第4話 知名度と実力は比例しない!?
「劉璋」は幾多の群雄に比べると比較的知名度が低い。だからこそ、劉璋の玉璽代理人である磨稟を侮っている者は多かった。しかし、こうして目の当たりにすると、彼らは自分の考えがどれだけ甘かったのか思い知った。
磨稟は呉からこの『江陵』を奪いとったのだ。決して侮れる相手ではない。
磨稟はもう一度体育館を見回した。彼女は倒れた玲火を無視したまま前に出た。
「私に用があるのはどこの誰? 何も考えず、私の中庭であるこの江陵でこんな騒ぎを起こしたわけじゃないでしょうね? 本当なら在野なんかと会話なんてしたくないけど。まあ、これだけ大胆なことをやってのけたという点を高く評価して一言述べる機会を与えるわ。誰? 誰なの」
磨稟は簡孫糜以上に在野のことを蔑んでいた。そんな磨稟の行動が頭にきたのか、一人の生徒が立ち上がった。
「おい! ちび。お前、威張りくさりやがって一体何様のつもり―――」
男子生徒の言葉は最後まで続かなかった。
磨稟の名牌カードが光った瞬間、男子生徒は「透明な壁」に足を取られて前方に倒れた。その倒れた方向にまた透明な壁が一つ現れた。
「ぐあっ―――!」
倒れかけた生徒が透明な壁に叩きつけられた。顎に相当の衝撃を受けたのか、男子生徒は悲鳴を上げ、その場でのたうち回った。磨稟はそんな生徒を冷たい目で睨みつける。
「小汚い男の分際で喋るんじゃないわよ。視界に入っただけで超不愉快なの。死にたいわけ? 死ぬ? 殺してあげようか? あ……言うの忘れてたわ、ごめん。もし今回のことを企てた主犯が男なら、この場にいる全員覚悟しなさい。在野ごときが蜀の領土に入ってきたことを骨の髄まで後悔させてやる」
幼い外見とは裏腹に行動一つひとつ全てが残忍だ。同僚がやられて興奮した在野の生徒たちが我も我もと、その場から立ち上がった。
「このクソチビが……」
「小学校は卒業したのか? ええ?」
彼らは今にも殺しそうな勢いで磨稟を睨みつける。しかしそんな彼らの怒りにも、磨稟は軽くため息を付くだけだ。
「こんな大胆無双なことをしでかした人間が在野にいるなんて、少しは再評価してやろうと思ったのに、やっぱり馬鹿は救いようのない馬鹿ね? せっかくこの私が口をきいてやるって言ってるのに、その機会まで台無しにするなんて」
―――開戦準備。
磨稟が一言発した瞬間、彼女についてきた少女たちが一斉に懐から名牌カードを取り出した。一般生徒の名牌カードと違って、彼女たちの名牌カードは全て銅縁または銀縁のものだった。
磨稟が連れてきた少女たち全員が玉璽代理人であることに気づいた在野の生徒たちは後ずさりした。
玉璽代理人は「名牌技」を持っている。見た目がいくらか弱そうな少女たちだからといって、名牌技がある以上侮れない。
「待ちなさい」
―――時は来た。
イェリエルはその場から立ち上がった。テカチュウと月夜、他のござ一派も立ち上がる。イェリエルはゆっくりと足を運んだ。彼女の足取りからは妙な余裕が感じられる。つかみどころがない。どこにも縛られない。そんな猫のような自由な雰囲気が一つひとつの動きから感じとれた。
イェリエルが近づいてくると、磨稟は手を上げて他の少女を制止した。イェリエルの姿をとらえた磨稟の瞳に妙な光が宿った。
やがて、イェリエルは磨稟の前に立った。イェリエルが磨稟を見下ろす。磨稟がイェリエルを見上げる。そうすることしばらく、イェリエルは唇の端をつり上げて両腕を広げた。
「交渉テーブルにようこそ。蜀の頭領さん」
★ ★ ★
その光景を見守る者たちがいた。
彼らは他の生徒たちに紛れ、姿を隠していた。腕章がないので、どこの所属なのかはわからない。何人か蜀の生徒が妙な視線を彼らに向けたが、大して気に留める者はいない。
「こんな時私の髪の毛って便利ね。常時変異状態だったら、目立ち過ぎるじゃない?」
「そうだな。おまえの髪が常時変異だったら俺はとっくに死んでる」
桃寧と天月だ。
騒ぎを聞きた彼らは状況を把握するために体育館にこっそり忍び込んでいた。生徒会長と呂布の顔はそれほど知られていないので、正体を隠すのは簡単だった。
「それで、これは一体どういう状況?」
桃寧は首を傾げた。
「さあ? ござ一派が体育館を占領したんじゃないのか?」
「それは見ればわかるわ」
天月は指で顎を撫でながら眉をひそめた。
「そして、蜀と対峙している」
「うん。それも見ればわかるんだけど」
続けざまの桃寧の突っ込みに天月は「ううむ……」と唸り声を上げた。
「ほら、劉璋が来たぞ」
「実物を見るのは初めてだわ。噂通り子どもみたいな外見ね。赤兎と似てるわ、いや、もう少し幼く見える。……ってそれも見たらわかるじゃない?」
「ござ一派の隊長と劉璋が対峙してるんだな!」
「うん。それも見ればわかる」
「……」
天月は唇を尖らせた。
「もしもし呂奉先さん? 俺にどんな答えをお望みですか?」
「今、一体どんな状況なのか客観的な分析っていうか、あの子たちが何でこんな事をしたのか、目的は何なのか、そういうのよ」
桃寧の質問に天月は「ははっ!」と笑った。
「そんなことを一目で把握できてたら、能無しとは呼ばれていない!」
「……」
「……」
二人は仲良く壁に頭をもたせかけた。なぜか涙が流れ出る。
「ゴホン、とにかくだな。どうやらあの星少女が今回ことを起こした首謀者のようだ」
「星少女?」
変な別称に桃寧が怪訝とした顔をした。
「あの猫耳帽」
「……? それなら猫少女って呼ぶほうが外見に合ってるんじゃない?」
桃寧の指摘はもっともだ。その髪を見ないかぎり、星少女という呼称は理解できない。天月はなんだか優越感を感じて鼻を高くした。
「ふふふ。これだから外側しか見ないやつはだめなんだよ。大事なのは目には見えない隠された部分なんだ。お前が制服の中にとんでもないナイスボディーを隠してるみたいに……。……。……すまん。失言だった。こんなところで紫に変身するのは勘弁してくれ」
桃寧の周りに紫のオーラが集まりだすと、天月は急いで謝った。
「とにかく……。こんなことをしでかしたんだから何か目的があるんだろう。……ここは蜀の大事な『江陵』だしな。もしかしたら劉璋をおびき出すつもりだったんじゃないか?」
「あ、そうね。こんなとこで騒動を起こせば、当然頭が出てくるわよね。じゃあ、あえて劉璋をおびき出す理由は?」
「さあ?」
天月は屋上であった時にイェリエルが言った言葉を思い出した。
[在野の現状ををひっくり返せる秘策があるの。まさに逆転の一手よ]
(どうするつもりだ? ござ一派)




