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子猫と子狐

色んな人が亡くなるこの世の中で

ある嵐の日、獣人たちのカリスマ的主導者は田畑の様子を見に行き、土砂崩れに巻き込まれ命を落とした。

西王母は必死に止めていたのだが、民達の作った田畑が嵐で荒れるのを嫌った2人は民達と共に様子を見に行ったのである。そこに土砂崩れが襲った。西王母が呼ばれて見に行った時には既に息絶えた2人が土砂の中から出されていた。


悲劇の日、国は悲しみに包まれた。

葬儀はしめやかに行われた。同じく土砂崩れに巻き込まれた遺族たちも参列していた。

「貴殿らも辛いだろうに、我が母と叔父のために…来てくれてありがとう。」

「西王母様、我等は国母と国父に育てられました。我等獣人の太陽と月を失い、子である我らが葬儀に出ない理由がありませぬ。ああ、夫はきっと今も守っているのでしょう。それが誉れ。西王母様、これからもどうか見守ってくだされ。」

幼子を抱えた猫の獣人は喪服で、気丈に語った。

「…国とは、こんなにも愛されるのですね。」

「大丈夫?西王母?」

喪に服した妲己は幼馴染である西王母に尋ねる。

「ええ、私はこの国の母となりました。母と叔父が守った国を守る、そしてより良い国を作ると言わねば安心して逝く事ができませんから。」

「あーーー、もう!今晩付き合いなさい!玉藻!おいで!」

妲己は子供を連れて、夫となった人族のものに預けてきた。

「いい?私は今は国の両親へお香を焚きましょう。だけど、今晩は西王母と話すのだから!」

「妲己…いいのです。もう、私は国の母。民達にこの国は万全だと、安心させねばなりません。貴女のような朋友が居て、私は幸せです。そして、同じく夫を亡くした家族までもが我が母を悼んでくれた。そして、見守って欲しいと話してくれた。私は皆の思いを受け取り、愛していきます。」

「不器用なんだから…。いい?泣きたい時は泣く!私の店の裏門は開けるように伝えておくからね!泣きたくなったら来なさい!」

優しい友人に恵まれ、母にも恵まれ、民にも恵まれた。

ここからは皇帝として、まとめていく。


その晩、嵐の後の晴れた空に月が見えた。

弔問に訪れる人の波は落ち着いた。その間、常に平静を装っていた。


手足に付けた鈴の音が、響く。

「西王母様、そろそろ部屋にお戻りください。明日は火葬を行うのです。」

この国では喪主が棺桶に香油を垂らして、最後に火をつける。

「そうね…そうだったわ。」

「お辛い大役でございますれば、今宵はもう休まれた方が良いかと思います。」

「そうしましょう。みなに心配をかけてしまいましたね。」


その晩は両親とも言える2人に松明の火をかける恐ろしさで眠れなかった。あの優しい2人に、手を差し伸べ全てを教えてくれた方々に、私は火をくべる。カタカタと震える。

やはり目を閉じると、女媧様の優しい声が聞こえてくるようだった。

「…眠れないわ。」

そっと、館をでて妲己の館に向かう。結局、彼女に甘えてしまう自分が情けなかった。


屋敷の裏の門には妲己が待っていた。

「やぁーっと来たわね。」

「妲己、貴女はずっと…?」

待っていてくれたのか。

「ん?いやーねぇ。勘よ。女の勘ってやつ。ほら、お茶を飲みましょ。妖精郷のお茶があるのよ。よく眠れるとか。」

西王母を自分の家のリビングに通すと、暖かなカモミールの茶を出す。

獣の血を引く私達には香りだけでも、効果は強い。

「…ごめんなさい。あなたに甘えっぱなし。私は、母に…あの女媧様に火をつけるなど…できない!」

ポロポロとなく、彼女を抱きしめた。思い出すのは自分達が孤児になったあの夏。民族間で争いが起き、伏羲と女媧が統治するまで多くの命が失われた。そして私たちの本当の両親も死んでいった。西王母は幼馴染である妲己を連れて必死に逃げた。本当の両親たちが暮らしていた村が燃えていた。その明かりを背に逃げた。

手足は血だらけ、そんな2人がさ迷っていた所を女媧が見つけて保護してくれたのだ。

『ああ、すまない。このような幼子に苦しみを与える世にしてしまった我らを許しておくれ。』

『近付くな!妲己は…私が守る!』

『ああ、守ってやってくれ。そんなお前を私が守ろう…。』

『大人は…大人は…みんな死んだ。だから、だから、私はもう誰にも死んで欲しくない。妲己だけは私のたった一人の…』

『ああ、そなたたちは朋友なのだな。君も妲己とやらも、こちらで足の治療をしよう。痛かろう。疲れたろう。』

『何をもって守ると誓う…!』

妲己を背に立ち塞がる西王母は女媧と伏羲に逞しくも契約をもって、害がないことを誓わせようとした。

『そなたは賢いのだな。であれば、我が剣をそなたに託そう。そして、汝らは私の娘となりなさい。』

震える西王母は重い剣を抱えた。小刀だったのだが子供にとっては十分に重いものだった。

『ああ、重かったかな。』

『妲己に手を出したら…この小刀で貴方たちに、いえ私の牙で貴方たちに襲いかかるでしょう。』

『そんなことは無いだろうが、わかった。さあ、おいで』

そうやって2人して抱きしめられた。そうして、2人して泣いた。

その後妲己は奔放さで家を出ることが多くなり、西王母が彼らの後継と指名された。道がわかれても、妲己のもとには伏羲と女媧からは季節ごとに果物が送られてきた。

西王母にとっては親子以上の絆がある。そんな彼らに火をくべるなど、想像もしたくはないだろう。


「そうよね、私も無理だわ。私達を育ててくれたあの人達を…。貴女は明日送り出さなきゃいけない。泣かない方がどうかしてるわよ。きっとあの二人だってニードホッグ様が亡くなった時は泣いていたさ。私の店でこっそり泣いていたよ。」

「そ、そうなの?」

「ああ、あの時は飲み屋をやっていたからね。奥の部屋で2人して泣いてたさ。多分、あんたに見せたくなかったんだね。」

「…普段と変わらない顔をされていたのに…」

「あの二人は2人で1人って言うところがあったからねぇ。お互いに慰めあえた。だが、あんたは明日からあの宮で1人で戦う。だけどね、苦しい時は私がいるんだから、泣きに来なさい。心を持つ私達は涙を流せるのよ。」

「ああ、本当に優しい。少し落ち着いてきたわ。貴女が政治に参加してくれたらと思うけど…」

「私は自由すぎた。旦那も人族のやつを選んじまったからね。いくらあの二人に育てられたからと言って、いいように思わない輩もいるからね。」

「…本当に貴女に助けてもらっているのに申し訳ないわ。」

「まあ、それで産まれた玉藻もいるしね。あの子の父親とくっついて仕事してるのよ。」

「それもそうか…」

「西王母、あんたも恋をしなさい。」

「ちょっと、待って。え?なんで私の恋に?」

「貴女を支える人が多ければ多いほどいい。それに、私が安心する。独り身で貴方が死んだら、火をつけるのは私よ?」

「それはさせたくは無いわね。そうね、私も家族が必要ね。」

「ええ、相手を選ぶ時は私にも見せな。あの2人から預かった小刀で脅して屈しない奴がいいわ。」

「あの小刀をそんなことに使うなんて…!」

「女媧様も愛娘の相手を選びたいだろうしね。全力で使わせてもらおうじゃないの。」

「確かに。初夜の枕元にも置いておこう。」

「そのいきよ。明日は私も横に着いておくわ。そしたら苦しみを分かち合える。あんたの旦那が出来るまで私が苦しみを分かち合うわ。」

「ありがとう。ああ、あなたの旦那さんに悪いわね。だから早く私は夫を探さねばね。」

「あんたが未来を向いていたら、両親も安心するわ。火をつけられないと子猫のように怯えてたら、この世に未練タラタラ。化けて出てくるわよ。」

「む、虎の獣人ですわ。」

「今は子猫に戻ってるわ。私も小狐になってるわ。明日からは貴女は獰猛で博愛主義の虎になって、私はずる賢い絶世の美女の狐よ。」

「今日ばかりは子猫のように…あなたと並んで寝てていいかしら?」

「ええ、明け方起こすわよ。…こう話してる私も怖いもの。こればかりは旦那も玉藻も分からないと思うしね。」


明け方になるまで2人は手を繋いで眠っていた。翌朝妲己の夫の紂は玉藻を連れて様子を伺いに行くと、泣き明かしたであろう2人目を冷やしていた。

「西王母様…大丈夫ですか?」

「ちょっと泣きすぎたみたい。ここ、居心地が良すぎます。旦那さんは良い妻を見つけましたね。」

「ははは、そうでしょう。若い頃に恋に落ちたのですが、如何せんあの店は高すぎた。金を貯めて妲己に会いに行ったら既に店は閉めているし、必死に探しましたよ。この歳になって会えたと思ったら、別の商売を始めているし自分の母に似た玉藻までいる始末。いきなり結婚しろと言われましたよ。」

「それは…波乱万丈ですね。」

「ええ、私は人族の血が濃く年老いるのが早い。会えてよかった。西王母様は運命の相手が老いないうちに捕まえるのがよいですよ。」

この夫婦は長命の妲己と人族の紂だ。寿命の差は埋められるものでは無い。それでも、妲己は愛して結婚した。その相手にいつか死に別れて、火をつける運命であっても。

「好きなもんは好きなのよ。しょうがないじゃない。」

「私も早く春を迎えねばいけませんね。さぁ、未来がはじまります。私は両親に別れを告げますが、残してくれたこの国があって、愛してくれる民がいる。そして未来の家族もいるかもしれないのだから。両親も心置き無く旅立てるように、見送って参りましょう。」



その日、女媧と伏羲は多くの人に見守られながら、荼毘にふされた。娘に見送られて、国民に見送られて。

西王母は新たな世をつくると民達に宣言した。天の照らすこの国を発展させると誓った。

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