夢じゃなかったんだね
コーヤの早朝のルーティンは筋トレと、学んだ武技の反復練習。
レベルという概念があるこの世界においても、体を動かすイメージと肉体の差異を埋めるのは技術であり、鍛錬を止めれば容易く劣化する。
「ふぅ…………」
鍛錬を終え、汗を拭こうとして布を持ってきたのを忘れたのに気付く。と………
「お疲れ様です、兄さん」
「ユーリア………」
水の入った桶とタオルを持ってくるユーリア。起こしてしまったようだ。
「悪いな、汗臭くって」
「臭くなんて! むしろ好きって言うか………じゃなくて!!」
と、慌てて取り繕いタオルと桶を置く。コーヤは水で濡らしたタオルで体を拭いていく。それを何処か名残惜しそうに見つめるユーリア。
「起こした詫びと、水の例だ。朝食を手伝ってやる」
「兄さん、此処に住んでる時は住まわせてもらってる例だ〜って言ってますよね」
「………………」
結局、何かと理由をつけて手伝ってくれるのがコーヤという人間なのだ。それを良く知ってるユーリアはニコニコ微笑み、コーヤ黙り込む。
「………さっさと飯の用意をする。いくぞ」
「はい!」
過去に何度も現れた様々な伝記車、漂流者により、この世界では現代日本人でも慣れ親しんだ料理を味わえる。
コーヤは豆腐とワカメの味噌汁、ご飯、鮭の塩焼き、玄米ご飯、ほうれん草のおひたしと、和風な朝食を作る。
「それじゃあ皆を起こしてきましょうか」
と、リリアナ。彼女も朝食作りに参加していたのだ。夜遅くまで仕事をして、朝早くから仕事を始める。鬼族の血を引き体力があるとはいえ、良くそんな生活を続けられるものだ。
本人に理由を聞けば愛ゆえに、とか言うだろうが、なら愛する子供達の心配も受け取ってほしいものだ。と、コーヤの口から伝えたら感動のあまり窒息させられるからもう言わないけど、
「佳乃子は俺が起こしてくる」
「あら? あらら? あら〜?」
「ニヤニヤすんな」
佳乃子の部屋に来たコーヤは周囲に人がいないか確認する。ドアをノックし、寝ていることを確認してから開ける。一応寝る時裸や下着ではない確認しているが、寝顔もみられたくないタイプだったら………甘んじて殴られよう。
「佳乃子、起きろ。朝だ」
「んぅ………」
ベッドに寝ていた佳乃子が目を覚ます。ぼんやりと周囲を見つめ、微睡んでいた瞳が少しずつピントを合わせていく。
「…………っあ」
「起きたか」
「あ〜…………あはは、夢じゃなかったんだね
「………………」
「マジかぁ………」
目が覚めたら、全部夢で両親におはようと言えると思っていたのだろう。その気持はよく解る。
「朝食、持ってくるか?」
「…………………」
「無言は肯定と受け取る」
朝食を終え、コーヤは再び佳乃子の様子を見に行く。食事は取ったようだ。
「落ち着いたか?」
「………うん」
「何よりだ。どうする? 今日はこのまま休むか?」
「………何かしていたい、かな」
「そうか」
コンクリートとも異なる石造りの街並みは、現実でもあるとは聞くし写真でもみたことはあるが、日本人の佳乃子からすればやはり現実感がない。
様々な種族で溢れているのも、ここがゲームだと錯覚させる要因だろう。
エルフに獣人、あれはドワーフ? 動く人形に、街並みに似合わぬロボット。え、ロボット!?
「ロボッ…………!?」
「ああ、機械族だな。異世界の技術も混じってはいるが、一応十二世界と呼ばれるこの世界群出身」
「そ、そうなんだ…………世界群?」
「航行可能な十二の世界があってな。それぞれを外界、それ以外を異世界と呼ぶ」
そして『異世界』から来る者を転移者と呼ぶ。転移者は例外なく元の世界にいた頃よりも力を持つ。
「じゃあ、あなたも?」
「俺は漂流者。転移者達が開けた穴から落ちた迷子だ。何の力もなくこの世界に迷い込んだ。師匠がいなけりゃ野垂れ死んでたな」
実際漂流者の死体などいくらでも見つかるらしい。この世界、転移者も多ければ当然その穴に落ちた漂流者も多いのだ。
「実際異世界人の血を引いてる奴等はそこら辺にいると言われてる。こっちじゃちょっと珍しい国の人扱いだ」
「ピースっていうのが、その種族の呼び方なの?」
「盤駒族はお前等みたいなゲームのキャラに憑依して転移してきた奴等だよ。『盤象快楽』って魔女が呼び寄せてる、らしい」
何でも元々は盤上の駒に意識を移して遊ぶ遊技盤を作っていた魔女だったのだが、ある日突然異世界の遊戯の駒に魂を入れて召喚しだしたらしい。
「ゲームの駒。故に駒………その魔女が死んだまま術式だけが残ってるとも、今も生きているとも言われている」
「す、すごい人なんだね」
「『到達者』だからな。高位の土地神を殺したこともあるらしい」
「『到達者』? ていうか、私達ってその土地神に会いに行くんだっけ?」
土地神には主に3種類いるらしい。一つは信仰を受け人々を守る守護者、一つは大地の気の乱れを調整するための世界の影。こちらは土地から生まれる場合と、土地に選ばれる場合がある。人間が成ったという話もあるのたとか。
「因みにこの首都のは2つ目な。政治にこそ口を出さねえが、発言力なら王を超えてる」
なんなら、国の軍隊を差し向けても三分の一は間違いなく道連れにされる。それに土地が死ぬから絶対やれないし、土地神が王族を鏖にしようとしても逆らえる王など極僅か。少なくともこの国には居ない。
「この国じゃなければいるんだ」
「世界は広いからな」
「それで済ませて良いのかなあ。でも、そんな人に会わせるのは、私が『転移者』だから?」
「そうだな。場合によっちゃ、そこらの人間簡単に殺せる爆弾持った奴が入ってきたわけだし。因みにギルドには報告してる。義務があるんだ」
悪いな、と謝ってくれる。義務なら仕方ないと思う。この世界で転移者は最強ではないけど、それでもそこらの人間や兵士よりは強いのだ。報告義務があるのは当然だろう。
「ついたぞ。ここだ」
「木?」
「このウロの下」
「み、見張りとかいないの?」
「この国で一番強いのが土地神だ。護衛も、見張りも、何もいらねえよ。ほら、降りるぞ」
とん、とウロの中に飛び込むコーヤ。底の見えない闇に消えていく。
佳乃子はゴクリと唾を飲んだ後、飛び込んだ。
バシャンと水面にぶつかる。慌てて口を押さえるも、しかし息が出来る事に気づいた。
水に包まれている。上を見れば、水の膜が波紋を広げていた。水の膜の外に目を向けると、かなりの距離を落ちた地下の筈なのに陽光が差し込む。
青白く輝く蝶が飛び、苔むした蔓が天井から垂れ下がっていた。神秘的な、たしかに神がいてもおかしく無いと思わせる光景。
「やあ、来たね」
「!?」
唐突に聞こえた声に振り向けば、そこには一人の男が浮かんでいた。金銀の装飾を身に着けた、白衣の男。目が4つで、眼球の色は黒。赤、青、木、緑の4色の虹彩をしている。
「────」
声をかけられるまで存在に気付けなかった数秒前の己を疑うほどの、圧倒的な存在感。間違いなく、これが神だ。
「あの肩のがここの土地神だ」
「え、肩?」
その言葉に男の方を見ると、ヒョコッと小さな猫が現れた。猫だけど角が生えてる。でも猫だ。
「……………え?」
「俺もそんな反応したなあ」