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第3話 トップじゃないと意味がない

 異変に気付いたのは在野だけではなかった。

 モニターを見ていた生徒たちは時間を確認した。残り後15分。イェリエルは試験会場に到着していない。


「まだ教室に着いていないなんておかしいぞ」

「まさか……怖気づいて逃げたとか?」

「そんわけあるかよ」


 まさかと思いながらも、生徒たちは不安だった。totoに賭けた生徒たちは冷や汗を流していた。


「今回totoに『棄権負け』もあったか?」

「あったぞ。……でもそこに賭けたやつはきっといないぜ? あんなに自信満々に騒ぎを起こしたんだから」

「うう、頼む」


 ガランとした試験会場を見つめる彼らの不安は次第に募っていった。


「姫貴、何かおかしくない?」


 魏の執務室のモニターを見ていた七海が、やや不安そうに姫貴を見た。姫貴は関心がない様子で名牌カードをいじっていた。


「うん? 何が?」


 振り向きもせずに答えた姫貴の姿に七海は脂汗を流した。


「いや、まだ入室してないから何かおかしいんじゃないかって、まあそういう話よ……」

「大丈夫よ。時間になったら来るでしょう」


 姫貴の姿は妙に落ち着いていた。七海はさらに不安になった。自分の財産もtotoに賭けている。それも強制的に。こんな状況で棄権負けになろうものなら悔しくて夜も眠れないだろう。七海はふと、いつも同じ苦しみを味わっている同僚が隣にいないことに気付いた。


「姫貴。妙才はどこ?」

「体調が悪いから今日は休むって言ってたけど?」

「……逃げたな、あいつめええええ!」


 七海はこの場にいない同僚に怒りをぶちまけた。


「それじゃあ……」


 ずっと名牌カードを触っていた銀髪少女はモニターに顔を向けた。


「お手並み拝見といきますか?」


 それが誰に向けた言葉であるかは、本人だけが知っていた。


 イェリエルと磨稟は1年の頃からの知り合いだ。

「友達」と呼べるような仲ではない。イェリエルは蜀にいた頃から誰よりも目立つ少女だった。磨稟も自然と彼女を意識するようになった。

 一時は誰よりも明るく輝いていたその少女。今その少女が翼を折られ檻の中に閉じ込められている。磨稟は喜悦を感じていた。

 イェリエルは見えない壁を手で叩いた。時間が経っても壁は消えない。


「無駄な抵抗よ。この能力は『維持型』ってこと。軽く1時間はもつわ」


 ギリッ。イェリエルは歯ぎしりした。余裕あふれる磨稟の姿を見ると発狂しそうだった。


「一体こうやって邪魔する理由は何なの? 私が怖いの? 私に劉備をとられそうだから? 在野がそんなに怖いわけ?」


 イェリエルは磨稟を挑発した。虚空に腰掛けている磨稟は、顎に手をついて腑抜けた顔をしていた。


(さあ、蜀のトップとなればプライドはかなり高いはず。在野に馬鹿にされるのは耐え難い屈辱。こいつが怒りに任せて直接手を下そうとしたら、壁が解けた隙に飛びかかる!)

 瞬発力には自信がある。イェリエルは壁が解けた瞬間に反撃しようと身構えた。


「うん。怖いけど?」

「そう、そうよ、怖いでしょ。こわ……。……え?」


 イェリエルは猫のような目を瞬かせた。


「怖いから邪魔するんじゃない。それ以外理由がある?」


 磨稟はイェリエルに見えるように名牌カードを裏返した。そこには中国の子どもが着ていそうな伝統衣装を身につけた磨稟の姿が可愛らしく描かれていた。


磨稟

玉璽代理人 : 劉璋 <所属 : 蜀>

等級 : 五星

能力 : 統率 89 武力 63 智力 94 政治 89 魅力 95


「平均80台後半ですって……?」


 カードに書かれた磨稟の能力は、イェリエルの予想を軽く上回っていた。


「どう? この劉璋様の能力はべらぼうに高いってこと。天下最強―――!……と言いたいところだけど、それは無理ね。魏の白い怪物は能力値の平均がとてつもなく高いらしいから。聞くところによると数値が100を超える能力がいくつもあるらしいわ。名牌カードには数値100以上は表示されないけど」

「……100? どんな怪物よ、それは」

「そう。怪物。それに比べればこんくらい可愛いもんよ」


 磨稟は透明な壁からふわりと飛び降りた。


「三国志の歴史上だと、劉璋は益州牧として益州地域を統治した。でも、それも益州に劉備が来てから終わったわ。―――三学における劉璋の役割もそう。『劉備』の試験に通過する者が現れるまでの君主代理、それだけの存在よ」


 磨稟は自分の胸に手をあてて演劇風に言った。


「劉璋の資格条件―――学期末までに劉備の試験を通過する者がいなければ、新学期が始まる時点で最も優秀な者に自動的に決定。まあ、いずれにせよ私は今蜀で一番優秀な存在ってこと」


 そしてレースがふんだんにあしらわれたスカートの裾を掴んで、磨稟は無邪気に笑った。


「見て。私すごく体が小さいでしょ? 私が小さいという理由で周りから無視されてたことも知ってるわよね? 一部の男たちは幼く見えるからって嬉しそうに私をいやらしい目つきで見たりもするけどね。もちろん、そんな社会悪のゴミは二度と機能できないように木っ端微塵!」


 磨稟は明るく笑いながら言ったが、話の内容が恐ろしい。彼女の手にかかった者は皆文字通り木っ端微塵にされたことだろう。


「いっそのこと本当に子どもだったらいいのに。子どもに見られるのが嫌で、大人ぶって色々やってみたけど全部失敗。本当に―――恨めしいほど嫌だったわ」


 イェリエルは壁を叩いていた手を止めた。


「あはは。ところがどう? 劉璋に憑依して、能力が上がって、それに頭領になった途端、周りの態度は一変したわ? 今私がトップだもの。昔馬鹿にしてたチビに、今度は踏みにじられる番になったのよ。皆が屈辱に震える姿は快感だったわ。それで気付いたの。この小さな体は他の人を踏みにじるためにあるんだってね。人に屈辱を味合わせるには最高の体だと思わない?」


 サディスト気質の変態的な発言をしながらも、磨稟の顔からはそんなものは一切感じられない。彼女はまるで上機嫌な子どものようにはしゃいだ。


「汚い男どもとは付き合いたくもないわ。要らない」

「……」

「必要なのは自信たっぷりの勝気な女子。その子たちの顔が屈辱に歪むのを見るのは最高よ。この小さな体はそのためのこのうえない道具なの」


 この小さな少女は自分の小さな体を「武器」にした。それを通じて長い間抱えてきたコンプレックスから抜け出したのだ。恐ろしいほど歪んだやり方だ。そしてこの歪んだ少女こそ―――


「だからあなたもどうか屈辱感に悶えてちょうだい」


 今イェリエルの前に立ちはだかった最高の敵だ。


「劉備は要らないの~。ここは劉璋の永久統治エリアよ。私がもし三国時代の頃に益州を治めていたなら劉備の入蜀はあり得なかったわ。だからあんたも劉備になろうなんて夢にも思わないことね。ただ私の下でワンワン吠えてればいいのよ」

「……私が劉備検定試験に受かると思う理由は何? 私も落ちるつもりで試験を受けるわけじゃないわ。でもあんたの言い草じゃ、私がまるで劉備の試験に受かるように聞こえるんだけど」


 磨稟のイェリエルに対する評価は妙だ。彼女は誰よりも容赦なく在野を蔑む蜀の頭領だ。そんな彼女がイェリエルを高く買うのはおかしい。


「ぷぷ~! 馬鹿なの? 私が言うと思う? あんた、自分が赤点取ったテスト用紙を他人に見せるの?」

「そりゃあ隠すわね、普通は」

「私は劉備検定試験に落ちたの。試験で間違えたってことよ。私が間違えた答案を見せろだなんて、そんな恥ずかしいことさせるなんて、変態! のぞき! ドS! 悪魔!」

「あんたに言われたくないわ!」


 黙って聞き流せない濡れ衣にイェリエルはすぐさま反駁した。


「ふんっ。知りたければこの壁を越えてテスト会場に行けば? もちろん無理だろうけどね。さて、その間私は愛しい芸術品の鑑賞でもしようかしら?……そういえば、さっきから目障りなのよね。せっかくの美しい星の光をそうやって隠しちゃダメじゃない」


 磨稟は宙で指を動かした。イェリエルの頭の上に現れた透明な壁が猫耳帽を押しのけた。

猫耳帽が床に落ちると、きらきらと輝く星の光が現れた。見る者を自然とうならせる美しい髪だ。


「うん……。やっぱり違うわ。特別製だわ。他のおもちゃとは違う。見てるだけで幻想的な気分になる。怪物『曹操』とは全く違う意味のカリスマ」


 磨稟は顔を赤らめて恍惚の表情を浮かべた。


「私と遊ぶ? 色んな子とずっと遊んできたからどこをどう感じるか大体わかるのよね。気持ちよくしてあげるわよ」

「言っとくけど、私はごく普通の性的趣向の持ち主なの。馬鹿言わないで」


 チェッ。磨稟は舌を鳴らした。イェリエルは時計を見た。もう残り10分をきっている。ここから抜け出すことができなければ、もうチャンスはない。

(どうしよう? どうしよう? 一体どうすれば……)

心の中に少しずつ絶望が広がる。

(何か方法はないの? 結局在野は何もできないの? あんなに長い間我慢してきたのに。やっと方法を見つけたっていうのに)

 これまでの全ての忍耐が、努力した時間が虚しくなるほど簡単に崩れて落ちてしまった。時間が経つにつれ焦りが増してくる。


「くそっ―――!」


 イェリエルは見えない壁に向かって拳を振りかざした。しかし壁はびくとも動かない。かえってイェリエルの手から血が流れた。


「~~~!」


 涙が出るほど痛い。

 涙が出るほど悔しい。


「守備に関してはその壁は三学の名牌技では最強よ。仮に『怪物』が攻めてきても持続時間内なら防げる自信がある。そろそろ諦めたら?」

「これくらいで諦めてたまるか!」


 イェリエルは憤りを抑えることができなかった。

 これ以上なす術がない。

 何もできないということが腹立たしかった。

 イェリエルは怪我した手を再び振り上げた。


「あんたが在野のためにそこまでするのはやっぱり先輩のことがあるからなの?」

「―――」


 イェリエルはぴたりと止まった。磨稟はポケットから取り出した飴を舐めながら、どこか遠くを眺めるような目をした。


「私も見てたのよ。あの時、私もなんでここまでしないといけないのかわからなかった。でも今の私は蜀のトップ。だから気付いたこともある。なぜかしらね、蜀の生徒の雰囲気は基本的に緩いの。今三学の中で蜀が最弱ってことは知ってるでしょ?」


 今蜀には「劉備」がいない。

 それだけでなく、蜀を守護すべき「五虎大将軍」すらいない。


「知ってる? 実は今年だけじゃないの。ここ数年ずっと劉備がいないのよ。五虎大将軍が全員一度に集まったこともない。蜀が完全に占領された二回、全部最近の話よ。第一体育館『江陵』を占領できたのはそれこそ奇跡。それでも最弱であることには変わりないでしょ? 私、弱いのは嫌なの。だから『在野』を利用した。私だけじゃないわ。私の先代も、先々代も、皆在野を利用して蜀を強くした」


 三学で在野の存在理由は反面教師だ。蜀はそのシステムを最大限利用した。


「人は自分より下を見て安心するでしょ? 成績が低くても自分より下がいれば、ああよかった、こう思うでしょ? でもそうなったら進歩しないの。ただでさえ蜀は最弱なんだから。だから危機感を与えないと」


 そうやって設けられた新しい方針は「在野」を徹底的に踏み潰すこと。

 こてんぱんにやられる在野を見た生徒たちは「安心」ではなく「恐怖」を感じる。


 ―――皆在野のような目に遭いたくないからだ。


「これ以上緩い風土は要らないわ。皆一生懸命努力するの。これは蜀のためよ。ストレス解消? もちろんそういう側面もあるわ。でもこれは蜀のために必ず必要な方針なの」


 イェリエルは頭では磨稟の言葉を理解した。

 反面教師として在野がある程度の価値があることは知っている。


(……確かに私が最初在野で足掻いたのは『先輩』のことがあまりに悔しくて、腹立たしかったから。そして反面教師の役割もわかる。それを通じて得られるメリットも。でも、でも―――それでも)

 それでも心では磨稟の言葉に納得できなかった。


「……あんたたちは笑ってた」

「何?」

「あんたも。簡孫糜トリオも。それに他のやつらも。私たちを、在野を、ゴミ呼ばわりしながら笑ったわ。あんたたちは『システム』を口実に私たちをゴミ扱いするのを楽しんでいた」


 磨稟は腕組みをしてため息をついた。


「言ったじゃない? ストレス解消の側面もあったって。それに仕方なかったの。そういうのは無意識に楽しむようになってるのよ。もちろんやり過ぎだとは思うけど、人間なら仕方ないことよ」

「嘘つかないで、磨稟」


 磨稟は黙った。


「あんたが私達をクズと呼ぶ時、躊躇いなんか一切なかった。あんたは本当に在野をクズだと思ってるでしょ?」


 磨稟は頷いた。


「そうよ」


 なんの迷いもなく磨稟はイェリエルの言葉を認めた。


「だってあんたたちはクズじゃない?」

「―――!」


 イェリエルが在野で出会った者は確かに馬鹿だった。

 テカチュウや月夜、他のござ一派、そして在野の生徒は、皆馬鹿だ。しかし彼らは楽しい時は笑う。悲しい時は泣く。能力の違いはあれ皆同じ生徒なのだ。

 イェリエルはそんな彼らをずっと見てきた。


「当然のように言わないで。人をクズと呼ばないと維持できない体制なんて壊れたほうがましよ。わざと他人をクズにしないといけないシステムなんて、そんなもの絶対に許せない!」


 だからこそ堂々と叫ぶことができる。


「私達はクズじゃない!」


 磨稟はイェリエルを見た。イェリエルは少しもひるむことなく磨稟を睨みつけた。


「……あくまでも蜀の方針に対抗する気ね? ふうん、私と完全に正反対のことを主張するのね。チェッ」


 まるで幼い子どもが拗ねたように唇を尖らせた。


「でもあんたが堂々と主張したければ、まずは越えるべきものがあるのよ。まさにその壁」


 益州の壁。玉璽代理人の力をそのまま「壁」に再現したような名牌技だ。

 この名牌技は、まるで在野と蜀の間の越えられない壁を象徴するかのようだった。


「それを越えることができなければ、負け犬の遠吠えに過ぎないってこと。まあ、せいぜいクズの価値を証明してみれば?」


 壁を一つ越えればまた新たな壁が現れる。

 その壁はこの学校にある限り決してなくなることはない。イェリエルの先輩はその現実に絶望して――結局この学校から出て行った。


「先輩……」


 イェリエルもそれと似たような絶望を味わった。

 そして、今までもそうだった。

 四方は壁だらけだ。

 今イェリエルの行く手を阻んでいる劉璋・磨稟は、いくら努力しても決して越えることのできない―――


「絶対に無理だけど」


 そんな壁だ。


「テレレ~ン♪」


 どこからか音が聞こえた。

 急な着信音にイェリエルは驚いた。その音が自分の名牌カードから聞こえてきたことに気付くまでさほど時間はかからなかった。


「え? ええ?」


 イェリエルは慌てて名牌カードを取り出した。


「何? メッセージ……?」

「―――何?」


 イェリエルの言葉に磨稟は驚いた。


「メッセージですって? ここはジャミングをかけてるのに……?」


 この教室には外部と連絡が取れないようにジャミング(通信妨害)がかけられている。今、それを突破してイェリエルにメッセージが届いた。イェリエルはメッセージの内容を確認した。


【無能な道化師登場警報】


「え?」


【―――警報発令。無能な道化師が現れます。】


【この道化師は無能すぎて周りを巻き込む特性があります。】


【ご注意ください】


 イェリエルのカードに次々とメッセージが届いた。一体何が起こったのかイェリエルは全くわからなかった。


【追加警報。この無能な道化師は止めることができません。】


【修羅場をご期待ください。Let’s Start the―――】


 それが何を意味するのか、わずか1分も経たずして理解した。


【―――Party.】


 それは言葉通り、修羅場の始まりを知らせるメッセージだった。


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