2人は見るからに動揺する。
5千ジェセルでその感覚か。ドワーフは相当優遇されてそうなイメージだったが意外と給料低いのか? いや、違うな。単にまだついたばかりなだけだ。
俺が話しかける前にボヤいていた内容的に考えて、今呑んでいるジョッキは一杯目なのだろう。でなければ、あのように盛大な音をたててジョッキをテーブルに叩き付けたりはしない筈。
「構いません。貴女方が満足するまで、付き合いますよ」
「……は、ははっ! そいつぁ良い! 言ったな!?」
「オレらドワーフは大酒呑みの大食らいだぜ!?」
よし、来た。ノッてきた。良い流れだ。
「それでも、ですよ。俺が頼んだ注文でも足りなそうなら、遠慮せずジャンジャン頼んじゃってください」
◇◇◇
「はぁ~、食った食った~! ヒック」
「もう呑めねぇ~。ヒック」
あれから、かれこれ3時間ほど。
オススメ料理全品注文を追加で5回……合計6回頼むことになった。そして俺はと言うと遠慮せず食ったし大ジョッキを、7杯は呑んだ。こういう接待の時は金を持つ奴が抑えていると、客も思いきり楽しめない。主催者側も全力で楽しんだ方が、客は遠慮せずに済むのだ。
だからって、強すぎじゃないかって? 勿論俺はそれほど強くはない。大ジョッキを一杯の半分くらい呑んだところで既に潰れそうになっていた。俺はそれほどアルコールに強くはなかったらしい。
では、どうやって冷静さを保ったのか? クロの妖術である。
クロの妖術は知っての通り、五感を弄ることが出来る。だからアルコールが回り酔い潰れそうになっている俺の五感を強制的に鋭くして、目を覚まさせてもらっていたのだ。クロを連れて来てなければ終わっていたな。良かった。
接待においてメインで動いたのは俺だが、クロがいなければ俺はそもそも動けなかった。ちなみにクロは途中で2人と呑み比べを始め、ギムリとレギンが10杯で根をあげたのに対し、クロは30杯くらい呑んでいたような気がする。これで平然としているんだから恐ろしいですよね。マジで。まぁ、飯はギムリとレギンの方が圧倒的に食べていたんだけど。
「あんたら、面白れぇなぁ~! ヒック。気に入ったぜ~!」
「あとでオレらの工房に来いよ~! ヒック! さっき言ってた他の奴らも連れて来ていいぜ~!」
2人は真っ赤になって、べろんべろんになってしまっている。
しかし、どうやら接待は上手く行ったようだ。
「それは良かった。あとで皆で行くよ」
「おう! ぜってぇだぞ~!」
「また、呑み比べしよや。ギムリ、レギン」
「「はは! おうよ! 次は負けねぇぞ~! んじゃ、また後でな~!」」
2人はそう言って、店を出て行った。どうやら酒好き同士、2人とかなり仲良くなったようだ。こういう点でも、連れて来て正解だったな。
まぁ約束に関しては酒の席でのものだから、到着してみたら覚えていない可能性がなきにしもあらずだが……まぁ、その時はその時だ。きっと大丈夫だろう。
ちなみに俺が口調を崩しているのは、接待中に2人がそう望んだからだ。
「さて、と……迷惑をかけたね。勘定を頼むよ」
「い、いえ~、えっと、38万6050ジェセルになりますニャ~……」
38万6050ジェセルか。面倒だな。迷惑料もあるし、多めに払っておくか。
「これで頼む。釣りは要らないから、とっておいて」
「よ、40万ジェセル!? あ、ありがとうございましたニャ~! また来てくださいニャ~!? サタン様と奥様~!」
『またお越しくださいニャ~!!』
俺達は店を後にした。背に店員さん達の熱烈な歓迎を受けて。
「おうえぇぇぇぇ!! おろろろろ! ごほっごほっ! あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁああ!! し、死ぬ。きもちわりぃ……マジ無理。うぅぅ」
「し、しっかりしぃや創哉はん!! ほら、これ!」
「あ、ありがとクロ。んぐ、んぐ……ふぅ~」
いや~、妖術で強引に酔いを誤魔化してただけだから、妖術を解けば当然こうなる訳で。分かってたことだけど、マジですっげぇ気持ち悪かった。
念の為完全治療薬、いっぱい持ってきておいて良かった。




