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2話 昨晩の事と弓子せんせ

 教室には、ギリギリ間に合わなかった。一時間目には間に合ったが、ホームルームは既に終わっていた。今は10分間休憩の時間で教室が騒がしい。後ろの窓際が僕の席なのでそそくさと移動し席に着く。今日の最初はなんだっけ。

「おっ、サボり魔だ。今日も来ないかと思った」

 横の席から声をかけられる。水谷だった。黒い髪にめがねでいかにも真面目な優等生と言った感じだ。最近、彼女ができたらしいと噂の彼だ。

「サボったわけじゃない。学校には来てた」保健室に昼過ぎにだけど。へぇと興味なさそうに流される。

「それよりさ、昨日なんか学校の周りで変な事起きなかったか。人食い自販機がでたとか恐怖坂でなんかあったとか」

「知らないなあ。変なことなら淵之上がおかしい。」

「僕?」

 うん、と頷なずいている。変わった点はないと思うけど、変化というのは自分では分からないものだというし見当がつかない。

「いつからカフェイン中毒になっちゃったわけ」

 腕にある大量の缶コーヒーを指す。あぁ、これか。確かにおいしい、じゃなくておかしい。

 これは変な自販機のせいだと説明する。選んだものと逆のものが選ばれるという天邪鬼自販機の事を。

「そんな、自販機もあるんだ。業者の良いカモだな」

 冗談交じりに水谷は笑いながら言った。確かに財布の中身を全部渡してしまったわけだから良いカモかもしれない。いやその通りだ。どうにかして裏をかき勝ってやろうという、もとい買ってやろうとしたのがいけなかった。

「一本、貰ってもいいか」

 と水谷に尋ねられたので、いくらでもどうぞと言ってあげた。

 すると、周りにいたクラスメイトが、

「俺も貰ってもいいか」「私も」「僕も」「わしも」「身友も」「吾輩も」と次から次へと集まってきてコーヒーを持って行った。

 結局、あれだけ大量にあった缶も、遂には残り数本になった。残った分はあとで、弓子せんせに持って行ってあげよう。

 昼休み、僕は保健室前にいた。あやうくベッドに潰されそうになったあの場所へ。ノックをして開ける。中はいつもと変わっておらず、ベッドが二個と診察台っぽいもの、事務仕事用の机にクルクル椅子、その他保健室っぽい健康のポスターなどなどと、昨晩、というか今日の朝の出来事が嘘であるかのように変わってない。最後見た時は結構散らかっていたので手伝いを申し出ると

「結構、アタシで十分。アンタはとっとと帰りなさい」

 と締め出された。アンタというのは勿論、僕一人の事を示していて、米多比さんは止まる場所がないので保健室に寝かせていくと言っていた。

 今は流石に寝てはいなかった。部屋をみても誰もいない。この部屋ではなく奥の部屋かと思って進む。奥の部屋、つまり弓子せんせのプライベートルームだ。扉の前につき、ノックをした。返事はない。

「せんせ、開けますよ、せんせ」

 しかし、昨日の騒動のままで二つに折れたベッドがあるだけで、あとはいつも通り散らかっていた。

 変だ。保健室の入口に不在のプラカードはなかったのにいないなんて、と疑問を覚える。もう一度、部屋を見渡した。静かだった。

 あっ、もう一つベッドの方を見ていなかったのでそちらも確かめる。が、そのベッドには誰か寝ていた。それも、とても気持ちよさそうに。いたずらしてやりたくなるほど。報復が怖いのでしないけど。

「うぅぅん」

 生徒用のベッドで弓子先生が何か寝言を言っていた。とりあえず、せんせを起こした。

 そういえば、いない。彼女はどこへ行ったのだろう。


「生徒用の物で寝てたっていいでしょ。アタシが高級ベッドを導入しろって交渉したんだからアタシにだって寝る権利はある!」

 それはそうだと思う。けど、堂々と寝ているのはいかがなものかと思ったが、今朝の事件を考えると後始末も含めて、疲れが残っているのは当然だろう。

 労いの意味を込めて缶コーヒーを渡した。サンキューとベッドから起き上がり、一本を机の上に置き、冷蔵庫へ向かう。

「それから変なことなかった?」

 軽く振ってから缶を開けている。特にはない、と思ったが、その手の動きに昨晩のメロンソーダを思い出した。

「報告するまでの事はないですけど、それよりも彼女は」

「ほぉん、自分の心配より彼女の心配するんだ。大層な執着ぶりでございますねぇ」

 茶化された。恋路すきのお馬さんに。

「そんなんじゃないですよ、まあ心配ではあるんですけど」

「そりゃそうよね、あれに三回だっけ、も襲われたら心配じゃない方がおかしいもの。でも、とても残念なおしらせ、もうここにはいないわ。朝、出て行っちゃったみたい。置手紙があってお世話になりましたって。声かけてくれればよかったのに」

 きっと気を使える米多比さんの事だ。あまりに気持ちよさそうに寝ている人の眠り

 を妨げたくはなかったんだろうと勝手に想像した。

 一体どこへ向かったのだろうと気にはなるものの別に関係ないと言われれば引き下がるしかないのも事実。まだ探し人が見つかっていなければ、またそのうち会えるかもしれないと高揚感を抱いた。

 ただ、両腕が折れていることが気になった。その腕は勿論他にもけがはしていたはずだ。次また襲われたのならどうなるのか。

 やはりここは学校なんて言ってる場合じゃないかもしれない、と思いそれを弓子せんせに伝えた。せんせは

「駄目よ、アンタ学生なんだから学業を優先しなさい。放課後でもいいし、ここでもできることあるでしょ。やれる事をまずやりなさい」

「そうはいっても、心配で」

「そこは大丈夫よ、アタシが探すから。アタシ今日からしばらく定職だから。アンタたちで言う自宅謹慎」

「えっ、どういうことですか。定職って」

「あれだけ、派手にやったし、準備室の事もバレたしまあまだましな方かな」

「じゃあ、ここはどうなるんですか。無いわけにはいかない場所ですよ。貴方がいなきゃ、」

「その点も丈夫みたい。すでに新しい人を捕まえたみたいだし。手が早過ぎよ。見越してたみたいで腹が立つ。という事でしばらく暇になるの、だから代わりに探してあげる」

「嬉しいですけど、定職って家に居なきゃダメですよ」

「アンタたちとは違うわよ。別に外に出てもいいの。ただ給料が出ない」

 嫌なものを踏んでしまったり、見てしまった時のような顔をしていた。

 探してくれるのは嬉しい。でもだからと言って危険な道を行く必要はない。

「心配しなくてもすぐ戻ってくるわ、まぁ流石に首になったりはしないでしょうし」

 沈黙が流れる。じっとしていればそうだ。昨日みたいに派手に動いて規則を破るとなるとそうはいかないはずだった。再び、沈黙。

「それよりアンタ、あのベッドが本物だったんなら先に言いなさいよ。思いっきり蹴ったから支えも全部折っちゃたんだから。弁償しろ、弁償」

 先に口を開いてくれて嬉しかった。このままではずっと沈黙が続いただろう。

「止めようにも言ったぐらいで止まるような感じではなかったので仕方ないと思います」

 まぁそれもそうね、と言い、缶コーヒーを一気飲みしていた。そして思い出したように、

「これ、昨日洗濯した時に入ってたものだと思うんだけど、きっと彼女の大事なものよね。アタシがここで預かったままでも探してもいいんだけど、巻き込んだ事を気にして避けられそうなのよね。あの子責任感強そうだし、忘れ物に気づいて戻ってくるかもしれないから、もし来たら渡しといてくれる?」アタシも会えたらそう言っとくから。続けてアンタ運がいいみたいだし会えるでしょ、と渡され、断る理由もなかったの受け取った。

 彼女はあってくれるだろうか。僕が持っていた方会った時が気まずくないだろうか。押し倒す形になったし押し倒される形でもあったけど。それにあの後、目を合わせてくれなかった。嫌われたのかもしれないという不安が過った

 洗濯機から見つかった忘れ物。それは500玉より少し大きく、色は黒のメダルの様に平ぺったい物だった。黒く輝いており、一見するとオセロの石のようであるが、裏面は白色ではない。裏も表も黒であるからと言って囲碁の石でもない。


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