第2話 簡孫糜三銃士、立ちはだかる
「おかしいわ」
月夜は何か異変を感じていた。
「そうだ。入ってからもう10分経つのにまだ会場入りしてないなんて」
モニターに映し出された試験会場にはまだイェリエルの姿が見えない。
ござ一派は何か様子がおかしいと感じていた。テカチュウは名牌カードの通話機能を使ってイェリエルに電話をかけた。
「何やっとんのや? さっさと電話にでんかい!」
応答がない。テカチュウが電話を切ると周りにいたござ一派の顔に不安げな表情が浮かんだ。
「何かあったんじゃないか? 変なところに案内されて閉じ込められたとか」
「まさか。いくら蜀でもそこまでやるか?」
そう言いながらも、ござ一派は不安の色を隠せなかった。
テカチュウと月夜は目を見合わせた。二人はどちらからともなく立ち上がった。
「何を考えとんのや?」
「直接確認すればOK」
テカチュウと月夜が成都に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ」「私も行くわ!」
他のござ一派もテカチュウと月夜の後に続いて立ち上がった。
「ここは蜀の生徒以外立ち入り禁止よ」
成都の門を守っていた蜀の少女たちは、ござ一派が急に近づいてくるのを見て緊張した。
「月夜ゃ二の次や、一つ聞いてもええか? おめぇら、イェリエルがどこさ行ったか知らねぇか? さっさと会場入らんとどけいったじゃい?」
テカチュウの問いに蜀の生徒らは互いに見合わせた。そして彼女らはテカチュウに向かってせせら笑った。
「さあ~? どっかに逃げたんじゃない?」
「在野だからあり得るわね」
「――――――殺そうか?」
月夜が一歩前に歩み出た。テカチュウは慌てて月夜の頭を押さえつけた。
「とにかくこいつはこうやってすぐ手が出るのが問題や。入学後一週間で問題起こして在野に来たのやから。こいつを怒らせんほうがええで。イェリエル以外誰も止められんのや」
月夜の顔が殺気立っていた。テカチュウの表情もみるみるうちに怒りに満ちていく。他のござ一派とは比べものにならない迫力だ。そんな二人の様子に蜀の生徒たちは当惑した。
「ぼ、暴力を振るう気?」
「これだから惨めで乱暴な在野はダメなのよ」
月夜が目をナイフのように鋭くつりあげた。テカチュウは今すぐにでも飛びかかろうとする彼女を止めようと、腕に一層力を込めた。強く握りすぎて腕には血管が浮かびあがっていた。
「そうか、何かやりよったんやな。何をしたんか確かめなあかんわ。はよどかんかい」
テカチュウが前に一歩出た。蜀の生徒が行く手を阻むと彼は静かにため息をついた。
「怒ってんのは月夜だけやないんやで。―――はよどけや」
「「ひいっ!」」
体を押さえつけられるような威圧感に、蜀の生徒らは腰を抜かして後ずさりした。テカチュウは彼女らを無視して蜀の本館「成都」の門をくぐった。
「ここが成都……!」
「おいこら。おめぇ去年も蜀やったじゃねえかぇ? 何を改めてそんな感動しとんのや?」
「……いや、雰囲気的に」
テカチュウに続いて成都に入ったござ一派がくすくす笑った。在野の比にならないくらい綺麗な玄関だった。
「ああ、くそっ。これ大理石だぜ。大理石の廊下なんて久しぶりに見たぞ」
在野の生徒たちは成都の様子に感嘆した。在野は至るところが腐っており歩くたびに廊下がキーッ、キーッと軋むので思わずうなるのも当然だった。
「おめぇら、よく聞きやがれ。イェリエルはこの中におるはずや。教室一つずつ隈なく確認するんや。ええな? あんま時間もないんや、ちゃっちゃとやるぞ。それに月夜、おみゃーはいらんことせんと俺について来い」
おう! ござ一派が一斉に返事をした。テカチュウは二階に上がるために階段のほうを向いた。
「あんたたちまで立ち入りを許可した覚えはないわ」
階段の上に三人の少女が立っている。その少女らの姿を見たテカチュウの顔が激しく歪んだ。
「簡孫糜三銃士やないか」
簡雍、孫乾、糜竺。簡孫糜トリオだ。玲火は、成都に侵入した在野たちを見て舌打ちした。
「成都はあんたたちの遊び場じゃないんだよ。前の江陵といい今回といい、ルールは守るためにあるんだ。わかってんの?」
「私のルールはあんたたちを殺すことよ」
月夜がロケットスタートを試みた。
「ああ、ホンマにこいつは! お前はちょっとじっとしとけ! 殺すしか言うことないんか!」
「うう……」
―――そしてそれよりも早くテカチュウに捕まった。月夜は不満そうな表情を浮かべた。テカチュウは疲れた顔でため息をついた。
「ルールやと? そういうお前らは何やねん? イェリエルはどこや? お前らが案内したんちゃうんけ? 試験受けに来た人間をこんなふうに邪魔すんのか? これがルールかよ?」
玲火は答えに窮した。
「何で黙っとんねん? やっぱり余計なこと企んでるっちゅうのはホンマみたいやな。―――はっ、お前らふざけんなよ」
「……元はといえば今回の試験はあんたたちが無茶して取り付けた約束じゃない? 在野が玉璽検定試験を受けるなんて話にならないわ」
反論する玲火の声は普段よりも小さかった。
「笑わせるのもええ加減にしろや。お前らの言うルールって一体なんや? 守りたかったら守って、守りたくなかったら守らんでええんか? ホンマに、ものっすごい、ありえんくらいむちゃくちゃな話やで」
「……とにかく出て行って。磨稟は怒るだろうけど今なら見逃してやるわ」
テカチュウが額に青筋を立てた。今すぐにでもはち切れそうな恐ろしい形相だ。
「わ~よくもまあ恩着せがましく言いよるわ。大体な、ルールかヘチマか知らんけど、それを守られへんようにしたのはどこのどいつやねん? お前らじゃ。お前らが傍若無人に暴れるたびにどんだけ怒り狂いそうやったかわかっとんのか? 特にこいつが!」
テカチュウは月夜を前に突き出した。月夜は目をつりあげ殺気に満ちた視線で簡孫糜トリオを睨みつけた。
「俺らの暴走を止めてくれてたんがイェリエルやったんや。お前らの目にはただの問題児の隊長に見えるやろ? でもな、お前ら去年ここで起こった事件覚えとるか? イェリエルの在野行きのきっかけになったあの出来事や」
去年の「帰還者」の二度目の転校。
あの女子生徒が戻ってきた原因が明かされた時、在野の不満は頂点に達した。これまで抑えられてきた在野の激憤はついに限界を超えた。
「あの時在野をなだめたんが誰かわかっとんのか? 在野に来たばっかりのイェリエルやったんや。その出来事がきっかけで追い出された子が俺らを止めたんや。誰よりも悔しかったはずやのに。何て言って在野を説得したかわかるか?」
―――在野はクズなんかじゃない。私がそれを証明する。必ず、必ず証明してみせるから……。だから自分の価値を下げるような行動は止めて。
在野に来て間もない少女が心から在野のために頭を下げたのだ。
星の光のように輝く髪の毛が妙に哀れに見えた。当時在野の生徒たちは誰も何も言うことができなかった。
「あいつがおらんかったらとっくに爆発しとるわ。あいつが今まで耐えて耐えて耐えまくって、やっとできたチャンスがこれやったんや。それをお前らがこんな汚いやり方で邪魔するんか? お前らそれでも人間か?」
玲火は押し黙っていた。テカチュウはそんな彼女を見ながら歯を食いしばった。
「俺らもなあ、可能性が高いとは思ってない。月夜ゃ当たり前やないけ。天下のエリート達も皆落ちた試験なんやから。それでも、あいつがやりたい言うから、今まで俺らのために頑張ってきたあいつがやりたいって言うから、だから応援してきたんや。やのにこれはひどすぎるやんけ!」
ござ一派がテカチュウと月夜の周りに集まった。
「せやからお前ら全員そこどけ。それかイェリエルを開放しろ。お前らにいくら名牌技があるいうても数では俺らに勝たれへん。違うか?」
「―――やられる前に言うこと聞きなさい。じゃないとほんとに殺るわよ」
月夜の拳がボキボキッと音を立てた。今すぐにでも飛びかかりたいのを辛うじて耐えている。
「……人が忠告したら一度で聞けばいいものを」
玲火は萌乃のほうを見た。
「これ本当にやるのっ? 今回はあまり気が進まないなぁ~…」
萌乃は玲火を見ながらため息をついた。
「ほんと、そうそう~。実際試験を受けても受かる可能性はほとんどゼロじゃない~? 挑戦くらいはさせてやろうってことなのに~。これはちょっとひどすぎない~?」
普段在野を嘲笑っていた暖蜜までもが気が乗らない様子だ。しかし玲火は首を横に振った。
「磨稟の命令よ」
「「……」」
萌乃は眉をひそめて名牌カードを取り出した。
【名牌技 : 論客=寸鉄殺人】
名牌技が発動した。「論客」系統の技だ。その系統の特徴は「言霊」によってある現象を起こすこと―――テカチュウは慌てて他の生徒に向かって叫んだ。
「おい皆! 耳塞げ!」
玲火はそんな彼らを嘲笑った。論客は耳を塞いだところで防げるものではない。萌乃は大きく息を吸った。
「この馬鹿ども! 馬鹿ども! 大馬鹿ども! 糞馬鹿ども! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……」
ガクン!
テカチュウはひざまずいた。月夜もバタリと倒れた。ござ一派は全員絶望に満ちた顔で膝をついた。馬鹿。この一言を聞いただけだ。それだけで心が折れてしまった。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
頭の中にその一言が延々と繰り返される。
「……?……え……うん?」
「お、おいっ、こりゃ一体何や、どういうことやねん?」
月夜とテカチュウが戸惑いながら息を呑んだ。
「ふ、ふふふ。同じ論客系統の技でも効果は全く違うわ。私の『三寸の舌』は体の動きを制限するものだけど、萌乃の『寸鉄殺人』は心そのものをダメにする技術よ!」
技を使ったのは萌乃なのに、なぜか玲火が偉そうに言った。
心に響くこの技、とてつもなく強力だ。たった一撃で心が折れそうになってしまった。テカチュウは憤りながら歯を食いしばって顔を上げた。
「……うん?」
そして汗が垂れた。
「なんでお前らまで倒れてんねん?」
なんともないのは名牌技を使った萌乃だけだ。玲火と暖蜜も階段に座り込んでいる。萌乃はさっきから『馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿』と壊れた機械のように繰り返している。玲火も何かに絶望したように顔が真っ青だった。
「これ、三寸の舌とは違って広域技なの。……敵味方は区分しない」
「……」
実に恐ろしい技だ!
「ぐはぁっ!」
一部のござ一派は、精神的ダメージが強すぎて吐血した。
「こ、これでわかったでしょ? あ、あんたたちがいくら図に乗ったところで意味ないのよ。さっさと帰りな」
「わ、笑わせんな。お前ら、そんな自爆装置使っといて大丈夫なんか? 俺らはへっちゃらじゃ」
玲火は続けろと言わんばかりに萌乃の足を叩いた。
一言一言発するたびにござ一派が悲鳴をあげた。
寸鉄殺人、見た目とは違い、直接精神的ダメージを与えるこの技の効果は決して侮れない。現にござ一派の数人は連続的に攻撃を食らい再起不能状態に陥っていた。
「く、くうう―――。なんのこれしき!」
玲火と暖蜜もダメージを受けていた。玲火の目は死んだ魚のようだ。暖蜜は既に沈没した。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
一発一発が重くメンタルに圧し掛かる。周りに与える効果だけなら玲火の「三寸の舌」とは比べものにならない。
「く、くううううう!」
月夜は気を失いそうな衝撃に耐えきれず、地面を這いつくばった。テカチュウも同じような状況だ。二人が倒れた姿を見て、玲火は安堵した。これ以上やったら自分がやられてしまいそうだった。
「ほら、萌乃。もうやめ……」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
「~~~~~~~~~!」
萌乃のマシンガントークが止まらない。玲火は「ぐおおおお!」と、耳を塞いで絶叫した。
「や、やめて~~~!」
蜀の本館成都に、生徒の叫び声が鳴り響いた。




