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第6話 猫少女は裏取引を持ちかける

―――報告を受けた少女は、執務室の椅子に体を預け、二日前のことを思い起こした。


「あなたが魏の頭の曹操孟徳?」


 イェリエルは急に少女―――曹操こと三神姫貴(ひめき)を訪れた。

 ここは魏の本拠地の中央校舎「許昌」。魏の所属の者でなければ、許可無く入れない場所だ。しかし、イェリエルは許昌、しかも執務室の来客用ソファーにゆったりと寝そべっている。


「うわ~見てよ、この施設。ソファーも超ふかふかで眠っちゃいそう」


 姫貴は無言で執務室の椅子に腰掛けた。彼女の机は下が透けて見えるようになっている。理由は簡単だ。ストッキングに包まれた脚を見て発情する輩から観覧料を取るためだ。

 姫貴が少しも驚いた様子を見せないので、イェリエルは舌打ちした。


「魏に何の用? イェリエル乃愛」

「私を知ってるの?」

「使えそうな人材はほとんど把握してるわ」


 イェリエルの帽子についた猫耳がピクリと動いた。曹操は「あれはどんなメカニズムで動いてるのかしら」としばらく考えた。

 姿勢を正したイェリエルは銀髪少女の方を見た。


「曹操孟徳は三学システムの象徴的人物だって聞いてたから、どんなクズみたいな人間が出てくるかと思ってたけど、意外とそうでもないみたいね」


 イェリエルの言葉には三学への敵対心がたっぷりとにじみ出ていた。曹操も、在野の生徒が三学に対して反感を抱いていることくらいは知っているので、あまり気にかける様子もない。


「クズよ。クズの王様☆ あなたたち在野からすればね」


 それに姫貴は自分が何と呼ばれようが気にしない。自分の価値を決めるのは、他の誰でもない彼女自身だからだ。


「目的が何なのか、単刀直入に言いなさい。クズの王様はクズどもの管理でお忙しいご身分なのよ☆」

「……こっちだって長居するつもりなんてないわ。取引を提案しにきたの」


 取引という言葉に、書類を整理していた姫貴は手を止め目をパチクリさせた。


「お望みは?」

「在野前の共用エリアの文房具店を、つい最近蜀に奪われた。そこを魏に占領してほしいの。魏は所属を問わず元の値段の1.2倍を適用するから蜀よりましなのよ。蜀が倍の値段を適用するのは在野だけだからね。これがまず一つ」

「見返りは?」

「DRAGONの『カンニングペーパー』アプリに関する情報」


 姫貴は口笛を鳴らした。イェリエルは名牌カードを取り出し、手でくるくる回した。


「まだ魏ではカンニングアプリがあまり広まっていないんでしょう? 私の提案は二つのうち一つよ。一つ目。魏でカンニングアプリを大量に拡散させる。三学で成績が上がるってことは戦力強化につながるってことでしょ? そして二つ目。このカンニングアプリが使えないようにするパッチを渡す。こっち系のプログラムに詳しいやつがうちにいるの。分析に多少時間はかかったけど、パッチを作ることに成功したわ。どっちがいい?」

「考えるまでもなく後者ね。パッチよ」


 イェリエルの猫耳が驚いたようにぴくついた。


「なめられちゃ困るわね。結果は努力の産物よ。玉璽代理人の能力は努力に対する対価。カンニングでいい点もらって玉璽代理人の資格を得たところで、所詮豚に真珠よ。魏には身の程知らずの着飾った豚はいらないわ」

「―――ニャオーン♪ イカすわね」


 イェリエルは大きな帽子のつばを押さえながらクスッと笑った。


「OK。パッチを渡すわ。それじゃあ、二つ目の取引を提案していいかしら? 今回私がかけるのは『所属変更アプリ』よ。これは重大な違法。これのパッチも用意してる」


 イェリエルがここに入ることができたのも、ハッキングを通じた『所属変更』のおかげだ。新しいバージョンのアプリは「赤兎」の感覚すら欺いたのだ。そうでなければ、この場にたどり着く前に赤兎に連れて行かれたはずだ。


「ずいぶん対応が早いわね。もしかして、あんたたちがDRAGONじゃないの?」

「もしそうなら取引なんて提案しないわ。こんなハッキングツールが作れる実力があったら、とっくに他のアプリを作ってこの学校をめちゃめちゃにしてるわよ。それに、他のところでパッチを作ってしまえば取引自体が成り立たないじゃない? 時間勝負だから急がないと」


 姫貴は納得したのか頷いた。


「二つ目の取引の条件は?」

「こっちはあんたたちに直接動いてもらう必要がないから、話は簡単。私たちの望みは―――」


 イェリエルの提案内容を全て聞いた姫貴は思わず吹き出した。

 確かに魏が直接手をくだすことはない。ただ、実際にイェリエルの計画通りになれば、魏にもかなりの影響を与えるだろう。その余波は魏だけではなく、三学全体に及ぶに違いない。

魏の責任者である以上、こんなことを承諾するわけにはいかない。

 しかし―――。


「いいわ。ただし、その時は私も見に行く」

 個人的に興味をそそられた姫貴はイェリエルの取引に応じた。


 その時のことを思い出した姫貴は微笑んだ。


(面白い子だったわ。できれば魏に連れてきたいところだけど無理でしょうね。下手すれば、魏を内部から滅ぼしかねない子だし)


 そう考えながらも姫貴は残念だった。帽子の下に隠れた美しい少女の顔が思い浮かんだ。至極普通の趣向の持ち主である姫貴すら、思わず魅了されるほどだった。


(これからが楽しみね。うふふ)


 姫貴は、ふと昨日別れ際に天月が言っていたことを思い出した。彼は面倒そうに鼻をほじくりながらこう言った。


[何言ってんだ。イェリエルがトゲなら、お前は全身に剣を隠し持ってるレベルだろう? 変なこと言うよな]


「イェリエルが無理でも天月は本当に欲しいんだけどね……。ふふ」


 姫貴はそう言ってクスクスと笑った。


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