第3話 逃亡、そして戦い
「テカチュウ、月夜、逃げるわよ!」
「言われなくてもわかっとるわい!」
「イェリエルさん。それじゃ後で」
テカチュウと月夜は一目散に他の方向へと逃げた。イェリエルは離れた所にいた生徒たちの元に急いで駆け寄ると、素早く袋を渡した。
「早く!」
領収書を見た生徒たちは、イェリエルが本当に定価で商品を買ってきたことを確認し感嘆した。
「お、おおお! さすが在野の星!」
「ござの上で遊ぶ一派の行動隊長!」
「一生ついて行きます!」
生徒たちが寄り付こうとすると、イェリエルは急かすように手を振った。
「今は冗談に付き合ってる暇ないの。早く行かなきゃ! 急いで!」
「え? どうして? 何か急用でも?」
焦るイェリエルの態度に、生徒らは不思議そうな顔をした。
「店の中で簡孫糜に会ったのよ」
「簡孫糜?」
生徒たちの動きが一斉に止まった。袋をあさって自分の文房具を探していた生徒らが、イェリエルのほうを向いた。
「蜀の簡孫糜?」
イェリエルはうなずいた。
「簡雍、孫乾、糜竺?」
「うん」
「蜀の玉璽代理人の?」
「YES!」
重い沈黙が漂った。その中の一人が、恐る恐る手を上げてイェリエルに最後の質問を投げかけた。
「……この文房具を定価で買ってきた秘訣は?」
「当然違法♪」
「「「……」」」
生徒たちは、その言葉を聞くや否や、大慌てで袋をあさり自分のものを取り出した。
「「「全軍後退!」」」
自分の文房具を取り出した生徒たちは、脇目も振らずに逃げた。その行動は実に素早かった。イェリエルは感嘆したようにうなずいた。
「さすが在野。危険に対する反応が尋常じゃないね」
「イェリエエエエ~ル!」
「―――って余裕こいてる場合じゃなかった!?」
遠くから怒りに満ちた叫びが聞こえると、イェリエルは後ろも振り返らず走り出した。玲火はイェリエルの後ろ姿を見ると、怒った闘牛のように突進してきた。
「待ちなさい、このアマァァッ!」
「ヒヨコちゃん、スカートのホックはきちんと閉めたの? チッチッ、だめねぇ。他人にむやみに下着を見せるなんて。ヒヨコちゃん♪」
「うるさあああああい! お前のせいだ、このアマ! ぶっ殺してやる!」
殺気が肌に突き刺さるようだ。イェリエルは今さらながら、ちょっとやりすぎただろうかと反省した。
「私を振り切れるとでも思ってるの? 私は孫乾に憑依した玉璽代理人なのよ。見なさい、この名牌カードのステータスを!」
玲火は、名牌カードを操作すると表面に自分のステータスを表示させた。憑依を受けた者のステータスは爆発的に上昇する。それがこの学校の基本常識だ。
玉璽代理人 : 孫乾 <所属 蜀>
等級 : 四星
能力 : 統率 77 武力 76 智力 84 政治 87 魅力 72
一般生徒のステータスは、せいぜい平均50から60の間。高いといっても70を越える者は珍しい。
「イェリエル、あんたもなかなかだそうだけど、私の予想ではたかだか平均60台でしょ。でも私はそれをはるかに超えている。これぞまさしく玉璽代理人の力!」
「はい、はい、ところで孫乾って誰? 私そんな人知らない~っ? ああ、あの呉の君主?」
「それは孫権よ、この馬鹿め!」
「ああ、そうだったっけ? ごめん、ごめん。マイナーすぎてわからないな~。だから四星止まりなのよ~」
「こ、このぉぉぉぉぉぉ!」
玲火は憤慨のあまり顔が真っ赤になった。イェリエルはその隙にさらにスピードをあげた。ここはイェリエルの庭だ。あちこち逃げ回ればすぐに撒くことができる。だが、イェリエルの予想は目の前に現れた二人の少女によって覆された。
「逃がさないよ~ん」
「あららら、逃げられると思って?」
三人合わせて簡孫糜トリオ! その三人全員がイェリエルを追ってきた。
「……ああ、本当に玉璽代理人にはうんざり!」