同郷とも限らないからな?
フルダイブ型VRMMORPG「ユグドラシルオンライン」。
キャラの容姿はもちろん種族、職業、所属する国など多岐にわたる選択肢が売りの人気ゲーム。
プレイヤー名「のこっち」こと佐藤佳乃子はそのゲームのカンストプレイヤーである。
その日はクランの集まりが悪く、仕方ないので一人で探索していた。
筈、なのだが。
「…………あれ、寝落ちしてた?」
目を覚ます。ということは寝ていたということ。
頭をかきながらあたりを見回す。何処かの宿? 入った覚えないけど………。
何時のまにか値落ちしたプレイヤーを宿に転送する仕様になったのだろうか?
「起きたか。飯は食えるか?」
「…………えっと」
部屋の扉が開き、盆を持った男が入ってきた。プレイヤーにしては装備は貧弱で、しかも人が寝ている部屋に入ってきた。NPC?
コトリと置かれる湯気の立ち上る料理。いい匂い………お腹が空いてきた。
「すいません、ちょっとログアウトします」
NPCだろうが、念のため断りを入れてログアウトしようとメニューを開く。ログアウトのボタンを押し…………
「………あれ?」
押したのに、ログアウト出来ない。何度も押す。なんの反応もない。
「え、え? 何で、どうして………!? GMコール! シャットダウン!!」
様々な方法を試すがなんの反応もない。これは、家族が異変に気付いて外してくれるのを待つべきか?
「無理だな」
「は?」
「元の世界に帰るれると思っているなら諦めろ。ここはゲームじゃない」
「……………何言ってんの?」
「お前のゲームは匂いを感じるか? 味は? 痛みは?」
「そんなの感じるわけ────むぐ!?」
突如口に突っ込まれるスプーン。熱々のシチューが舌に触れる。
「あっふ!? あれ……熱い?」
あ、美味しいとシチューを味わう佳乃子。美味しい? 熱い? そんな馬鹿な。ただの仮想現実。味を感じるわけも、熱を感じるはずもないのだ。
「いや、でも………え? そんな、まさか………あ、VR技術が発展して、どっきり?」
「ま、どう思おうと勝手だ。俺は俺でここは異世界でお前は帰れないと言い続ける。とりあえず残り食え。食わないなら俺が食う」
「ふざけないでよ! 私、帰るから!」
「あっそ、頑張れ。お前等盤駒族はこの世界じゃまぁまぁ強いから、やりすぎなければ問題ない」
「で、帰る方法は見つかったか?」
数時間後、路地裏で膝を抱える佳乃子の元に再び現れる男。
あれから誰に聞いても、何をしても、現実に戻れなかった。訝しむか、男のように彼女のことを『ピース』と呼ぶか、『転移者』と呼ぶか………とにかくログアウトする方法を知らなかった。
「……………お母さんも、お父さんも、現実の私を起こしてくれない」
「まあ、お前達の場合そもそも現実で死んでる可能性もあるしな」
「そんなわけ無い!」
「……………」
そんな訳無い。そんな事、あるはずがないのだ。
戻れるはずだ。帰れるはずだ。だって、そうじゃなきゃ………
「………まあ、とりあえず今は変える手段がないんだろ? うちに来るか?」
「………………」
そう言っておにぎりを差し出してくる。無言で受け取り、食べる。塩と中の肉の味が口の中に広がる。何故だか涙が出た。
「うちと言っても孤児院だがな。間違っても院長に帰りたいとか、寂しいとかは言うなよ?」
「……………千と○尋?」
「ああ、名前だけは知ってる………俺も昔は日本に住んでたし。ただ、ゲームに入り込めるのは物語の中だけだったなぁ」
ゲームとして楽しめるぶんには羨ましい、と呟く男。同じ日本人………時代が違うのだろうか?
「ああ、日本人だからって同郷とも限らないからな? 並行世界っていうのか? 陰陽師の学園が公的に存在したり、海外を侵略して大日本帝国になってたり、米国の国土の一部になってたりと訪れた異世界人によってバラバラだし…………信長が天下統一した世界線もあったらしい」
「そ、そうなんだ…………」
「もし日本に帰る方法が見つかっても、それが自分の生まれた日本とも限らねぇ。安易にその情報に飛びつくのはやめておけ」
「…………あなたは、帰りたくないの?」
「………向こうに未練がないわけじゃないが、こっちで人を殺したこともある。悪人だけどな………」
それでも、人を殺した。その日は………その日から数日は眠れなくて、でも盗賊なんて珍しくもなくて、何時の間にか慣れてしまった。
敵意を向けてくる相手の命を奪うという選択肢が生まれてしまった。
「平和な世には、あまり似つかわしくないんでね」
「…………そう」
「ああ、そういや自己紹介がまだだったな。俺は志筑鋼弥。コーヤでいい、よろしくな」
「佐藤佳乃子………」
佳乃子は鋼弥に連れられ教会にやってきた。教会といっても十字架ではないが……。因みに過去様々な転移者が訪れた結果十字架がある教会もあるらしい。
「孤児院として経営している。だからこの街には孤児はいないんだ。スラムからも拾ってるし……まあ、浮浪者はいるが」
「そうなんだ」
「で、さっきも言ったが帰りたいとか寂しいとか、絶対に言うなよ?」
「う、うん………」
「よし……」
佳乃子の言葉に頷くと鋼弥は扉を開ける。扉の前で待つように片手で制し、中に入る。と………
「食らえ〜!」
棒を持った子供が襲いかかる。それを軽く交わし、飛んで来た炎を片手で払い、落ちてきた包丁を掴み追撃しようとしてきた子供の棒を縦に半分にした。
「俺のガラドボルク45世がぁぁぁ!?」
「大層な名前だな………」
「フッハハ! すきありぃ!」
「隙をつくなら声を出すな声を」
と、片手を向けた瞬間鋼弥の手から粘液が飛び出し壁に貼り付けると同時に固まり拘束した。
「…………あれは?」
「蜘蛛の糸」
ジタバタ暴れる子供を見ながら尋ねる佳乃子に、鋼弥は次々襲いかかってくる子供たちを相手しながら答える。
あっという間に全員床に転がしたり糸で縛ったり影にナイフを刺して拘束したりと様々な方法で無力化した。
「俺に攻撃を当てられたのはニックとレイニー、レインだけか。そんなんじゃ立派な食人になれねえぞ」
「ちぇ〜! 手加減しろよ!」
「してる。お前等が弱すぎるんだ」
そう言って 壁や天井に貼り付けた子供達をおろしていく。なんか明らかに子供として………というか人間のしておかしい速度で動いている子供もいたけど、異世界だからだろう。
「兄さん、おかえりなさい。もう、皆。兄さんはつかれてるんだから迷惑かけちゃ駄目だよ」
と、中学生ぐらいの少女が子供達を叱る。はーい、と素直に従う様子からして、彼女が子供達のまとめ役なのだろう。
「ああ、因みに年長者は森精族のリッケだが、まとめ役はそのユーリアだ。俺が居ない時、女にしか相談できないことはそいつに聞け」
「あ、お客さん? はじめまして」
ペコリと挨拶するユーリア。礼儀正しい。でもこの子より年上は鋼弥しかいないような? と首を傾げていると鋼弥は耳の長い少女を抱っこした。
「こいつがリッケ。345歳だ」
「や、よろしく」
「…………え?」
どう見ても10歳かそこらにしか見えないのだが………。
「森精族生まれながらの不死者だからな。見た目は基本的に趣味で決めてる……成長したいやつは敢えてヨボヨボのじじいになるが、子供でいたい奴は千年超えようが子供のままだ」
「やだなぁ兄さん、千年なんて子供じゃないか」
「こういう種族なんだ」
「私は後千年は子供時代を堪能するよ」
「そうか。誰かリリアナを呼んできてくれ」
リッケを降ろし近くの子供に伝言を頼む。子供はパタパタと走り去った。
「それで、その人は?」
「こいつは佳乃子。盤駒族だ」
「まあ、それはそれは………大丈夫なんですか? 2年前『大魔王』を名乗る盤駒族が暴れまわったとか……」
「まあ、大丈夫だろ」
ユーリアは少しだけ不安そうに佳乃子を見つめ、佳乃子がその視線に狼狽えるといった反応を見せたのを見て危険はないと判断したのかすいませんでした、と頭を下げる。
「暫くここで厄介になる、ということですね? では、帰りたいとか、寂しいとかは母さんの前で言わないように」
「う、うん………」
どんな人なんだろう?
イメージが完全に顔の大きな老婆になった。
「あら、その子がお客さん?」
と、子供達に連れられて歩いてくる角の生えた女性。とっても美人だ。母性の象徴がこれでもかと主張している。とても優しそう。
「こんにちは。コウちゃんのお友達ですって?」
「デカ!?」
眼の前に立った彼女は、2メートルを軽く超えていた。