8話 ベッド
立ち上がったベッドが転倒している米多比さんめがけて前に倒れ込んでくる。明らかな殺意を感じた。絶対に踏みつぶしてやろうというものにはある筈がない感情を。
とっさに前に出て、両手と両膝を床につけた。背中に強い衝撃が走った。床に押し倒している状況だが、これ見よがしにベッドは更に力を強める。これ以上はつけていた腕が曲がっていく。このままだと二人とも潰れてしまう。そう思った時、急に背中の重さが消えた。がしかしそれは勢いをつけていたにすぎない。さらに強い衝撃が走る。今度はそのまま押さえつけるのではなく、叩きつけ二人まとめてという感じか。まるでシーソーのタイヤ部分になった気分だ。次から次へとギッコンバッタンと上から下へ、下から上へと休みなく叩きつけられる。しかも、せんせご愛用の一品なので重い。
このままでは長くは持ちません。タイミングを合わせてぬけだします。と言いたいが、口を開くタイミングでベッドが背中を叩いてくるので伝える事ができない。ベッドの方がタイミングを合わせてくる。
「か、肩に。手を」
必死の訴えが伝わり、僕の肩、ではなく首に手をかけてくれた。グッと距離が近づいた。相手の臭いが分かるぐらいには。
今ですとか、合図を決めたがっかた無理そうだ。もう勝手にやるしかない、と覚悟を決める。次、ベッドが立ち上がった瞬間を狙うつもりでいく。作戦は至ってシンプル。ベッドが立ち上がった時に、肩を持ち横に転がって回避する。幸い、ベッドが立ち上がってからこちらの背中に倒れるまでは、早すぎるスピードとは言えず、ゆっくりの部類に入る。例えるならしっかりと法定速度を守って走っている。
ベッドが背中から浮く、今だ。だが先ほどよりもベッドが倒れてくるタイミングが速い。法定速度を破りやがった。単に破ったというよりも、もしかすると信号が黄色の時、渡れそうなら行くように、ベッドも今ならイケると確信したのか。だからスピードを上げたのか。もうこの際、考えている猶予などない。
とっさに彼女の脇腹を抱き、窓側へと体を横へ回転させる。半回転であれば、折れた腕にも負担はかからないはず。
結果から言うと作戦は成功した。まさに危機一髪というやつ。転がるというのは案外、僕の得意技なのかもしれない。背中が痛んだ。ベッドにシーソーのタイヤとして扱われた代償として、しばらくはうつぶせで寝る事となりそうだな。
そうこうしている間にもベッドは次の標的に狙いを定める。こちらにベッドを動いてるのが、ギブスの間から見える。砲台の位置を合わせているようで恐ろしい感じだ。今の僕はさっきの押し倒している状態から半回転している為、逆に押し倒されている状態に当たる。彼女も砲台がこちらに位置を調節しているのを見ていた。
ベッドが動くのをやめた。遂に来る。これはケガをしている彼女には耐えきれそうにない。もう一度回転して僕が上になる方が良いかと思うが、一回でも背中を床につけてしまっていては体は楽を覚えてすぐには動けない。限界なのか。
その時、足元の方から重い音がした。ベッドはゆっくりと倒れた。僕らの方ではなく、後ろにばたりと敵が倒れるように。その時、黒い傘の様に伸びた足が見えた。
「バッタン、バッタン、お盛んなこったと思ったら、ベッドが人襲てるし。とりあえず無事、って押し倒されてるとはこれは中々。お邪魔だったかしら」
弓子せんせいが間一髪の所で蹴りを入れてくれたのだ。命拾いした。もう少しでぺちゃんこになるところだった。
「あの、そろそろ、離してもらえると嬉しいんですけど」顔を横に逸らし照れながら言われた。
一瞬何の事だ、と思たが、彼女の脇腹をつかんだままだった。アッと思い素早く手を退けた。
「ごめん」
「いえ、大丈夫ですから」目をこちらに合わせてくれない。
先ほどまでの物がマシと感じるぐらい気まずい雰囲気になった。僕が手を退けた事で、彼女は立ち上がる事ができるようになり、ゆっくりと立つ。それに続いて僕も立ち上がるが、どこを見ればいいのか分からない。そんな姿を見てか命の恩人がまたもニヤニヤとこちらを眺めている。
二人が殺人未遂ベッドを見ている中、僕は反対方向を向いた。やはり、少し気まずく感じたからだ。返ってそれが良かった。何か小さいものが動いている。見覚えがあるぞと思い目を凝らす。それは保健室に入った時、不審者と間違えられて投げつけられた缶ビールだった。
缶ビールが、と伝えたかった。しかし後ろの方も何かあったようで叫び声がした。見るとベッドが立ち上がっていた。試合再開と言うわけだ。ゴングが鳴った。
早くも弓子せんせが缶に気づく、両手を斜め前に出し、下げるを繰り返した。これは下がれというジェスチャーだ。缶は米多比さんの方に跳ねながら近づいてくる。動きの割にこいつも殺意の塊のようなものなのだろう。彼女を見た瞬間、スピードを上げた。まるで、獲物を見つけた肉食動物の様だ。アルミ缶だけど。
いくら、せんせでも未知の敵を二体同時に相手するのは分が悪いと思い、缶を掴みにかかる。逃げられた。良く跳ねるが次はパターンを読んで掴みかかる。
「捕まえた。こいつ」
「よくやった。こいつまだ、倒れないまだ倒れない。流石はアタシのベッド。そのままこっちにきて」
ご愛用のベッドにさらにもう一撃食らわす。ベッドが倒れ、またすぐ立が上がった。まるでキリがない。
「そいつら多分、水が弱点かもしれません」
「水はさっき冷蔵庫に置いて来ちゃった」
水はないがアルコールならあった。今手にしている缶ビールだ。そのままベッドの方に投げつける。当たる直前にせんせが膝を曲げた。
「なほど、それごとやればいいってことね。OK!」
ズドンッと蹴りとは思えない音がする。ベッドと缶に見事蹴りを命中させてみせた。
「この手に限る」
缶に穴が開き、中身が漏れ出す。アルコールのにおいが漂う。予想通り、水が弱点であったようで、ベッドが溶け出す。しばらくすると消えてなくなり、辺りにはアルコールのにおいだけが残った。
ここで考察にたどり着いた。自販機も電柱もあれほどまでに大暴れしたというのに変化がない。実際には変化がないのではなく、そもそも動いていなかったのではないかと思う。現にご愛用のベッドはまだ残っている事を見るに今までの物は分身か何かであるという結論に至った。これは重要な事かもしれないと思い、二人に伝えたかった。
「まだ、生き残っていたのか。しぶとい」
とご愛用ベッド(たぶん本物)に先ほどと同じ強さであろう蹴りを入れる。ズドンッという音ともにベッドが二つに分身した。いや、裂けたから分裂か。
ベッドはベッドメイキングが必要無いほどに乱れている。この、このっ、と更に蹴りを入れる為、もう誰が見ても廃棄するしかないような状態となった。これは本物ですよ。といつ伝えようか。僕も分身が欲しい。




