7話 保健室にて
扉を開けると缶を投げつけられた。痛い。思わずしゃがみ込み、目元を抑える。なげたれたものがこちらに転がっている。片眼で見ると缶ビールだった。なんで学校に缶ビールが置いてあんだよ。
誰のものであるかはすぐ分かった。犯人が自供したからである。
「あっ、アタシの缶ビール」
「なんで学校に缶ビール置いてんですか」
「いやいや、ちゃんと冷蔵庫に閉まって置いたって」
保健室には火傷や打撲などでケガをした生徒に氷やらを渡すために冷蔵庫が用意されている。そこにこの人は酒を常駐させていたのだ。
「あれ、フチさんですか」
その声は、と顔を見上げた。そこには月の光に照らされた両腕ギプスの体操服の少女。米多比さんがいた。
「さっきまで寝ていたんですけど何やら扉の向こうから声がして」
ああ、僕らのせいだ。騒がしくして眠りを妨げてしまった。疲れ切って寝ている人の邪魔をしてしまったのは申し訳なく思う。
「もう立ち上がれるんだ。てっきりまだ寝てるものだとばかり」
ぶつけた缶を拾い上げ、缶を開けようとしているので止めた。
「ちょおと、邪魔しないでよ。これはアタシの物だから誰にも、可愛い女の子であろうとおじさんであろうと絶対に渡したりしない」
「弓子せんせの物なのはわかってますから。誰も取ったりしませんから、とりあえず缶から手を、手を離して」それでも頑なに手を離さない。なんて頑固な人なのだろう。これを違う所で発揮してほしい。さっきの大人の話は一体何だったのか。
それから米多比さんに僕らがここにいる理由を話した。心配で様子を見に来たことを説明した。既に、米多比さんと弓子せんせは保健室に連れてきた時に顔を合わせていたので、大した説明は必要なかった。
「改めてお礼をさせてください。弓子先生ありがとうございました」と米多比さんは深々と頭を下げた。こんなにもちゃらんぽらんだけど、せんせがいなかったらどうなっていた事やらと思い、僕も頭を下げた。
「改めてお礼されるとなんだか恥ずかしいわね。アタシがいなくても何とかなったとは思うけどね、でも二人とも元気そうなので、ヨシッ。ここのまま乾杯しようかなあ」
「だからやめてくださいって」
改めて見ると米多比さんの姿はなんとかいうか痛いしさがあるけど、体操服のせいなんかかわいらしさがあふれ出ている気がする。いやいやいやこういう考えは良くない。ほんとによくないと思う。何考えてるんだ、ほんとに。
不思議そうにこちらをみる米多比さんと目が合ったので、とっさに目を逸らしてしまった。視線の先には弓子せんせがいて、今度はこっちと目が合う。なにやらこちらを見てニヤニヤしている。またさらに視線をそらすと米多比さんがまた不思議そうにこちらを見ていた。
もう一度状況を整理して対策を立てる事になり、僕らは奥ベッドに腰掛けた。色恋大好き中学生せんせは、御愛用ののクルクル回るチェアに座っている。
「あの、私の服ってどうなっちゃったんでしょうか」
服。そうあのセーラー服にピンクのエプロンの服の事だ。確かに今は体操服だし一体どこへ行ったのか。今のも似合っているからこのままでもいいななんて思ったりした。
「今のままでもいいんじゃない。可愛いし」
心の声が漏れたかと思った。その声は僕の物ではなく、弓子せんせのものだったので安心した。
「ダメです。あれは大事なモノなんです。母に買ってもらったものなので」
母親に買ってもらった大事な服。それは制服であっても大切なものには違いがなかった。
「冗談、きつかったね。ごめんなさい。制服はだいぶ汚れていたから、一度洗濯をして、夕方ぐらいから干してるからもう乾いてるんじゃないかな」
今いる準備室という名のプライベートルームではなく、本来の保健室の窓側に吊るされていた。
「今、持って来るからちょいと待っててねぇ」とご愛用のチェアから立ち上がり、プライベートルームを出た。普段自分から動くタイプではない。どちらかと言えば自分で取ってきてという人だから珍しいなと思う。さっきの地雷を踏んだというやつだろう。
僕もなんだか気まずくなって立ち上がり窓の方を眺めた。人には少なからず触れて欲しくない部分がある。僕であれば家族の事、姉さんの事を。そういう所に触れてなくても近くに寄っただけで過剰に反応してしまうことだってある。過去に言ったことがある。相手は心配して言っていってくれたのかもしれない。振り返ればそうだったのに君に姉さんの一体何が分かるのかと言ってしまった。それぐらい家族の事は触れてはいけないデリケートな部分であると知っていたはずなのに。僕は人と話す上で家族・宗教・金の事はなるべく触れないようにしてる。これはいいとか悪いとかではなく、どれも危険物だと思うから近づかない。触れそうになったら避けるこれが鉄則である。
しばらくすると弓子せんせが服を持ってきた。ずいぶん時間が掛かったなと思ったらどうやらアイロンをかけてくれていたみたいだった。せめてもの気持ちというものだろう。
米多比さんがベッドから立ち上がり、一歩前に出たが後ろに転倒した。滑ってしまったのだ。
大丈夫と手を差し出すが目の前には巨大な影。なんだと思ってみるとベッドが立ち上がっていた。次はベッドか。
この時、気づくべきだった。彼女を襲う者たちの共通点に。自販機、電柱、どれも彼女が触れたものに襲われている。つまり次はベッドだという事に。そしてもう一つある。僕が今さっきぶつけられた物だ。




