嫁と姑の相談事
ようやくコーヒーブレイクというものにありつけそうな、かつてのエリート。
フローラリアは赤ん坊の鳴き声で目を覚ました。
「…っ!私は!」
「おお、起きたか。フローラリア、随分眠っていて目を覚まさないのかと思った…。」
そう声をかけてきたのは、赤ん坊をあやすアトムであった。
「テラ!フローラリアが目を覚ました!」
部屋の外に向かって声をかけると、小柄な女性が出てきた。
「はじめまして、フローラリア。この度はうちの兄がご迷惑をおかけしてしまって…ごめんなさい。私はアースの管理者にして、地母神テラです。今回は私の養女になったのです、いつでも困った時は声をかけてくださいね。」
「あ、はい。あの、ここは…?」
「ここは天の国。神々のすまう場所です。貴方は出産の時に妖精としてのあり方を終えて、神に昇華されました。痛みは凄まじかったでしょう。しばらく寝てらっしゃったんですよ。」
「では、赤ちゃんは…。」
「テラ兄様があやしていますが、下手くそですね。兄様、タスクを彼女のもとへ。」
テラが赤ん坊をフローラリアに渡す。
「ああ、アトム様に似ているし、目の色はおばあさまだわ…。ああ、この子が…。」
「ああ、よく頑張ったな。フローリアル。」
赤ん坊は母親の鼓動を聞いて落ち着いたのか泣き止んだ。
「お母さんですよ、えっと…タスク?」
「ああ、アウローラが名付けた。人を助ける医療の神ということもあるし、多くの救いがあったからという意味らしい。」
「おばあさまが…。」
フローラリアは二度と会えぬ祖母を思う。他の王族がいるから孤独ではないと思うが、それでも両親を早くに流行り病で亡くした彼女にとって祖母はかけがえのない家族だった。
「すまない、君たちの絆を奪ってしまって…」
「いえ、私の決断でもあるのです。貴方と歩んでいきたいと思ったのは確かですし、何よりこの子が生まれました。この子はお祖母様の期待通りに多くの人を救うのでしょう。絆はこの子がつないでくれています。何より、思い出がありますから…。」
「やはり君は強いな…。」
夫婦の時間を邪魔するのはやめておこうと、こっそりテラは抜け出した。
「どう?フローラリアは?」
廊下ではオリジンと主神が待っていた。心配でしょうがなかったようだ。
「お父様、お母様まで…。ええ、目を覚まして赤子を挟んで親子の時間を過ごしております。アウローラの思いも伝えました。」
「そう…寂しい思いをしているのではないかと思ったんだけど、大丈夫そう?」
「そこは強い女性ですね。気丈に振る舞っています。」
「女はつよし。私も突然ここに飛ばされて、なんとかしてきたもの。それに、私達がサポートするからね。」
「あはは、オリジンは逞しすぎるっつつつ…」
主神にデコピンをかます。その速さはテラの目に捕らえられぬものだった。
「テラもいつか素敵な恋を、ね?」
「皆様にご迷惑をおかけしない、無難な恋をします…。」
「アトムの最大の罪はこれね。他の兄弟の恋を邪魔しちゃったことね。」
「僕らとしてはもっと賑やかになって欲しいんだけどねー。」
「そこはフローラリアみたいな強い子が出てくるまでは待たなきゃいけないわね。」
そのオリジンの一言がテラは疑問だった。まるで、フローラリアが神になることは決まっていたかのようだ。
「あの…今の話だと…あのこはもともと神になる予定だったんですか?」
「ん?そうね。もっと徳を積んで、人生を全うしてからにするつもりだったのだけど、アトムが先に手をつけちゃったのよ。」
「そうそう、植物の神になるのは決まっていたんだ。」
「…私の心配損…。」
「まぁ、人生は全うできていないからね。そこはアトムの罪でもあるわ。分かってからは、皆んなにルールを確実に分かってもらう意図もあって、皆んなに見せしめよ。テラには騙しちゃう形になって申し訳なかったわ。」
「はぁ、まぁ、あの親子が幸せになってよかったです。アウローラには何かしら、贈り物をしないといけませんね…。」
「そうねぇ、随分と寿命を短くしてしまったし…。」
「しばらくはタスクの手形でも送る?粘土に押してもらってさ。」
「ああ、それはいいですね。財宝よりも喜びそうだわ。」
「では、天使達に届けさせましょう。あとフローラリアの花も。」
オリジンも孫の誕生を喜びたかったが、アウローラにまず喜んでもらうのが先だ。悲しみに明け暮れる彼女の羽が再び美しく羽ばたけるよう。
しばらくして、フローラリアの体力も戻り赤子も立つようになった。
そう、今やらねばいけないことがある。オリジンはフローラリアを自室に呼んだ。大切な相談事があるからだ。
「オリジン様、お呼びでしょうか?」
「フローラリア!具合はどう?」
果実水を出して彼女に寛いでと話す。
「はい、おかげさまで。力の方もなじんでまいりましたし、タスクの成長の早さに驚くばかりです。」
「あー。それはよくわかる、よくわかるわ。そこでタスクの世話をしている青年なんだけどね。」
「ああ、アウクトゥス様ですか?文明を司るという…。」
「あの子、貴方の妊娠がわかったときに出産した子よ。」
「え、だって。え?あれから3ヶ月ほどしか…。どう見ても青年ですよ。」
「神って、成長が異常に早いのよ。かわいい盛りはあっっっっという間よ。」
「これは、大変です…反抗期があっという間にきてしまいます。」
「いい?いい子に育てすぎると、反動でアトムのようにとんでもないことしたりするからね。」
「肝に銘じます…!」
嫁に言う話ではないのだが、しょうがない。事実なのだから。
「それで、本題はここからよ。」
フローラリアはゴクリと唾を飲む。周りの花々も緊張しているのか、ニョロニョロとツタを伸ばす。
「コーヒーと紅茶を…!作ってくれないかしら…?もしくはそれに近い植物はないかしら。あと甘味になる植物…!糖分だけ出して、調味料にしたいのよ…!それと、胡椒と…。」
「あ、あの。どれも初めて聞く言葉です!」
「ああ、そうね。まずはコーヒーね。眠くなりにくい木の実を煎じたものを粉にして飲むのよ。眠気を飛ばすし、甘いものを食べるときにあるといいの。」
「ふむふむ。」
「紅茶はー…同じく眠気を飛ばす作用のある葉っぱね。発酵させたりして味を調整できるものが好ましいわ。」
「発酵ですか。面白いです。」
「甘味になるものは、とにかく甘い作物ね。抽出した汁から甘味だけ出したら、いろんな食材と組み合わせることで、デザートの種類が一気に増えるわ。」
「さとうきびのようなものでしょうか?」
「そうそう!それ!それと、胡椒ね。毒ではないのだけど、ピリリとした刺激のある実を砕いたものね、肉の保存に使えるのよ。料理にも使えるわ。」
「ああ、確かに保存用に使っていたものがあります。辛いものですが…。」
「わぁ!辛子があるのね!」
「あの、オリジン様は料理に興味がおありなのでしょうか…?」
「そりゃあ、もう!早くコーヒーとケーキ、あ、小麦粉を焼いたものに牛の乳を固形にしたものをのせた甘味ね。深みのある食事に早くありつけたらと思ってるのよ…。だから、フローラリアの出現を心待ちにしていたの。」
「責任重大ですね…。あの、料理の神様もいらっしゃるんでしょうか?」
「まだいないわね、多分アウクトゥスの眷属で出てくると思うのだけど。」
「…私が出産に身構えているときに、医療の神であるタスクが生まれました。同じく、文明を心待ちにしていたオリジン様にも、アウクトゥス様が。そこまで期待されると、私かオリジン様のどちらかが出産…」
「いやいや、さすがにいい加減に神々の中で増えてくると思うのだけど…。」
さすがに出産が続くと辛いものがある。
「杞憂であれば良いのですが、いかんせん出産できる神が2柱だけと言うのに身構えてしまいました…。」
「そこはね、そろそろ気概のあるものを神に昇華するつもりなの。いわゆるスカウトする段階に入ろうかと思っているの。フローラリアは第一弾になる予定が、早まってしまったのだけど。」
「テラお母様から伺いました。なるほど、その分野に長けたものを神にするのですか。」
「もちろん、多くの民達の支持がある者ね。」
「では、他の神々様の伴侶も?」
「そう、そこらへんで恋ができるようになるってわけ。」
「素晴らしいですわ。お義母様。神龍様も忙しくなりますね。」
「そうね、ちなみに地上で結婚式って神龍をモチーフにしたものとか…あるの?」
「ええ、もちろん。神龍の見出した愛をそなたらも誓うか、と仲介人が宣言して新郎親父が愛を誓うのですよ。そのあと、愛の炎と言って、新郎新婦が薪に火をつけるのです。火を囲んで一晩踊る…これが一般的な結婚の儀ですね。」
案の定、神龍が結婚のモチーフになっている。本人はただの覗き魔に成り果てているのだが…。それを言うのは無粋かと思った。
「貴方達もちゃんとした結婚式をあげないとね。」
「いいのですか?」
「もちろん。」
その瞬間彼女の周りに花が咲いた。わかりやすい子だ。
「そういえば、オリジン様と主神様も結婚の儀をされたのですか?」
「え…あっ」
していない。いきなり宇宙を作れと命じられて、流れに身を任せて彼の愛を受けただけにすぎないことに気づいた。
「では、私の前にオリジン様達の結婚式ですね!」
「あ、うん。」
「アトム様に相談して、宝石をふんだんに用意してもらいます。ああ、ブーケの花も選ばなければなりませんね。ドレスも!そうと決まれば、早速マクスウェル様に相談です!」
立ち上がり、タスクを回収したかと思うと駆け出していく。
「あ、まって!甘味を先にーーーーーー!!!」
神になって彼女はたくましくなりました。アウローラ、貴方の孫娘はめちゃくちゃ元気になりました。
結婚式と聞いて、再びテンションが上がる主神に加え、これまたテンションの上がったフローラリアの影響を受け地上は再度大豊作。そして花は狂い咲きしたと言う。