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第2話 学園の王

「陰キャ、キメエんだよ。俺の前から消えろ!!」


 切っ掛けはそんな一言だった。


 彼の名前は草加悠(くさか ゆう)

 学校のトップカーストに君臨する俺の同級生だ。

 フランス人の血を引き、金髪碧眼という端麗な容姿を持ち、頭脳は学年でトップの成績を修めるほどに優秀。

 更には代々国会議員を輩出してきた高貴な家柄の生まれと、学校の頂点に立つに十分すぎるスペックを持っている男だ。


 そう。彼こそが姫宮さんの婚約者である。


 同じ人類かと疑問に思うほどのスペックを誇るこのクラスの支配者で、誰もが彼に好意を寄せ、気に入られようと努力をする。

 その地位は担任をも超えるだろう。


 しかし俺は、それほどの存在に徹底的に嫌われてしまった。


「悠さん、どうしたのですか? オタクくんが困っていますよ」


 彼と揉めていると、一人の少女がやってきた。


「雪、お前には関係ねえだろ」


 まるで彼女が、己の所有物であるかのように、ぞんざいに言い放つ。

 その、物静かな黒髪の美少女は、草加くんの婚約者、姫宮さんだ。


 二人とも、クラスのトップカーストに所属していて、美男美女の組み合わせということから、周りからもカップルとして公認されている。

 俺も、端から見てるととてもお似合いに見える。


 なのに、この日の俺はどうかしていた。


 廊下を歩いている時にふと見かけた、彼女の姿に見とれてしまったのだ。

 窓から外を眺め、ふと髪をかき上げて物憂げな表情を浮かべる姫宮さん。

 その姿は、彼女の偏屈な本性を知る俺ですら、心を奪われるほどに美しかった。


 そうして、ぼーっと歩いていたら、この草加くんにぶつかってしまい、手に持っていたジュースを盛大にぶちまけてしまったのだ。


 身の程知らずの懸想をしてしまったばかりに、俺は怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。


「関係ないとは言いますが、廊下の真ん中でそのように騒がれたら迷惑になります」

「迷惑を被ったのは俺の方だ。こいつが突然ぶつかって、ジュースぶちまけやがったんだよ。陰キャのくせによ」

「す、すまない。わざとじゃないんだ。ぼーっとしてたら足を躓かせちゃって……」

「あ? ごめんで済んだら警察はいらねえんだよ」


 謝罪を口にするも、草加くんは凄まじい剣幕で睨んでくるばかりだ。


「まあまあ。オタクくんも、わざとではないようですし……」


 姫宮さんは彼を宥めようとしてくれているが、それでも彼の怒りは一向に収まらなかった。


 その日からだ。

 俺への嫌がらせが始まったのは。


 教科書を破かれたり、机の上に菊の花が献花されたり、上履きに画鋲が仕込まれたり、弁当の中身が捨てられたり。

 まあ、よくあるパターンだ。


 校舎へ向かう途中、まるで俺の席がないとでも言わんばかりに、椅子と机を目の前に投げ捨てられたこともある。


 担任も学園も当然そのことには、気付いてはいるのだろうが、いかんせん相手が悪すぎる。

 なにせ草加くんの父親は、学園相手に多大な寄付を行い、今や大臣職に名を連ねるほどの大物だ。


 そんな生徒相手に"指導"を行おうものなら、手痛すぎるしっぺ返しをくらうだけだ。

 こればかりは俺も教師陣に同情してしまう。

 学園でも手を出せない人物が、まるで漫画のテンプレートな悪役のような行動に出てしまったのだから。


 もちろん、同級生にも味方はいない。

 友達がいないこともそうだが、触らぬ神に祟りなしだ。

 多くの生徒は、関わりを避けたいだろうし、中には草加くんに忖度して覚えを良くしようと企む輩もいるだろう。


 このクラスの"王様"は草加くんだ。

 そして、彼らの主が気分を害したのだから、その原因は根元から叩かなくてはならない。

 それが、このクラスの掟だ。


 本当にバカなことをしてしまったと思っている。

 彼の顰蹙(ひんしゅく)を買うなど、学園生活をドブに捨てるような愚かな行いだ。


 だが、弁解させて欲しい。

 仕方の無いことだったのだ。


 正直に言おう。

 俺は姫宮さんが好きだ。


 これまでは、たくさんの言い訳を用意して、その想いを否定しようと努力したが、そんなことで人の心は誤魔化せない。

 日に日に積もる想いは、隠しきれないほどに膨らんでしまったのだ。


 だから、少しぐらい彼女に見とれてボーっとしてしまうのも仕方ないことなのだ。

 ただ想うことは間違いなはずはない。間違いだと言わせるつもりもない。


 ただ、結果として、俺は身の程知らずの恋のせいで、たった一度の過ちを犯してしまったというわけだが……


 ただジュースをこぼしただけと片付けようと思えば片付けられるし、これが別の生徒相手ならこんなことにはならなかっただろう。

 しかし、相手の地位で、些細なことが重大事になるのがこの世界だ。


 授業で平等の尊さを解いても、現実はそううまくはいかない。

 俺は選択を誤って、致命的なルートを通ってしまったのだ。


 俺なんかが姫宮さんと釣り合うはずなんてない。

 こんなキモオタ陰キャが恋愛市場に参入できるわけがない。


 そんなことは分かっていたはずなのに……俺はそんな当たり前のことも忘れて、姫宮さんのことを綺麗だななんて思ってしまった。

 そのせいで俺は、"王"の怒りを買ってしまった。


 そして、それからほどなくして、俺は学校に行けなくなった。


 仕方ない。

 こんな環境では、まともに勉強なんて出来ないのだから。


 こうなってしまえばもう二度と、姫宮さんとくだらないやりとりをすることはできない。

 そのことは堪らなく惜しかったが、それでも自分を守るためにはそうせざるを得なかった。

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