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第1話 いざ、試験会場へ

 暗いところで明るく輝くのは簡単だ。

 たとえどんなに細くわずかな光でも、暗闇の中では明るく輝くもの。しかし、昼に光を発することはこの上なく難しい。この世を全て青く染めるほど明るい太陽の光、昼に輝くためにはそれよりも明るい光が必要だ。

 大きな光を相手にしても堂々と光り輝き、決して負けることのない明るい光が。


「聞いた? あの話?」

「在野のござ一派が起こしたあの事件?」

「そうそう。江陵を襲撃した事件」


 ござ一派が起こした第一体育館「江陵」襲撃事件の話は、三学中に瞬く間に広まった。


「ござ一派のリーダーが蜀に真っ向から喧嘩を売ったそうだぞ」

「うわ~、さすが問題児だらけの在野。無鉄砲極まりないな」


 事件から数日、三学はどこもござ一派が起こした騒動の話で持ちきりだった。


「劉備の玉璽検定試験だなんて正気か? 蜀で受かった人はまだ誰もいないんじゃなかったっけ?」

「度胸があるのか、後先考えてないのか。とにかく結果が楽しみだな」


 イェリエル・乃愛。

 彼女が起こした事件は三学全体を揺るがした。


 在野の逆襲と呼ばれる事件から一週間が経った。

 元々対象勢力の玉璽検定試験を受けるためには、頭領の許可を得なければならない。ただし、本来「君主」にあたる劉備の場合は話が別だ。

 劉備を受けるための条件はただ一つ「成績」のみ。イェリエルはぎりぎりカットラインを超えていた。

 唯一の問題は所属だ。在野所属の者が玉璽検定試験を受験した前例はない。各所属の者が在野に受験を許可しないからだ。 元々他の勢力の検定試験には受験できないようになっているため、当然と言えば当然の話だ。

 そこでイェリエルが考えたアイディアは、現行ルールの虚を衝くものだった。それは在野がどの勢力にも該当しない無所属であるという点だ。条件さえきちんとクリアすれば、魏・呉・蜀どこへでも行けるのだ。

 蜀のトップである磨稟が認めれば、イェリエルは一時的に「蜀」に所属を移し検定試験を受けることができる。

 磨稟はイェリエルの要求を受け入れた。江陵がこのままだと曹操率いる「魏」の攻撃対象とされてしまうため、その戦いを避けるためにのまざるを得ない状況にされてしまったのだ。

 イェリエルの要求を受け入れた蜀は、玉璽検定試験の準備に入った。劉備の椅子をかけた玉璽検定試験は現在三学最大の関心事だ。


「さあ、さあさあさあ! ついに来ました、来ましたよ~! 在野が他の勢力の君主になるために玉璽検定試験に挑む、アンビリーバボーな日がついにやって来ましたああああっ!」


 この日、放課後の三学はお祭りムードだった。

 まだ主人のいない最後の君主の座、劉備。蜀でもない在野の生徒がその椅子に挑む。これだけの騒ぎになるのは当然だ。


「挑戦者は在野所属2年! いつも猫耳帽子をかぶっていることから猫少女と呼ばれる勝気な女子! その名はイェリエル・乃愛!」


 三学校内至るところに設置されたモニターにイェリエルの姿が映し出された。

 猫耳帽をかぶった少女の姿は、特に興味のない通りすがりの生徒の足をも引き止めるほど美しかった。


「おおっ! 視聴率急上昇の予感! 僕もドキドキ! 在野はこのような美しい少女を今までどこに隠していたのでしょうか! さあ、いよいよテスト開始まで残り30分! 結果はどうなるでしょうか? それじゃああなたも三学totoにLet’s GoGoGo! 思い切って成功に賭けてみよう! 一攫千金のチャンスはまさに今だああっ! あっと~、ここでお知らせ! 三学totoは呉が主管しています! オンラインからの参加は呉のホームページへ今すぐアクセス! アドレスはOnara.sam.kr!」


 モニターでギャンブルの広告するんじゃねえ! 校内全体からクレームの声があがった。


「勝つに賭けなさい」


 放送を見ていた曹操の玉璽代理人である姫貴は、夏候惇の玉璽代理人である七海にtotoに賭けるよう指示した。


「ちょ、ちょっと姫貴? 急に賭け事なんてどうしたのよ? あんたそんなことしなかったじゃない?」

「そう? 金を稼ぐ機会は絶対に逃さない。それが我が家の家訓よ。早く賭けて。どうせならあんたの全財産も」

「…….」

 七海は涙を流した。


       ★    ★    ★


 イェリエルは三学全校生徒の注目を浴びていた。学校の四方から自分の名前が聞こえるのでイェリエルはさも得意になって言った。


「あんたたちもすぐtotoに賭けなさい。結果は私の勝利。蜀がこてんぱんに打ち負かされるってことで」


 へい! 集まったござ一派が一斉に声をあげた。


「頑張れい! 頑張らんばい! けっぱれ! 底力を見せつけてやるんじゃ!」


 テカチュウは「ござ!」と書かれた旗を振りながらイェリエルを応援した。


「イェリエルさんファイト。勝利を祈願する意味で事前撮影」


 月夜は絶えずカメラのシャッターを押し続けた。


 ―――試験開始30分前。

 試験会場は蜀の本館「成都」にある。現在ござ一派がいる場所は成都からさほど離れていない道の真ん中だった。ござ一派という名前に相応しく、道のど真ん中にござを敷いて座っていた。蜀の生徒たちをあからさまに挑発する行為だ。

 イェリエルはござ一派の応援を背に、成都に向かった。正門に立っていた簡孫糜トリオがイェリエルを迎えた。


「チッ」

「面倒くさい……」

「あらあら、だからって顔に出しちゃいけないわ~」


 簡孫糜トリオはイェリエルを見るや否や顔をしかめた。玲火はイェリエルを不快そうな顔で見つめた。


「ござを敷くなら見えないところでやりな。何あれ? ふざけてんの?」

「通行の邪魔をしたわけでもあるまいし、どこに敷こうが関係ないでしょ?」


 イェリエルは鼻で笑いながら言い返した。


「関係あるのよ。少なくともあのテカチュウはどけなさい! 重い旗をぜえぜえ言いながら振ってる姿が無様すぎて目障りなのよ!」

「あ……」


 イェリエルはテカチュウのほうを振り向いた。旗が重いのか思い切り歪んだ顔はイェリエルが見ても不細工だった。


「仕方ないじゃない! 不細工だからって何よ! あいつは生まれつきああいう顔なのよ」


 だからといってそれを認めるのも癪だったので、イェリエルは負けまいと言い返した。バチッ、バチバチッ、イェリエルと玲火の間に火花が散った。


「チッ。ついてきな」


 玲火が後ろを向くと萌乃と暖蜜も後に続いた。イェリエルは「成都」に入る前に、ござ一派の同僚のほうを振り向いた。


「では、イェリエル・乃愛! 行ってまいりま~す。ニャオ~ン♪」


 同僚に向かって挨拶しながら自分のトレードマークである猫の鳴き声を出した。そんなイェリエルを見ながらござ一派は手を振りながら応えた。彼らの顔にはイェリエルを心配する気配はなかった。

 勝敗は関係ない。

 彼らはイェリエルの健闘を祈った。


       ★    ★    ★


「ここは変わってないわね」


 蜀の本館「成都」。イェリエルがここに足を踏み入れるのはほぼ半年ぶりだ。三学の建物の中では一般的な高校のイメージにまだ一番近い。


「チッ……」


 玲火はイェリエルが成都にいることが気に入らないのか、ずっと舌打ちをしている。


「そんな態度でいいのかしら? 私が劉備になったらあんたたちのリーダーなのに?」

「はあ? あんたなんかが玉璽に認められるわけないでしょ。元々は玉璽検定試験の受験資格すらないくせに」


 よし。後で殺ろう。

 イェリエルは積もり積もった恨みをぐっと押さえながら爽やかに笑った。


「試験会場は教室よ。少しやり方は変わってるけど、 玉璽検定試験に広い場所は要らないの」

「ふうん。ちなみに試験内容は?」

「玉璽に認められること。方式はその都度全て違う」


 そして簡孫糜トリオは三階のある教室の前に着いた。


「カーテン?」


 簡雍が扉を開けると、教室内を隠すようにカーテンがかかっていた。カーテンのせいで教室の中の様子は全く見えない。

 イェリエルが躊躇していると玲火が早く入れと首で促した。


「試験会場に入るのはあんた一人よ。玉璽検定試験は誰も干渉できないから」


 イェリエルは深呼吸した。今から実践だ。イェリエルは覚悟を決めて試験会場に入った。


「……?」


 教室にあるはずの机や椅子はどこに片付けられたのか見えなかった。

 正午の日差しが差し込む教室の真ん中に、お姫様がぽつんと立っている。


「何? なんであんたがここにいるのよ?」


 大きなリボンがついたツインレールにレースがふんだんにあしらわれた制服、大きくても中学生くらいにしか見えない少女―――劉璋の玉璽代理人、磨稟だ。


「どうしてそんなに当たり前のことを聞くの? もちろん試験のためよ」


 磨稟は子どものような顔で笑いながら答えた。


「玉璽検定試験は一人で受けるって聞いたけど?」

「そうよ。玉璽検定試験は誰も干渉できない。干渉してはならない」


 不吉な予感がした。イェリエルは一歩後ずさりした。

 バーン!

 その時だった。大きな音を立てて突然扉が閉まった。


「……!」


 イェリエルは慌てて扉を開けようとした。しかし固く閉ざされた扉はびくともしない。


「簡孫糜トリオ! あんたたちどういうつもり!」


 扉を強く叩いても外からは何の反応もない。イェリエルは再び扉を叩いた。


「いくらやっても無駄よ。あの子たちは私の忠実な犬なの。犬は主人の命令に絶対服従するものよ? ワンワン、ワンワンってね」

「磨稟……。一体何の真似よ?」


 磨稟はかなり楽しそうだった。彼女はキャッキャッと笑いながらその場でくるくると回った。彼女の動きに合わせてボリュームのあるスカートも揺れた。


「本当にわからないの? 予想してたんじゃない? あはは、おめでとう。在野の希望の星イェリエル・乃愛は見事に罠にかかりました」

 

 ―――やられた。

 

 イェリエルは歯を食いしばった。この少女には最初からイェリエルに試験を受けさせるつもりなどなかったのだ。


「こんな真似してただで済むと思ってるの? もし試験自体が嘘だってことがバレたら…….」

「試験は嘘じゃないわ? 私は正直がモットーなのです~。そんな嘘つかないわよ。試験現場がこの学校全体にモニター中継されてる状況なんだから」


 磨稟は肩をすくめた。


「でもね、受験者が怖気づいて試験現場に現れもしなかったの。せっかく準備した舞台から逃げ出すなんて、悲しい限りよ」


 爪が皮膚に食い込むほど、握り締めた拳に力が入った。イェリエルはどうにか怒りを落ち着けようとした。


「……受験者が怖気づいて逃げ出すですって? そんな馬鹿げた言い訳が通用するとでも思ってるの?」

「通用するわ」


 イェリエルがいくら感情を鎮めようとしても無理だった。この小さな悪魔は人間の逆鱗に触れることに関しては天才のようだ。


「やっぱり在野。所詮在野なんだから当たり前か。皆がそう思って終わるだけよ。わかる? 仮に今あんたがここから出て私たちに監禁されたと主張しても、信じる人なんて誰も、だ~れもいないの」


 逆鱗に触れるどころか掴んで引きちぎるほどの挑発だ。わざと相手を怒らせる言動を選んでいる。


「どうせ在野はゴミの集まりだから」

「―――!」


 その効果は即効だった。


「劉璋―――!」


 イェリエルは磨稟に飛びかかった。


【名牌技 : 地形=益州の壁】


 磨稟はイェリエルがかかってくることを予想して既に名牌技を発動させていた。その瞬間、イェリエルの前を何かが遮った。


「こ、これは見えない壁?! 名牌技……!」


 イェリエルは磨稟の名牌技の正体を悟った。

 益州の壁。

 それは名前の通り「壁」そのものだ。

 見えない。しかし、イェリエルがいくら叩いても微動だにしない、ぶ厚い絶対防御の壁だ。


「名牌技、益州の壁。外敵が攻めにくい益州の地形を名牌技で具現したのよ。私が望む場所に透明の壁を出現させられる。たとえそれが空中でもね。そしてこういう使い方もあるの―――」

「きゃあっ!?」


 イェリエルはどこからともなく現れた透明の壁に腹を打たれ、後ずさりした。一撃で倒れるほどではないが、急な攻撃であるうえに思ったより衝撃が大きい。


「どう? あんたたち在野ごときは足元にも及ばない名牌技の効力は?」


 名牌技。

 それは「エリート」の玉璽代理人にのみ許された特権である。その力が、足蹴にされる「下級層」である在野イェリエルの前を遮った。


「まるで鳥かごに閉じ込められた鳥ね。さあ、どうやって鳴く? イェリエル・乃愛」

「くっ……!」


 イェリエルは怒り任せに拳を振りかざした。しかし目の前の壁はびくともしない。拳に割れるような痛みが広がるだけだった。血がにじみ出るほどきつく唇を噛み締め、イェリエルは磨稟を睨んだ。


「そんなふうに睨まれちゃ怖いじゃない。まだ時間はたっぷりあるから仲良くお喋りでもしましょう。こうやってゆっくり話す機会もないでしょ?」

「話すことなんてない。さっさとこの壁をどかして」

「冷たいこと言っちゃ嫌よ。今主導権は私にあるんだから。見下すのは私、見上げるのはあんた。自分がどうすべきかよく考えてごらんなさい。ござ一派の行動隊長さん?」


 磨稟は自分のすぐ後ろを指差した。そこにも見えない壁が現れた。磨稟はその上に腰掛けた。彼女の能力を知らなければ、まるで空中に浮いているかのように見えるだろう。


「さあ、私と遊びましょう。どうか美しい声で鳴いてちょうだい」


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