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第4話 この学校は群雄割拠な異世界だ!

 ―――この学校は普通ではない。


 生徒たちは三学に入学後、一週間も経たずしてその事実に気付く。

 皆噂で聞いてはいたが、それが正確にどんなものなのか、自ら体験するまでは実感しにくい。それは「聖物カリキュラム」と称される、独自の教育システムであった。


 まず、生徒たちは、外の世界とは次元の違う奇妙な技術を見てその事実に気付く。もっとも代表的な例が名牌カードだ。そこに使われている技術は「科学」とは呼べない異質なものだ。

 

 そして、三国志を真似たようなおかしなシステムを通じてその事実を知る。まるで三国時代を再現するかのような所属分割、いくら競争のためとはいえ、行き過ぎた側面もある。


 中でも異常なのが「玉璽代理人」だ。

 三国志の歴史を率いたのは劉備、曹操、孫権のような群雄をはじめとする数多くの人材だ。ここ三学では、ある謎の装置を通じて三国志の紛争を再現する「代理人」をつくる。


 そうやって選ばれた者たちがまさに「玉璽代理人」だ。

 玉璽代理人は玉璽を通じて三国志の武将の憑依を受ける。憑依した者は、一般の生徒を上回る能力を手にする。

 三国を真似た土地、武将に代わる玉璽代理人――間もなくして生徒たちは、この学校自体が三国志を再現するための舞台であることを悟る。

 魏と蜀、そして呉。

 大陸の長きにわたる壮大な歴史上、もっとも有名な群雄割拠の時代の再現!


 生徒はその歴史を再現するための駒となるのだ。紛争を通じて己を磨き鍛錬し、学校が望む人材となる。ひいては、単なる駒ではなく歴史再現の中核である「武将」となる。


 ―――そしてその裏には、この学校の全ての不可思議を可能にする中枢、「玉璽」と呼ばれる「聖物」がある。

 玉璽というのは、中国の歴代王朝および皇帝に代々受け継がれてきた印章のことだが、この三学では、こうした不可思議なシステムを運営するための中枢知能と言えばいいだろうか。


「この学校で一般生徒が玉璽代理人に絶対勝てないということをわからせてやる!」


 玲火が持っている名牌カードが光を放った。それを見た瞬間、イェリエルは息を飲んだ。


「ちょっと? 一般生徒相手に名牌技を使うつもり!?」


 「名牌技」は玉璽がもつ謎の力を一番わかりやすく示すものだ。唯一、玉璽代理人のみが名牌カードを通じて使用することのできる神秘的な力。物理法則を超越する力。「玉璽」の範囲にあたる三学の敷地内のみで使用できる能力。

 それが「名牌技」だ。


【名牌技 : 論客=三寸の舌!】


 憑依を受けた玲火は、大声で叫んだ。


「脚部硬化!」

「あうっ!?」


 玲火は、ただ叫んだだけだ。ところがイェリエルの足はその声に反応し動きを止めた。


「どう? これが私の名牌技よ! 智力や政治能力が私より低い者は逆らおうなんて誰も思わないわ。一般生徒のお前のステータスじゃ、いくら足掻いても無駄よ」


 玲火は勝ち誇ったように笑った。


「こんなっ―――もの!」


 イェリエルは無理に足を動かそうとした。一歩、二歩、まるで石になったように重い。孫は彼女を嘲笑った。


「あらまあ? 頑張るじゃない? じゃあ今度は五体硬化!」

「きゃっ?」


 今度は足だけではなく、全身が固まってしまった。微動だにできないイェリエルを見ながら、玲火は腹を抱えて笑った。


「まあ、名牌技にかかればあんたみたいな雑兵は手も足もでないわよね。さあどうしてやろうか?」


 玲火はイェリエルを見ながら指の骨を鳴らした。


「うわあ。名牌技まで使っちゃったんだあ」


 簡雍の憑依を受けた萌乃は、イェリエルがびくりとも動けない間、すぐ側まで迫ってきた。


「もったいないなあ。兵卒ごときにそこまでするなんて。おバカさん」


 麋竺の憑依を受けた暖蜜は、惚けた顔でイェリエルを貶した。


 簡雍憲和、玲火公祐、糜竺子仲。

 蜀の建国の功臣である。玲火と糜竺は本来徐州刺史・陶謙の部下だったが、劉備が陶謙に徐州を譲られた際、彼の配下に加わった。簡雍は關羽、張飛とともに、初期から劉備に仕えてきた蜀の最古参だ。


 戦場を駆け抜けた武将に比べると相対的に知名度は低いが、彼らも劉備に従ってきた人物には違いない。彼らがいなければ、歴史の劉備もいなかったかもしれない。彼らも紛れもない蜀の優秀な臣下なのだ。


 玉璽はこの歴史上の三人の代理人として、この三人の少女を選んだ。四星、銀色に輝く名牌カードこそその証だ。


「一般生徒の名牌カードは一星や二星。玉璽代理人は最下三星からはじまる名牌カードよ」


 一般生徒の名牌カードは縁無し。三星の名牌カードは銅縁。そして四星、五星は銀縁だ。

 優れた名将や参謀、一般の君主クラスに与えられる五星には及ばないが、一世を風靡した人材に与えられるのがまさしく四星なのだ。

 一般生徒であるイェリエルの力では、彼らの記憶と能力を受け継いだ玉璽代理人とやりあうのは厳しい。


「万事休すね」


 イェリエルは空笑いを浮かべた。四方を見渡しても逃げ道は見当たらない。


「こんなところで捕まるなんてねぇ、イェリエル。ステータスも低いくせに今までよくも散々暴れてくれたわね。利子まで合わせて今日こそはお返ししてあげるわ」

「あんたたちね、ことあるごとにステータスで他人を評価しようとするからムカつくのよ。それ以外取り得がないわけ?」


 イェリエルはわずかな隙でも作ろうと、玲火を挑発した。


「ふん。玉璽代理人のステータスは勝者の証。あんたらみたいな問題児が下でちんたら遊んでるときに、私たちは一生懸命努力してこの資格を手に入れたわ。毎日毎日、休む間もなく勉強してね」


 玲火はイェリエルを嘲笑った。


「そんなにこのシステムが嫌なら、この学校に入らなきゃいいのに~っ」


 簡雍へと憑依した萌乃が、その場にしゃがんでイェリエルを見上げた。


「成績加算点は基本中の基本ですよ。完全に固まっちゃった、あなたにイタズラしちゃいたいわ♪」


 糜竺に憑依した暖蜜が動くとのことできないイェリエルの胸を指でつんつんと突いた。


「私たちから見れば、あんたたち在野は落ちこぼれよ。ほらご覧なさい。在野では名を馳せてるイェリエル乃愛も私の前じゃ手も足もでないじゃない? これが下っ端の兵卒とエリートとの違いよ」


 玲火はイェリエルを思い切り罵った。彼女はイェリエルが憤りで顔を歪ませることを期待していた。ところがイェリエルは彼女の期待を裏切り、退屈な猫のようにあくびをした。


「はいはい、すごいわね。エリートさん。で?」

「……何?」

「成績? いいじゃない。努力が報われるというのは素晴らしいことよ。それが実って玉璽代理人になったあなたたちを無視するわけじゃないの。努力、才能、結果。全部素晴らしいわ。でも―――」


 イェリエルは腕をそっと動かし帽子を深くかぶった。自分の名牌技に動きを封じられているはずのイェリエルが動いたという事実に、玲火は目を丸くした。


「それは人を評価する絶対的な基準ではないわ」

「―――!」


 自分の名牌技にやられたイェリエルが再び動き出したことに、玲火はプライドを傷つけられた。彼女はしばしイェリエルを睨みつけた。今すぐにでも飛びかかりそうな玲火を萌乃が止めた。萌乃は目を細くしてイェリエルを見据えた。


「……あんた、私たち蜀のエリアなのに定価で買ったんだよね。あの店は今日から私たちの土地なのっ。他校にはx1.5倍、在野にはx2倍の価格が設定されてるの。ルールを守ってもらわないと困るんだから」


 玲火に比べ萌乃は冷静だ。挑発に乗ってこない様子にイェリエルは舌打ちした。


(うるさいっつーの。けど、困ったなあ…。ハッキングしたことがバレたら退学処分になるかも知れない)


 所属を重視するこの学校で、所属ほど危険なものはない。


(今名牌カードのアプリを削除してもきちんと調べられたらすぐにバレるわ)


 砂漠のようにカラカラに乾いた喉が痛んだ。そんなイェリエルを見て、玲火はどうにか怒りを落ち着かせたのか深く息を吐き、萌乃と暖蜜に合図を送った。


「おまえは現行犯なんだ。今すぐ先生に引き渡しても文句は言えないんだよ」


 萌乃と暖蜜はイェリエルの両腕を掴んだ。


「ただ、それじゃあまりにかわいそうだから、とりあえず私たちの主君に身柄を渡すことくらいで許してやるわ」

「……えっ?」


 意外な言葉にイェリエルの眉間がわずかに震えた。


「主君って……、劉璋? あのクソチビ?」


 今、蜀には、三国志の主人公である劉備を受け継いだ玉璽代理人はいない。蜀の頭領は劉璋の玉璽代理人である、小さな少女だった。そしてイェリエルはその少女とちょっとした縁があった。


 ―――つまり、あまり関わりたくない相手なのだ。


「チビなのは確かだけど分をわきまえなさい、無名の在野ごときが軽々しく口にする相手じゃないわ。前からうちの主君があんたを連れてこいってうるさいのよ」

「どうして? 私はあれ以来あの子とは何の関係もないけど?」


 イェリエルの問いに玲火はすぐに答えることができなかった。その表情は妙なほど不吉だった。イェリエルは最近聞いた、「劉璋」に関する話を思い出した。


 なんでも、たまに蜀の執務室に、女子生徒が何人か入っていくのが目撃されているという。そして、三十分ぐらい経ったら、制服が乱れたまま出てくるのだ。顔は真っ赤で、呼吸も荒くして…。

 また、たまに蜀が反抗的な女子生徒も執務室へ連れていくが、そうなったら最後、劉璋崇拝者になって出てくるらしい。


 劉璋は男を毛嫌いしていて、男子生徒に対しては、玉璽検定試験の資格を取らせていない。そのため、今の蜀の玉璽代理人も全員女子である。こうしたことから、劉璋の周りには女子ばかりが侍っているのだった。しかも、美少女ばかり…。


 冷や汗がイェリエルの背中を伝ってたらりと流れた。


「え~っと、その……、もしや、今私が考えているような、そういうのじゃないわよね? 私が知ってるあのチビはそこまでひどくなかったんだけど…」


 玲火は茶髪の頭を手で掻きながら言った。


「人間、半年あれば十分変わるものよ」

「……」

「まあ、あんまり悪いほうに考えることないわ。私たちも頭領の趣味にはお手上げなんだから」


 イェリエルはちらりと両側の少女たちを見た。


「「……」」


 二人の少女は、イェリエルの視線を避けるように顔を赤らめた。なぜかバツが悪そうな表情を浮かべている。イェリエルの背中を伝って流れる冷や汗がますます激しくなった。


「いくらなんでもひどいじゃない! あんたたちがやってることこそ犯罪じゃないの? いっそ退学にされたほうがまし!」

「大丈夫。そこまでは手を出さないわ。そこまでやったら百パーセント犯罪じゃない」


 玲火が安心しろと言わんばかりにイェリエルの肩を叩いた。


「そこまで? じゃあ一体どこまでなのよ? は、放してよ!」


 イェリエル絶対絶命! 名牌技の力で身動きが取れない。玲火は萌乃と暖蜜に早く連れて行くよう合図した。


「ちょ、ちょっと、やだ、放してよ~!」


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