43話 ビジネスには酒の席がつきもの‐1
「っかぁ~!! キク! っっぱこれだよな!! なぁレギン!」
プライドキングダムにある大衆向け酒場の、端の席。
そこにゴキュ! ゴキュ! と喉を鳴らし、ドン! と手に持つ自身の顔より二回りほどは大きい木製の大ジョッキをテーブルに勢いよく叩き付ける豪快な女がいた。筋肉質な人間をそのまま小柄にしたような姿だ。しかし、出るとこは出ておりへこむべきところはへこんでいる。そんな彼女の正体は、ドワーフである。
酒気を帯びた赤らんだ顔つきで、その豪快な女ドワーフは向かいの席に座るもう一人の女ドワーフに話しかけた。
「おうよギムリ! 仕事終わりに呑むこいつの為に、オレらは動いてんだ!」
レギンと呼ばれた女ドワーフも、同じように手に持つ木製の大ジョッキをテーブルに叩き付けて答える。
そう。ドワーフとは、男女問わず小柄で筋肉質で豪快な性格をしているのだ。とはいえ見分けは勿論つく。身体つきや顔つきもそうだが、男ドワーフは幼少期こそツルツル肌だが、成人する頃にはサンタクロースの如き立派な髭を蓄えるのだ。
「がっはっは!! その通りだぜ! にしてもよレギン……ここ最近幾らなんでも忙し過ぎると思わねぇか? ったくよ。オレらの身にもなれってんだ!」
ギムリと呼ばれた女ドワーフが、怒り心頭! と言った風に悪態をつく。
「はぁ!? なんだお前! まだ聞いてねぇのかよ!」
するとレギンは目を見開き、いやむしろなんで知らねぇんだよ! くらいの勢いで問いかける。
「聞いてねぇって、何がだよ」
そんなギムリの質問に、
「はぁ~、しょうがねぇな。……『白の国』のイカレババァが、また勇者を召喚したんだとよ。俺らの仕事量がここ最近急激に増えてんのは、そいつが理由だ。半月くらい前、工房長が話してただろうが。朝礼で」
レギンはやれやれと額に手を当てながら首を横に振って答える。
「あぁ~? おぉ、あの時か! がっはっは! それじゃしょーがねぇな。オレあんときゃ二日酔いが酷くてまともに話聞いてなかったからよ!」
レギンの答えにギムリは豪快に笑いながら、しょうがないしょうがない! と酒をゴキュゴキュ呑みながら頷く。
「はぁ~、呆れた。……あぁいや、お前のそういうとこは昔からか。まぁ、とにかくそういうこった」
「なるほどねぇ。あぁ、そういや新しい憤怒の魔王が街に来たとかなんとかさっき聞いたなぁ」
「おう。そいつ、憤怒の魔王のクセに全然キレねぇんだってよ」
「あぁ? そうなのかよ。んじゃ、工房長の方がよっぽど憤怒の魔王じゃねぇか!!! あいつ、そろそろ血管切れて死ぬんじゃねぇか!? がっはっは!!」
酒の席での、ブラックジョークである。
「笑い事じゃねぇっつぅの! 確かにしょっちゅうキレ散らかしてっけど、あの人の鍛える一品は、それこそ伝説武具にも劣らねぇとオレは評価してるぜ! 古でもねぇってのに」
ギムリの冗談を嗜めつつ、レギンは真面目な顔で工房長と呼ばれる存在の腕を讃える。
すると、
「ふん……伝説武具ねぇ。ホントにそんなのあんのかぁ? ここ100年くらいひとっつも見かけてねぇぞ。古だって、もうとっくに死んでんじゃねぇのか?」
ギムリは鼻で笑う。
彼女は伝説武具や古の実在をかねてより疑っていたのだ。
「ばっかやろ!! 滅多なこと言うんじゃねぇ! あのイカレババァがまだ無駄に元気に生きてんだ。なら、オレらドワーフの古だって生きてるはずだぜ!!」
「そうかねぇ~」
レギンの言葉を聞いてなお、ギムリは胡乱げな顔のまま、乾燥させた肉を噛みちぎりながら酒を呑む。
するとそこに、
「すみませんお姉さん方。相席しても、宜しいですか?」
2人の男女が現れた。
黒髪黒目の少年と、鬼人の女だった。
◇◇◇
「すみませんお姉さん方。相席しても、宜しいですか?」
俺は現在、クロと2人で深夜の街で居酒屋を巡っていた。
ジョアーノ自体は信用しきれるか微妙な所だが、ドワーフの生活スタイルに関しては納得が行くため、ドワーフを探すなら夜と決めていたのである。
だから二次会が終わり奏や子供たちが寝静まった後、セーラに皆のことを任せて出てきたのだ。何故皆を連れてこないか? 相手は初対面のドワーフだ。大人数で押しかけては迷惑になるし、酒を呑めない奴が居ては場が白けてしまうかもしれない。そこで俺とクロの2人で来たのだ。
今日、俺はついに飲酒を解禁するつもりだ。クロは酒に強いし、俺がもし想定以上に酒に弱く潰れてしまっても、上手く事を進めてくれる筈。そう睨んでのことである。ここで、居酒屋巡りは3件目。ここまでの3件ではクロはともかく俺は適当に飯を食うだけに済ませてきた。肝心の場面で役立たずでは意味がないからな。
そんなこんなでやっと見つけた、ドワーフの2人組。逃がす訳にはいかない。
「あぁ? 構わねぇけど……他にも席は空いてんじゃねぇか」
明るめの短いボサボサな茶髪をポニーテールにした赤目のドワーフ、ギムリと呼ばれていた女性が、訝し気な顔で空席をあごで指し示す。
「ひょっとして、オレ達を口説こうってかい? はっはっは! んなわきゃねぇか! 女連れだもんな!」
続けて、レギンと呼ばれていた女性が笑いながら冗談を口にする。
「いえ、お姉さんの読み通りですよ。俺は貴女方を口説きに来た」
しかし当然、俺はその言葉を肯定する。
彼女たちが思う口説きは男女のソレだろうから、本当は違う。けれど口説きに来たことに違いはない。俺はセーラと同じように、彼女たちを眷属にする為にやってきたのだから。
「「はぁ!? ま、マジで言ってんのかい……?」」
ギムリとレギンが目を見開きながら、口に運びかけていたジャーキーのようなものをポロっと落として動揺する。
「えぇ、俺は神崎創哉。貴女方が先程口にしていた、全然キレない憤怒の魔王ですよ」
「うちは、創哉はんの眷属で妻の黒夜叉や。よろしゅうな」
ドワーフの2人組が座る4人掛けテーブル席の手前の空いてる二脚に、俺とクロで分かれて座る。
「あ、あぁ……あんたが噂の。通りで人間にしか見えねぇのに瘴気を放ってる訳だ。つーか、じゃなきゃ人間がこの国に居て無事な訳ねぇわな」
俺の隣に座るギムリが、ちょっと戸惑いながらも納得し酒を呑む。
「でもよ、ホント何が狙いなんだ? あんた。憤怒の魔王ともあろうもんが、こんな場末の酒場まで来て。聞いたぜ? なんか昼間もう一人の嫁さんと路上で歌って相当儲けたってよ。中央の方ならもっと良い酒提供するとこあるぜ?」
クロの隣に座るレギンが、そんな疑問を口にする。
「先程言った通りですよ。貴女方を口説きに来た。貴女方を、探していたんです」
俺の言葉に2人のドワーフが言葉に詰まり、気まずげに壁の方へ目を向けながら酒を啜る。
腕を胸元で組んだことで、その胸により深い谷が出来上がる。2人とも白いタンクトップを着ており、胴回りの余った部分を結ぶことでサイズを調整している。しかも汗でべたついており中に何も着込んでいないのか、乳首が透けて見えてしまっている。
「寒いのなら上着、着た方が宜しいのでは? 折角腰に巻いてるんですから」
乳首がどうこう言ったら変に意識させかねない。それは避けるべきだ。あくまでも善意で言っているだけ。何も気付いていない。俺は既婚者だからな。
「お、おう! わ、わりぃな! そうするわ!」
「ちょ、ちょっと冷え込んできたみてぇだな! さ、さむ~っ!」
これ幸いと俺の言葉に食いつき棒読みながらも乗っかって、いそいそと腰元で袖同士を結ぶことで巻きつけていた上着を着込むギムリとレギン。
さて、ここからどうやって口説き落とすかな……。
壁に引っ掛けてある、大きな茶色い木のボードに黒い墨で書かれたメニュー表を眺めながら、この2人を口説き落とすための戦略を思案し始めた。




