3話 姉さんと弓子せんせ
奥の部屋に入り、米多比さんの様子を見に行った。弓子せんせはまだ天丼を食べている。ベッドに死体の様に棒立ちで眠っていた。立ってはいないから棒寝か。
泥だらけだったりした汚れていた顔は綺麗になっていた。服もセーラー服にエプロンという姿から体操服に変わっていた。変わった点は右手と左手の両方にギプスがはめられている事だった。
「アンタは割と軽傷だったのにね。この子、結構酷かったわ」
「そう、ですか」
僕は守り切れなかった。庇っていたつもりが庇われていたのかもしれない。かっこ悪いにも程がある。あんな風に抱いて守ったつもりだったけど、途中で気を失った事を考えると手を放してしまったというのは十分あり得た話だ。守られていたのは僕の方だと気づいた時、下唇を強く噛んだ。
彼女は眠ったままで、本当に生きているのか、実は死んでいるのかと思うほど静かに眠っている。頭にも包帯が巻かれ、足にもそれがあり、至る所に湿布が張られ、その姿は痛々しい。
「病院行った方がいいかもね。身分証もないから正規の所は無理かもだけど」
「そこまで、そこまで重傷なんですか?」
「やれる事はやったし、今のままでもいいんだけど。やっぱりちゃんとした医者に診てもらった方が良いんじゃない?」ご両親、ご家族も心配するだろうしと目を逸らした。その逸らした目線の先には何があるのか。弓子せんせは、きっと責任を感じているんだと思う。姉さんの事で。行方不明になる前、携帯電話の記録によると最後に会話したのは弓子せんせだからだ。その携帯は見知らぬ土地で見つかった。
「弓子先生、聞こえてますか」
「どうした、急に。最近学校来てないらしいじゃない。クラスの子が心配してたわよ」大丈夫かぁっとそのクラスメイトの真似をして軽口を叩く。しかしその空気は薄暗く、どんよりとした感じである事に気づく。
「今は実家に帰ってきてます。まあ少し、早めの長い夏休みってとこです」
「へぇ、いいじゃない。アタシも早くどっか遊びにいきたい気分ね、こうも保健室に引きこもってると感覚が鈍る。そうだ今度一緒に遊びに行かない?」
沈黙。沈黙。沈黙。切られた。これで会話は終わったという。
「長すぎるよなぁ、夏休み」留学かよと冗談交じりの一言をため息の様に漏らす。
僕としては、手がかりというか知っている人がいて嬉しかった。手がかりと言っても役に立つようなものではなかったけれど、夏休みというキーワードを手に入れた事によって姉さんは別に死んだわけではないと改めて確信した。自殺は絶対にないと。
「で、これからどうするの、もう夕方だし帰る?」
「まぁそうなりますね」
「この子はここに置いてくんだ。寂しいだろうねぇ」
「そうは言ったって今は動ける状態じゃあなんですよね」
「動いてないんだからそうね。まぁ今日の所はここに置いといてあげる。無理に動かすのはいい判断とは言えないし」
「ありがとうございます。持つべきものは先生ですね!」よっ学園一と褒めてみた。お世辞は辞めろと言われるかと思ったが、とろけた顔を見るにまんざらでもないみたいだ。
じゃあ、帰りますと、ドアの方まで行くと飛び留められた。
「これ、渡しとくわ」
ひょいッと小さい何かを投げた。ポンっ手の中に納まる。小さな2つの鉄。カギだった。
「なんです。これ」
「鍵よ、鍵。こことそっちのやつ」と今いる地点を指さした後、奥を指す。
何でと思ったが、心配して忍び込むことを読まれていたみたいで少しドキリと心臓が締め付けられ気がした。
「アー、カギガカッテニトンデチャッタヤ。マア、アシタサガセバイイカ」
「思いっきり、引き留めといて何言ってんですか」二人で笑った。今日は笑う事が無かったから気分がいい。
「私は引き留める事はできなかった。けれど、誰かの背中を押すことはできる。アタシは今日ちゃんと自宅に帰るので、この晩、何があっても興味はないし、知らぬ存ぜぬの一言で通すつもり。たとえ、ベッドが滅茶苦茶になってたとしても、私は決して咎めたりはしない。少年の大きな一歩を見届けたが、故の代償。だからハジケろ、ストロング!」
なにも起きたりしませんよ。と返したが、実際には起きた。ベッドも乱れた。それはもうベッドメイキングが必要ないぐらい。




