第8話 三人は去った その後
簡孫糜トリオは「覚えてなさい!」というセリフとともに去っていった。イェリエルを処分する名分を失った彼女らに、もはやここで揉める理由はなかった。
「感謝ならいらない。ただ俺に惚れりゃいいんだ。2年7組5番天月太郎だ。来る女拒まず去る女追うのがこの俺だ。ハーレム希望だからいつでもOKさ」
献帝の玉璽代理人。生徒会長、天月太郎。全く掴めない男だ。イェリエルは生徒会長がどのような人物なのか判断しようと必死になった。
「なぜ私を助けたの? ルールを破ったのは間違いなく私よ」
「あん? ルール違反については後で話すと言ったじゃないか。後で生徒会側に経緯を提出しろ。……どうせなら俺一人の時に来るように。ふふふ」
イェリエルを見る天月の目はかなりトロンとしていた。イェリエルは反射的に一歩後ろに下がった。
「まあ、いつも集団リンチをするほうが悪党って決まってるだろ? 俺は正義のヒーローとしてヒロインを救ったまで。ふっ」
格好つけた顔が鬱陶しかった。
「あのさ……」
イェリエルは呆れたように顔をしかめた。
「さあ、続きはまた今後話すことにして。じゃあ俺はこれで。さあ、行こう。赤兎。……うん? なんで進まないんだ?――――――!! き、急に出発するなよおおおっ! うあっ、お、落ちる! 止まれ、赤兎! 赤兎、おおおおおっ!」
献帝の玉璽代理人、天月太郎は現れた時と同じように、赤兎馬にずるずると引きずられながら去っていった。
登場も退場も風のような男だ。
生徒会長・天月太郎……。献帝の玉璽代理人。
三学に「献帝」を継承した生徒会長がいる。イェリエルもその事実はよく知っていた。しかし、実際に見たのはこれが初めてだった。
「……それも、自ら立候補して生徒会長になった学校一の馬鹿」
―――この三学で生徒会長になるのは馬鹿がすることだ。
生徒会長になるということは、「献帝」になるという意味だ。
本来生徒たちが「玉璽代理人」になろうとする理由は自分のステータスを引き上げるためだ。そして名牌カードに記された「ステータス」はまさにその生徒の「実際の能力」を表す。
統率。
人々の前に立ち、人々を率いる力。危機を乗り越える果敢な決断力と指導力を意味する。この能力が高いほど、怯えることなく率先して堂々と物事に立ち向かい、一声発するだけで皆を一つにまとめることができる。―――リーダーになってもしっかりやっていけるということだ。
武力。
身体を動かす力。難関に立ち向かうための強靭な身体能力を意味する。この能力が高いほど、病気の心配もなく常に健康で、より丈夫で魅力的な身体を持つことができる。―――体育の時間は任せろ。
智力。
知的な能力。困難を克服する聡明さ、危機自体を把握する洞察力を意味する。この能力が高いほど、物事の本質をすぐに理解し、どんな難問であっても容易に解決できる知恵を身につけられる。―――これでテストは私が一番。
政治。
情勢を読む能力。より良い状況を導くための力を意味する。この能力が高いほど、周りの状況を素早くキャッチし、危機そのものを防ぐ処世術を身につけることができる。―――友人関係にお悩みなら私にお任せ。
魅力。
他人を魅了する力。これは統率や武力、智力でも説明しがたい力、他人の心を虜にするカリスマを意味する。この能力高いほど、苦難を乗り越える友人がいつも側にいるため何も怖くない。―――ハーレム、夢じゃありません。現実です。
その数値は、「玉璽」を中心とする謎の装置によってはじき出される。
とにかく、玉璽代理人になってステータスが上がると、すぐに生徒の「能力上昇」につながる。玉璽代理人の状態に適応した生徒は、その後三年に進級してその場から抜け出しても能力値が大きく落ちることはない。かえってその状態で努力してさらに能力を高めた生徒もいる。
玉璽の神秘の力である「憑依」を生徒の能力開発に利用するシステム―――
これが画期的と称される「聖物カリキュラム」の正体だ。
この教育システムにのっとれば確実かつ画期的に、秀逸な人材を容易に養成できるのだ。
ただ唯一、全てのステータスが深刻なほど低下する玉璽代理人のポジションがある。
それがまさに「献帝」だ。
三国志においては、最高位でありながらも、実質的な権力は持つことができず、ただのお飾りでしかなかった人物である。この三学におけるシステムにおいても、そんな歴史が反映され、地位だけは名目上最高位となるものの、ステータスは低下する。
だから生徒会長をやりたがる者は誰もいない。
泣く泣く、各校のリーダーに背中を押されて、公正を装った討論の末、神に捧げられた供物のように―――無能な誰かが選ばれる。
だが、それを自ら進んで引き受けた稀代の愚か者。
―――それがまさしく今年の生徒会長だった。
「……面白いじゃん」
イェリエルは舌でぺろりと唇を舐めた。彼女の瞳は玩具を見つけた猫のようにキラキラ輝いていた。
在野のイェリエル乃愛。
生徒会長・天月太郎。
二人の出会いからこの物語は静かに幕を開ける。
それは言葉どおり、「乱世」へと続く壮大な物語の始まりだった。