ネーミングセンス
「前代未聞の面接になりますなあ」
「本当に」
就職活動、その最終面接まで残った若者たちとの対面時間が間もなく始まる。今年は我が社初の試みで、面接を行うことになった。
まず密を考え、一人ずつと面談。さらに若者たちへは事前に、説明書と紙を渡してある。さあ、彼らがどんな回答を提示してくるのか、楽しみだ。
新商品を発売する際、当たり前だが品名が重要となる。そこで今年は入社前にネーミングセンスを確かめるため、自分の子どもに名前を付けるとすれば、どのような名前にするのか。その名前と理由を考え、面接時で発表するよう伝えている。
しかし一人目からこれとは、想定外だ。
紙に書かれた文字は、『愛乱舞有』。キラキラとした目で自信あるその態度と違い、我々は困惑する。だって、読めないから。こういうのをキラキラネームとか、ドキュンネームというのかな?
「あー……。では、その……。まずはフリガナを教えて下さい」
人事部部長の言葉に、面接官である我々は頷く。
「はい、あいらぶゆう、です」
「あい、らぶ、ゆう、ですか」
答えを知れば、読めないことはない。だが『乱』は名前で使用できる漢字だっただろうか。いや、そういう漢字についての法律は、この場では関係ない。大事なのはセンス。そう、センス。
……そもそもセンスってなんだろうかと、考え始める。同時に脳内で、パラリラパラリラという派手な音と共に、『夜露死苦』という単語が浮かぶ。
「それは……。どちらの性別につけようと考えた名前でしょう」
「性別は関係ありません。子どもに対しての愛が、乱れ舞うほど有りまくる、という意味ですから。それに英語に置き換えても、愛しているという意味になるので、愛情たっぷりだと子どもや周りにも伝わる、いい名前だと思います」
ぐっ、と拳を握りしめ力説される。
……なるほど、子どもへの愛を示したい。そういうことか。
これを皮切りに、予想外の珍解答は続く。
なにも書かれていない紙を提示した若者が現れた。
「……君は、説明書を読まなかったのかな?」
「いえ、熟読しました。その結果がこちらです」
「無回答が?」
「子どもは私だけのものではありません。相手がいて初めて産まれます。私だけの意見を押し通すのではなく、相手の意見を聞き、そして二人で名前を決めたいと考えたからこそ、記せませんでした」
仮定としての話というか……! 誰がそこまで深く考えてくると予想できただろう。ポカンとしている面接官もいる。
熟読しすぎだ! これではセンスが分からない! いや、他者の意見を尊重しようとする姿勢が見えるか? 人を思いやる姿勢は大事だ。だが自己の弱さも感じる。いや、強いのか? こちらの意図を考えた上での無回答なのだから。
続いて提示されたのは、男の子は『太郎』で女の子は『花子』だった。
ある意味、日本で一番有名な名前たちではないだろうか。様々な書類の書き方の例として、よく使用される名前たち。逆に有名すぎて、実際にその名前の人を見たことがない方が多いだろう。
「なぜその名前を考えられたのでしょう」
「はい、私の名前は履歴書を見ていただければ分かると思います」
言われ、改めて面接者の履歴書に目を通す。
そこには『海姫』と書かれ、フリガナには『マリン』と記されていた。ホームベース型の造りの顔は、お世辞にも美女とは言えない。間違いなく『マリン』というイメージから離れているし、そもそも『海姫』と書かれ、すぐに『マリン』と読める人はいないだろう。
「私の名前を漢字だけで読める人は、皆無です。加えてマリンというイメージの顔ではないと、幼い頃よりからかわれてきました。ですから私は自分の子どもには、誰もがすぐ読め、間違われることのない名前にしたいと常に考えています」
なるほど、これまで歩んできた己の人生から導いた答えという訳か。確かに親しみやすい名前は大事である。だが太郎と花子は二度見されそうだ。いや、逆にインパクトがあるのか? 単純だからこそ人目を引くとか?
「心愛と書いて、ココアです。可愛いから」
「翔という漢字が好きなので、女の子なら翔子、男の子ならそのまま翔と使いたいです」
他にも産まれた四季に因んだ名前にしたり、一つに絞れず紙にびっしりと幾つもの名前を書いたり、実に様々な回答があった。
全員との面接を終え、ぐったりと背もたれに体を預ける。
こちらとしても後々SNS等で問題にならない発言にしたりと、面接にはなにかと気を遣っているのだ。
「いやあ、予想外な回答が多かったですね」
「これが若者のセンスなのでしょう。その世代へのターゲットの商品を販売する時は、いい意見が出るかもしれませんね」
「それにしても、一発目の愛乱舞有には驚きましたな。正直、脳内にマフラー改造されたバイクが浮かびましたよ」
「私は巨大な旗をひるがえしながら、蛇行運転するバイクが浮かびました」
愛乱舞有の話題で笑う。なんだ、やはり思うことは皆同じか。
「それで、実際どうでしょう」
「私は意外と空欄の子がいいと思いましたね。他者の意見を尊重しつつ、自分を持っている印象を受けましたし」
わいわいと様々な答えに対し、好き勝手言っていると……。
「それにしても、太郎と花子はないな。本人もあの見た目でマリンとは、かわいそうに」
吹き出しながら副社長が言う。
「いや、全く」
副社長に追随し、また皆で笑う。
我々にとって珍解答が多く、面接の反省会や吟味というより、楽しんでいると言ってもいい雰囲気の中、社長が姿を現したので全員立ち上がる。
「やあ、お疲れさま。面接はどうだったかな?」
「社長、お疲れさまです」
「ああ皆、かけて楽に。それで? どうだったかい?」
「こちらの予想を上回る回答が多く、なかなか興味深い結果となりました」
「そうか、そうか。実は私の孫が残っていてね。私が名前を考えてあげた初孫で、どういう答えだったか気になり、我慢できなくてね。それでつい顔をのぞかせたんだ、急にすまないね」
「社長のお孫様?」
初耳だ。社長と同じ名前の者はいなかったぞ?
「他家へ嫁いだ娘の子どもなんだ。私の孫と言えば忖度されると思い、これまで黙っていたし、本人もそういうのを嫌がっているので、遠慮ない判断を頼むよ」
「そうでしたか。ちなみに、お名前は?」
「マリンというんだけど」
履歴書を漁っていた手が止まる。他の皆も動きや表情が固まった気がする。
「海に姫と書いて、マリン。いただろう?」
「……はい」
ホームベース型の顔が浮かぶ。自分がからかわれたと言っていた時、怒りをはらんだ目を思い出す。
「で? どんな回答だったのかな?」
期待する社長を前に、まるで困った質問をされた面接者のよう、我々は汗を流す。
本人は社長が考えた名前に対し不満を持っており、我々は、あの顔にあの名前はないわと笑ってしまった。なんて言える訳もなく……。
「ほら、あらゆる生命は海から誕生しただろう? だから、そんな母なる海から産まれたお姫様、という意味でマリンと名付けたんだ。そうだなあ……。自分の名前にちなんで、アクアとかオーシャンとか、そういう感じかな?」
にこにこと笑う社長に、誰が真実を告げるのか。
無言で視線だけで、互いにその役割を我々は押しつけあった。
お読み下さりありがとうございます。
あらすじにも記しましたが、作中に登場した名たちをおとしめる考えはございません。
もし同名の方で不快になりましたら、申し訳ありません。
太郎さんと花子さんは、よく見るけれど、実際にその名前の人と会ったことがないものでして……。
探せばいらっしゃるとは思うのですが……。
書類の例えでは本当、よく見かけるのですが。
◇追記◇
感想をいただき、そう言えば政治家に太郎さんいらっしゃったと思い出しました!
すっかり自分が直接出会った人、という狭い世界で考えて書いた作品なので、面接官たちも、政治家とか有名人を失念していたということで……。