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支離疎(しりそ)<映画脚本>

作者: 三雲倫之助

精神病患者の悲喜こもごもとカルト教団との対決

   支離疎しりそ<映画脚本>

         作・三雲倫之助  


   「支離疎しりそ」の登場人物一覧表


①支離疎(名前・年齢不詳)院長の養子

②アファゴン俊助(三十七歳)ふうわり院入院患者

③三塚節子・法名・妙露尼(三十九歳)世界一家教会信徒頭

④船越源一郎(二十八歳)患者・船越コーポレーションの長男

美里(みさと)一擲(いってき)(五十一歳)ふうわり院院長

⑥宮里英世(四十八歳)エデンランジェリー社長

渡名喜(となき)志津子(四十五)看護婦

須弥山(しゅみせん)瑞雲(五十七歳)世界一家教会教祖

⑧渡名喜将吉(四十五歳)志津子の夫

⑨美代子(二十一歳)看護婦

⑩歓喜天(三十七歳)世界一家教会、色事師

⑪阿修羅(三十三歳)教会の武闘派隊長

⑫小槌(二十八歳)教会の経

⑬船越源信(七十五歳)源一郎の祖父

⑭船越源武(五十三歳)源一郎の父

⑮船越美和子(五十歳)源一郎の母

⑯三塚清輝(六十五歳)節子の父親

⑰真智子(四十五歳)エデンランジェリーの縫い子

⑱その他

 縫子A・B・C

 子分一・二・三

 アメリカ・イタリア・フランス・中国・カナダの女



○沖縄

中城湾を望む人口一万二千のY町を上から見下ろした風景。

○丘の上にあるメンタルクリニック「ふうわり院」の別荘のような病院の外貌

○診療室の中

デスク、その上には灰皿のみ。

院長・美里一擲(いってき)が煙草を燻らしながら、ワッカを作り、溜め息をつき、早口で独り言。

美里「人間の運命とは天上の神々が遊び興じるサイコロの一振りが地に投げられて出た目に過ぎない。確か、そのようなことを言ったのはニーチェだった。偶然を運命と決め付けるのは人間である。ハワイのワイキキビーチの椰子の木陰でうたた寝をしていたら、椰子の実が落ちて来て、頭に当たり大怪我をした。命拾いをしたと、喜ぶもの、不吉の前兆だと気を病むもの、弁護士を立てて、ホノルル市の管理の不手際を訴えて、慰謝料をたんまり貰い恵比寿顔となるものも在る、百花繚乱。もし死に至ったとしたら、死んだ本人に意識はなく、運命でも偶然でもない、サイコロが斜めに立ったか、宙に浮いたかであり無効である。しかし、それを知った人、詰まり生きている人達は運命と呼ぶに違いない。それでも、交通事故や戦争で死ぬよりは増しだと考える人達も在るのは確かである。百花斉放。薔薇や牡丹が一般的に美しいからとこの世界にその花だけが在るというには辟易する。千紫万紅、それ故に美しいのである。美しい、その言葉さえ花にとっては迷惑な話で、人間のために存在している訳ではない、新参者の人間どもが云々するなと言うだろう先住生命体である、野の花はそれぞれが時を忘れずその時節に開く、それを繰り返すことに因り悠久の時を越え、これからもそうして生き延びて行く」

右手の煙草の灰が床に落ちる。髪を掻き毟る。

美里「(吐き捨てるように)そうとも、そうさ、そうだよ、お前の返事は決まっている。(静かな口調で、女性のような声で)『だからどうしたの』

私にとって女性はマジムンか

テロップ・訳《魔物か》」

看護婦がドアをノックして、開けて、銀行員のような中年の男を入れる。男は一礼をして、椅子に腰掛ける。

美里「宮里さん、調子の方はどうですか」

宮里「手作り下着メーカーの弱小企業の社長は、お得意さんに頭を下げ、縫子の二十一人に神経を使い、営業レディの八人に、ご機嫌を取り、神経が参ってしまいます、もう針のむしろに坐っている、従業員に丑の刻参りのわら人形で呪いをかけられているようなものです。寝ていると、心臓に針を刺されたように、冷や汗かいて、飛び起きる始末です(だが嬉しそうに俯く)」

看護婦の志津子が診療室の窓際のカルテや書類を片づけながら、ちらっと睨み付けて、又同じ作業をする。

志津子『フン、何よ、母子家庭の母親や離婚した女を馬車馬みたいにこき使っていると言うじゃないの、親友の真智子なんか、泣いていたわよ。それでも、ヘルパーの仕事を見つけて上げたのになぜ止めないのかしら』


○エデンランジェリーの工場

二列のテーブルで二十一人の縫子がショーツやブラジャーの縁の裁縫をしている。

踏ん反り返った社長・宮里が受験の試験官のように巡視する。ぴたっと立ち止まる。縫子がびくっとする。桃色の絹のショーツを取り上げる。宮里がショーツを持ち上げて、目を細める。

桃色のショーツが徐々にクローズアップされる。縁の飾りの糸が飛び出している。

宮里がショーツを縫い子の真智子の目の前に突き出して、指を差す。

宮里「真智子さん、実にいいお仕事ごとですね。これを誰が穿く、お前、この仕事を舐めとるのか、見えないところを美しく、我が社を潰すきか、お前のために残りの二十八名の従業員とその家族五十八人が路頭に迷うのだぞ、それとも女はソープで風俗で働けますから、困らないか。これではもも引きの方がまだ増しだ、このバカ、一月、トイレの掃除をしろ」

真智子「済みません、済みません、子供が風邪で寝不足なもので」

宮里「コラ、済みませんと素直に言えないのか、お前一人のために、だから女は使えんという社会通念を作ってしまうんだ。仕事は仕事、家庭は家庭、子供を言い訳にするな、このオバサンが」

縫子A「(仕事をしたまま)ねえ、お呼びがかかったよ」

縫子B「でもお仕事は丁寧によ、私もお呼ばれしたいわよ。あなたは先週の火曜日でしょう、どうだった」

縫子A「バターがトーストの上で蕩けるようだったわ」

縫子B「そう、止められないわよね。でもさ、真智子さん、お初のお呼びでしょう、二階の自宅へ行くことは、知っているのかしら」

縫子C「私がそれとなく教えたの、あの子、私が怒られたのを見て、顔面蒼白で大丈夫ですかと聞くんだもの」


○ふうわり院の診療室

美里「(にっこりして)神経も磨り減らしているようですが、体力も消耗しているようなので、栄養剤も処方しましょう。あのヤンママのマリが見事にセールスレディになっているので、びっくりしましたよ。これも宮里さんのご人徳ですな」

呆れたように志津子が小さく舌打する。

志津子『何がよー、偶然よ、この生き血を吸うガジャンが、

テロップ・訳《蚊》

先生もお人よしで、人を見る目が無い』

宮里「(薄ら笑い浮かべて)まあ、先生だけです、そういって下さるのは。内の従業員にも見習って欲しいものですわ」


○ふうわり院からの眺め(七月七日)

海辺で花火が打ち上げれて、闇夜に大倫の花を咲かせている。

○ふうわり院の廊下

志津子が慌ただしくストレッチャー押して、ロビー前で、院長と搬送の車を待っていた

○ふうわり院への坂道を駆け登る黒塗りのリムジン、院の前で急停車する。

○中からボディガードのような黒のスーツの男が暴れ回る尼僧の両腕と胴を抱きかかえて、出てくる。

尼僧「この、外道の畜生が、今に天罰が下るぞ、餓鬼畜生の亡者ども、瑞雲様、大瑞雲様、お助け下さい、南無大瑞雲大権現、南無大瑞雲大権現」

 尼僧は男の肩に噛み付く

○獣のように噛み付く尼僧の口、それから顔全体

○志津子がゆっくり近づいて、尼僧の顔をピシャッと叩く。尼僧が顔を上げて、志津子の顔にツバを吐きかける。動きが止まったその瞬間、後ろへ回っていた院長が尼僧の袈裟を捲り上げて、鎮静剤を尻に打つ。

美里「もう落ち着きましたから、ストレッチャーに寝かして下さい」

志津子がストレッチャーを押して病院の中に消える。

運転手がリムジンのドアを開ける。

中から、船越源一郎と紺の背広を着た初老の紳士が出て来る。初老の男は泣いている。

○病院の応接室

貧弱なテーブルにビニールの皮のソファに船越と初老の男が並んで坐っている。

院長は小さな冷蔵から、サンピンのペットボトルからコップに注いで、二人の前に出して、向かいのソファに坐る。

美里「三塚さん、節子さんはおかしいようには見えないのですが、ただ怒っているようにしか見えませんでしたが」

三塚「(震える声で)おっしゃる通りです。異常であれば、病人を病院に運ぶのは誰も止められません。ですが節子は、三塚建設を悪魔の巣窟と呼び、私をサタンと呼び、妻をその娼婦と呼んでいます。十二年も前に貯金の一千万余りと家の宝石を全部持って、世界一家教会へ出家したのです」

美里「須弥山(しゆみせん)瑞雲の宗教ですね、マスコミや噂で耳にします。仏教もキリスト教もごちゃまぜの何でも有りの」

源信「問題はそこだよ、美里君。三塚建設の社長令嬢となれば、宗教の広告塔に、金蔓になる。病院に入れば、すぐに探しだされ、連れ戻される。宗教の自由、人権だのと騒ぎ立てられて、大きな病院が入院を許すはずがない。ここなら誰も探せない。知る人ぞ知るの病院だからな。それにこの病院は広い邸宅のように拵えてあるから、長期には取って置きだ。まあ、保養だ、精神のな」

三塚「美里さん、是非お願いします。娘はこのままでは親を悪魔と思い込んで、世界一家教会の中で死に果ててしまいます。たとえ家を飛び出しても、自由に生きて欲しいのです。どう調べても、世界一家教会は金儲けの宗教の名を借りた悪徳商法です。あんなものに娘の一生を踏み躙られては、親は泣くに泣けません。お願いします」

美里「それでも急がないことです。それと、もし警察沙汰になった場合は有能な弁護士を手配して下さい」

三塚「宗教問題の弁護士も揃えています。しかし手が出せないのです」

美里「それからここのことは家族の方にも言わないで下さい。世界一家教会はあなたの家族、出来れば奥様にも所在地は秘密にしてもらいたいのです、いいですか。まずは世界一家教会から遠ざけておくことです、そこから全てが始まるのです、済みませんが、三塚さん御自身もここには一切の連絡を取らないで下さい。何かの場合にはここから連絡しますので」

三塚「分かりました、全てお任せします。あの子には著名な宗教家や、お坊さんを会わせたのですが、全く効き目が無いどころか、火に油を注ぐような事になりまして…(言葉が詰まり嗚咽する)」

源信「美里君、もし必要と有れば弁護士でも、ボディーガードでもこちらで手配する。まあ、私もな、この年で損得抜きで何かをやる気になった。孫の源一郎がああなったのも、私が商売優先で、世の中のに一銭も返さなかった罰か、戒めのようなものじゃろう。私はその積もりだから、少なくとも金銭面だけでも、援助させてくれ。これではご先祖の供養も何もしないで、あの世に旅立つことになる。死んだ人に金を積んで見せても、喜びはしないからな」


○世界一家教会

山原の雨乞い山の上に円を描き、金網のフェンスが巻かれている。

入り口で鳥居の形の門、鉄の扉。

右と左側のフェンス沿いに、バラックの信徒の部屋が立てられている。

本殿への道は玉砂利で覆われている。

本殿はモスクのような大きなコンクリートの寺で、当の部分は赤く塗られている。

○本殿の広間

奥には金色の巨大な弥勒菩薩像が安置されている。前には須弥山瑞雲の大理石の玉座。

それから分厚い赤の絨毯が敷かれ、信徒の正座する床が広がる。

 弥勒菩薩像の香炉でもうもうと立ち上がる線香の煙

瑞雲がマヤ比丘尼に導かれて入ってくる、その後ろには僧の黄色の袈裟の仁王が付いてくる。

出家信者、六十五人の作務衣を着た男女に、俗世信者の二百人ほどの老若男女の信者。

信者一同が、顔を床に付けたまま、「南無聖大瑞雲菩薩、南無聖大瑞雲菩薩」と瑞雲のお声がかかるまで必至に唱え続ける。

瑞雲、玉座の前に立ち、勘木の表情で信者を見回し、両手を上に挙げる。

瑞雲「あなた方の目は今、この瞬間開かれた、見よ、見よ、我を見よ、我を見るものは幸いなり、金色の蓮の花の上にて生まれ変わるであろう。もう一度、我を見よ、再び、我を見るはこの世に安らぎを見るであろう。我に触れし者は、餓鬼畜生であろうと、癒されん、さらば、我が信者よ、我が(たみ)(ぐさ)よ、我が子供らよ、汝らは癒されん、この艱難辛苦の荒海に浮く大きな船に乗れ、これを大乗と呼ぶ、己を捨てて、御仏に尽くせば極楽に通ず、我は須弥山瑞雲にして、須弥山瑞雲にあらず、弥勒菩薩、シャカムニブッダ、イエス・キリスト、の生まれ変わりなり、我が信徒よ、御仏を、イエスを、弥勒菩薩を、神を拝め、私は汝らと歩み、汝らの内に有り、苦楽を共にする罪の贖い人なれ、我が信徒に幸い有れ」

説教の途中で、噎び泣く、女、歓喜の余り痙攣する男の出家者、互いに抱き合うもの、南無聖瑞雲大菩薩と唱えるもの多数。

瑞雲「過去に生きられず、未来に生きられず、ならば今を我のために生きよ、その道しかな無し、我は大いなる者の住む、天上界へ我は行く、皆に祝福有れ」

 僧の仁王、瑞雲、マヤ比丘尼と付いて行き、螺旋の階段の前で仁王とマヤは立ち止まり、二階へ上って行く瑞雲を見送る。


○二階の瑞雲の居間

ロココ調の調度品

片手にワイングラス、ガウンに素足の瑞雲が秘書のスーツの小槌と話している。

小槌「タイのパソコン組立工場から日本への輸出、お布施、信者の肉体労働による収益などなど、必要経費を除いて、二千万の純益で御座います」

瑞雲「そうか、八百万は機密費で、月一千二百万がお蔵の中に。

♪黄金虫は金持ちだ、金蔵建てた、家建てた♪

 どうもこの歌が私の幼いころからの愛唱歌でな。愛だの、恋など下司な輩の歌うものだ、そうではないか」

小槌「ごもっともで御座います」

瑞雲「笑い話に、奈良の大仏が指を丸めているのを、お金呉れと言うけど、あれはホントに金呉れと言っているんだ。見てみろ、日本の仏教界を、皆葬式仏教で、駐車場と墓地でぬれ手に粟で。たかが三四年の修業なら誰でも出家して、坊主になるわ。死ぬまで安泰、それが何百年も同じ家族の独占企業。バカでもアホでも、坊主に永久就職。それに坊主が女と寝るのは、仏教ではご法度や、それを明治維新と共に、のうのうと妻を貰って、戒律など知らんふり、ホントにクソ坊主や。その点、世界一家教会は出家者は皆、独身だ。無論、神様は別だが。一人も出家させるようなことの出来ない、教えを広めるでもない葬式檀家仏教に文句を言われる筋合いは無い。正に青天白日のごとし」

小槌「生臭坊主などの嘘つきより、弥勒菩薩がおっしゃることを信じる信心は、俗世の秘書の小槌にも有る積もりで御座います」

瑞雲「お見事、下がってよし。歓喜天と阿修羅を呼べ」

ジャージの阿修羅とアルマーニのスーツの歓喜天が入ってくる。ソファに坐る瑞雲の前で直立不動。

瑞雲「(怒鳴るように)阿修羅」

阿修羅が正座して、手を合わせて、拝む。瑞雲がグラスのワインを顔にぶっかける。歓喜天は微動だにせず、無表情で前方を見ている。阿修羅、顔を拭かず手を二つの腿の上に置いたまま。

阿修羅「妙露尼の父、三塚清輝は妙露尼が失踪した二日後には、一人で東京へ帰っています。家にも妙露尼の姿は有りません。妙露尼は沖縄に潜伏しているか、又は監禁されている思われます」

瑞雲「だが法に触れるような手荒な真似はするな、だが必ず探しだせ。妙露尼はまだ使える。三塚建設の一人娘の遺産相続人だぞ、分かるか、このバカたれが。(手を振って)行け」

阿修羅、一礼し、両腕を腰に当て、足早に駆け去る。歓喜天が正座して、拝み、顔を上げる。瑞雲、満面のニヤニヤ顔

瑞雲「月の最後の晩餐の献立は出来たか」

歓喜天「サミット記念に、日本、アメリカ、イギリス、カナダ、イタリア、ドイツ、フランス、それに特別ゲストの中国を用意しました、いずれもビザ切れの不法滞在者で、草の根の国際交流をコンセプトに構築しました」

瑞雲「まあ、一月、日本で遊べるくらいのお手当ては恵んでやりなさい。それに私も尼僧や信徒との真剣納めの儀にも飽きた。技巧が足りぬ、声も出しおらん、それでも技を磨けとも言えぬからな…(瑞雲が大声で笑う)」


○ふうわり院

 病院の廊下、待合室

ソファに坐りながら、いらいらしている宮里。カルテを持って、志津子が宮里を無視して、診療室に入ろうとする。宮里、怒って立ち上がる。

宮里「渡名喜看護婦、予約の時間をもう三十分も過ぎてますよ。前から言おうと思ってんだけど、何や、お前のその偉そうな態度は、私は病人でお客さんだぞ」

志津子「そうですか、ここはアンタの工場とは違って、経営者は鬼とは違いますから。だから宮里さんもここに通院なさってるんでしょう、(叱る)少しは我慢を覚えなさい」

宮里の目が輝いて、うっとりした目つきで志津子の顔を眺める。

宮里「何ですか、気色悪い顔をして、反省しなさい、これはセクハラ、視姦ですよ、嫌らしい」

宮里「(我に戻って)とんでもない、幾ら何でも死体とやろうなんて考えたこと有りませんよ・(にやっとして)やはり看護婦さんは死を看取るから、ええ男の患者さんにムラムラと感じなさいますか」

両手にカルテを抱えたまま、近寄り宮里に頭突きを喰らわせる。

志津子「クヌトントカーや、ナマシニウーラリーサヤー。

 テロップ・訳《このスットコドッコイが、スネでも折られたいんかい》」

宮里、右手を手に当て、痛そうな表情から、目を潤ませて、うっとりと志津子を眺める。

志津子「ウヌアタビチヤ

テロップ・このイボイボガエルあのね、誰が死体のシカバネ、じゃない、視力の視、シ・カ・ン、目で犯す、あなたの目、目つきのことです、バカタレが」


○ふうわり院の病棟

白衣を着たアファゴン俊助が三塚節子のドアの窓から覗いて、ノックをする。

アファゴン「 How do we feel ?」

節子、ベッドから飛び起きて、ドアに近寄る。

節子「何て言ったの」

アファゴン「ハウ ドゥー ウイ フィール、私たちの気分はどうでしょうと訊ねたのです」

節子「(怒って)見れば分かるでしょう、最悪よ。狂っている訳じゃないですよ」

アファゴン「新米の患者さんほどそう言います。それからここの住人は狂っていると言いません。ウソつきが『私はウソつきです』と告白したら、偽りと真実はどうなるのでしょう。ただこの三日のヒステリーで興奮は治まったようです。話は変わりますが、夜中に喚いたり、壁を叩いたりしないでください。それと南無聖大瑞雲大菩薩と大声でお経を上げないで下さい、近所迷惑です。菩薩なら心の中で唱えても聞き逃しません。あなた、千手観音の手は何故に千も有るのか、ご存知ですか。世の中の一切の苦しむ者全てに手を差し伸べて、救うと誓ったからです。あなたも、救われないはずは無いでしょう。尼さんなのですから。それからあなたの右隣の源一郎さんはもっと深刻です。ですから、あなたに慈しみや、慈悲の思いが有るのでしたら、静かにしてもらいたいのです」

節子「(きょとんとして)あなたは仏教徒ですか、お名前は」

アファゴン「阿波根、阿波踊りの阿、波は電波の波、根は根っこの根、内地の方あ・は・ねと読みますが、正確にはアファゴンと読みます。俊助はどうでもいいものです。私は無宗教でワード、言葉のデザイナーです。ワードアレンジャーです」

節子「どうして、アファゴンさんが異常なのですか」

アファゴン「あなたは優しい、狂っている言わずに、異常かと聞きました。私は離人症、対人恐怖症、抑鬱症、パラノイア…、平たく言えば、統合失調症です。十五パーセントは異常です」

節子「その十五パーセントとは何でしょう、アファゴンさん」

アファゴン「シンプルです、世の中に着いて行けない、もしくは他人に付いて行けない。では、この病院の経理のコンピューター入力の仕事が有りますので」

節子、呆然とする。

節子『まるで私と同じ入信の動機ではないの、あれで狂ってるの』」

節子ぶるぶる震えて、そのまま床に坐り込む。

節子「(小声で)南無聖大瑞雲大菩薩、南無聖大瑞雲大菩薩南無聖大瑞雲大菩薩、(噎び泣く)」


○診療室

志津子がぷりぷりしながらカルテの整理。院長を前に椅子に坐った宮里はちらりちらりと志津子の尻を見ている。

豊満な尻が左右に揺れ、薄くピンクのショーツが見えたようで、生唾を飲み込む。

宮里「先生、(椅子を滑らせて、近づき、耳打ちする)所払いを、とてもナイーブな問題で、渡名喜さんの前ではお話できません」

院長、苦笑いして、頷く。

美里「渡名喜さん、ここはいいから、病棟を巡回してきて下さい」

志津子、内側の扉から、出てゆく。

その尻を見つめて、桃色のショーツを見て、頭を横に振る。

宮里「(呟く)これはいかん、妄想だ、体力落ちたなー」

美里「(怪訝そうに)宮里さん、何かおっしゃりましたか」

宮里「いえ、何にも…。私、多重人格ではないかと思います」

美里「あのジギルとハイド氏のようなですか」

宮里「それよりも、連続殺人レイプ犯のようなサイコのような、ジギルとハイド氏のような高尚なような、ものとは違います」

美里「最近、何かビデオでもご本でも読みましたか」

宮里「ええ、ビデオは『夜に吠えろ』『笑って死んで』『バラ薔薇殺人鬼』これはバラバラとローズの薔薇で、バラバラで、中華包丁を凶器に使っているんです。本はパトシリア・コーンエルの検死官シリーズです」

美里「それはサイコサスペンスものですね、私も退屈なときは見ますし、読みもします」

宮里「(小声で)それとは違うんだよなー(溜め息)」


○ 二階建てのエデンランジェリー工場

一階の工場で全員持ち場で立って、宮里が前に立っている。

宮里「今日も一日、ご苦労様」

全員、口を揃えて

従業員全員「有り難う御座います(礼をする)」

○同工場(夜)

結婚式の披露宴に行くような格好で真智子は門の裏に止めてある会社のワゴンの影から二階の社長の自宅に明りの付いた窓をじっと見ている。

真智子「正彦をオバアに預けたし、明日は日曜日…十年ぶりの晴れ着で、三十一の頃の服では…、でも普段着ではバカにされる。それもこれも離婚したバカが養育費も払わないからだ。でもブラとショーツはエデンランジェリー。営業の部長の菊さんは絶対に行けと言ってたし。合図にカーテンの内側でクリスマスツリーの電飾が付くから、その時は何も考えずに飛び込め、それが女の意地よ、と言ってた。何で、パンツまで新しいのを、まあいいわ。叱られたらご馳走するのがこの会社の決まりらしいし、まあただで食べられるのなら、いいかなあー、いいさー」

窓際のツリーの電飾が点滅する。

真智子辺りを見回して、庭を駆け抜け裏手に周り、階段を一気に階段を上がる。

○同工場の二階の社長の家の玄関

真智子、不安げにドアをノックする。

タキシード姿の宮里がドアを開ける。

宮里「節子さん、おいでやす、はよう、お入りなはれ、待っていましたえー」

○社長の家の中

真智子、中に入り、テーブルの前で宮里に椅子を引かれ、中国料理のフルコースに唖然とする。

宮里「お飲み物は、紹興酒とハブ酒が有りますが、どちらがお好きどすか」

真智子「(狐に摘まれたように)ハブ、ハブ、ハブで宜しゅう御座います。『どうなってるの、あの鬼の宮里は何処に行ったの、これって、ヘン、変よね。ねえ、どうして…でもフカヒレのスープまで、オイシソウ』」

宮里「さあ、冷めないうちに、お召し上がれやす。お取りしましょうか」

真智子「いえ、いいえ。自分で食べます」

宮里「とても素敵なお色の淡いブルーのワンピースで、とてもお奇麗ですえー、真智子さん」

真智子「(どきっとときめいて)ハアー」

真智子、それを打ち消すために、どんどん食べる。

真智子『こんなにドキドキして、ご飯食べるのは辛い、初体験の時もこんなにどきどきしなかった』

真智子、グラスのハブ酒をぐいっと飲み干して、手の甲で口をぬぐい、ナプキンに気付き、上品に口を再び拭く。真智子、酔う。

宮里「お食事はお口に合いましたやろうか」

真智子「アンタサア、私がいいもの喰ってないのをバカにしているの、しているわよー。こんな美味しいもの離婚してから、初めて喰ったわよ、美味しいに決まってるでしょう。これで不味いと言ったら、ハアー、エデンの従業員は社長のお前を除けば、ミーンナ、餓死するね、飢え死にだよ、分かってるのか、おい、宮里」

宮里、びくっとして、泣き笑いの顔になる。

宮里「今夜の真智子さん、嵐山のモミジのように艶やかで、お奇麗どす」

真智子、テーブルを両手で叩いて、右手にハシを取り、左手でタキシードの襟を掴んで引き寄せて、ハシを高く持ち上げる。

真智子「テメー、モミジってことは、もうすぐ落っこちて、腐っちゃうという言いたいのか、すぐ箸でメンタマ突くぞ」

 宮里、震えるほどにうっとりして、真智子の目を見ている。

宮里「真智子さん、とてもチャーミングです」

宮里、喜びの余りにへたり込む。

真智子「別れた亭主は酒乱で、私を殴って蹴って、外の女と逃げたわよ。なら私がどんなに好きか言ってみろ、この惨めなブスな女をよ、言ってみろ」

宮里「真智子さんはボタンの花のように奇麗どす、わて、真智子さんが好きどす。何でもします、わてを捨てんとおいて」

 宮里、しゃがみ込んで、両手で右足を持ち上げて、しゃぶる。

宮里「薔薇は足まで美しゅうございます」

真智子、だんだん、気持ち良くなってゆく。唇を出す。宮里、ハンカチで拭いて、チョコンとキスする。

真智子「もっと激しく、きつく、ガソリンが燃えるように」

宮里、立ち上がって、両手を首に巻き付けて、窒息寸前まで続ける。真智子、目を白黒させて、突き放す。

真智子「お前、私を殺す気か」

宮里「(泣きそうな顔で)いいえ、我を忘れて、真智子様に溺れてしもうて、堪忍しておくれやす、真智子様は私のお姫さまどす、私はその草履番で御座います」

真智子、夢を見るような顔、それから鬼の形相で。

真智子「コラ、下足番、ワラワは疲れた、ドコゾでマッサージでもしはれ」

宮里、足早に去って、寝室のドアを開けて、真智子を抱き上げて。

○紫一色の寝室

 ダブルベッドに、真智子を優しく横たえる。足を按摩する。

真智子「もっと強く」

真智子、顔をけ飛ばす。宮里、歓喜の悶えと声

宮里「もっと愛しておくれやす」

○明りが消えて、シルエットで。

真智子「お尻をお出し、蹴ってやる」

尻を蹴る音、宮里の喘ぎ、ビンタの音、宮里のあえぎ声

真智「お姫さまをお舐め、もっとお舐めなさい」

○ 完全な闇で声のみ

宮里「もう死にます、死にます」

真智子「イクイクー」

宮里「食い千切られて、シヌーシヌー」


○ふうわり院の診療室

宮里「先生、私は女性を意識すると、京都の言葉に成るんです」

院長、頭を掻いて、少し考える。

美里「それに何か心当たりでも」

宮里「はい、何というか、自分に従順になれる、素直になれる」

美里「京都に住んでいたことでも、有るんですか」

宮里「ええ、勅使河てしがわら原呉服店の入り婿を五年遣っておりました。言葉はやんわり奇麗ですが、姑からも嫁からも真綿で首を絞められる地獄で、傍目からはシンデレラボーイの幸せそのものです。そして長男が出来ると、すぐに追い出されました(泣く)」

美里「カメレオンを知ってるでしょう。あれは周囲の環境に合わせて、緑や赤や茶色に皮膚の色を変えます。それは敵から命を守るための知恵です。人間も同じです。私もここでは先生として、威厳を保ち、命令しています。でも家では娘や女房のいいなりで、いつも家の片隅でボケッとしています。いいですか、彼女らに反抗すると、もうグダグダグダ愚痴をや悪口を言われて、卒倒しそうになります。だから家ではグウタラパパです。それもこれも生き延びるためです。パーソナリティという意味は古代ギリシャでは仮面を意味していたのです。だから人には役割に応じて仮面をパーソナリティを変えるのは当然なことなんです。分かりやすく言えば、アメリカ人に英語を使います、内地の人にわざわざウチナーグチを使いますか。それと同じです」

宮里「そうですよね、そうですよね。(笑って)あれは何回ぐらいまでが、正常ですか」

美里「(学者のような顔をして)まあ、女性のアソコの呼び名から推測すれば、一万個で一万回でしょうが。それが一月か、一年か、一生か、それとも一日か確定できないのです。詰まり、それが示唆するのは、それは回数の問題ではなく、やるか、全くやらないかです。(にやっとして)まあ、楽しめるものは楽しんだほうがこの人生、得ですよ。ぶっ倒れるまでやっても異常ではありません、その後は心地よい睡眠です」

宮里「(怪訝げに院長の顔を見ながら)はあ、何か、こんなので悩んでいた自分が、バカに思えます、でもすきっとしました」


○ふうわり院(夜)

上から見た院の全景

渡り廊下

源信の部屋・節子の部屋・アファゴンの部屋とそれぞれの顔をドアの窓から瞬時写しながら移動する。

○節子の部屋

ジャージ姿で白の頭巾は被って、座禅をしている。

隣から、深く息を吸う音と吐く音が聞こえる。節子、そこの壁に寄って、耳を当てる。

○源信の部屋

スキンヘッドにジャージの源信がベッドからむくりと起き上がり、半開きの鬼気迫るように、スーパーリンペーの空手の型を始める。拳の空気を切る音。一礼して、ベッドに倒れて眠る。魘なされる源信。

○節子の部屋

節子、壁を離れて、瞑想する気も失せて、今度は左の源信の部屋に紙コップの底を抜いて、壁に当てて聞く。キーボードをたたく音が聞こえる。それからラジオの雑音。

アファゴンの声「何だ、この掲示板にこんな落書きするんじゃねえ、このクソガキ、潰してやるか」

○アファゴンの部屋

壁の書棚にぎっしりと本が詰まれ、床にも積まれている。

窓際にデスクとデスクトップのパソコンにノート型のパソコン。壁際にベッド

デスクに坐り、イヤホンをパソコンに接続して、アファゴンがインターネットで飛び回っている。

○節子の部屋

節子、壁にコップを当てている。

アファゴンの声「やはり、写真より、動画で、動画より実物だ。ステファニーや美代子より、節子の方がリアルで、まあ、容姿は別として、やはり生身が色っぽい、それに尼さんはコスプレのナンバーワンだ。セラームーンで燃える奴の気が知れない。看護婦はもう見飽きたし、クソッタレ、高望みをするんじゃない、でもヒラリーもいい」

壁からコップを離して、そのまま横になって、溜め息をつく。

節子「(目を閉じて)皆、バカばっかり、全てが分からないわよ(瞼に涙が滲む)」


○ふうわり院からのY町の眺望(朝)


○Y町の中道

ナース姿の渡名喜がショルダーバッグを肩に出勤への途中。後ろから作業服に頭にスカーフを巻いた真智子がママチャリのベルを鳴らしながら、追いかけてくる。

真智子「シズちゃーん、こらトナキ」

真智子が振り向こうとした瞬間、真智子のママチャリのが急停車。志津子、飛び退く。

志津子「危ないじゃないの、轢き殺す気」

真智子、にこにこして、志津子の顔を見る。

志津子「へえー、居酒屋でやけ酒飲んで、泣いていた人がもう、ハッピーに。あなたの随分薄いご不幸だったのね。あんたの『サチコ』のカラオケにしんみりした私がバカでした」

真智子「シズちゃん、仕事、頑張れよ」

真智子、にんまりして志津子の肩を叩いて、ママチャリを蛇行させながら走らせる。

真智子「(歌う)♪幸せは、歩いて来ない、だーから歩いて行くんだね♪、そうだ、そうだ」

真智子、ショルダーバッグを右手から垂らして、仁王立ちして真智子の姿を見る。

志津子「(怒って)あんたはね、その神経では絶対に内の病院に世話になることはないわよ、何が精神安定剤だの、睡眠薬よ、ムカムカする」


○ふうわり院・節子の部屋の前

アファゴンがドアの窓越しに節子と話している。

節子「ここから出して呉れない、もう二週間も閉じこめられているのよ、お願い、アファゴン君(両手を合わせる)」

アファゴン「いいですよ」

節子「ホントに」

アファゴン「私は出来ないことは言いません」

節子「(色っぽい声で)じゃあ、出して」

アファゴン「節子さんは私のお願いを聞き入れますか、交換条件です」

節子「出来ることなら、イエス」

アファゴン「左のお隣さんの源一郎君を救って下さい。彼は全く狂ってないのです。ただ一人で悩んでいるのです。光がさせばすぐに目覚めます」

節子「どうして狂ってないとあなたが分かるのかしら」

アファゴン「十六年も罵られ、嘲られ、冷笑される幻聴に怯えてきた私には分かるのです。狂うのと真剣に悩むのは外観は似ていますが、周波が違うのです、醸し出す雰囲気です」

節子「どうして、アファゴン君は私に頼むの、先生に頼めばいいでしょう」

アファゴン「いつかは目覚めるでしょう、ですがここに着て、もう四年なります。彼を元の生活にもどしてやりたいのです。もうここでの修業は彼には十分です。一日でも早く治したいのです。それにはあなたが適任です。女性であること、医療の臭いのしない素人で、そして救済の道を求める比丘尼だからです。彼を癒してからなら、いつでも何処にでも行って下さい」

節子「やってみます」

アファゴン「では次のように誓って下さい『私、妙露尼・俗名・三塚節子は聖大瑞雲大菩薩に誓います。苦しめる船越源一郎を救済し終えるまで、ここより立ち去ることは無し、聖大瑞雲大菩薩』」

節子「あなたどうして私のことや、教会のことを知っているの」

アファゴン「あなたの教壇はホームページを出しているからです。それに私はあなたのファンですから。そんなことはいいのです。イエスなら、私が言ったことを復唱して下さい」

節子「やります、こんな所に閉じこめられるよりいいわ。

  私、妙露尼・俗名・三塚節子は聖大瑞雲大菩薩に誓います。苦しめる船越源一郎を救済し終えるまで、ここより立ち去ることは無し、聖大瑞雲大菩薩

 では出してよ、アファゴン君」

アファゴン「既に扉は開いています、少なくとも、私があなたに初めて合った十七日前から」

節子、ドアノブを回して、前へ何度も押すが開かない。

節子「あなた、私をからかったのね。(蹲り悔し泣きをする)」

アファゴン「節子さん、この扉のノブを私の方に押すのではなく、あなた自身の方向へ引くのです」

節子、うな垂れながらも、立ち上がりノブを自分の方へ引く。

ドアがゆっくりと開いてゆく。

ノブを右手で握ったまま節子、震える。

アファゴン「庭のテーブルに坐りましょう、中城の海が奇麗です」

○ふうわり院の中庭

アファゴンの後を付いて、廊下を横切り、広い中庭に入る。

白いプラスティック製のテーブルが五つ離れて置かれている。海の見えるテーブルへ行く。アファゴン、椅子を一つ引きだして、黄色のオシボリのハンカチで拭いて、その横に坐る。

節子「どうしてご自分のは拭かないの」

アファゴン「私は気にしませんから」

節子「それは有り難う」

アファゴン「私にも真摯な求道の僧や、比丘尼に対して敬意を払うだけの信心は有ります」

節子「それだけ信用されたのなら、逃げる訳にも行きませんね。もし私が逃げたら、どうなさるの」

アファゴン「私が死ぬまで、私はあなたが戻ってきて、源一郎君を癒してくれる信じるでしょう」

節子「優しいのね」

アファゴン「いいえ、そう信じなければ、あなたが私から完全に去っていってしまうからです、私の中で死んでしまうからです。私にこの病気になってから、友達と頭では分かっても、感情で友達と喜んで迎えることの出来る人は一人も出来ませんでした。そう信じることは実は寂しいからでしょう」

節子「どうして、アファゴン君は表情を声や顔に出さないの」

アファゴン「十六年の妄想の怯えの中で、人に、誰にも異常だと悟られないために、身に付けたのです。使われない感情と肉体の筋肉が退化したのです。これはジョークですけど、(節子の顔を見て)やはり面白くないですね」

節子「アファゴン君、嫌な質問でした、ゴメンナサイ。源一郎さんのこと教えて」

アファゴン「京都大学・法学科中退、松林流四段、昔で言うなら武士です。京都の繁華街にて、二人の友人と酒を飲み、三人のチンピラに絡まれた、バー・『大文字』のマユミを見捨てて置けず、仲裁に入り、ケンカとなり、一撃にてチンピラ三人を倒す。その一月後、登校せぬ源一郎を不審に思った友人がアパートを訪ねたところ、やせ細り、心神喪失の状態で発見せり。緘黙を通し、現在に至る。ただノートに意味不明の『強いは弱い』と書き記されていた」


○船越邸(四年前)

痩せ細った源一郎が居間の床に正座している。父・源武、母・綾子、祖父・源信が向かいのソファに坐っている。

源武「何か、言えぬのか、源一郎。この無様な姿は何だ。飲んだくれとケンカして、大学中退で、その様か。綾子、こいつは仮にも沖縄で五つの指に入る船越コーポレーションの跡取りだぞ。綾子、お前が甘やかすから、こうなるんだ。治るまで、人目の付かぬ精神病院に入れて、ここには入れるな、いいな。身内にそんな奴が居ると知れたら、小百合の縁談はどうなる、この船越家はどうなる。儂は出かける」

源武、出てゆこうとする。

源信「待て、親として、病の息子に対して、慰めの言葉の一つもないのか、源武」

源武「不良な社員は切り捨てろ、それが父さんの口癖でしたでしょう。ましてや、そのトップの息子ですよ、隠すしかないでしょう。これは船越コーポレーションの社員、八百二十七人の生活のかかった問題です。非情だったあなたを真似て、何処が悪いのですか。私が大学に行かせてくれと頼んだら、そんなものより会社で働いて、跡継ぎの勉強しろと笑ったのは貴方です。今の社長連中の中で高卒は私だけですよ。父さん、私でも源一郎が交通事故で両手両足を失っても、絶対に社長にしました。私にはこんな姿の源一郎は耐えられません」

源信「不憫な奴だ」

源武「(怒鳴って)誰がですか、私ですか、源一郎ですか」

源信「お前だ、源武」

源武「勝手にしろ」

源武、怒りながら出てゆく、妻・綾子、その後を付いて行く。


○ふうわり院の節子の部屋(午後十時半)

少し伸びた髪に頭巾もせずに、節子床の上で座禅をしている。

節子「強いは弱い、強いは弱い…、白は黒、女は男、美人はブス、あなたは私、何よ、全部意味あり気で、中身の無い、反対語の組み合わせじゃないの、どうでもいいようなものじゃないの」

節子、目をぱっと開けて、ドアを開け、辺りを見回して、アファゴンの部屋へ行く。ノックするが、応答無し。ドアを開けてみる。

○アファゴンの部屋

イヤホンをして、パソコンに向かっている。部屋の本、小乗仏教、大乗仏教全集、ニーチェ全集、芥川、大宰、三島、老子、荘子、ジェームズ・ジョイス、パソコンのマニュアルがずらりと並んでいる。

節子、中に入り、ドアを閉め、アファゴンの後ろで立ち止まる。

○パソコンの画面

コスプレ・ワールド、尼さんシリーズを開いている。アファゴンがオーキッドをクリックすると、片方の胸を出して、袈裟をたくり太股の露な写真が画面一杯に映し出される。

○アファゴンの部屋の中

節子、せき払いをする。驚いて、振り向く。慌てて、パソコンの電源を切る。

アファゴン「何か、ご用ですか」

節子「あなたでしょう、午前零時になると源一郎君が動き出すと言ったのは」

アファゴン「そうでした。そうでした、でも一時間二十分も前です、いつからいらしたんですか」

節子「十分ほど前からかな」

アファゴン「女人のヌードは何も考えなくていいので、神経が休まるんです。これは美学ですから、喜怒哀楽は必要としないのです。幼児のポルノじゃなくて、安心したでしょう、少なくともこれは合法です」

節子「(ニコッとする)あなたの女性の趣味にまで関心は有りません。あなた、宗教に関心が有れば、私の教会に入信しますか」

アファゴン「嫌です。私は女好きですから、どんな宗派にも入りません。私に残された唯一の楽しみです。私は現世利益優先です(間)誤解を招くと行けませんので、述べておきます。私が節子さんに。ソノですね、アノですね、破廉恥な行為に及ぶことは有りません」

節子、アファゴンの恥ずかしげな様子を眺めて、笑顔になる。

節子「私は安心しました。隣人は本だけじゃなく人間にも興味が有るんだと分かってね。ねえ、私のジャージ姿と比丘尼の格好とどちらが素敵」

アファゴン「節子さんはどちらも奇麗です」

節子「嬉しい。でも尼さん姿の方がいいでしょう」

アファゴン「私としては節子さんの意見に同感です」

節子、ベッドに腰掛けて、泣き出す。

アファゴン、ヘッドフォーンを外して、立ち上がり、部屋をおどおどして、歩き回る。節子の前で立ち止まる

アファゴン「(小声で)節子さん、どうして泣くんですか。私が節子さんに変なことをしたと思われても、不思議ではない状況です。済みません、少しはあの写真で、節子さんを想像していました。でもこれは節子さんの罪ではなく、私の罪です……」

節子、右手で涙を拭う。

節子「そうじゃないのよ(笑う)。冗談のつもりで、あなたにふざけていたら、学生の頃や出家する前のことがあっという間に浮かんできて、涙が出てしまった。出家して、初めて涙が出たわ。修業が足りないわね」

ただ突っ立って見ているアファゴン。


○源一郎の部屋のドアの前

アファゴンと節子が顔が付きそうになるほど、体を寄せて、ドアの窓から見ている。アファゴンはちらっと節子を見て、匂いをかぐ。アファゴンは緊張して手足が小刻みに震える。

アファゴン、デジタルの腕時計を見る、00:00になる。

アファゴン「源一郎が動きます」

再び節子の匂いを嗅ぐ。無表情の中のうっとりした顔。肩で節子がアファゴンの顔を突く。

節子「(小声で)あなた、こんな大事なときに何しているのですか、バカ、ホントに教養バカなのね」

二人とも顔を部屋の中に向ける。


○源一郎の部屋の中

ベッドからさっと立ち上がり、降りると、一礼する。 

半眼の源一郎がスーパーリンペーの型を始める。空を切る音、息遣い、一分の隙もない動き。

○同のドアの外

ドアの窓から息を飲んで、その姿に釘付けになる、節子とアファゴン。

節子「まるで戦う神様の踊りね、神々しくて、近づくと燃え尽くされるようだわ」

アファゴン「比丘尼の節子さんでも、詩的な表現を好まれるのですか」

節子「あなたに言葉の注釈をたのんでないわよ。(意地悪そうに)それとも嫉妬かしら、アファゴン君」

アファゴン「(慌てて)あなたが楊貴妃やクレオパトラのような美女でしたら、正解ですが」

型が終わると、ベッドまでよたよたと歩き、倒れ込む。暫くすると魘される源一郎。

○ 節子の部屋

入り口で突っ立て居るアファゴン、ベッドに腰掛けている節子。

節子「何、そこで凍っているのよ。入ってドアを閉めなさいよ」

アファゴン、ドアを閉めて、ベッドの前で突っ立っている。

節子「(呆れ顔で)坐りなさい」

アファゴン、床の上にべたっと座り、膝を曲げて両手で回す。

節子「(珍しい生き物を見るように)どうして、そんなことをするの」

アファゴン「あなたが坐ってもいいと許可したからです」

節子「ねえ、ここに腰掛けるのはベッドしかないのよ、普通、私の横に坐るでしょう」

立ち上がり、節子の体に触れるほど横に坐る。節子ちょっと尻をずらす。

アファゴン「私は大人の異性の方のプライベートな部屋に入るのは初めてです」

節子、アファゴンを見て大笑いしたかと思うと泣き始める。

節子「やっと、あなたの悲しみが分かったわ(言葉にならずむせぶ)」

それをも無表情で見つめる、アファゴン


○ふうわり院(数日後の昼)

中庭に源一郎を連れ出して、散歩させる節子。テーブルに坐る、二人。源一郎は海を見つめたまま。そっとそのの手を握る。

節子「あなたは一人じゃないわ、私だって、あなたの親友のアファゴンさんもいる。強いは弱い。確かにそうね」

節子も源一郎と同じ海を見つめる。

○病院の廊下

院長と志津子が柱の影から、二人を見ている。

志津子「節子さん、もう八日も、ここから逃げずに、付きっ切りで、源一郎君のお世話をしているんですよ。もう世界一家教会の悪夢から覚めたのかしら」

美里「冷めてはないよ。アファゴンが源一郎を元に戻したら、部屋から、ここから教会へ帰ってもいいと瑞雲の名において、誓わせたんだ。アファゴンも治っているのか、治ってないのか、分からんが、いい奴だ。切れすぎるから、自分まで油断すると切って、変調を来たすんだ」

志津子「私には気取った本の虫にしか、見えませんけど。私が一つ言うと、それに対して、三つも、四つも解釈するんですよ。それに本の名前から、著者の名前までね」

美里「それは志津子さんに対する彼の愛情表現だ、彼は一年だって、二年だって、嫌いな人間を見ないことだって出来るんだよ、透明人間のようにね」

志津子「でもどうして、あの神懸かりの節子を説得できたんですか」

美里「彼は十六年間も人に怯えて続けて来たんだよ。我々より、感度のいいアンテナを持っている。もし彼女が逃げ出したら、彼女は瑞雲にウソを付いたことになる。それは帰依した者にとっては、踏み絵のようなものだ。だから源一郎を一日も早く治して、踏み絵を踏まずに教会に帰る、堂々とね。アファゴンは現実の扉を開けて、節子さんの心に約束という鍵を差したんだ」

節子「(頷いて)先生はそこまでいい方向に考えるんですか」

美里「人情としてはそうだが、ここのボスとしては最悪のシナリオを考えている。それが偉大な指揮官の資質というものだよ、志津子君」

院長、笑って、節子の顔を見ながら 去る。志津子、後ろ姿を見る。

志津子「院長の大タヌキが、バカらしい、もう考えるの、止ーめた。(スキップしながら)♪タンタンタヌキのキンタマはー、カーゼも無いのにブーラブラ、ブーラブラ♪」


○満天の星(午前零時)

○ふうわり院

玄関からロビーの床、源一郎のドアの前、下から窓へ移動

○源一郎の部屋

源一郎が空手の型に入る。

香炉に島御香(うこう)を焚いて、燃える、煙、奥の方の壁を背にして半跏趺坐して、志津子が源一郎を凝視して護摩行法行う。

節子「(不動明王の印を結ぶ)ノウマク・サラバタタギャティビャク・サラバボッケイビヤク・サラバタ・タラタ・センダ・マーカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタァ・カン。マン

 (火天大印を結ぶ)オン・アギャナウ・エイ・センジキャ・ソワカ」

節子・ブッソウゲの花を香炉に入れる、ぱっと燃え上がる。

 源一郎、ベッドに倒れて眠り込む。同時に節子がのけ反って、失神する。魘される源一郎、それに呼応して魘される節子。

倒れた節子をサマーベッドを開いて、節子を横に寝かせ、香炉を片づけ、小さな箒でとちり取りで、部屋を掃除するアファゴン。

志津子が笑顔で入ってくる。

志津子「あら、今夜も、ご苦労なこと。ソウソウ、アファゴンさん、本とパソコンばかり見るよりは、体も動かした方がいいですよ」

アファゴン「(箒とちり取りを手に)手伝ったら、どうですか」

志津子「あら、私は患者さんを見る婦長で、お部屋までは見ませんの。それからスプリンクラーの電源を入れるのを忘れずにね」

大きな尻を揺らして志津子が立ち去る。

アファゴン「あなたの亭主はイエスの心とピカソの目を持ったこの町の埋もれた救い主です、どんなお顔か一度は拝みたいものです」

突然振り返る、アファゴン慌ててそっぽを向く。

志津子「(きつい声で)ヌーヤンディ

テロップ・訳《何だとー》」


○世界一家教会の教会

 窓にシールの張られたワゴン車が建物の地下に降りてゆく。シャッターが閉じられる。

○ワゴンの中

アメリカ・フランス・イタリア・カナダ・イギリス・ドイツ・中国・日本の二十代から三十代の女性の目隠しをしている。

歓喜天「よし、アイマスク外していいぞ。金魚、五万円、リカちゃん人形・九万円、フルート・十一万、ご献身、お任せが二十万、分かったか」

○同の地下

地下の扉を開く。運転手の藤吉郎が目で確かめながら阿修羅が女達を入れる。

歓喜天「アメリカ、よし、イギリス、ドイツ、フランスイタリア、カナダ、よし、中国日本、よし」

 藤吉郎、扉を閉めて、ロックする。

○地下の部屋

高級クラブの作り。円形にソファーが並べられ、中のテーブルには、レモンとジュースと切られたメロンのみ。それぞれにソファに坐る。

藤吉郎が大きな段ボール箱を抱えて、歓喜天の前に置く。

藤吉郎「お衣裳で御座います」

歓喜天「よし、お勤めの衣裳を渡す、名前を呼ばれたら、取りに来い、ここで着替えろ」

女達がざわめく。

中国の女「恥ずかしいじゃないの、ロッカーはないのか」

歓喜天「お前、中国まで歩いて帰るか。これはビジネスだ、文句を言うな」

女達、沈黙

歓喜天「アメリカ」

アメリカの女が出て、インディアンの服を渡す。

アメリカの女「それじゃあ、トマフォークの斧も渡してよ」

藤吉郎が口を押さえて笑う。

藤吉郎「あれ、あれ、アメリカンジョークです」

ゲンコツで藤吉郎の頭を殴る

歓喜天「オレはアメリカンジョークは嫌いなんだ」

藤吉郎「ハンフリー・ボガードみたいですぜ」

歓喜天「バカヤロウ、アル・パチーノだ・次はイタリア」

イタリアの女出て、修道女の服を渡される。

歓喜天「さすが、イタリア、歴史の無いアメリカとは大違いだ、次は中国」

中国の女、人民帽と人民服を投げて渡される。

中国の女「何で、これなのよ、文化大革命は昔のこと。チャイナドレスでしょう」

歓喜天「毛沢東語録も欲しいか」

藤吉郎「(笑って)中国ジョークですか」

歓喜天に尻を蹴られる。

中国の女「(笑顔で)ドンヤングエイズ、ニーチーミーテンゴンジャンダーラ

テロップ・訳《東洋の鬼、クソ喰らって、大きくなりやがって》」

○地下室のロビー

アメリカ・インディアン、中国・人民服、イタリア・修道女、カナダ・エスキモー、ドイツ・アルプスのハイジ、イギリス・バレリーナ、フランス・カンカン踊り、日本・浴衣の女達が思いのままにソファに腰掛けている。

歓喜天「まずは中国」

中国の女、ハンドバッグを片手に、歓喜天に近づき、耳打ちする。

中国の女「今日、お月さま、ハンドバッグ、持たせる、中にタンポン入ってる」

歓喜天「(小声で)品のない言い方だな、だから東洋人は嫌いなんだ、とにかくそのまま消えろ、お前の下品がボクのアルマーニに移る」

藤吉郎が秘密の扉のインターフォンを押す。

藤吉郎「人民の中国で御座います」

瑞雲「(声のみ)通せ」

中国の女が入ってゆく。藤吉郎がロックする。


○ふうわり院・源一郎の部屋の中

サマーベッドとベッドで魘される源一郎と節子。それを壁に凭れて床に坐って、静かに眺めるアファゴン


○阿波根家の居間(十数年ほど前)

ソファに坐り、両親と食後、テレビは付けっぱなし

父「折角、勤めたブロック工場を止めるんだって、六年も勤めたんだぞ」

母「そうよ、それに本が読みたいから、小説を書きたいから、止めるんだって、そんなのものはお金持ちがやるものよ。世間ではね、こんなものは暇な時に遣るものよ」

父「今でも、外にも出ずに、仕事が終わったら、本ばかり読んでいるじゃないか」

俊助、俯いて、怯えながら

俊助『ボクがこの六年間、罵倒と罵りと幻聴の中で、怯えの中で、どんな思いで、工場の中で、演技をしていたのか分かるか。生きた心地もしない八時間だ。それでも世間はよく働いているね。もう治ったのね、お宅の子供は、統合失調症じゃなくてよかったわね。自殺未遂で手首を切った時はどうなるものかと思ったわ。《内の子供はもう元気です、統合失調症が働いて、食費も家に入れますか》母さん、父さん、ホントはそうなんだろう。ボクより世間体が心配なんだろう。妹ももういいダンナさんを見つけたじゃないか』

父「俊助、お前、本を読んで、喰えるのか、ホントに小説家になれると思っているのか」

母「もう絵空事ばかり言って。働けないなら、出ていって頂戴」

俊助『この手首を切ってから、テレビの音や、あなた達の話し声が、ボクへの嘲りと罵倒に聞こえてきていたのですよ。死にそうなほど苦しんでいても、働けばいいのですか。怯える中で、怯えの対象でもある、父さんや、母さんに、会社を辞めると告げるのは、もっと恐ろしいことなのですよ。死ぬまでどうせ二十四時間、怯え続けるるのなら、好きなことをして、自分を表現したいのです、私の一日を私として残したいのです』

母「お前は大学に行かせずに、すぐに働かせばこんなことにならなかったんだ」

父「もう甘えるな」

俊助『ボクは怯えても、狂っても、本を読み、とにかく書き続ける。ボクはボクの好きなことにすがるよ。(ぶるぶる震える)ボクは人を不幸にしてまで、幸せになるのは行けないこと思う、でも父さんや、母さんを不幸にしてでも、生きる権利はあると思う』

俊助は立ち上がり、丼をテレビのモニター投げつけた。モニターが割れ、煙が出る。キッチンへ行く

○キッチン

電気ガマを持ち挙げて、食器棚をぶち割る。そして窓に投げつける。冷蔵庫を倒す。


○通院している病院への坂道(夜)

ジーンズにTシャツ、裸足の俊助が歩道を歩いている。横を見上げる病院の明りが見える。行き交う車のヘッドライトが俊助の顔を浮かび上がらせる。

○通院していた病院

中に入って、受付のソファに倒れ込む。看護婦とガードマンが駆けつける。

俊助「(放心状態で)ボクが住む場所は、あっちじゃくて、ここなんだよ」


○ふうわり院・源一郎の部屋

源一郎と節子は魘されながら眠っている。アファゴン、窓を見る。夜が白みかけている。アファゴン、静かに部屋を出てゆく。


○ふうわり院(昼)

院長の回診、後ろに志津子が付いている。

源一郎の部屋に入る。志津子がサマーベッドに坐って見ている。それを無視して、ベッドで正座している源一郎に向かう。

美里「源一郎君、気分はどうですか。(顔色を見て)うん、異常なしだな」

節子「(怒って)ちっとも回復してないじゃないの」

美里「良くもなく悪くもなく、だから異常無しですね」

節子「いい加減な、医者ね」

志津子「(厳しく)お黙りなさい」

節子「このオニババ」

志津子「ババーですって、何よ、三十過ぎれば、女は同じよ。このカルトババーが」

美里「丁度いい、節子さん、ご気分はどうですか」

節子「いいわけないでしょう、拉致監禁じゃないの。このオニババ、私をビンタしたのよ」

志津子「ああ、あなたが興奮状態で運び込まれたときね。いいえ、擦っただけです。証人はいるんですか、いないでしょう」

美里「はいはいはい、節子さん、激高しやすいが、だいぶ改善せり」

節子「あなた、健康な人を病人して、いいんですか」

美里「いえ、あなたは患者さんでは有りませんよ。リハビリです。じゃあ、次に行きますか。婦長」

院長と志津子、何事もなかったかのように出てゆく。

節子「(大声で)何のリハビリよ」

院長、立ち止まり、振り向かずに。

美里「歩く、歩行のです」

節子「病院中歩き回っている私が、歩けないとでも思っているの」

美里「あなたは自由に何処にでも行けますか、あなたの教会以外にです。源一郎君だって、この部屋以外にどこにも出てゆかないだけです。興味が無いのです。あなたと何処が違うんですか。それも彼は両親を悪魔とも呼びません」

美里、志津子、歩き出す。


○ふうわり院(夜)

 半月が空にかかっている。

海の見えるテーブルに、源一郎、節子、アファゴンと坐っている。源一郎は海を見ている。

節子「私には源一郎君を救う力はないわ。全く分からないの。自分さえ分からないの。もう私には無理よ」

アファゴン「眠っているときに、あなたと源一郎君は同じ夢を見ていた、同じように魘されていた。目の動きも、息遣いも全く同じだった。もうそれでいいのかも知れません。あなたは源一郎君を見た、でも思い出せないのです、言葉に出来ないだけのです」

奥の暗やみから半ズボンにランニングシャツに草履の四十ぐらいの男がぬっと現れる。節子、叫び声を挙げて、指さす。アファゴン、振り向く

支離疎、泡盛の一合瓶とコップを持って近くのテーブルに坐る。

アファゴン「支離疎だ、先生のお子さんです、養子ですが」


○アファゴンの回想・前の病院

昼休みの病院のグランドのベンチ

アルコール依存症の三郎と美里が坐っている。

支離疎は斜め向かいのガジマルの木下で、一合瓶の泡盛のを手に、地べたに坐っている。

美里「三郎さん、お酒はどうしても止められませんか」

三郎「これは私の水ですから」

美里「預かって欲しいと言われても、あの子はどういう子なのですか」

三郎「(暫く、考えて)、これは全て飲み屋での、噂です」


○支離疎の家

トタン屋根の家

荒れた粗末な家の中

支離疎の父親が酔って、母親を殴る蹴るの乱暴をしている。

支離疎は部屋の片隅で体を丸めて蹲っている。

○支離疎の家(数日後)

支離疎の母「私はあいつの血が入ったお前なんか、愛せないんだ」

バッグを持って、母親は家から出て、闇に消える。

支離疎、家の前でじっと蹲る。

○或る晩の支離疎の家

支離疎を前に、父親は一升瓶を片手に暴れて、外に出て行く。

○明け方の大通り

支離疎の父親が酔い潰れて、車道に眠り込んでいる。

乗用車のブレーキの音、支離疎の父親が轢かれる。


○前の病院

昼休みの病院のグランドのベンチ

三郎「あの子は父親も母親も憎めずに、全てを自分のせいにした。死のうと思ったが、生きてしまった。施設には馴染めず、飛び出して、飲み屋街のウソッパチのお情けでどうにか生きてきた。だがな、あの子は誰とも口を利かないから本当のことは誰も知らない、あっちの出来事だ、……独りぼっちの出来事だ」

美里「あの子はアルコール依存症ですか」

三郎「違います、あの子は私のようなノンベエとは違います。あの子はアルコールを精神安定剤のように使っているだけです。私は酔っている、あの子を見たことは無い。先生、あの子は不憫です、アルコールにも逃げられないんですよ」


○現在のふうわり院(夜)

 半月が空にかかっている。

節子「私は初めて見たわ」

アファゴン「彼は患者さんではありません、とても優しいだけです。離れの先生の家に暮らしています、たまに夜に出てくるだけですから、会わないのも無理は有りません」

節子「先生のご家族も、この敷地で暮らしているのですか」

アファゴン「いや、先生は二人の子供と奥さんに追い出されたのです。無理もないです。皆で、ここで暮らそうと言ったのですから。私が奥さんでも逃げます。それで慰謝料代わりに、家と屋敷を奥さんに渡して、先生はここに避難したんです」

節子「先生も、ご苦労なさったのね」

アファゴン「大きな病院にこき使われるのが嫌なところに、源一郎君の祖父が、この別荘を改築して、メンタルクリニックに、詰まり精神病院にするからと、二十日の突貫工事で仕上げたもので、ここに移って来たわけです。もうやるしかなかったのです」

節子「(笑って)あなたもついでに移ってきた」

アファゴン「そうです。前の病院は謎解きが多いんです。フロイドだのラカンだのユングだの、トランスパーソナルなど、五月蝿いのです」

節子「カタカナは何なの」

アファゴン「精神科医の派閥のようなものです。橋本派とか河野派とか龜井派とか」

節子「それがイヤだったの」

アファゴン「いや、私は好きでした。本を読んでいるようで、面白いものです」

節子「それなのにどうして、ここに来たの」

アファゴン「あそこにね、みんな輪になってグループ療法とか、森田式作業なんとか言って芋掘りをさせるのです。集団行動をさせるのが好きな一派がいるんです。それがイヤでここまで来たのに、何で、今更、元気でよい子のラジオ体操なんか、エッチラコエッチラコ、やるのですか。節子さん、患者も、永いつき合いになれば、看護婦や先生や職員に気は使うのです」

節子「あなたへそ曲がりでしょう」

アファゴン「そのような文学的表現では、どちらとも言えません」

支離疎が源一郎の横に立って、泡盛の入ったグラスを置いて、横から握った。源一郎が支離疎の顔を見た。支離疎は悲しい様な顔で源一郎の顔を突き抜けて、遠いところを見ている眼差しで見つめる。支離疎が視線をコップにを移すと、揺らぐコップの泡盛の上に黄色の半月が映った。そして飲む。

支離疎「オッカーはいったよ」

節子とアファゴンの目に一瞬、驚き、怯えとも見える源一郎の表情を見た。支離疎は別の元のテーブルで月の方を見ている。

源一郎は元のまま、海を眺める。

節子「反応したわよね」

アファゴン「覗いてしまった」

節子「何をよ」

アファゴン「深い井戸の暗く揺らぐ水」

節子「アファゴン君、君こそ、文学的表現で私を幻惑しようとしているじゃないのですか」

アファゴン「別の言葉で言えば、渾沌、カオスです」

節子は、そのままぼんやりする。


○志津子の家

赤瓦の平屋

○同の居間

居間で志津子と中学生の冴子と小学生の雄大がテレビを見ている。

志津子と亭主の将吉が遅い食事をしている。

志津子「あなたさ、昼間、何してるの」

将吉「炊事に洗濯、掃除」

志津子「民謡歌手になる夢はどうしたの、それでバスの運転手も辞めたんでしょう」

将吉「(怒って)私は正看護婦になるから、稼ぎも私がいいから、あなたが子供の面倒見てくれないと言ったのを忘れたか。へえ、もう二人の子供が手にかからなくなったら、オレを粗大ごみ扱いか」

志津子「何よ、あなたが言ったんでしょう、オレは民謡歌手のプレスリーのような歌い手になるって、その夢はどうしたのと聞いただけでしょう」

将吉「バカヤロウ、夢は時と共に変わるものだ。お前だって、高校の頃は、日本航空の国際線のスチュワーデスになると言ったのが、オバサン看護婦じゃないか、せいぜい、慰安旅行で八重山に飛行機で行ったぐらいだろうが、何がスチュワーデスだ。闘牛の牛のような体格に、屋根のシーサーの顔してからに」

子供たちが、声を出して笑いだす。

志津子「このクソガキども、いつまでテレビを見てるの、早く寝ろ。オイ、お前、将吉、寝室に来い、もう我慢しても、我慢しきれない」

将吉「(素っ頓狂な声で)お前、そんなに遣りたいわけー」

子供二人が又笑いだす。

将吉、ピースサインを子供たちに出す。

志津子「子供は早く寝なさい、もう、叩くわよ(テーブルを叩く)」

雄大「お前、テーブル壊す気か」

雄大と冴子、子供部屋へ逃げ去る。

志津子「皆でママをバカにして。(泣く)ああああ、もうイヤ、どうせ私はブスで、女関取よ、ああ、何でブスにブスと言うの、家庭崩壊よ、苛めよ」

将吉「ママ、ママ、背中を流してあげるから。ママはジュリア・ロバーツより奇麗だよ」

志津子「そーお、パパもプレスリーより素敵」

志津子、立ち上がり、将吉の手を引き、寝室へ連れてゆく。ドアをビシッと閉める。

志津子の声「(甘ったるい鼻声で)好きにして、パパ」


○ふうわり院・診療室

院長、宮里、志津子

美里「宮里さん、三度の食事はちゃんと取っていますか」

宮里「取ってますが、消費量が多くて」

美里「過激な運動でもやってるんですか」

宮里「トライアスロンのようなものです(にんまりする)泳ぐ、走る、跨がる山有り、谷有り、ペチャンコ有り(笑う)。でもちょっとふらつくんですわ」

美里「まあ、風邪の予防に、点滴ね。婦長、宮里さんに、点滴。じゃあ、お大事に」

○治療室

ベッド上に宮里が仰向けに横たわる。志津子が注射の針を確かめている。

宮里「痛くしないで下さいよ」

志津子「腕出して」

志津子、宮里の腕をゴムで縛る。宮里泣きそうな恍惚の表情

志津子「あなた、怖いの、嬉しいの。ここの入院患者さんより分かりに憎い人ね、あれー、何」

志津子、注射をブスリと差し、テープで固定する。宮里が志津子の顔を見る。

志津子「はい、もう終わりましたよ、一時間ほど安静にして」

宮里「もう済んだんですか(悔しそうにな顔)婦長、美しいゴツイ腕してますなー(うっとり眺める)」

志津子「ハアー」

志津子、怒って、宮里の腿を抓る。

宮里「イタイタ、イターイ、イクー、ウォッウォッウォーーーン、ンンン」

志津子「このノータリンのバカタレ、なに、勘違いしているか」


○アファゴンの部屋

節子はベッドの端に坐り、アファゴンはデスクの椅子にに坐っている。

志津子がニヤッと節子を見る。

志津子「お邪魔だったかしら、節子さん」

節子「あら、若い者同士を覗きにでも来たの、オバサン」

志津子「あら、あなたとは同じ四十でしょう、いつまでも自分だけは女学生とでも思っているの、節子さん。伝言します。明日は朝九時、斎場御嶽(せーふぁーうだき)玉泉洞(ぎよくせんどう)へ、ピクニックです、中庭に八時五十分集合、時間厳守。アファゴンさん、蓼喰う虫はどんなお味ですか。答えなくていいわ、アファゴンさん、困らせたくないから。失礼しました、節子さん(威風堂々と出てゆく)」

節子「ホントに失礼な奴。武蔵丸より貫録有るんじゃないの」

アファゴン「母は女より強し、イギリスの女王が、いやエリザベスの母が言ったのか」

節子「そうですか。明日、教会の阿修羅達が私を連れ戻しに来ます」

アファゴン「電気ショックですか。重い鬱の患者さんにしかやらないものです。それでも滅多にしません」

節子「私の最後の賭けです。もし失敗すれば、私が教会へ戻るだけですから」

アファゴン「サイは投げられた、渡るしかないでしょう。六道・地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天、その人間界の指導者の妙露尼・節子さんですから、仕方がないもの、なのですか」

節子「もし約束を守れなかったら、ご免なさい」

アファゴン「いいえ、節子さんには感謝しています。節子さん、人間界より、天界が腐りやすいのです。私は共産主義であれ、民主主義であれ、君主制であれ、否定はしません。一握りの人間だけではなく、一人でも多くの人が幸せであればいい。ただ永く続く権力はどんな体制であれ腐るものです。体制は自ら清める力が有るか、無いかです」

節子「何を言っているのですか」

アファゴン「世界一家教会は天界が腐敗を始め、このままでは閉塞的なこの宗教はカルト集団として、解散に追い込まれるでしょう。瑞雲が堕落しました」

節子「大聖瑞雲大菩薩を誹謗中傷するなど、たとえあなたでも許しません。許しを乞うか、撤回しなさい、聞かなかったことにします」

アファゴン「証拠もなく、こんなことを口にするほど私は傲慢では有りません、礼儀ぐらいは知っています。見て下さい。これはインターネットのニュースサーバーに分割されて送られたものです。私がダウンロードして、繋いだものです」

アファゴンがパソコンのアイコンをクリックする。節子が身を屈めて、モニターに見入る。

○モニターの画面

ムービーが始まる。

モーテルのような部屋、回転ベッド。暖炉の上に透明な箱にハブが二匹離されている。その横に木箱

タイガーマスクのマスクをしたガウンに絹のトランクスの男が映る。インディアンの格好のアメリカの女が映る。

マスクの男、暖炉に近寄り、木箱を開ける。

木箱の中にはネズミが十匹ほど入っている。手が伸びて、一匹を捕まえて、ハブの箱に入れる。

ハブに咬まれて、痙攣するネズミ

マスクの男、女を見る。

マスクの男「インディアンの踊りをしろ」

アメリカの女、震えながらインディアンの踊りをする。

マスクの男「裸になって、サービスしろ」

女、裸になって、横たわる、男トランクスを下ろす。


○アファゴンの部屋

パソコンのムービーを終了させる。

○アファゴン「これにはサミット同じ国々の女性が現れます。タイガーマスクの男がどなたかお分かりでしょう。トランクスとガウンには海軍の朝日の旗に、太陽の代わりに、紫の雲が描かれています」

節子が呼吸を荒げて、ベッドに坐り込み、ブルブル震えだして、震えが止まらない。

節子「そんなことない、有りえないわ。あの方は聖者にして、神様なの…そんなことない、そんなことない」

節子、大声で泣きじゃくる。

アファゴン、立って側まで行くが、ただ見つめている。

(間)

アファゴン「節子さん、あの声紋も一致しましたよ。ただ私のサウンドメーカーで確認しただけですが、世界一家教会の教祖のホームページの説教の声の波形と酷似しています」

節子、むくっと立ち上がり、アファゴンの襟首を掴む。

節子「どうして私を谷底に突き落とすような真似をするの…、そんなに私が憎いの、信用していたのに…(泣いて、咽せる)」

アファゴン「あなたは明日帰ります。いいですか、私にとって教祖など、絵に描いたトラでいいのです。教祖を信じて、全ての金と財産までお布施して出家した真摯な信者達はどうなるのですか。いいですか、今のままでは確実に世界一家教会は解散させられます。その前に教祖を追放して、教壇を設立当時の教会にすることです。教祖は神様なら、いつ天に帰ってもいいでしょう。ですが、そうしなければ百人近くもの出家信者が路頭に迷います、着の身着のままの無一文でです。これが宗教を信じた者に与えられるものなのですか。少なくともあなたは、妙露尼は人間界の信徒のリーダーであり、彼等のことをまず考えるのが、筋です。警察が動く前に先手を打つことです」

節子「どうして、そんなことを言うのよ、あなたは」

アファゴン「いいですか、あなたはホームページで鬼のように厳しいが、慈母観音のように優しいと或る信者が書いてます。瑞雲を永遠への天界への旅に出させて、改革できるのは、貴方しか出来ないのです。鬼手仏心、鬼の手に仏の心を、節子さんは持ち合わせているのです。あなたならできるはずです」

節子「言葉だけなら、誰にも言えます」

アファゴン「そうです、だから私は精神病院に居る、だがあなたは教会に居る、道を求める聖ひじりです。もし行動が無ければ、あなたは自分を救うことしか考えない、口先だけの私と同じなのではないのですか」

アファゴン、震え出し、蹲る。

アファゴン「済みません。他人に思うことを告げてしまったので、怯えが再び息を吹き返したようです。一人にして下さい、お願いします。本当に済みません。出て行って下さい」

節子、驚きながらも出てゆく。ドアを閉めて、窓から部屋を覗く。

○窓からのアファゴンの部屋の中

アファゴン、ベッドの上で横向きに、胎児のポーズを取り、動かない。

○アファゴンの部屋のドアの外

節子が俯いている。

節子『極楽浄土に溺れた私より、ずっとあなたの方が生きている』


○ふうわり院・中庭

マイクロバスが止まり、中から志津子の夫・将吉が出てくる。

看護婦・美代子が支離疎を載せる。節子が源一郎を載せて、同じ席に坐る。

バスの横で、片手にデジタルビデオを持ったアファゴンが将吉にカメラの使い方を教えている。

将吉「アファゴンさん、大丈夫です。これでも子供たちの演芸会や運動会のビデオを撮って、小銭を稼いでいますから。志津子の奴は小遣いを一万円しかくれないものでね。パチンコも出来ません。ここの院長さんにもこうしてバスのバイトを回してもらって、助かっているんです。一番の救いは遠足にあの志津子が同伴しないことですがね(にやりと笑う)」

アファゴン「よく聞いて下さい。もし何かが起こったらすぐ、ビデオを相手に気付かれないように回して下さい。将吉さんはとにかく、回し続けて、手を出さないで下さい。相手は多分、節子さんの教会の人たちですから。いいですか」

将吉「オーケー、オーケー、発車、オーライ、盗撮ってやつですね、チムドンドンしますよ

テロップ・訳《胸、ワクワクしますよ》」


○海辺沿いの道

穏やかな海が見える。

○バスの中

将吉が「浪花恋しぐれ」の鼻歌混じりに運転。その後ろ横にビデオカメラを持ちながら風景を見ている。

中ほどの座席で、看護婦・美代子が一合瓶を片手の支離疎の側で浮き浮きしている。

美代子、立ち上がる。

美代子「皆さん、まずは斎場御嶽で一休みして、それからお楽しみのランチは玉泉洞でーす」

全員の反応無し。

(間)

将吉「(マイクを取り)それはいい」

シラケムード


斎場御嶽セファーウタキ

マイクロバスが入って、停車する。

節子が源一郎の手を取って降りる。支離疎と美代子が降りる。アファゴン、ビデオカメラを将吉に手渡す。将吉はバスの中に残る。

○斎場御嶽の風景

斎場御嶽の寄り重なった岩の間からの青の海、そして久高島。

御嶽の前を皆が思うままに歩いている。

岩の間を抜けて、御嶽の前にポツンと坐る。

白装束の老女の神人一人と付添の初老の女と三十過ぎの女が、御嶽に入ってくる。

三十過ぎの女「(叱る)こら、ここは子供が遊ぶところではない、出てゆきなさい」

神人、支離疎の後ろ姿を眺める。

神人「幸子、黙れ、クヌカタヤ、ワッターヌウユバラン方ヤシガ、クヌユニウマリティ、ワキアティドゥ、クヌヨウナ姿、シミソール。ヤーヤ、黙っとけ、クヌクチパクパクーヤ。ワッターガルクヌチュヌ、ウシルウティウガムル果報サジキラットーシガ

テロップ・訳《この方はわしらが手の届く方ではない。訳が有ってこの世に、このような姿で現れた。お前は黙っておけ、この減らず口が。わしらはこの方の後ろで拝む果報を授けてもらったのじゃ》」

支離疎の後ろで神人が正座して祈り、その後ろで二が正座して、手を合わせる。

○斎場御嶽の寄り重なった岩

その前を源一郎と節子が通りかかり、源一郎が立ち止まり、御嶽の方を見る。節子も見る。

○ 支離疎の後ろで拝む三人の姿

前方に海、白雲、久高島

三人の祈りが終わる。供え物を幸子が片づける。初老の女が風呂敷に包む。

神人「幸子、ウヌウ方ンカイヌ、サキデーイジャシェー

テロップ・訳《このお方にお酒代を渡しなさい》」

幸子、巾着を開けて、五百円にするか、千円にするか迷い、千円を差し出す。

神人、幸子の頭をゲンコツで叩く。

神人「ヤァーヤ、ドゥーヌナービヌウラヌチラヌオシロインカイ、一万、二万ヌンチカトーティ、クヌ方ヌサキデーガ千円ドゥヤリー、クヌウフソーガ。ヤクトゥ、ヤァーヤ、ムルヤナイキガンカイシカアーランサヒャー、スグ、ウミンカイ、スビチヒティラリーサヒャー。一万円、ンジャセー、ミーサシカラ。ヘークサニ、クヌトットロー

テロップ・訳《お前、鍋の裏のような自分の面に塗るお白いに、一万、二万も使って、この方の酒代が千円か、このノータリン。だから、お前は悪い男ばかりに出くわすんだ。今すぐ、海に引き摺って、捨ててやるぞ。一万円、出せ、新しいのから。早くしろ、このアンポンタン》」

幸子、泣きそうな顔で、新しい一万円を探して出す。

神人、白い自分のハンカチに包んで、支離疎の横に行き、拝む。

神人「ワジカヤイビーシガチカイミソーリ。

テロップ・訳《僅かばかりですが、お使い下さい》」

神人、金を支離疎のポケットに入れる。

三人立ち去る。


○斎場御嶽の前

窓に黒いシールの張られたワゴン車が急停車で止まる。

将吉、バスから降りて、陰に隠れる。

ワゴン車から三人の作業服に丸刈りの男達が降りる。助手背席から、迷彩のズボンにカーキ色のTシャツの阿修羅が降りる。

四人が節子と源一郎を取り囲む。

 アファゴンが走って、割って入る。

将吉、バスの下に潜って、ビデオを回す。

将吉「デージナトーン

テロップ・訳《大事おおごとになったぞ》

スクープ、スクープだ」

取り囲まれた源一郎、節子、アファゴン

アファゴン「そんなこと宗教団体がすることですか、暴力団ではありませんか」

源一郎、坐り込んで正座する。

子分一「何を、妙露尼様を拉致して、よく言うよ」

ケリが腹部に入り、アファゴン、吹っ飛んで倒れる。

アファゴン「やっぱり暴力団だ」

子分二、ツバを吐きかけ、腿を蹴る。

阿修羅、薄ら笑いを浮かべる。

阿修羅「顔は触るなよ」

アファゴン「お前等の、教祖の瑞雲が泣くぞ」

子分三「ナニ、教祖様を呼び捨てにしやがって」

子分三、足でぐいぐいアファゴンの腹を押す。

子分三「もう一度言ってみろよ、何の抵抗も出来ない、バカがよ」

アファゴン「何が世界一家教会だ、お経でも唱えて、懺悔しろ」

阿修羅、アファゴンのスネを蹴る。

阿修羅「教祖様の命令だよ、一殺多生、一を殺して万民を救う仏の金剛力だよ。この外道が」

斎場御嶽の前の支離疎が大きな叫び    声を上げ、源一郎の方を見て、だら    りと手を下ろし、奇声を上げ続ける。

阿修羅「おい、黙らせてこい」

子分二と三が支離疎のところへ走り去り、支離疎の襟を掴み、腹に一撃する。支離疎、倒れ込む。

正座した源一郎の真向かいに首を絞められている、支離疎が、見える。

支離疎の奇声が響く。

○支離疎の真上、海の上

イザイホーの祭りの神人の踊りが現れる。

節子が倒れ込んで涙を流し、拝む。

○源一郎のフラッシュバック

チンピラと戦っている。倒れて血を吐くチンピラ、腹部への一撃の、滑りとした感触。

源一郎『人間はすぐ壊れる。強いは弱い』

奇声が源一郎の耳をつんざく。

支離疎の幻の声「それでも生き延びよ」

源一郎の耳に支離疎の声が木霊する。

○連鎖宝珠

海が金色に煌めき、草木が揺らぎ、全てがきらきらと輝く、全てが輝いた。阿修羅、三人の子分さえ、源一郎自身からもアクアの珠を発していた。

天・海・空にアクア色の珠が浮き上がり、それが連なるかのように明滅する。

支離疎の幻の声「それでも生き延びよ」

源一郎が大きな唸り声を挙げて、脱兎の如く支離疎のところへ疾駆する。

○源一郎の格闘

子分二、三と正拳で打ちかかる子分一のミゾオチ、振り向きもしないで後ろ回し蹴りで、子分三が吹っ飛ぶ。

源一郎、寄り重なる岩ノ前に出。

子分一が、右拳のフェイントで、右足の回し蹴り、その瞬間、源一郎の右足が子分一の踵の上をはね上げて、吹っ飛んで倒れる。

阿修羅、落ちていた木の棒を拾い上げて、笑う。

阿修羅「道場の空手と、一殺多生の武術は違うんだよ」

阿修羅、上段に構えて、入ってくる源一郎の頭を目がけて、振り下ろす、右腕で受けた棒が折れて、そのまま源一郎の頭が阿修羅の顔を直撃する。仰向けで後ろに阿修羅が倒れる。

○バスの下の将吉

カメラを回しながら。

将吉「アッターヤ、ヌーナトーガ、ヌーンチ、アッターガ精神病院ヤガ

テロップ・訳《あいつらは何なんだ、何であいつらが精神病院なワケ》」

○倒れているアファゴン

節子、アファゴンを抱き起こす。

アファゴン「やっぱり、源一郎は強かった。だが私が刃向かっていたら、半殺しに合う。柳は風になびくものだ」

節子バカね、何を解説しているの。あなたはどんな風にでも揺れるけど、けして根こそぎされない根を張っている。私なんかと違ってね」

アファゴン「女の人に触れたのは何年ぶり何でしょうか。いいものですね」

節子「何言っているの、こんな時に。行くわよ、私はふわふわ飛んで、あそこに根づいた雑草よ。出来るだけのことはする」

アファゴン「そうですか」

節子、立ち上がり、去ろうとする。

節子「あなた、『私が居なくなっても、私の中に節子さんは死ぬまで居ます』と言ったわよね」

アファゴン「はい…節子さん、恩納岳あがた、あがた、里が生まり島…

テロップ・訳《恩納岳の向こうがあなたの生まれ島》」

節子「沖縄の方言、私分からないわよ」

アファゴン「沖縄の恩納ナベの短歌です。そんなものいいのです、いいのです、頑張って下さい」


○ふうわり院(一年後)

ふうわり院の全景

アファゴンが中庭の椅子に腰かけている。志津子が近づいてくる。

○同の診療室

宮里社長と院長が笑いながら話している。

宮里「何ですか、ここの患者さんに凄い人がいて、ブルース・リーより強かったと、渡名喜看護婦の旦那の将吉が吹聴するんです。それをオレは戦場カメラマンのように撮影したと自慢して、耳にタコです」

美里「あの人は患者さんでは有りませんよ。研修生です。でも強いはずですよ、松林流四段ですから。それにしても、宮里さん、ちっとも太りませんね」

宮里「女子従業員二十九人の社長ですよ、気も体力も使います、何せ少なくて、日に一人は相手する勘定ですよ、これは独り言で、栄養剤点滴して下さい」

美里「そうしましょう、美代子さん、点滴して」

美代子、笑顔で入ってくる。

美代子「あら、社長さん、行きましょう」

二人出てゆく。

○同の処置室

宮里、笑顔でベッドに横になる。

注射から空気を抜く、美代子

美代子「昨日ね、私、患者さんに腰蹴られたのよ。《お前、何回、注射失敗したら、気が済むんだ》と怒ってね」

宮里「言わせておけ、あいつら、将来、名ナースになる才能を見抜けないんだよ。美代子さん、渡名喜看護婦より奇麗だし、それぐらい、我慢せいと言ってやれ」

美代子、二度三回度と静脈に入れきれず、その度に叫びと歓喜の薄ら笑いの宮里。

美代子「アッ、入りました」

宮里「それじゃあ、失敗したところ、フウフウして、サービスや」

美代子、腰を屈ませて生きを吹きかける。

美代子「宮里さんしか、笑って注射させる患者さんはいないんですよ、だからダイスキ(笑顔)」


○ふうわり院の中庭

向かい合ってテーブルに、志津子とアファゴンの前に坐っている。

志津子「(得意げに早口で)あの節子が教祖様を追い出したらしいわよ。何でも教祖当てに、あの斎場御嶽の暴力事件と教祖さんが買春かいしゅんしているテープが送られて、警察と信者に同じものを見せる、と脅迫した人がいるんですって、一億五千万、要求したらしいわよ。それが何と琉球日の本組・組長の血判入りでね。そしたら、手下を十人ほど連れて、有金全部持ち逃げたらしいわよ。それでも金の延べ棒と宝石類が金庫にどっさり。知ってる、あそこ会社も立ち上げて順調らしいわよ。山原の村を巻き込んで、無農薬野菜に、沖縄の長寿料理の冷凍パック、長寿ドリンクの通信販売、その中でもハブ酒が大当たり。転んでもただでは起きないね。そこの代表者は尼さんを辞めて、(ざい)()に戻った一信徒の節子さんなのよ。驚いたわよ、びっくりしたわよ、あの狂信者がよ。それから教会の名前も変えたのよ。何て言ったかなー」

アファゴン「大日如来会です」

志津子「アファゴン、アンタ全部知ってたの」

アファゴン「はい、インターネットのホームページで」

志津子、椅子を蹴り上げる。

志津子「バカタレ、私のは無駄話だったわけー」

どしどしと怒りながら去ってゆく。


○ふうわり院・中庭(数ヶ月後)

ベンツが止まる。

スーツ姿に角刈りの男とサングラスにボンネット帽にシャネルの薄紫のワンピースにルイビトンのバッグの女が降りてくる。

ベンツのドアに「支離疎コーポレーション」と書かれている。

志津子、院長と中庭に出る。美代子が羨ましそうにベンツを回りながら見る。

源一郎が、院長の所に行く。

○同の診療室

源一郎「その節は大変お世話になりました、有り難う御座いました」

節子が二人の前にやってくる。

節子「志津子さんには面倒をかけまして(にこりと笑う)」

志津子「なんなの、あの節子さんなの、服と化粧で、こんなに変わるんですか(羨ましそう眺める)」

節子、支離疎コーポレーション・代表者の名刺を二人に渡す。

節子「お必要な健康食や、絣、紅型の小物から洋服・和服まで御用意しますので、支離疎コーポまでお電話を下さい」

美里「節子さん、お噂で聞きましたよ。大日如来会での御活躍を」

節子「いいえ、たまたま運が良かっただけです」

節子、礼をしてアファゴンの部屋に向かう。

美里「源一郎君、具合はどうなの」

源一郎「先生、ウソのようにもやもやとした不安があの斎場御嶽の事件の時に消えてしまったんです。私がどうなったんだろうと思うぐらいです」

美里「そういう例も有るのです、長い悪夢から目覚めたようなものです」

源一郎「でも私にはあの時、支離疎さんの声が聞こえたんです。《オッカーはいったよ》そして《それでも生き延びろ》という声が確かに聞こえたんです。すると全身に波が爪先から頭の天辺まで駆け登ったんです」

美里「それはあなたの心が支離疎に届いたのです」

源一郎「ファンタスティックなんです。これはどういうことなんですか」

美里「私は病気の症状は知っていますが、そのような貴重な体験は診断できません。ただ尊い経験だとは思います。一つだけお聞きしてもいいですか。あなたがノートに何千も書き記した《強いは弱い》の意味を教えて貰えませんか」

源一郎「実は、京都での事件で、ケンカの相手の一人が、意識不明に陥ったんですよ。私は集中治療室の彼を見た途端に、震え始めたんです。すると私も、周りも、世界中が震え始めたんです。すると怯えの波に私が飲み込まれていたんです。きっとノートへの書きなぐりはこれのことでしょう」

美里「今はどうですか」

源一郎「まあ、病気前の私より、強くも弱くも有りませんが、私は私ですよ」

美里「それでいいんですか」

源一郎「ええ、いいんです、これぐらいで、私には十分です」

志津子「でも、私はドクダミの節子さんが薔薇に変身したように、私は薔薇に変身してみたいわよ」

源一郎「あれはお化粧して、奇麗な服を着れば、志津子さんも美しい一輪の薔薇になりますから」

志津子「やはり、エリートだけに、鋭い。ここら辺の男どもとは大違いだわ、見る目が違うわ、ウン、絶対に見る目が違う」


○同のアファゴンの部屋

アファゴンがベッドの上で背を壁に「フィネガンズ・ウェイク」を読んでいる。

 ノックの音

アファゴンが振り向く

節子がはにかみながら入ってくる。

 アファゴン、一瞬、誰かと戸惑う。慌てて、ベッドから降りて、直立不動の形になってしまう。

アファゴン「節子さん、節子さんですか」

節子、帽子を取って。

節子「そうよ、そうよ、アファゴン君、どうにか、教団のことにも片が付いたので、還俗して、あなたに会いに来たの」


○大日如来会の本部・本殿の広間

弥勒菩薩像から、大日如来像が安置されている。

支離疎コーポレーションの地元の農家との慰労会の酒盛り。急ごしらえのステージ。

ゴザの上でコーポの人と、大日如来会の出家者も地元の老若男女と和気靄々と楽しんでいる。ステージの上に源一郎と節子が盛装して椅子に坐っている。

源一郎が挨拶をする。

源一郎「ええ、私が支離疎コーポレーションの経営コンサルタントの船越源一郎です。とうコーポは自然食品と一村一品の特産品を生み出し、活気有るヤンバルを目指すもので有ります。いいものを作れば、市場は世界に開かれる時代です。もうビジョン、理想の無い金儲けだけのビジネスでは時代遅れです。皆さんと支離疎コーポレーションでいい作物、いい製品を作って、まずは沖縄で最も豊かな村になりましょう。では、支離疎コーポレーションの代表者、三塚節子さんにスピーチをお願いします」

節子「支離疎コーポレーションは宗教法人ではなく、会社法人です。ですからその利益はまずは皆様方に還元されます。そして残りの利益でバリアフリーの製品、作物開発、そしてその環境を作り、売りだすことです。たとえば、誰もが安心して口に出来る健康食品、使いやすい車イス、段差の無い家への改築、そして何よりも、まずはここが誰でもが、どんな方でも、体の御不自由な方も、如何なる障害者も、ベッドの横たわったままでも、楽しく過ごせる場所を、村をここに作り上げることです。 いい製品、いい作物を作って、行けば、必ず、そこへ到達します。なぜならそれがいい製品、いい作物が自ずからたどり着くところなのですから。今夜は楽しんで下さい」

○宴会の中

それぞれが楽しんでいる。

節子、酒のコップを片手に歩いてい    ると、サンシンの弾き語り、農作業    の服の老人の歌声に立ち止まる。老    人は酔っている。

老人「♪ウンナダキアガタサトゥガウマリジマ、

ムインウシヌキティクガタナサナ♪ (恩納節)」

節子、かがみ込む。

節子「オジイサン、この歌、ウンナダキアガタサトガの歌ですよね、これはどんな歌なのですか」

老人「女社長さんもやるね(笑う)。恩納岳の向こうが私の愛しい男の生まれたところ。でも会いに行くにはあの森が邪魔をする。だから、あの森を押しのけて、恋しい人の里をこっちに引っ張ろう、思いの丈を歌っている。社長さん、独身か、ならどんどんやりなさい。きっとそいつはいい男だよ」

節子「どうして、いい人と分かるんですか」

老人「アンタ、今どき、好きな人に恩納ナベの歌を送る男がいるか。いい加減な男ならすぐに車で送って、モーテルで、腰の体操している。味も素っ気もない。腰の体操は誰でも好きになれるが、恩納ナベを好きになるには、それなりの生まれの高さがあるものだ」

節子「オジイサンもそうなのね」

老人「そうではない、じゃが、遠くもない」


○ふうわり院のアファゴンの部屋

アファゴン「化粧をしても、奇麗です」

節子「まあ、まあ、アファゴン君たら」

節子、微笑んで、ベッドの端に、アファゴンを坐らせ、椅子に坐る。

節子「アファゴン君、恋愛はしたことあるの、言っとくけど、私は尼さんでも聖職者でも有りませんから」

アファゴン「有りますよ、でもこの病気になってからは、私から別れました」

節子「なぜ」

アファゴン「(本を読むように)《私は統合失調症ですが、今までのように愛してくれますか》と言えず尚更のこと《結婚してくれますか》と言えないのです。だからそこのほんの手前で別れを告げるのです」

節子「そう、そうなの。でも私は、あなたが最後に言った、琉球短歌をまだ覚えている。『恩納岳あがた里が生まり島』

 《ムインウシヌキティクガタナサナ》

  私はあなたが統合失調症なのも分かっています。

  昔のナベさんも歌ってるでしょう。

 『ウンナマチシタニ

  チジヌフェヌタチュス

  クイシヌブマディヌチジヤネサミ』

テロップ・訳・《恩納の松ノ下に

  役所の夜間外出禁止の札が立っている。

  だが恋にどんな禁止の札は立てられぬ》

  私はあなたが好きです」

アファゴンの震える手が遠慮気味に節子の手に触れると、節子がぎゅっと握りしめる。節子、アファゴンの顔を見るが、アファゴンはそのままで前を見ている。

節子「私が、会いたい時には、ここに来るわ、それにメールを呉れれば、すぐに駆けつけるから」

○ドアの外

志津子が話しを盗み聞きしている。興奮を抑えながらも、にんまりしている。

志津子「お似合いのカップル、カップル、割れ鍋にとじ蓋、ピッタシカンカン。私も携帯で出逢い系サイトに挑戦しようっと」

志津子、スキップで廊下を去って行く。


○ふうわり院・中庭(夜)

うたげ

空の満月

それぞれのテーブルに、源一郎、源信、三塚夫妻が坐っている。

美里、志津子夫婦、宮里、美代子が坐っている。

節子、アファゴン、支離疎が坐っている。

支離疎の泡盛のグラスに半月が映る。揺らぐ半月をじっと見詰める。

支離疎「(呟く)オッカーはいったよ」


       ―完―

カルト教団を潰し、信者のためによりよき教団を造る。

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