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第1話 屋上での再会

 三学には大きく三つの勢力が存在する。

 魏、呉、蜀。


 各勢力に属する生徒たちは、他の所属の生徒たちを、全く別の学校の生徒のように考えている。今も、各所属の生徒たちは、激しい競争の中で各自の能力向上に励んでいる。

 天月は屋上に座って三学の景色を眺めていた。

 遠く向こうの北側に、かなり豪奢な建物が見える。三学でもっとも豪華絢爛な建物―――すなわち『魏』の本拠地である『許昌』だ。許昌を中心に、北側の施設ほとんどの上空に青い旗がなびいている。

 東側は呉である。一体誰の趣味なのか、本拠地の『建業』には変てこりんな壁紙がやたらと貼ってある。壁面全体を覆っている絵は、優雅でも格好良くもない。こうして遠くから客観的に下せる良い評価といえば「奇妙だ」がこれが精一杯というところだ。


[呉の人間どもは、頭がどうかしているに違いありません。ウジ虫が数千単位でいるんですよ。正直かかわりたくありませんね]


 赤兎にギブアップを宣言させるほどの学校だ。

 西側は蜀に当たる。本拠地の『成都』は、魏に比べて素朴だ。呉のように奇妙でもない。だから一番一般的な学校の姿だった。

 さらにその遠くには、各勢力の生徒たちが過ごす小規模な寮が見えた。この寮にも旗が立っており、魏呉蜀の生徒がそれぞれ集まり、各勢力に分かれている。これらは全て、魏呉蜀間の交流を失くし、より抵抗なく「争い」を起こすためだった。


(そして在野は……)


 その時だった。


 ――ニャオーン

 

 猫の鳴き声が聞こえた。天月はふと横を向いた。三毛猫が隣で彼をマジマジと見ている。


「何だ? 人が怖くないのか?」


 ――ニャー?


 猫が前足で顔をこすった。


「屋上にどうやって上がってきたんだ?」


 天月が頭を撫でても逃げる様子はない。かなり人間慣れしているようだ。


 ―――キィー……。

 

 古い扉が開き、一人の少女が屋上に上がってきた。猫の耳がついた帽子で髪を隠した少女は、用心深く辺りを見回した。何かを警戒するような、まるで猫のような動きだ。

 少女は忍び足で何かを探しているかのように四方を見回す。


「何してるんだ?」

「ギャーッ!」


 少女――イェリエルは背後からの音に驚いて悲鳴を上げた。


「な、な、何? 何なのよ? あんた誰?」


 イェリエルは天月を見て後ずさりした。まるで敵に出くわした猫のように警戒している。その反応に天月は頭を右に傾けた。


「あん? 俺がわからないのか?」

「だ、誰だかわかんないから聞いてるんじゃない!」


 天月は今と前回の自分の姿が違うことに気づいた。


「コート……」


 生徒会長であることを証明するコートは、生徒会室にある。どうしようかとしばらく考えた天月は、隣に置いてある水バケツを発見した。


「ちょっと待ってろ」

「え? ちょ、ちょっと! 何して……!」


 イェリエルが止める間もなく、天月は頭から水をかぶった。適当に水を払いのけた手で前髪を上げる。その姿を見たイェリエルは「あ!」と息を呑んだ。


「血の生徒会長!」

「Yes! ……って言いながらも何か複雑な気分だな」


 天月は自分の印象が「血まみれ」ということに気づき、眉をひそめた。


「で、星少女」

「星少女?」


 妙な名前で呼ばれたイェリエルは唇を尖らせた。お互い変な呼称である。


「屋上は一般生徒の出入りが禁止されているはずだがなんの用……うん?」


 天月はイェリエルが小さな紙袋を手にしているのに気づいた。イェリエルは素早くそれを背後に隠した。


「何だそれ?」

「な、何でもない。関係ないでしょ、ほっといてよ!」


 天月が横にのそりのそりと動いた。イェリエルは天月から逃げるように離れる。


「生徒会長の俺に隠すってことは、何かやましいものってことだな?」

「や、やましくなんかないわ。そうやって勘ぐったって無駄なんだから! 生徒会長なら生徒会長らしく仕事でもしなさいよ!」


 右側に動いていた天月は素早く左に動いた。フェイクだ。しかし、イェリエルは騙されなかった。瞬時に対応し、背後のものを隠した。


「校内の怪しいものを監視する。これもまた俺の役割だ。ほれ!」

「本当になんでもないわよ! あんたには関係ないの!」


 二人がぐるぐる回る。屋上で男女二人が変な体操をしている。


「なら見せてくれたっていいじゃないか! ほ……ほっ!」

「怪しいものじゃないんだから見なくたっていいじゃない! ヒュッ、ヒュッ!」


 右、左、右、左と何度もフェイクを試みる天月。それに応戦し続けるイェリエル。ふたりの激しい攻防が続いた。だが、その終わりは急に訪れた。


「―――あっ!」


 突然イェリエルが硬直した。急なイェリエルの奇妙な反応に天月は目を瞬いた。


「ね、ねねねね、ねね」

「ねねね?」


 イェリエルは身動きできないまま、泣きべそをかいた。


「ねこ、ねねねねこ! ね、ねこ!」

「猫?」

「ねこおおおおお!」


 そこでやっと天月はイェリエルの足元で動く生物を発見した。ついさっきまで天月と戯れていたあの三毛猫だ。三毛猫はイェリエルが背後に隠した何かを見ながら彼女の脚にしがみついた。


「もしかして、猫のせいか?」

「~~!」


 イェリエルは頷いた。


「除けてやろうか?」

「~~!」


 イェリエルが一層強く頷いた。天月は猫を抱きかかえた。


 ――ニャオーン

 

 イェリエルが屋上の床にへたり込む。


「猫みたいなやつが本物の猫を怖がるなんて」

「こ、怖がってるんじゃないもん……うう」


 天月はイェリエルが持っていたものを確かめた。三国猫菓子。三学で販売している猫の餌だ。それを見た天月は、イェリエルが屋上に来た目的を理解した。


「猫の餌? こいつに食べさせるのか?」

「うっ……な、何か文句あるわけ?」


 餌を持ってきたことを知られたイェリエルは自暴自棄になった。


「そんなに怖がってるくせに、か?」

「こ、怖いわけじゃないわよ!」


 天月は試しに三毛猫をイェリエルに差し出した。


「ひい!」


 天月が三毛猫を抱きなおす。


「人間、正直が一番さ」

「ち、違う。アレルギー体質なのよ。小さい時、猫が大好きでアレルギーも無視して遊んで死にかけたから……。それ以来、体に猫が触れると完全に固まっちゃうわけ」

「へえー」


 好きだけれど触れない。イェリエルが猫耳帽を被っているのもそんな理由からなのかもしれない。天月は猫を見下ろした。猫の目が宝石のように輝く。天月は再び猫をイェリエルに差し出した。


「ひいいい!」


 また猫を抱き直す。イェリエルは安堵した。そんな彼女を見た天月はまた猫を差し出した。


「~~!い、今私にiyagarasesiteruwake??」


 慌てすぎて、日英変換が追いついていない。

 大きく体をすくめたイェリエルの瞳が猫のように鋭く輝いた。一歩間違えば天月を殺しかねない勢いだ。天月は無言で猫を差し出した。


「うう、ス、ストップ!」


 一撃で崩れた。

 そんなイェリエルを見て天月はニヤッと笑った。


「俺が人生に必要なありがた~い一言を教えてやるよ。恐れるな、受け入れろ。人間は弱点を乗り越えてこそ成長できるというもの。苦しみを克服しろ。これはそのための特訓だ!」


 アレルギーは特訓したからといって克服できるものではない。


「こんなんで克服できたらとうにやってるわよ!」


 どうやら、試みたことがあるらしい。


「根性が足りん! 前、俺を投げ飛ばした姿はどこへ行ったんだ? さあ、さあ !よけるな! 楽しめ! そしたら楽になる! それがこの世の真理だ!」

「にゃおおおお?!」


 イェリエルの声が猫のように変わった。天月はそんなイェリエルに向かってまだなお猫を突きつける。


「―――やめろって」


 そしてこの世にはこんな言葉がある。

 何事もほどほどに。


「言ったでしょう!」

「え?」


 次の瞬間、天月の目に映ったのはスニーカーの底だった。チョウのように舞い上がり、ハチのように刺す。イェリエルの身動きは、見るもの誰もが感嘆するほど美しいものだった。

バキッ。

 そして強力だ。


「ぐえっ!」


 顔面に蹴りを入れられた天月が後ろに飛ばされ転んでいく。驚いた猫が素早く天月を離れた。


「はあ……はあ……はあ……」


 イェリエルは荒い息を吐いた。瞳は涙でいっぱいだ。しばらくして彼女は、汗を流しながら天月を見た。いくらなんでも顔面に蹴りは酷すぎたかなという気がしたのだ。下手をすれば、鼻骨が折れたかもしれない。


「なかなかやるじゃないか!」


 天月がすくっと立ち上がった。鼻骨どころか傷一つない。


「どうして無傷なの?!」


 天月は唖然とするイェリエルを鼻で笑う。


「人間の足蹴りごときでこの俺を倒せるとでも? 甘いな。俺様は馬の蹄に蹴られるのが日常茶飯事なのだ!」

「蹄?!」

「全力で走る馬に引きずられて校内を一周したこともある!」

「あ……」

「それだけじゃない! 武力100を超える怪力女にだってしょっちゅうぶん殴られてる! もし打たれ強さがステータスとして存在していたら、100なんてとうの昔に超えている! うははは!」


 天月は豪快に笑った。確かにこの男の打たれ強さは超人の領域に達している。そんな天月を見ていたイェリエルは冷や汗を流した。


「……あの、一体普段何をやらかしたら、そんな仕打ちをうけるわけ?」

「うはは―――うは……は……は……?」


 笑っていた天月はイェリエルの問いに自分の日常を思い返した。

 殴られる。殴られる。殴られる。とにかく殴られる。散歩という名目で地獄の入り口まで行っては戻ってくる。やられるたびに血がポタポタと滴り落ちる。


「……」

「……」


 沈黙。


「俺って一体……トホホ」


 天月はその場に崩れた。


「あ、あのだから……。げ、元気だしなよ? い、一緒に猫に餌でもやる?」


 イェリエルはそんな天月を必死で慰めた。

 もぐもぐと餌を食べる猫の姿は自ずと心を癒してくれる。イェリエルは数メートル離れたところからその姿を満足そうに見つめていた。普段の自分を思い浮かべて沈鬱になった天月も少し気を取り直した。


「お前の猫なのか?」

「この体質で猫なんて飼えるわけないでしょう。野良猫よ。いや、この学校の位置を考えたら山猫かしら? 一体どこから来てるのか知らないけど、この時間に必ず屋上に現れるの。だから、思いついたときはここに来て餌をやってるの」

「そうか」


 天月は納得した。


「とにかくちょうどよかったわ。生徒会長さん。いつか会って話したいと思っていたのよね」

「へ?」


 いつものように鼻くそをほじっていた天月は、手を止めた。こんな美少女が自分に用なんてあるはずない。天月は周りを見回した。猫を除けばこの屋上には二人きりだ。


(これはもしかして! ついに俺の時代がきたのか?)


 天月は急いで鼻くそをほじっていた手を拭いた。服装を正し、まだ湿っ気が残る髪を手ぐしで整える。腰をぴんと伸ばし、軽く咳をした天月は格好をつけて言った。


「俺に一体何の用だい?」

「もしかして、『俺に惚れて告白するのか?』なんて思ってるなら、自分が数分前に私に何をしたのかよ~く考えなさい」

「勘違いして悪かったな!くそおおおおお!」


 天月はわずか数分前の自分を呪った。


「じゃあ、何の用……なんだ?」


 天月は恐る恐るイェリエルに聞いた。


「生徒会長さんは」


 先ほどの自信あふれる態度とは打って変わった様子だ。イェリエルは猫耳帽を軽く押さえながら天月をちらりと見た。


「この学校についてどう思う?」


 イェリエルは単刀直入に本論を切り出した。


「もっと正確に言うと―――在野の扱いについて」


 ああ……。

 天月はイェリエルが何を言いたいのか、だいたい理解した。


「あなたも在野所属なんでしょう? 在野が存在する表面的な理由は、問題児や落ちこぼれの救済。問題を起こしたって特に処罰もされず、落第点を取り続けても、これといった措置もなく在野送りになる」


 天月の反応を気にもとめずイェリエルは続けた。


「でも実情はこの学校の地獄。ゴミ収集所。お前らもいつだって在野に成り下がる可能性がある、だから気を緩めるな。ゴミとお前らの違いは『成績』だ……こんなふうにね」


 天月はふと自分のいる屋上から下を見下ろした。

 在野には補修もまともにされていない古ぼけた建物しかない。

 ここから見える魏呉蜀の建物に比べれば、なんともみすぼらしい。


「三学の基本論理は弱肉強食。在野は格好の餌食。毎年、落第点を取ったかなりの数の生徒が在野に送られる。その子たちだって、成績が上がればまた魏呉蜀に戻れると最初のうちは考えるわ。でも現実はそんなに甘くない。そりゃ当然ね。教育自体が違うんだから。優等生を教えるための教育と落第生のために用意された教育。それが一緒なわけないわよね」


 その結果、成績の差は広がる一方。在野にきた生徒が再び魏呉蜀に戻るのは相当難しい。


「ま、帰還に成功した生徒はかなり少ないな」


 天月は頭の後ろを掻きながら適当に答えた。髪に残った水気が気持ち悪かった。


「それも、他の子たちに希望をもたせて苦しめるためにわざと受け入れたのよ。魏呉蜀は帰還者を歓迎しない。一度『在野』のレッテルを貼られた生徒に向けられる視線は恐ろしいほど冷たいもの」

「……?」


 まるで、実際に見たことがあるかのような言い方だ。天月は怪訝そうにイェリエルを見た。その視線に気づいたイェリエルは首を横に振った。


「この学校に、最初から在野だった人なんていない」

「それはそうだな」

「私はもともと1年2学期の途中までは蜀の所属だったわ」


 イェリエル・乃愛。彼女に関する『資料』なら天月も既にだいたい目を通していた。もともとは蜀でも嘱望される人材だったが、ある事件を起こしたことで在野に追いやられたと記されていた。


「その時、在野から蜀に復帰した先輩がどんなふうにいじめられるのか見たわ。目を疑ったわ。まるで人間じゃなくて、おもちゃで遊んでいるみたいに。そんなことがごく当たり前のように行われていたの」


 イェリエルは到底耐えられなかった。


「気づいたら他の先輩たちと喧嘩してた。教室はめちゃくちゃ。後輩が先輩に向かって殴りかかったんだから、在野になるのも当然ね。本当は私が在野になったことなんてどうでもいいの。あの時はちょっと暴れすぎたしね。……後悔なんて全くしてないけど。ニャオーン♪」


 猫のようにいたずらっぽく笑いながらイェリエルはくるっと一周した。その直後、天月はぎょっとした。もとの位置に戻ったイェリエルは恐ろしいほど真面目な表情に変わっていた。


「―――気に入らない」


 イェリエルには、特に確固たる思想があるわけではない。まだ幼い少女に、思想とか理念とか、そんなものをつきつけること自体、おかしなことだ。


「どいつもこいつも、みんなみ~んな気に入らない」


 ただ、イェリエルには気に入らないことを気に入らないとはっきり言える力がある。


「こんなの面白くない。だから」


 猫が動く。猫はかなり気まぐれだ。自分の気が向くままに動く。その行動は予測不可能で―――。


「全部ぶっ壊すことに決めたの」


 危険で魅惑的だ。

 姫貴の言うとおりだ。美しい花ほど鋭いトゲがある。イェリエルは鋭いトゲを隠し持っている。


「俺、こう見えても一応生徒会長なんだけど、かなり危ないことを堂々と言うんだな」

「あなたが平凡な生徒会長ならこんな話しないわよ」


 天月はこの少女が一体自分をどう思っているのか、しばらく悩んだ。


「実は、在野の現状をひっくり返せる秘策があるの。逆転の一手。これさえ成功すれば、もう誰も在野を見くびれない。生徒会長さん、あなただって在野がなめられるのは不愉快だって言ってたでしょ? だったらあなたも一緒にやらない? 生徒会長が私たちの味方になってくれたら天下無敵だわ」

「うむ……。私たち?」


 まず、天月はひっかかった部分を口にした。


「ござを敷いて遊ぶ一派。在野の非公式サークルよ。性格は多少難ありだけど、みんないい子たちよ。それに実力だってある。絶対、魏呉蜀の生徒たちになめられるような子たちじゃないわ」


 天月は頷いた。


(十中八九、そのござ一派の中心はこの子だな)


 イェリエルには、三神姫貴と似ているようで違う力が感じられた。


「さあ、どう?」

「俺はパスだな」


 ただ、それに応じるかどうかはまた別の問題だ。天月はあまり関心がないとでも言うように、鼻くそをほじくった。

 イェリエルはびっくりして目を瞬く。


「どうして?」


 天月は鼻から指を抜いて適当に鼻くそを払った。


「面倒くせぇ」

「……」


 天月は半分閉じた目で、かったるそうにあくびをした。イェリエルは「面倒くさい」という答えが返ってくるとは予想していなかったのか、唇を尖らせた。


「あなたが在野の生徒たちの現状を知っているのなら、必ず応じると思ったんだけど」

「俺は在野だけど、厳密に言えば少し違う。ただの『在野』ではなく、『生徒会長』だ。魏呉蜀から可愛い女子生徒を送り込んでゴマをするくらいだ。俺を味方につければ争いで有利になるからな」


 ハーレムは最高だ。―――と考えている天月だが、紫の鬼神と赤い馬のせいでまともに楽しめたことはない。そう思うと天月はまた少し憂鬱になった。


「それに生徒会長の名牌カードは所属の制限を受けない。だから在野の問題は俺の問題にはならないんだ」


 金縁。この学校でたった4枚存在する色のカードが光った。中でも『献帝』のカードは特別製だ。


「そんな理由で俺がこの話に乗る必要はない。在野の問題は在野でなんとかするんだな。ふあーん。ああ、面倒くせぇ」

「……そうね」


 イェリエルは猫耳帽を深く被り直した。


「確かに献帝も特権階級だった。可能性があると思ったのに断られるなんて」


 猫耳帽の下でイェリエルの瞳が輝いた。それを見た天月は「やっぱり」と納得した。


(俺がどう出るのか見極めるつもりだったんだな)


 イェリエルにとって生徒会長の天月はそれほど重要な要素ではない。ただ、後で変に動いて計画を邪魔されるとまずいので、こんな提案をしたまでだ。

 巻き込めるなら、それはそれでOK。

 もし応じなければ、その時は他の対策を立てればいい。

 本当に鋭いトゲだ。天月は内心冷や汗をかいた。


「確かに生徒会長が在野だからこっちの味方になってほしいなんて、虫がよすぎる話ね。仕方ない。でも―――」


 イェリエルがにっこりと笑った。そして―――


「くあっ!」


 容赦なく天月のすねを蹴り上げた。


「女子に恥をかかせるなんて。断り方が最悪よ」


 イェリエル舌をペロッと出して天月を冷やかした後、屋上の扉に向かった。扉を開けて天月のほうを振り返る。


「それじゃ、またね~。ニャオーン」


 猫のようにいたずらっぽく笑い、イェリエルは扉の向こうに消えていった。相当強く蹴られたのか天月は悶絶しながら屋上をゴロゴロと転がっている。


「く、うう、あし、あしがあああ」


 餌を食べ終わった三毛猫は屋上で転ぶ天月を見ながら首を傾げた。


 ――ミャー?


 当分猫は見たくないと思う天月であった。


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