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第4話 紫の疾風が駆け抜ける

「……もうそろそろ倒れてくれるとありがたいんだけど」


 萌乃は疲れたようにため息をついた。


「能力発動にも体力が必要だし。私結構困ってる感じよ」


 萌乃が名牌技を立て続けに使ったのには理由がある。玲火はテカチュウと月夜が倒れたと思っていたがそれは誤算だった。


「く、くうう、これしきのことで倒れるような男やあらへんで」

「テカチュウが倒れない。だから私も倒れない」


 テカチュウと月夜は倒れていなかった。萌乃がこの名牌技を使い続けたのはそれに気付いていたからだ。玲火と暖蜜も耐えられず力尽きた。しかし、この二人はなかなか倒れない。


「う、ううう。こ、根性だ」

「ば、馬鹿に馬鹿って言われても」

「こ、これくらいなんともねぇ」


 ―――テカチュウと月夜だけではなかった。ござ一派の誰一人として倒れてはいなかった。心をへし折る一撃を何度食らっても再び起き上がった。


「……お願いよ。もういい加減諦めて。玲火も適度に食い止めるくらいでいいって言ったのよ」


 テカチュウは体を半分ほど起こした状態で不適な笑みを浮かべた。


「自称妹さんよ。ふ、普段の気合はどこいったんや? これくらいでくたばるようなやわな人間じゃないんや。テカチュウは飾りやないんやで。もっぺんクズって呼んでみろや」


 萌乃はカッとなって唇を噛んだ。


「生意気なんだから! このクズっ!」

「「「うぐぐぐっ……ぐへえっ!」」」


 テカチュウとござ一派が悲鳴をあげてまた倒れた。


「おい、この、ハ、テカチュウ……!」

「お前、い、今すぐ俺らに、こ、殺されたいのか?」

「か、かんにんやで。名牌技を発動中なんを、わ、忘れとったわ」


 ぶるぶる震えながら会話する姿がかなりみっともない。彼らを見ていた萌乃は疲れきって深く息を吐いた。こんなに名牌技を乱発したにもかかわらず倒れない相手は今回が初めてだ。


「か、帰りなさい。あんた達のために言ってるのよ」

「あん? こ、この妹が、な、何を言うとんのや? い、妹を名乗るなら、に、兄ちゃんの言うことを聞けっちゅうねん。こう見えても、りゅ、留年して一つ年上なんやぞ。そろそろお前もしんどいやろ? こ、これからが俺らの、か、華麗なる反撃タイムやで」

「……今回のことは私たちもひどいとは思う。在野を最も敵対視している玲火も異議を唱えたくらいよ」


 萌乃の言葉にテカチュウは「あん?」と唇をぴくりと動かした。


「それで磨稟に提案したの。もし誰かが計画を邪魔しにきたら私たち三人が食い止めると。私たちの名牌技は全て論客系統。相手を痛めつけるような力はないから」


 いや、十分痛いけど? その場にいた全員が心の中でつっこんだ。


「でも、もし。もし私たちだけで防げなかったら……」

「「「なかったら?」」」


 その時、一階の教室の扉が一斉に開いた。

 蜀の腕章をつけた少女たちがゆっくりと教室から出てきた。少女たちの手には銅もしくは銀で縁取られた名牌カードが光っていた。


「……私たちを含む蜀の玉璽代理人約60人全員で相手をするってね」


 テカチュウとござ一派が、一瞬にして生徒たちに包囲された。四方八方、どこを見ても逃げ道はない。生徒たちは今すぐにでも名牌技を発動させそうだ。


「ふっ」


 そんな少女たちを見ながら、テカチュウは可笑しいと言わんばかりに口の端をつり上げた。


「今からでも、ほな帰ります~て言うたらあかんかの?」


 笑顔に冷や汗がだらだら流れ落ちる。


「……だから帰れって言ったのに」


 萌乃は残念そうに首を振った。

 ザッ―――。少女たちがござ一派にじわじわと近づいてきた。この絶体絶命の状況に、ござ一派は身動きがとれずがくがくと震えていた。

 その時だった。


「皆それくらいにしておいたら?」


 蜀の本館「成都」の扉が開いた。

 扉の向こうから漆黒のシルクのような髪の少女が成都に入ってきた。

 美しい。だがイェリエルのような特別な美貌ではない。劉璋のように危険な香りが漂っているわけでもない。あの曹操孟徳のように強力なカリスマがあるわけでもない。

 可愛いがどこにでもいそうな、そんな雰囲気の少女だった。

 蜀の玉璽代理人の少女たちは、忽然と現れた黒髪の少女をぽかんと見つめていた。


「テカチュウ、誰か知ってる?」

「い、いや。初めて見る顔や」


 月夜とテカチュウ、他のござ一派も状況が理解できなかった。他の生徒の反応は気にもとめず、少女は前に歩み出た。ござ一派の隣に立った少女は周囲を見回した。


「今ならまだ成都に無断侵入した生徒に対する対応だけで片付けられるわ」


 少女の声が成都に鳴り響いた。


「これ以上は過剰対応よ。在野の生徒に対する措置はこっちで処理するわ。だからもう下がってくれない?」


 呆れ返ったのか蜀の玉璽代理人の少女のうち数人が吹きだした。そんな中、黒髪少女の側にいた一人がガムをくちゃくちゃと噛みながら近付いてきた。


「一体何言ってるの? 過剰対応? ここに無断侵入したやつらをどうしようが、そんなの私たちの勝手よ。在野だから手加減する必要もないしね。それに見たところ……」


 玉璽代理人の少女は黒髪の少女の腕章をちらりと見た。魏、呉、蜀。いずれの文字もない。

 ―――この少女も「在野」だ。


「あんたも在野で、しかも無断侵入者のくせに一体何をごちゃごちゃ言ってるの?」


 黒髪少女はわずかにため息をついた。


「私に対する敵対的な反応を確認。とりあえずは事前警告。これ以上の行動は私に対する敵対行為と見做し、制裁に入るわ」

「はあ?できるもんならやってみ―――」


 玉璽代理人の少女の言葉は最後まで聞こえなかった。

 黒髪少女の姿が突如消えた。―――いや、消えたと思ったのは錯覚だった。ただ彼女が認識できる域を超えたスピードで黒髪少女が動いただけだ。


【名牌技 : ―――】


 黒髪少女は一瞬にして玉璽代理人少女の背後に現れた。その少女の手にあるカードを見た瞬間、彼女は息を呑んだ。

 銀色―――!


「玉璽代理人ですって……?」


 それを知った時はもう遅かった。


【―――正義武装=方天画戟】


 人間の体を締め上げるほど巨大な手錠が現れた。その手錠に玉璽代理人の少女が捕らわれた瞬間、もう勝負はついた。


「う、うあああああ―――!」


 巨大な手錠がそのまま玉璽代理人の少女を押さえつけた。重みに押しつぶされた少女はその場に倒れ身動きがとれなかった。


「お、重い! 何なの、この巨大な手錠は? 体が重い! ううう?」


 手錠は一つではなかった。

 黒髪の少女は両腕に巨大な手錠をいくつも抱えていた。少女は手錠の重みを全くものともしない様子で、余裕のある表情を浮かべていた。


「まずは一人」


 黒髪の少女が蜀の他の玉璽代理人たちに視線を向けた。蜀の生徒たちは思わず唾を飲み込んだ。


「あ、あれ名牌技じゃない? いきなり大きな手錠が現れたわ」

「でもあの子は在野! 在野に玉璽代理人はいないはず!」

「じゃああれは一体何?」


 在野の生徒が名牌技を使ったので蜀の生徒たちは混乱した。その中で平常を保っているのは唯一暖蜜だけだ。


(……在野。玉璽代理人?)


 暖蜜は在野でありながら玉璽代理人である者の存在を知っていた。


(在野でも玉璽代理人の資格は得られる。あの子もその男と同じケースなら……)


 その瞬間、紫色のオーラが漂った。

 黒髪の少女のつま先からうねり始めた紫の光が段々と全身を染めていく。漆黒の髪が紫色に変わり始めた。


「あなたたちに残された選択肢は2つあるわ」


 少女はニッコリ笑った。


「一つ、大人しく引き下がる。もう一つは公務執行妨害でこの『方天画戟』の餌食になる。―――どっちにする?」


 美しく魅惑的であり、また神秘的で奇妙だ―――ゾッとするほど美しい紫色が蜀に姿を現した。その場に現れた紫の光を見た少女たちと暖蜜は彼女の正体に気づいた。

 紫色、それは三学最強の鬼神を意味する色だ。


「呂布奉先……!」


 三学風紀委員兼生徒会所属。

 天下最強の武将、呂布奉先の玉璽代理人。

 今、彼女が蜀の本館『成都』に現れた。

 全身から溢れ出る気迫は、まさに『鬼神』としか表しようがない。

 気迫だけでこの場の全員を圧倒するほどだ。


(やばい)


 暖蜜は素早く考えを巡らせた。一種の自爆機にあたる寸鉄殺人の効果で玲火と暖蜜は倒れた状態だ。そして相手は三国最強の呂布。


(呂布の目的がござ一派に対する過剰対応を防ぐものなら、敢えて敵対する必要はない。ここは引き下がったほうが良いわ。磨稟への言い訳だってできたし)


 呂布に立ち向かうのは危険だ。暖蜜はすぐさま後退を決心した。だが暖蜜は忘れていた。蜀の玉璽代理人は劉璋こと磨稟によって選びぬかれた―――一様に「プライドの高い」少女たちだ。


「呂布だからって何?こっちは61人なのよ!」

「61人もの玉璽代理人を相手に戦うっていうの?」

「呂布だかなんだか知らないけど、あんまりなめてもらっちゃ困るわね」

 暖蜜が止める間もなかった。蜀の玉璽代理人たちは呂布と戦うほうを選択したのだ。

「そう?」


 桃寧は彼女たちの反応を予想していたと言わんばかりに、肩をすくめた。腕にかかった手錠が揺れガシャンと音をたてた。

 紫の鬼神と化した呂布は『慈悲』など持ち合わせていない。

 彼女は名牌カードを高くかざした。方天画戟をもった桃寧の絵が描かれた名牌カードがぱあっと光った。


玉璽代理人:呂布奉先〈所属:在野〉

等級:五星

能力:統率62. 知力36.政治41.魅力92.

―――そして、

武力100++.


 名牌カードは100までしか能力値を表示しない。しかし、呂布は最大値の100を遥かに超えているため++と記されている。

 一方、名牌技の個数はカードの等級ごとに異なる。

 三星、四星は1つ。五星は特殊な場合を除くと2つだ。

 呂布はその特殊なケースに当たり、3つの「名牌技」を持っている。


 赤兎を駆る〈騎乗=馬中赤兎〉。

 ルール違反をした者を制圧るいための〈正義武装=方天画戟〉。


 この2つは厳密に言うと治安担当の役割を遂行するための名牌技にすぎない。

 呂布の天下無双を象徴する名牌技は別にある。

 ―――空高く突き出された名牌カードが光を発した。


【名牌技 : 神将=虎牢関の闘神】


 名牌カードから放たれた光が1階全体を覆った。あまりの眩しさに生徒たちは目が開けられない。


「う、うわああ。い、今何が起こってるんや?」


 テカチュウは息を呑んだ。何がどうなっているのかわからない。ギュッと瞑ったまぶたの奥まで入ってくるほどの光だ。失明するのではないかと思われるほどの明るさだった。やがて光が消えた。テカチュウはそろそろと目を開けた。


「な―――」


 そして信じられない光景に呆気にとられた。


「な、ななななんやねん! これ?」


 目の前に広がる光景は蜀の本館〈成都〉ではない。


 ―――四方が山だ。


 高くそびえる山はあっと驚くほどの絶景を織りなしていた。学校の廊下が山に囲まれた細い山道に変わっていた。その山道の向こうにどっしりと構えた大きな関門が見える。

 その関門の名は『虎牢関』という。


「な、何これ? 何なの? め、名牌技ってこんなとんでもないこともできるわけ?」

「い、一体何がどうなってるのよ?」


 蜀の玉璽代理人の少女たちは取り乱した。彼女たちもまた「名牌技」の使い手だ。名牌技がどれだけ非現実的な力であるかも知っている。だが、目の前に広がる光景に、これまで使ってきた名牌技がくだらなく思えるほどショックを受けた。


「慌てることないわ。こんなの幻想よ。幻想にすぎないわ。ただのフェイクよ!」


 パニックに陥った生徒たちを落ち着かせるため、何人かが大声で叫んだ。

 だが、目の前の光景は変わらない。


 ―――虎牢関の前に紫の鬼神が立っている。


「そう、これは幻想よ」


 紫色に変わった髪が、荒々しい風になびいている。少女の華奢な体は、本来なら戦いとは全くそぐわない姿だ。

 だがこの瞬間―――大きな関門の前でどっかりと立ちはだかる少女の姿は、まるで天下無双と呼ばれた飛翔が再臨したかのようだった。


「この風景は玉璽が記憶している『虎牢関』の姿を映し出したものにすぎない。本物の虎牢関ではないわ」


 呂布―――桃寧が一歩踏み出した。その勢いに押された少女たちが後ずさりする。


「名牌技〈神将=虎牢関の闘神〉の効果は単純よ。まずは地形効果の無力化。相手がどんな戦地を用意しても、全て虎牢関にしてしまう。そして2つ目」


 再び桃寧が一歩進み出る。今度はまるで逃げ出すように少女たちが後ずさりした。その時だった。


「―――あっ!」


 誰かがドサッと膝をついた。連続で名牌技を使ったせいで体力損失の大きかった萌乃だった。


「これは……」


 体が重い。まるで何かに容赦なく体を押しつぶされるような感覚だ。萌乃だけではない。この虎牢関にいる者全員が全身を圧迫されるかのような感じに襲われた。


「な、何? 体が重い」

「う、うう…」


 萌乃は一番最初に桃寧にやられた少女のほうを見た。手錠にはある程度隙間がある。その気になれば抜け出せる。にもかかわらず、少女は身動きできずただ呻き声を上げている。そこでやっと萌乃は呂布の『能力』の正体に気づいた。


「じゅ、重力……!」

「そう。虎牢関のフィールド効果は広範囲に渡る全体重力。敵味方の区分なく影響する広域技だけど―――私だけは例外よ」


 萌乃は悟った。この紫色の鬼神には絶対に勝てない。蜀はとんでもない化物に戦いを挑んでしまった。


(は、反則だわ。怪力を誇るあの魯智深だって相手になりっこない。こんな能力、例え正体がわかったとしても対応できないわ)


 桃寧が身をかがめた。ガシャン、彼女の両腕にかかった大きな手錠が揺れる。


「風紀委員呂布奉先の資格で先導を実施。―――とくと味わうが良いわ」


 次の瞬間、紫の光の残像が軌跡を描いたかと思うと、桃寧が近くにいたショートボブの少女の隣に現れた。


「これが罪の重さよ」

「―――う、うああ!」


 ショートボブの少女は名牌技を駆使して反撃を試みた。彼女の名牌技は〈強行〉。瞬間に速度を極限まで引き上げる、つまり、急加速する技だ。これを使えば人間の能力を超越した呂布の動きにも反応できる。


「め、名牌技、強……」


 ―――その瞬間少女は紫色の鬼神と目があった。


(あ……)


 紫色の瞳と視線がぶつかった少女の心はいとも簡単に折れてしまった。


(だめだ、何をしてもこの鬼神には……勝てない)


 名牌技を使う機会はあった。しかし、心の折れた少女はそれを逃した。彼女を待ち受けているのは大きな手錠だ。


「きゃああ!」


 正義武装=方天画戟。なぜか手錠の形をしているが、「執行」にこれほど相応しい武器もないだろう。大きな手錠で縛られた少女は全身にのしかかる重さに耐えられず倒れた。


「―――さあ、次!」


 桃寧は一息に敵陣深くに攻め込んだ。


「きゃっ!」

「きゃあ!」


 少女たちは取り乱した。60人にも及ぶ蜀の突出したエリートたちがこの場に結集している。にもかかわらず、たった一人の少女に敵わない。


「冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない!こんなの冗談じゃないわ!」


 紫の光が通り過ぎたと思った瞬間、誰かが悲鳴を上げた。巨大な手錠が容赦なく少女たちを地面に打ち付けた。


「き、鬼神……!」


 名牌技を使う隙も与えない。それもそのはず、呂布が速すぎる。他の者が重力に押さえつけられ身動きもできない状況で、彼女だけが平然と疾走した。その姿はかつて1日に千里を走る名馬中の名馬、赤兎に乗って戦場を制圧した呂布さながらだった。


「な、なんや? 幻でも見てるんか?」

「あれだけたくさんの蜀の玉璽代理人たちが抵抗もできずに……」


 虎牢関の「重力」はござ一派にも及んだ。彼らは体にのしかかる重さに呻き声を上げた。それでもその瞳は戦場をかける紫の光の鬼神を逃さなかった。


「こ、これが呂布……」


 呂布奉先。

 その名が意味するところは天下無双。

 この虎牢関で桃寧は呂布がどんな存在なのかを証明した。


 幾人かの生徒は恐怖に駆られ名牌カードを取り落とすほどだった。

 他の生徒たちもかろうじてカードを持っているだけで、もはや桃寧に歯向かおうなどとは思わなかった。既に戦意など残っていない。


「あ、ああ」


 玲火と糜竺を支えていた簡雍の前に紫の少女が現れた。桃寧は両手に大きな手錠をもってじっと3人を見下ろした。


「抵抗の意思は?」


 萌乃は首を横に振った。


「……でもあの子たちを上の階に行かせてはならない。それもルール違反よ」


 萌乃はござ一派を指して言った。


「何やて? 今なんて言うたんや? まだそんなこと言うとるんか? 先にルール破ったんはお前らやろうが!」

「たわごと言ったら殺すわよ」


 テカチュウと月夜がすぐさま反発した。

 桃寧は萌乃とござ一派を交互に見た。そうすることしばらく、彼女は肩をすくめて名牌カードを収めた。

 ゴォーゴォー。

 奇妙な地鳴りがした。同時に虎牢関が一斉に揺れ始めた。巨大な関門が光に溶けこむよう、徐々に消え始めた。

 桃寧を包んでいた紫の光もそれとともに消えていく。


「……ござ一派は確かに無断で成都に侵入した。でも既にあなたにこっぴどくやられたから、外に追い出してなかったことにする。それでいいわね?」


 萌乃は驚いて桃寧を見上げた。まさか本当に自分の頼みを聞いてくれるとは思わなかったようだ。


「あっ」


 萌乃は息を呑んだ。鬼神の姿は跡形も無い。そこには、温和な微笑みをたたえた少女だけが残っていた。彼女―――桃寧はござ一派のほうに顔を向けた。


「あなたたちはさっさと成都から出て行きなさい。これ以上は『風紀委員』として黙っているわけにはいかないわ」

「ちょ、ちょ、ちょい待てや! な、なんでそんなつれないこと言うねん! お前も在野やろ? おれらと同じ立場ちゃうんか? あいつら今イェリエルをどっかに監禁してんねんで?!」


 テカチュウは「呂布」を自分の味方だと思ったのか、かなり当惑している。


「そうよ。違反したのは私たちだけじゃない。あいつらの行動もルール違反よ。イェリエルさんに何かあったのかもしれない。イェリエルさんにもしものことがあったら、あいつらを殺してやる」


 月夜も反発した。彼らは、ここで大人しく引き下がるつもりなど毛頭なかった。桃寧は首を振った。


「心配はいらないわ」


 ―――彼らは全く気づかなかった。

 虎牢関が目の前に広がったとき、「千里をかける馬」はすでにこの領域を突破していた。その馬は圧倒的に速い。虎牢関の影響で気が動転していた生徒たちはその存在にまったく気づけなかった。

 すでに赤い馬はこともなく目的地に着いているはずだ。そうなれば今度は「彼」の番だ。


「彼がすでに動いてるはずだからね」

「彼?」


 桃寧の言葉にテカチュウと月夜は怪訝そうな顔をした。


「無能の極地。無能過ぎるあまり、彼が登場すると順調だった流れが一転するのよ。ひとことで言うと―――」


 この世の物語をむちゃくちゃにしてしまう。

 だから無能なのだ。

 三学の意図すら理解できず勝手に流れを大きく変えてしまう―――


「道化師ね」

 そう言いながら天下最強の大将は明るく笑った。

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