6話 カレー
今回は死神さんと芽唯ちゃんが仲良くなるお話です。
特にストーリー的な進みはないですが、筆者は登場人物の心情は描いておきたいのでご了承ください。まあうまく書けてる自信ないんですけどね。
誤字脱字等ございましたらお知らせお願いします。
「これ以上部屋に籠られると困りますね。なにせこちらは支援しているのに当の本人が何もしてくれないのでは損しかありませんから」
紗月芽唯が部屋に籠って一週間。俺は目の前にいる美形の青年と対話をしていた。俺に紗月芽唯の護衛を依頼してきた男と同じ人物である。
「とりあえず凄腕の精神科を呼び何とかするしかありません。それでも無理な場合は少々強引な手を使うしかないでしょう」
淡々と語りながら目の前の青年はコーヒーをすする。
『おい、あいつはガキだぞ。ついこの間人の死を経験したやつにもう働かせようってのか?』
「子供だからという理由で我々は彼女を優遇しているわけではありません。彼女の明晰な頭脳が我々に利益をもたらすと考えているからこそ優遇しているのです。しかしもう研究しないというのなら彼女に用はありません」
俺は青年の胸倉をつかみ、強引に引き寄せる。その際、青年が飲んでいたコーヒーが床と青年の服にかかる。
『あいつは裏の世界なんか知らずに育ったただのガキだ。俺やてめぇらには分かんねぇ苦痛を今あいつは感じてんだよ。そんなやつを強引に引きずり出すだと?そんなことしてみろ、俺は依頼を破棄してテメェらを殺すぞ』
そういうと青年は少し驚いたような表情になる。
「まさかあなたが依頼を破棄するなんて言うとは思いませんでしたね。分かりましたよ、強引な手は使わないようお約束します」
それを聞いた俺は青年を強引に離し、出口へと向かう。青年は何事もなかったかのようにコーヒーのかかった服を布で拭いている。
『話はもう終わりだな?さっさと行かせてもらうぞ』
俺は談話室から退出した。
#
暗い寝室。私はただベッドの上で座っていた。
ここ最近ロクなものを食べていない。冷凍庫にある冷凍食品やカップラーメンを食べるばかりである。レストランに行けばまともなものが食べられるが、今の私にはそんなことはできない。レストランにいる人の中に私を攫おうとする人がいるのではないかと思い、いてもたってもいられなくなる。ホテルの使用人も信用できずに、料理を持ってきてもらうことも洗濯をしてもらうこともしてもらっていない。
部屋から出たくない。ここから出たらまた連れ去られてしまいそうで。
「...ッ!」
また、あの誘拐犯に連れ去られた時のことを思い出す。あの時の恐怖が私を震え上がらせる。そのたびに私はシーツを全身で覆うようにかぶる。あたまを抱えながら。その時、部屋の出口からノック音が響く。
『いるんだろ?入っていいか』
「ッ!?」
直後、聞き覚えのある声が聞こえてくる。この世のものではないような声。間違いない。あの幽霊だ。
一瞬開けるかどうか迷った。幽霊は私を助けてくれた恩人だ。しかし、私はこの幽霊が怖い。平然と人を殺してしまう、この幽霊が。特に今は用事もなければ入られてはいけない理由もない。ならば入れるべきなのだろうが、どうしても抵抗がある。
「...」
しかし、幽霊には私の命を救ってくれたお礼をしていないので、いまここでするべきだろう。そう思った私は勇気を振り絞り、ベッドから立ち上がると、部屋の鍵を開ける。音が聞こえたのか、幽霊はドアを開け部屋に入る。
「...」
『...』
お互い何もしゃべらない。しかしこのままじっとしていても仕方ないのでリビングへと案内する。
「えっと...何か用?」
幽霊の顔をまともに見れずによそ見をしながら言う。最も、この幽霊に顔があるのか疑問ではあるが。
『...お前に伝えたいことがあってな』
伝えたいこと。
早く研究を再開しろという国からの催促だろうか。事実私は一週間もこの部屋に籠りっぱなしである。国から支援を受けている以上さぼることなど断じてしてはいけないと思っているが、どうしてもあの恐怖が私を邪魔する。
しかし、想定していたこととは予想外の出来事が起こる。
『すまなかった』
なんと幽霊は私に対して頭を下げたのだ。
「ちょ、ちょっと待って、なんであなたが謝るの?」
『俺はお前の護衛だ。お前を守らなきゃいけない。だが俺はお前が拉致されるのを阻止できずに、人が死ぬところを見せてしまった。完全に俺の落ち度だ。本来ならクビレベルの失態をしてしまった、本当にすまない』
私は唖然としていた。この幽霊が謝罪をするなど思ってもみなかったからだ。しかも幽霊はしっかりと私の護衛を全うしていた。拉致はされたが、そのあと私を助け出し命を守ってくれた。なのにこの幽霊は頭を下げた。拉致されるのを防げなかったと。人の死を見せてしまったと。
(ふふ...私は何を怖がっていたのかしら)
あれだけ幽霊を怖がっていた私がばかばかしく思えてきた。この幽霊が怖いなどあるわけないのに。確かに躊躇なく人を殺せるのは恐ろしいかもしれない。でも、この幽霊は決して非情なわけではない。それどころか、他人を思いやれる優しさがある。
「頭を上げて。そんな深く謝罪されたら調子狂うじゃない」
『いや、謝罪させてくれ。詫びとしてできることならなんでも言うことを聞こう』
一瞬で嘘と分かる言葉ランキングTOP10に入る何でも言うことを聞く。だが、この幽霊からはそんな嘘を言っているような感じはしない。むしろ何か願いを言わないと食い下がってきそうな予感がする。
「はぁ...じゃあ何か料理作ってくれる?おなかすいてるけどレストランで食うのはちょっとね...」
まだ3時半というおやつタイムの時間ではあるが、今日は何も食べていないのでさすがにお腹が空いた。レストランは、まだ人が怖くて行けそうにない。かと言って私は料理の腕に関して壊滅的であるし非常食も底をつきそうだ。ならば何か調理してもらうのがいいだろう。
『...そんなことでいいのか?』
「ええ、早くしてくれる?私おなかぺこぺこなんだけど」
『...待ってろ、今食材買ってきてやる』
そういった幽霊はすぅっと本当の幽霊みたいに消える。いや本当に幽霊かもしれないけど。
「あっ...そういえばあいつ料理できるの?」
今更一番重要な疑問を抱くのだった。
*
(やばいすごくうまい)
私は我を忘れて目の前のカレーを貪り食っていた。
うまい。とにかくうまい。こう、なんていうかとてつもなくうまい。よく食べる私だが食レポはできない。だが、このカレーはいままで食った中でも一番うまいと言える自信がある。
「意外ね、料理できないイメージがあったんだけど」
『まあ、嗜みさ』
嗜みでこのうまさはやばいだろう。普通に飲食店をひらけば有名になると思う。
「本当においしいわね。いくらでも食べれそう」
『安心しろ、大量に作ってある』
そういった幽霊はカレーが入ってる大鍋を二つほど机の上に置く。もちろん米も大量に用意されている。本当に大量だ。
「...おいしいだけじゃないわね、このカレー。なにかとてもあたたかい感じがする」
カレーの熱さではない。このカレーを食べれば心まで温かくなるような、そんな感じがする。
『そうか』
ついでに出された福神漬けも平らげ、満腹になる。さらに食後のデザートも絶品だった。幽霊の意外な特技に少々驚きを隠せない。
「ふぅ...ごちそうさま。とてもおいしかったわ」
『そうか。それならよかった。』
ソファに座りお腹をさする。すると、強烈な眠気が私を襲う。まだあの時の恐怖を忘れたわけではないが、この幽霊に対する恐怖はもうない。更においしいご飯を食べて、張りつめていた緊張が解けたことで、精神的な疲労がどっと押し寄せてきた。
(いやいやいや。いまは幽霊がいるんだし寝ちゃったらダメね...)
しかし思ったよりも疲労がたまっていたようで、いまにも眠ってしまいそうである。
『眠いなら寝ていいんだぞ』
「い、いや、別に眠くなんか...」
『ばーか。ガキは寝てろ』
幽霊はどこからか毛布を取り出し、私の肩にかける。
『別にお前を襲うつもりなんてねーし、眠ってる間は俺が見守っといてやるよ。だから安心して寝ろ』
「...じゃあ、お言葉に甘えて」
私は重たい瞼を閉じ、深い眠りに落ちる。意識が落ちる寸前、カチッっと音がした後、大きくて温かい手でなでられたような気がした。
#
紗月はもう寝たようだ。俺はなでるのを止め、仮面を懐に入れる。
「さて、ベッドに運ぶか」
さすがにソファで寝かせるのもあれだろう。ちゃんとベッドで寝かせた方がいい。俺は紗月を抱え寝室へと運ぶ。
中は年頃の少女らしい内装だった。ベッドの上や近くには可愛らしい人形が置いてあり、棚にはかなりの数のラノベや漫画が置かれてある。俺は紗月をやさしくベッドの上に運び、毛布を掛ける。
普段強気の彼女だが、「インビジブル」にさらわれた後、部屋に閉じこもっておびえたり、可愛らしい寝顔をしていたり、可愛い人形を持っていたり。彼女はやはり15歳の少女だということを改めて実感する。そう、まだ成人もしていない、ただの子供だ。
「...チッ」
そんな少女が、裏の世界のことなど知るべきではない。クソみたいな世界を、見なくていい。
(どいつもこいつも利用しようとばかり考えやがって。こいつはただのガキなんだぞ...)
いくら頭がよかろうが、こいつが子供であることに変わりはない。そんな子供を利用しようとするなんざろくでなしがやることだ。
(母を助けるための技術...か...)
しかしその技術は裏で非道な理由によって使いまわされることになる。たとえ開発者本人が人のためになると思い開発しても、他人は人殺しなどの目的で使うものだ。おそらく、今こいつが研究しているマナでも同じことになるだろう。
そんなやつを、俺はほっとけなかった。何も知らない子供が、裏の世界を知って絶望してほしくなかった。だから俺はこいつの知らないところでこいつを守るつもりだった。だが俺はこいつが誘拐されるところを助けることができなかった。
「...悪かったな」
再び、こいつの頭をなでる。赤くて、さらさらしたきれいな髪。これ以上、こいつに恐怖を覚えさせてはいけない。こいつの笑顔を守るためにも。こいつの夢を守るためにも。
(…本当に、優しさってやつは枷にしかならない)
本来ならこんな依頼、受けなかっただろう。優しさというものはやはり邪魔でしかない。
「...ん?」
ふと、ベットの下から何かがはみ出しているのを確認する。取り出すと、表紙がとられた漫画だった。少し気になりぱらぱらと数ページめくると。裸の男女が夜のプロレスをしているシーンが描かれていた。
「...あー...こいつも年頃だし、な...」
俺は本を閉じ、元の位置に戻して見なかったことにした。すさまじい罪悪感を感じたので小さく謝罪の言葉を口にした。
#
「うーん...」
朝の陽ざしが私の意識を覚醒させる。ベッドから上半身を起こし、目をこする。しばらくぼーっとしていると、昨日の出来事を思い出す。
(確か昨日は幽霊にカレー作ってもらって...それから寝ちゃったんだっけ?)
徐々に思考が鮮明になっていく。昨日はソファで寝たはずだが今私はベッドにいる。もしかして幽霊が運んでくれたのだろうか。とりあえずリビングに出ようとベッドから離れようとしたとき。
「...ん?」
ベッドの下から何かはみ出しているのを発見する。それは表紙が取られた漫画本だった。
「~ッ!!!」
爆速でその本をベッドの下の奥に入れる。
(あの幽霊に見られてないよね?見られてないよね!?)
おじさんと一緒に暮らしていた時、こっそりくすねた本。ちょっとそのころからそういうのに興味が湧いてきちゃってつい魔が差したのだ。ちなみにいまでもたまに読んでたりする。
(まさか私としたことが片付けるの忘れてるなんてええええ!部屋に誰か入れるなんてしたことなかったからすっかり油断してたあああああ!)
あの幽霊に見られただろうか。もし見られていたら羞恥心で爆死しそうだ。いや、まだ見られたと確信するのは早い。この本はベッドの下。注意深く見ない限り...
(はあああああああああい私がふと見て気づいてる時点で気づかないわけないわよねえええええあの幽霊がああああああああああああ!)
顔全体熱くなるのを感じながらリビングに入る。
『起きたか』
リビングには幽霊が当たり前のようにいた。
「...見た?」
『何をだ?』
「...ベッドの下にあるやつ...見た?」
『何の話だ?』
どうやら知らないようだ。
(よかったぁ...ばれてないなら羞恥心で死ぬことはなさそう)
「い、いえ、何も知らないなら別にいいのよ。特に大したものじゃないから」
『...そうか』
私はソファへと座る。
『朝ごはんなら作っておいた』
そう言うと幽霊は大量に料理を持ってきてくれた。
「え、朝ごはんも作ってくれたの?」
『まだレストランに行くのは怖いんだろ。安心しろ、材料費は出さなくていい』
「い、いやそれくらい...」
『黙って食え。最近食べてなかったんだろ?』
目の前に箸を突き付けられる。
「ふふ...ありがと」
私はいただきますといって、炊き立ての白米を口にする。
「おいしい...」
今日の料理もとても美味しかった。
#
(...すまない)
つくづく自分に演技スキルがあって助かった。大根演技だったら確実に気づかれていただろう。そうなれば危うくこいつがぶん殴ってくるか羞恥心で悶え死んでいたかもしれない。
俺は騙したことに罪悪感を覚え、せめておいしい料理を食べられるように朝食を用意した。