7話 研究再開
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
『もう平気なのか?』
自室にて、例の幽霊が相変わらず不気味な声で話しかけてくる。
幽霊が部屋にやってきて翌日、朝食を平らげた私は休暇を終え研究を再開することにした。職場に本日は出勤すると連絡したのだ。誘拐された時の恐怖は未だに残っている。だが、一週間も研究をほったらかしにしていたのだ、さすがにもうさぼれない。それに何といってもこの幽霊のおかげで大半の不安は吹き飛んだ。
「平気じゃないかもしれないけど、無理はしてないわよ。あんたのおかげで多少吹っ切れたし」
『そうか』
とりあえず出勤の準備をしなければいけない。私は食器を片付け寝室へと戻る。私服に着替え、研究のレポートや白衣、財布等をカバンに入れた後、鏡で髪を整える。実のところ私は寝ぐせが悪く髪がぼさぼさになりやすいのだ。なので朝の手入れは必須なのだが...
「...ん?そういえば...」
(私ぼさぼさの髪のまま幽霊と会わなかった?)
ベッドの下にあるエ〇本に動揺しすぎてあの幽霊にぼさぼさ髪のぱじゃま姿という女の子としてかなり恥ずかしい姿を晒してしまった。
「そんなところにも頭が回らないなんて...私なにやってんだろ」
とりあえず過ぎてしまったものはしょうがない。ベッドの下の性癖を見られるよりかは断然マシだ。
(あの本以外にもいろいろ入ってるのよね...ちょっと置く場所考えようかしら)
我ながらかなりのド変態だとは分かっているが欲望には逆らえない。私には同年代の女友達というのがいないのでこれが普通か異常かよくわからないが多分異常だろう。
(で、でもいいよねこれぐらい...私だってもう15だし、人間の三大欲求の一つだもんね!何も問題はないはず!)
一通りの準備が終わった私はリビングへ出る。
『終わったか』
キッチンから幽霊が話しかけてくる。幽霊の目の前には水切りラックに私が使っていたカレーの食器が置かれている。どうやら洗い物までしてくれたようだ。
「洗い物までしてくれたんだ...あ、ありがとう...」
『気にすんな、作ったのは俺だしな』
そういった幽霊は玄関へと移動し部屋を出る。私もそれに続き、扉のロックを確かめてからエレベーターへと向かう。エレベーターで一階に移動しホテルから出るとすでに黒色の高級車がスタンバっていた。随分と仕事が早い。
『それじゃあ俺は先に行ってるぞ』
「え?一緒に乗らないの?」
私の護衛なら私と一緒に乗るのが普通だと思うが...
『...おまえ、俺のことが嫌いじゃなかったか?』
「あー...そういえばそうね...」
昨日の一軒ですっかり警戒を解いてしまった私は幽霊のことをすこし避けていたことを思い出す。確かに前までは一秒でも離れていたかったが今は別に何とも思わない。
「別に今は嫌いじゃないわよ。その...助けてもらったし...ね」
何故か少し恥ずかしかったので顔を背けながら言う。
『そうか』
そう言った幽霊は車の左後部座席へと乗る。それに続くように私も右後部座席へと座る。それを確認した運転手はアクセルを踏み、前後の高級車と共に走りだす。
「やっぱり厳重ね...国の首相にでもなった気分だわ」
『まあそれだけお前には価値があるってことだ。実感はもたなくてもいいが意識はしとけ。お前がそれほど重要だということをな』
「実感しちゃうわよ。あんなことがあればね」
誘拐されたのだ。さすがに自分がそれ程重要だという実感を持つ。私はそれほど能天気ではない。
『悪かったな、阻止できずに』
「だからあんたが謝る必要ないわよ。助けてくれたじゃない」
そこでふと気付く。この幽霊の名称をはっきりと聞いていないということを。あの誘拐犯がこの幽霊の名前を言っていた気がするがあまり覚えてない。
「ねえ、あんたって名前なんていうの?その...いつまでもあんたとか言うのは気が引けるし...」
『...「死神」と言われてる』
なんて縁起が悪い名前だろう。毎回この幽霊を「死神」というのは少し抵抗が生まれそうだ。しかしよくよく考えてみればこの見た目だ。そもそも人間ではない可能性があるわけで名前がない可能性もあるのかもしれない。
「分かった。じゃあこれからよろしくね、「死神」」
『...別に仲良くなるつもりはねぇぞ』
そういってそっぽを向く「死神」。
「な、なによ。私の心配してくれて料理まで作ってくれたくせに今更仲良くなるつもりはないですって?」
『あれは謝罪だ。親睦を深めるつもりは毛頭ない』
「はぁ?」
そんなことを言ってる間に車が動きを止める。どうやら研究所に到着したようだ。少し文句を言ってやりたかったがタイミングが悪い。到着したと同時に「死神」は車から降り研究所へ入る。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
私も慌てて車から降り「死神」の後を追った。
*
「もう平気なのかい?芽唯」
心配そうに声をかけてくる海斗おじさん。おじさんを心配させてしまったことにすこし罪悪感が湧く。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫、少なくとも無理はしてないわ」
おじさんに心配はかけさせられないので笑顔で答える。
「大丈夫ならいいんだが...少しでもつらくなったら言うんだよ?」
「分かった、ありがとうおじさん。」
おじさんの性格だ。一週間も籠っていたのでかなり心配してくれたのだろう。事実何回もお見舞いに来てくれた。
(...ありがとう、おじさん...)
心の中で再びお礼を言う。
「こほん、それじゃあ芽唯、この一週間で分かったマナのことについて教えるよ」
「よろしく」
おじさんは私が引きこもってる間もマナ研究を続行してくれていた。私がさぼっていた間に仕事を継続してくれていたことに感謝するとともにまたもや罪悪感が湧く。しかし今は研究を進めるのが第一なので個人的な心情を意識から追いやる。
おじさんから聞いた進捗は以下の通り。
①マナは様々な原子に変化する特徴を持ち、マナ自体は既存の原子ではない
②人によって変えられる原子は違う
③人や動物などの生物にはかならず微量ながらマナを有していること
これらが確認されたらしい。
①は、私が何もないところから砂を出せたように、様々な原子に変化することによって発火させることができたり氷を生み出せたりすることができることの証明になる。ただ、そんな原子は今までに確認されておらず、そもそもとしてこの世界の法則を逸脱いていると言っても過言ではない。
②はマナクリスタルが変色することの証明だろう。私がマナクリスタルに触れた際黄土色に変化し、砂を生み出すことができた。しかし、黄土色が浮かんでいない人は生み出すことができなかったのだ。つまり、色によって変えられる元素が分かるということだ。
最後の③はそのままの意味だ。ただ植物等にもあることから意外とマナの量はあるのかもしれない。
これらが分かっただけでも十分な進歩だ。要約するとマナは他の原子に変化することで魔法のような行為ができるようになるということだ。既にこれらの情報だけでノーベル賞を取れてしまうのではと思えてくる。
(でも「死神」が姿消したり風が起きたりする現象は説明できないのよね...砂を生み出すという現象は納得できるけども)
風を起こすには熱による空気の分子密度の低下が必要である。これは原子を変化させるだけでは難しいと思われるので他にも特徴がありそうだ。
(頭が痛くなってくるわね。でもこれらが事実なのだとしたら日本の発電方法は見直されることになるかも...)
もしもマナによって熱を生み出すことができるのなら化石燃料による発電をせずにマナによる熱エネルギーで発電することが可能かもしれない。下手をすれば原子力を上回る低燃費でなおかつ安全に発電をすることができる可能性もある。そうなれば火力発電を主としている日本は火力発電をする必要がなくなり、世界のCO2も石油の輸入も減るだろう。さらに日本だけでなく世界に激震が起こるのは間違いない。まあ、発電にはかなりの熱が必要だが。
(これはかなり重大な研究ね...国はこの研究を全面的に支援するようにしたのは正解だったかも)
これは何としても研究を進めなくてはと思う責任感とともに言いようもない不安が私を襲う。
(いや、これで得られる利益は相当なもののはず...少しでもお母さんを楽にさせるためにがんばらないと)
「ありがとうおじさん。それじゃあ研究を進めましょう」
「そうだね、本当にこのマナは興味深い」
このマナを実際に利用するとなるとまだまだ研究の量が足りない。
私たちはマナの更なる情報を探るべく机に向かって作業を始めた。
#
俺は研究所から出てとある喫茶店にきていた。芽唯は研究所で研究を続けているが決して護衛という職務を放り出したわけではない。もちろん何が起きてもすぐに駆け付けられるようにはしてある。俺が喫茶店にきた理由はとある人物に呼び出されたからだ。
「久しぶり、一年ぶりかな?」
「そうだな、最後にあったのは去年の三月だったか?」
俺は飛び出された席に着く。目の前にいる人物は長く伸ばした赤髪をポニーテールにした赤目の少々小柄な少女。特に柄のない短パンとTシャツにパーカーを着ており、机の上にはカフェオレを置き、多少飲まれていることがわかる。
「会いたかったよ、「死神」。相変わらずイケメンだなぁ」
「世事はいらん。さっさと要件を話せ、今護衛対象と離れているんだからな」
花咲リンカ。日本人とアメリカ人から生まれたハーフ。可愛らしい見た目とは裏腹に少々男勝りな性格。卓越したコンピュータ技術を持ち、プログラムやハッキングが得意である。また、とある異能も持っている。
「君を呼んだのは他でもない。君の護衛対象であるお嬢ちゃんを狙ってる国が判明したからさ」
「それはすごいな。で、親切に教えてくれるのか?」
「当り前じゃないか、君と私の中だ。ただで教えてもいいくらいさ」
そう言ってわざわざ俺の隣まで移動してくるリンカ。腕を俺の首に回して顔を寄せてくる。
「でも...少しくらい対価を要求してもいいと思うんだけど...どうだい?」
「言っておくがデートも夜のお付き合いもお断りだぞ」
仲がいいことは確かだが一つ厄介な点があり、俺にしつこく迫ってくることである。俺のどこに惚れる要素があるかは分からないがとにかくうっとおしい。
「相変わらず連れない男だな、君だけなんだぞ?こんなことを言うのは」
そういい元の席に戻るリンカ。先ほどから浮かべている微笑を止め、真剣な表情で話し始める。
「紗月芽唯を攫おうとしている国はドイツだ。彼女が話題になり始めてから少しずつ利益が減少していったのを見てもしかするとと思って調べてみたけど思った通りだった。ま、大方ドイツの得意分野であるITや医療で追い抜かされたから邪魔者の排除兼その頭脳の取り込みといったところだろうね」
「ほう、ドイツか。これまた大国がご登場か」
ITや医療の関係で誘拐しようとしたならマナについての情報はまだ漏れていないのだろうか?他にも新たに刺客を送り込んだ可能性も残っている。だが、首謀者が分かっただけでも大きな情報だ。しかし一番の問題は...
「で、さっきからずっと言いたかったことがある。お前には紗月芽唯のことは言ってないはずだが、どっからその情報を得た?」
「そりゃ少し国のパソコンをハッキングしただけさ。そしたら、マナ研究やら「死神」への依頼やらいろいろ出てきたものだからねー」
そう言い微笑を浮かべながら目の前のカフェオレをすする。まったく本当にとんでもない情報網だ、こいつだけは敵に回したくない。
「とりあえず助かった。暇なときに脅しに行くとするか」
「あ、それに関しては私が行ってもいいよ。君が行くまでもないと思うしね」
「とか言いつつ何か報酬を求めるんじゃないのか?」
「そうだなぁ、今夜素敵なディナーに付き合ってくれない?できれば君のおごりで」
堂々と微笑しながら言ってくるリンカ。まあ俺が行くよりハッキングができるこいつを行かせた方がいいかもしれない。それに俺には紗月芽唯の護衛もあるのでそっちの方が確実だろう。
「...今回だけだぞ」
「お!やる気出てくるねー、それじゃあ私に任せときなよ」
そう言ってカフェオレを勢いよく飲み干す合法ロリ。
「それに、ドイツはあいつの故郷だからね。私自身がやっておきたいという個人的な心情もある」
カフェオレを飲み干し、席から立ちあがったリンカは数枚の小銭とメモを机に置く。伝票と照らし合わせるとカフェオレと同じ額のようだ。メモの中身はバーの名前と場所が書かれていた。
「あ、バーはもちろんラブホの予約もしておいたから、久しぶりに今夜も楽しませてね」
店から立ち去る直前にこちらに振り向きてへぺろと手を振ってくるリンカ。その顔面に銃弾を一発撃ちこんでやりたかったが何とか抑え込んだ。
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