アウクトゥスとスペラの不思議な仕事場
アウローラ、まさかの死んでからの愛。
アウクトゥスは自分の書斎を改造していた。部下であるスペラと仕事をするために、向かいあわせの机にすることにしたのだ。
文明の大爆発とも言える世界の動きを見てきた彼女の意見を聞くために近い方がいいと、そう天使に命じた。
だが、失策だったと思う。
仕事をしてみると目の前に美人がいたからだ。
「アウクトゥス様、文化にも多くの多様性がうまれましょう。踊りであっても音楽であっても……」
スペラがアウクトゥスを見ると、惚けていた。
「こほん。」
咳払いをすると、はっと気付いたようにアウクトゥスが反応する。
「お疲れですか?」
「いやいや、疲れてないです。本当に。」
「なら、よいのです。人の世は大きく変わっていきます。私達も変わらねば行けません。神というのは自分の司るものが決まれば、その分野が発展するように力を陰ながら貸すものと聞いております。私は民達の心と安寧を祈り、貴方は文明の発展を祈る。その仕事は今重要です。それを忘れなきよう。」
「申し訳ありません…。」
美しさに見ほれてました、とは口が裂けても言えないアウクトゥス。なぜ机を向かいあわせにしてしまったのか。これではずっと見ていていられる、いや、見続けてしまう。
「…それに。神としては私は若輩者です。アウクトゥス様、あなたの部下に当たります。私にそのようなお言葉使いされなくとも…」
「いえ、僕よりもはるかに経験豊富な貴女ですから、尊重すべきです。」
「なんと、頑固ですね。」
「む…言われたことはないですが、スペラ様になら言われてもいいかも。」
「…変わった方が上司になられた…」
てへっと笑う彼に弟ができたように思えたスペラ。
「まぁ、アウクトゥスがそれでいいのであれば構いません。」
アウクトゥスとの奇妙な仕事は始まった。1週間もなれば、常に笑顔を向けてくる状態に慣れた。仕事が捗るわけでもなくむしろ停滞気味。何とかスペラが手伝っているが、これでは自分が神になった理由にならない。
「アウクトゥス様!流石にお仕事に力を入れてください!」
「はっ、はい!ごめんなさい!」
怒られると本気でしょんぼりと泣きそうになりながら仕事をする。文明という民にとって大切なものを司る彼がこんな調子でいいのか。
「アウクトゥス様、お仕事に影響が出るのであれば、私は仕事場を変えますよ?」
「…それは…いやです。」
若い神だからだろうか、自分が精神だけ年老いた神だからだろうか。
「ハッキリ言いますよ。これでは仕事になりませぬ。私に原因があるのならば、おっしゃって下さい。」
「…言ってもいいのでしょうか…」
モジモジとする彼を見て机を叩く。
「ひゃっ!」
「男らしく!ハッキリと!」
「どうにも、貴女に一目惚れしてしまって…」
この神々は何故、こうも惚れやすいのか。いや、自身で体験したのは2例目だが。
「一応聞きますが、見てくれに惚れているのですか?」
「…そんな訳ないです。魂の熟成度と言い、尊敬に値する仕事ぶり、男前な心意気全てにおいて貴女は僕の好みなんです。」
「酒の好みみたいですね。」
「わぁ!そこに例えるとは文化的!」
…なんとなく憧れをこじらせているのが分かる。その心の暑さは、熱さは伝わってくる。信頼にシロップを重ねているような、甘さ。
「まぁ、少しばかりお互いに距離を探りましょう。」
「な、申し訳ありません!」
椅子から立ち上がり土下座なる詫びのポーズを取る上司。
「上に立つもの、そうそう頭は下げるものではありませんよ!」
「はい!」
どこか嬉しそうなのは、主神様か、オリジン様か。…主神様だな。と自己解決出来る。これではアトム様の方がマシ。
「さぁさ!手が止まっておいでです!」
「頑張ります!」
そうして、1ヶ月。スペラは自身の仕事の傍らアウクトゥスに家庭教師のように、そして秘書のように接し続けた。毎日、表現が変わる彼の愛慕の言葉は次第に真剣なものになっていく。
それを影から見守る神竜。割烹着を着て覗くあたりが本格的である。
「ああ、おいたわしや。アウクトゥス様。その愛を受け入れるには頑ななスペラ様の生き様が壁となっている…」
「…何してるのかと思えば、覗き?」
オリジンは神竜を、ひょいと持ち上げる。
「いえいえ、愛の神竜。このひたむきな愛を見守っているだけです。間に入っておりませんよ?オリジン様にあんなに言われておりますし。」
「ええ、見守るだけにしてあげて。愛は心から溢れ出るものだから。お互いにね。」
ふと、オリジンはその言葉に違和感、というより懐かしさを感じた。今まで言われたことなんてあったかしら?
「オリジン様?」
「…あ、いや。我ながらいい言葉と思ったのよ。」
「ええ、さすがでございます。彼らの心がお互いに弾き合うコンチェルト。それが愛です。片方のみでは成り立ちませぬ。それはスペラ様が十分のご存知ですしね!」
「そうよ、だから貴方は此処で覗き見してないで、レクスと不倫について議論してきなさい。今、不倫についての法案が来てて悩んでるわ。」
「それは悩ましい。ですが、法で定めた方が破っている方は熱くなるやもしれませんね。それもまた一興。」
「愛を目の前で誓わせておいて…不倫は厳禁よ。そもそもそんなに女をかこえる男はまだ居ないわよ。」
「囲えたら出てくるかもしれませんね。ポエナ様の断罪を受けても続けられたら、愛も捨てたものではありませんね。」
「私はそんな愛いらないわ。あの人と楽しく過ごせている日々で十分よ。そこに痛みなんてあったら、男殴っちゃうわ。」
「オリジン様らしい…では、私はレクス様に話して参りますね。」
そう、前にも後にもあの人だけが私の心を掴んで離さない。そのはずがさっきの言葉に懐かしさを感じた。まるで、自分がかつて話したことがあるかのように。
「…1つ、覚えておきましょ。繋がることがあれば、何かあるのかも。」
もし、自分以外の…女性がインティに話していたのなら…
モヤモヤとする心は嫉妬だ。
「あー、ヤダヤダ。こんな確証もない印象で心が鈍るなんてありえないわ。」
それよりもスペラとアウクトゥスの恋が早く進めばいいのにと思う。早くしないと間に合わない。文明の進むスピードは早い。彼らになんとしても新たな神を作って貰わねば。
「頑張って!アウクトゥス!」
フローラリアから貰ったカカオの入ったココアを用意した。今の世で、カカオは媚薬に近い。息子と嫁候補に盛るのはどうかと思うが。
「どーお?仕事捗ってますかーー?」
「は、母上…!」
「オリジン様!どういう教育されておられるのか、アウクトゥス様私に愛ばかり語っておられます。こんな老婆に…」
「うちはなんでもあり、よ。」
「あああ…」
「まぁ、甘いものでも飲んで落ち着いてー。」
2人がココアを飲んで甘味に驚く。と同時にホッコリとした顔つきになった。
「疲れも取れたみたいね!では、ほかの人たちにも配ってくるわーー!明日も持ってくるから!」
更にひと月が経ち、アウクトゥスとスペラの間は随分親密になっていた。
「スペラ様、法律学についてですが…学問として成立させた方が国際法にも発展します。ドラゴニアで学ばせましょう。」
「ああ、それなら天照の国のものたちが進んでおります。彼等から昇華させるのもいいかもしれませんね。レクス様の負担が減ります。」
「ああ、それは助かります。ご助言ありがとうございます。先生。」
「先生…ですか。あれほど口説いておられたのに。」
「正攻法では先生は攻め切れぬと判断しました。貴女に認めてもらう!そして振り向いてもらう!」
「それは楽しみですね。」
彼らの距離は確実に近づいていた。もう認めているのだけど、とスペラは思うが暫しそれを楽しもうかと思う。きっと触れたが最後、彼は食いついて離さないだろう。
そうして、一年が経った。スペラは結局美味しく食べられていた。老いても恋はするものか、と笑ってしまった。だが、ひさしぶりに妊娠して愛おしさが増してくる。
「ふふふ、おばあ様も恋に落ちたのですね。」
「全くだ!この神々は愛に飢えているのか、私まで恋の対象にするなんて。曾孫に子供の具合を診てもらうなど、おかしい。」
「ふふ、楽しみにしてましたよ。タスクは。叔父になるのかとか話しておりますよ。」
「家系図がしっちゃかめっちゃかで、おかしい。早く他の神候補も上げぬと近親で恋するものが現れよう。気をつけねばならぬというのに。」
「確かおばあ様は禁止されてましたね。妖精の中で近い血のもので婚姻してはならぬ、と。」
「ああ、生まれた子供たちが悲惨な病に襲われることが多かった。氷河期のことだがね。あれは見ていて気持ちのいいものではなかった。子も親も幸せになるための掟。ここでも守って頂かねば。」
「なるほどタスクに聞いてみましょう。ですが、その前に出産ですね。」
「久しぶりすぎて、なぁ…」
「ふぁいと、おー!です。オリジン様に聞きましたが、頑張ってという意味だそうです。」
「ふぁ、ふぁいと。」
それが戦いという言葉と知らずに掛け声を掛け合う祖母と孫娘。
結局、神らしい安産で終わったことに安堵したスペラであった。絶対に末裔たちには知られたくない。痛みで遠のく意識の中で独りごちた。