言霊
悲劇の始まりです。
オリジン、主神、パックスは妖精とのハーフに似せた姿をしたアバターを作成して、倭の国へと降り立った。
具体的には聖地から海路でドラゴン便で飛んできたのだ。大型船が発達していないこの世界では現在人の行き来はドラゴニアにいるドラゴンたちの仕事である。
彼らによると、和の国は宗主国と言った形ではなく、原理主義のものが集まった取り残された国らしい。それに反発した混血の人族が多く、独立を宣言。そこまでは良かったが、川や土地を巡っての争いが絶えずに紛争に発展していったとのこと。
「なんで争うのかな。僕らは皆んなに楽しく過ごして欲しいだけなのに…」
「とはいえ、各々の矜恃があるのでしょう。私は少しわかる気がします。」
経営戦略室では常に他社との競い合いだった。ビジネスを介した戦争、他人との競争は人の成長にもつながる。だからこそ、止めることはできない。だが、あまりにも不利益が過ぎるようなら介入しようかと思っていた。
「そっか、オリジンは元人だものね。」
寂しげな彼の顔を見ていると、心が急に締め付けられるように辛くなる。
「泣かないで。」
「え、僕泣いてた?」
「泣きそうだった…ものですから。」
「気をつけるよ、息子の前で泣かないようにね!」
パックスはその光景を見守っていた。彼なりに思うところがあったのだろう。ふいと顔を大地に向ける。
「ああ、もう直ぐです。お母さん、お父さん。」
「あれが、倭の国ね。小さい島なのね。」
ドラゴン便の着陸点に小さな女の子がいた。
「はじめまして、とよと申します。」
「え…ええ、はじめまして。えっと…。」
名前は土地になじんだものがいいんじゃないかということでまだ決めていない。なので自己紹介が難しい。
「今は、そのままで結構です。おばあさまにお客人を連れてくるように言われております。お時間があれば…。」
ーこの子、僕たちのこと気付いてるよー
念和で主神がオリジンに伝えてくる。
ーこの調子だと、おばあさまとやらも…気付いてそうですね。ー
「わかったわ。とよ。よろしくね。」
にこりと笑い、彼女は案内をする。3人は少女について、歩んでいく。
「この地は、倭の国。元々は和国と言われていましたが、他の国の独立で取り残されたものたちが集まって作った思い出の集合のような場所です。」
「思い出の集合?」
「ええ、懐かしき幻想の集合。倭の国。いずれは消えていく古い記憶。ですが、伝えたいことがあるため自らを思い出に変えた人々の国。」
市井は賑やかであり、慎ましい生活ながらも人々には笑顔がある。だが、その違和感はある。
「魂が擦り切れてるじゃないの…。無理に死を拒否してるわね。」
「お分かりですか…そうですよね。」
「おかしい。なんで皆んな魂の循環に入らないんだ。こんな延命は苦しいはずだ…!」
「ええ、それも全ておばあさまからお話があると思います。」
疲れ切った魂たちに見守られながら、3人は大きな邸に入っていく。木造の神社のような場所。
その最深部で、一際存在感を示す人に出会った。
「主神様、オリジン様。お久しゅうございます…。」
「あなた…卑弥呼…?」
「ええ。感謝祭の時以来でございますねぇ…。」
「おかしい、君は人のはずだ。一番成長が早く、そして寿命が短い…そういう種族だったはずだ。」
「ええ、そうでございますね。わらわは少しばかりズルをしております。それも、主神様、オリジン様、そして争いの神に伝えたいことがありました故、お許しください。」
痩せ細った老婆は深々と頭を下げる。
「純粋な人というのは、あの冬を乗り越えるために自ら知性を育み進化してまいりました。精霊様のお力を借りるにもマナの使い方を知らなかった私どもは、言霊で精霊と通じ合うことでお力を借りていきました。あの頃は皆、言霊を用いて平和に過ごしておりました。」
「言霊…魔術のようなもの?」
「それに近いものがありますが、言霊は周囲のマナを用いるだけではなく、言葉の定義に働きかけることができるというものです。今や、言葉の定義については伏犠様の力を感じます故、そこまで力は発揮できませぬが…」
「相当に強い力だ。」
「ええ、それ故。失われた際には激しい慟哭があったものです。」
「混血児か…。」
「ええ、ドラゴンや妖精、人魚たちとの混血児が生まれた際に、ドラゴンや妖精の力を用いることはできるものの、言霊という力は失われました。そこで、言霊を守りたいものたちは、近親であっても結婚をし子供を作り純血主義の一派を作りました。逆に、混血が進み人に近いものの、他の民たちの力を用いるもの達の混血主義者で別れました。そこまでは平和的に分かれていきましたが、世代が進むに連れ混血主義者の間でも七歳までは神稚児として言霊を使っていたことが判明しました。」
「神稚児…?」
「七歳までは神のうち。という考え方なのですが、子供の生存率が低いことで七歳までは神の領域にあると考える古い伝統です。それが本当に混血族の七歳までは言霊を弱いながらも使っていたのです。『嫌』という言葉があります。」
「うわ、すごい拒否の圧を感じる。」
「…もしかして、反抗期の時のイヤイヤ期が神との契約を拒否していた…?」
「ええ、そうです。私も混血のもの達が落ち着くまでは死を『拒否』し続けることで延命しておりました。ですが、まさか混血のもの達が神々との契約を拒否していたとあっては、何が起こるかわかりませんでした。私以外のものにも死を拒否させることで、混血の子供達を見守ることにしたのです。結果、彼らの一人が対立関係にあった一人の娘を殺しました。そこで神の罰が緩いことに気付いてしまいました。彼らは「自分を守るために、力を使う」と言って争いを始めました。最初は酷かったものです。全ての土地に血がしみているのではないかと思うほどに。彼らも国という単位をやっと作りはじめておりますが、変化は絶えませぬ。王朝の変化があるということは紛争もあったということ。我ら純血主義の民は和の国の名前を恥じて、倭の国に変え島へと移り住みました。」
「神々に接触するため、純血主義の死への拒否を継続していたのね。」
「ええ、神々はこの地を一旦去りました…。その後の凄惨な悲劇を伝えねばならぬと、言霊を用いて生きながらえておりました…。ですが、血の濃い結婚と出産は出生率も下げ、子供はほとんど育ちませぬ。そこにいる「とよ」は最後の純血の子供になりましょう…。我らは亡霊のように倭の国で生き長らえ、神々との接触を待っておりました…。」
「君達は…法も持ってしても、争いを止められないことを知っていたのか…。そして介入ができる存在を待っていた…。」
「ええ、どんなに法案をレクス様に承認してもらっても争いは止まらなかったのです。言霊の力をなくす事できっとこの争いは止まりましょう。」
「でも、言霊の力を止めればあなた達は死を迎えてしまう。だから、思い出の国ととよは言ったのね。」
「ええ、あの子は我らの最後の希望であり、本人にとっては絶望の日々でしょう。ですが、言霊の力を止めねば、大陸側は落ち着きませぬからな。皆覚悟しております。魂が擦り切れても、チャンスを逃さないために。」
異世界からの侵入者のせいで紛争が激しくなっている可能性がある事もこの人は知っていたんだろう。
「あの侵入者をどうか排除してくだされ。戦場で暴れ回りはじめたと式神達から報告があります。その後、言霊を止めるように伏犠様にお伝えください。これは今となっては…この地に要らぬ力。そして未来においても…。」
そう言うと、卑弥呼は隣に座っていたとよを撫でる。
「彼女は私達が責任を持って守るわ。それに、侵入者の件も、言霊廃止の件も…約束しましょう。」
「とよを是非旅に連れて行ってください。主神様達を言霊でまもる事でしょう。力になれるかと思います。とよは…私たちのたった一つの希望です。残されたとよにとっては、辛い選択ではありますが…。最後に言霊を消す前に一度だけ我らの国に立ち寄ってくださいますでしょうか…。」
「もちろんだ。僕は民達の安息を願っているからね。」
大陸で動けるように服や旅に使うであろう道具を全て整えてあった。これらも彼らの覚悟が見て取れる。
「卑弥呼は…大した人物ね。魂がすり減っていなければ…神になれたでしょうに。」
「そうなのですか?おばあさまは口伝が正確ではないことをよく知っていました。混血側の口伝は酷かったので…『神々は我らに恩寵をもたらさなかった。我らは自ら力を作るしかない。』そう言って魔術を発展させ、論術を作って…戦争が始まりました。故に、この原因になった言霊の恐ろしさを伝えるべく、必死に毎日死を拒絶していました。老いは避けられず、日に日に弱っていくおばあさまを皆で支えておりましたが、周りのものにも死は訪れ、拒否をしていくことで思い出の街は必死の思いで継続していました。それ故、魂が疲れてしまったのかもしれません。」
「…。」
「そう…とよ。今までも辛い思いをしたと思う。これから私たちは紛争地域に行くけれど怪力と魔術以外は力を用いることができないの。だから、あなたの力を借りたいと思う。そして、最後に訪れるこの街の最後にあなたを…。」
「私は最後に残ったものとして見届ける必要があります。いえ、責任です。大丈夫です。私は、強い子です。」
強い子です、と言う言葉に力を感じた。こうやってこの子は必死に自分を奮い立てている。
「とよ、そこまで頑張らないでほしい。君の心が泣いているように思える。」
今までパックスは黙って聞いていたのだが、突然とよの手をとり話始める。
「ありがとうございます。私の言霊は強いので、簡単に口にはできないのですよ。全てが終わった時、きっと自由に話せるのでしょう。ああ、でもこの手は温かいですね。たまにこうやって手を握ってくださいますか?」
「ああ、君が辛そうであればいくらでも。」
パックスは彼女を抱きしめた。
「…あの、これは…?」
「ああ、彼若いのでちょっとオーバーなのよ。気にしないで受け入れてあげて。必死にあなたの心を温めたいんだと思うわ。」
「そうですか…ありがとうございます。」
結局、ドラゴン便に扮した神竜が来るまで、彼らは抱き合ったままでいた。
「さて、最初はどこにいこうかな?」
「そうね、とよ。まともに話ができる国ってどこかしら。」
「そうですね。周は殷王朝の王を追い出したばかりで警戒心が強いです。高原のカムクは騎馬民族で荒っぽいですし…アバブは原理主義者、要するに私ですね。言霊に対抗できる魔術を発達させておりますので、空からの進入は結界に引っかかるかもしれません。エウローペは確かカムクと一番ひどい戦争をしています。皆様のお体を見るに、妖精の血の濃いハイリヤがよろしいかと。」
「えらいことになっているね…。さて、僕たちの名前はどうしようか。」
「一般的な名前にしますと、主神様はアタハン、オリジン様はアイラ、パックス様はリュヤーが良いのではいいかと。」
「ふむ、覚えとかなきゃね。私はアイラ。」
「僕がアタハンね。」
「私はリュヤーですか。」
「私は力に関わるのでそのままで行きます。」
「わかったわ。では神竜ハイリヤの国境付近に行ったら小さくなってね、トカゲサイズになってくれる?ドラゴン連れているってだけで大騒ぎになりそうだわ。」
「わかりましたーー。」
そうして、血に染まる大地へと向かった。