6話 街へ
安定の低クオリティ
竜馬が少女と話はじめたので、私は隅っこで体育座りをしていた。異文化人であるため下手に動いて物に触ったり気に障ることをすると怒らせてしまう可能性があったので極力動かないようにしているのだ。竜馬は森で手に入れた果実などの名前も教えてもらうことで段々と理解してきているらしい。正直に言って化け物だ。こんな短時間で多言語を覚えていっているのだから。
(暇ね...)
正直なにもやることがないので暇でしょうがない。こんなときはライトノベルを読んだりするのだが、あいにくライトノベルなどは持っていない。
(ここ最近体を洗えてないから気持ち悪いのよね...お風呂はもう入れないし...かといって川で水浴びかぁ...)
現代日本に生きる私にとって数日もお風呂に入れないのは苦痛だ。体は泥で汚れているし髪だってぼさぼさしている。だからといって冷たい水で体を洗うのは寒いので川に入るのはやりたくない。わがままなのは理解しているがやはり浴槽に浸かりたいというのが本音だ。
日が暮れ夕方ぐらいになると竜馬が狩りに出かけ、相変わらず数分で戻ってくる。今回は魚のようで、大きいのが数匹ぐらいぴちぴちとはねていた。その後、少女と何かを話し、薪に火をつけ魚を焼き始める。美味しそうな匂いが漂いはじめ、無性にお腹が空いてくる。
魚がしっかりと焼けた頃に、竜馬が仕上げをして私に渡す。質素ではあるが、それ故にうまい魚の塩焼きは空腹を満たしていく。
「ん...おいしい」
もっと食べたいと思うものの物的資源が乏しい今そんなものは贅沢だ。だがやはり地球にいた頃と比べるとあまりに量が少ない。前菜にも満たないのではないだろうか。
魚を食べ終えた後、竜馬はまた少女と話はじめる。先程から少女とばかり会話をしている竜馬に対して、私は少し苛つきに似た感覚を覚える。どうしてかは知らないが、ムカつくのだ。
(なによ...あの子ばかりと会話して...)
私だけ会話からハブられているみたいだから苛つくのだろうか。言語が違う以上私が会話に入っても邪魔なだけなのは理解しているし、そもそも会話ができるように竜馬は少女と会話しているのだ。それでも、私の心の中でもやもやっとした何かが渦巻く。
(...私らしくないわね...他人と会話なんてほとんどしてこなかったじゃない)
私はこれまで人と会話してきた経験というのが乏しい。別にシャイというわけではないが、必要性を感じなかったためだ。もちろん仕事や世間話くらいは必要なのでしていたのだが、趣味が合う人との会話や中がいい人の話はあまりしたことがない。趣味は自己完結できるし、中がいい人などおじさんか、最近竜馬と話すようになったぐらいでほとんどいない。同年代の友人というのもおらず、小さい頃から研究者としての勉強をしていた私は学校でも浮いていた。高嶺の花という感じだったのだろう。
そんな友達がいなくても多少平気だった私が会話からハブられただけでこんな感情を抱くのは初めてだ。
「...い...おい!」
「ひゃあ!な、なに?」
いつの間にか熟考していたようで、竜馬が呼んでいるのも気付かなかった。
「どうした、なにか考え事か?」
「い、いえ、特には。それより、なにかあるの?」
「あいつと会話してみてある程度言語を理解することができた。多少なら意思疎通することが可能だな」
「それは...すごいわね...」
翻訳ってこんなに早くできるものなのかと感心しつつ、改めて竜馬の優秀さに驚愕する。
「それで、メイリータ王国まで案内してくれることになった。どうやらこの森には用事で来てたらしく、明日で帰還するらしい」
「それは助かるわね...案内役がいるだけですごく安心できるわね」
「それで、あいつの名前だが、ルナ・バルリエと言うらしい。すでに俺の名前とお前の名前は言っておいたが問題ないな?」
「ええ、別に問題ないわよ」
ようやく人のいる町に行けると思うと気が楽になる。お風呂やおいしい食事があると良いのだが。
「とりあえず今日はここで泊まらせてくれることになった。寝袋の用意をするぞ」
「はぁい...」
疲れた体にムチを打って睡眠の準備をはじめた。
#
快適...とは言えないが睡眠を終わらせ、太陽の光が差し明るくなった時間。少女と共に森を歩いていく。どうやら少女は森に慣れているらしく、歩くのが速くどんどん先に行くため、ついていくのがしんどかった。
「あ...歩くの速くない...?」
「たしかに俺から見ても少し速いな。ペースを遅らせるようにしてもらうか」
そしてバルリエとまた話し始める竜馬。僅かな時間の後、バルリエの歩くペースが遅くなった。言語は通じないがお礼は言っておくべきだろう。
「ありがとう、助かるわ」
「〇〇✕△✕□△□◇○✕○□」
「✕□△✕△!○△◇✕○□○✕□△○!」
私の言葉を聞いた竜馬が翻訳してバルリエに伝えてくれたようだ。両手を振って何かを言ってくれている。
「気にするな、だってよ」
それを聞いた私はバルリエという少女はとても優しいという印象を抱く。見ず知らずの他人を出口まで案内してくれているだけでなく気遣いまでしてくれているのだ。竜馬に至っては武器まで向けていたというのに。
しばらく歩いた後、奥の木々の間から日差しが漏れているのを確認した。おそらく、出口なのだろう。バルリエが周囲を見渡した後、すんすんと何か匂いを嗅いでいる。数秒後、茂みをかき分け、木々を抜けていった。私達もその後ろからついていき、木々を抜けていく。
抜けた先に広がっていた光景は、地平線まで続く広大な草原だった。空は青く透き通っており、爽やかな風が草原の草を揺らしている。
「わぁー...キレイねー...」
地球にいた頃には見ることがなかった景色に思わず感激し息を漏らす。その幻想的な光景に私は胸が踊った。
「○✕✕△□◇○✕△○◇□□○◇✕。✕○○□△✕○✕◇△□」
バルリエが指を差し、何かを喋っている。
「北東の方に辺境の街があるらしい。今日はそこまで行くんだとよ」
少女が指を差した方向に歩き出し、竜馬もそれに続く。私も慌てて後を追い、この広い草原の中を歩いた。
*
草原を歩いて数時間。遠くに城壁らしきものが見えてきた。
「あれが、バルリエさんが言ってた街?」
「みたいだな」
城壁は推定10m以上の大きなもので、街を囲むように建てられている。
「いいか紗月。前にも言ったとおり俺たちは秘境の村からやってきた村人だってことにするぞ。正直他に案が思い浮かばないからな」
「わかってるわよ。この世界のことが分からない以上下手なことは言えないしね」
昨晩を通して、私達は自分たちがどこから来たかなどの設定を話し合った。結果、私達は山奥にある誰も知らない秘境で育った村人で、いなくなった親戚の人物を探すため外の世界へと旅に出たということにしたのだ。もちろんそんな都合のいい秘境などあるわけもなく真っ赤な嘘なのだが、異世界から来たというよりは100倍マシだろうと判断したためこんな設定になった。
正直に話すということも提案したが、余計な混乱を招く恐れがあるのと、希少な異世界人を取り込もうとしたり排除しようとする輩が出てくる可能性を少しでも排除したいとのことで却下された。それならまだ得体の知れない秘境人にしといた方が影響は少ないだろうと。それに秘境に住んでいるなら常識が分からないことの言い訳に使える。怪しさ満点ではあるがこれは仕方のないことだろう。
だんだんと近づいていき、城壁の強大さに息を飲みながら門の目の前へと来た。
「△△○、✕□✕◇○✕△✕✕○◇□✕△○□✕△□○◇◇○✕」
すると門を警備しているであろう、鎧を着た中年の男性が呼び止めてきた。
「□○✕✕△○○◇△□✕○△、○✕□□✕◇△○◇□✕○△○✕◇□△」
バルリエが前に出て、ポケットから紋章らしき物を男性に見せ何かを喋っている。
「〇〇✕□、◇✕◇△○□✕◇□〇〇△」
その後、男が扉を開けて道を開けてくれた。どうやら街に入ってもいいらしい。
(随分すんなりね。荷物検査とかすると思ってたけど...バルリエさんがいてくれたから?)
バルリエが男に見せた紋章になにかあるのだろうか。バルリエが街に入っていったので、私達もそれに続く。中に入ると、かなりの数の人々が辺りを行き来していた。革鎧を着た青年や、かごを持った少女、木の棒を持った数人の子供など。道の真ん中には馬車なども通っていた。服装は中世ヨーロッパあたりに出てくる布でできたベストのようなものを着ている人が多い。女性の場合はドレスだ。
(すごい...まるでタイムスリップしたみたい...)
石造りを主とした町並みはまさにファンタジーに出てくるような街の風景と同じだ。そこに現代科学は存在せず、自動車なども通っていない。
「○✕□○△✕✕○◇○△□○✕◇□○✕□△。〇✕□△◇△□✕○✕□◇△□✕○、○○×◇△□×△〇□◇△〇×」
バルリエが手招きをした後、大通りへと進んだ。そのままついていき、ロマネスク建築に似た建物を見渡しながら雰囲気を楽しむ。バルリエが足を止めた場所は、銀色の看板を下げた大きな建物だった。
「◇〇×□□×◇△〇□〇×△〇××□◇〇、×◇△◇◇〇×□〇〇×△□◇〇×△!」
笑顔で何かを説明してくるバルリエ。しかし何を話しているか分からない私にはどんな反応をすればいいのか分からない。
「...〇×◇△○○×□△〇◇〇△◇□××」
「×〇!?◇□〇△×□△!?」
竜馬が何かを言った後驚いたように喋るバルリエ。
「...〇×□△□、××◇□〇△□×〇□△◇×□△〇」
「...×◇△□〇××△□〇◇□◇〇×△〇□◇□?」
「□×□?〇×□...○○◇△×□〇◇〇△×◇×〇、□×○○◇×〇△□〇◇〇△×□△?」
しばらく会話した後、二人に沈黙が流れる。その後、竜馬がため息をつく。
「×△□〇◇〇△×□□○△×◇〇□△×、〇□△××◇。〇△×〇□◇×〇△□〇◇△×」
「×〇□〇△、□××〇△□◇〇...」
「〇□×、◇□×〇△□〇△×◇〇×□◇〇×○○□△」
「〇×□、◇〇□×〇□△...」
しばらくした後、大きく膨らんだ手のひらサイズの袋を渡される。それを竜馬が受け取ると「チャリ」と音が聞こえた。
(え?何今の音。明らかにお金の音がしたような...)
その後、短く何かを話した後バルリエは手を振って離れていく。どうやら別れるらしい。私も手を振り返しさよならを言っておく。
「で、何を渡されたの?」
「金だよ」
「はぁ!?あなたあの子からお金をたかったの!?」
「んなわけねぇだろ、金がねぇっつったら渡すって言ってきたんだよ。とんだお人好しだなあいつは」
どうやら無理やりお金を取ったわけではないらしい。それならいいのだが...
「でも...さすがに申し訳ないわね...」
「もちろん後で返すつもりだ。とりあえず宿とるぞ」
「宿?もしかしてここのこと?」
「ああ、なんでも飯がうまくて安い人気店だそうだ。一応七日分の料金を渡してくれたから近いうちは凌ぐことができるだろうな」
「へぇ...ちゃんとお礼を言わないとね」
「まったくだ」
竜馬はそのまま宿の扉を開け中へ入り、私もそれに続く。中は木で作られた大き目の机を四つか三つの椅子で囲んだセットを等間隔でいくつも置かれており、私よりも少し背が小さい男の子と高校生くらいの少女が机上の掃除をしていた。扉についた鈴の音を聞いたのか、二人は私たちの方に振り向いて何かを言ってくる。状況的にいらっしゃいませーとでも言っているのだろうか。
その後、竜馬と一緒に奥のカウンターへと足を運ぶ。カウンターには小太りで中年くらいの女性が立って仕事をしていた。竜馬が女性と話した後銅と銀の硬貨を渡して鍵を受け取る。そのまま階段へと向かいいくつもある扉の中から端にある扉を鍵を使って開け、そのまま中へと入った。
部屋の広さは10畳くらいだろうか。大きなベッドが一つと、作業ができそうな机と椅子、そしてクローゼットがあった。
「結構広いわね、これならゆっくりできるわ...」
安堵からかため息が漏れる。森の移動で結構体力を奪われていたので今すぐにでもベッドにダイブしたいが体を洗っていないのでぐっとこらえる。
「どうやらここの宿には風呂があるみたいだぞ」
「え!?うそ、あるの!?こんな中世ヨーロッパですって感じの見た目してるのに!?」
「どうやらあるらしいな。上下水道があるのか、それとも何か別の方法でも使ってるのか。すごく疑問だが、今は考えないでおこう」
疲れたように竜馬が言う。
「そうね、とりあえず今日は休みましょう」
明日に備えて今日はしっかりと休んでおくべきだ。私は風呂があることにかなりの嬉しさを感じながら入浴の準備を始めた。