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第4話 学校一の天才のなれの果て

 血まみれになった男はがたがたと震えていた。


「さ、散歩から逃れようと、か、会議をしたのに。ゴホッ。な、なぜ」


 彼が動くたびに血がポタポタと滴り落ちた。赤兎は散歩に行って気分が良いのか、満足そうな顔でニンジンクッションを抱いてソファに寝転んだ。


「いっそのこと献血をさせてくれ。マイRh-」


 天月は血でベタベタになった髪の毛をくしでかきあげた。血に染まった生徒会長のできあがりだ。

 鏡を見ながら血を拭いていた天月は恨めしそうに桃寧を見た。桃寧は冷や汗をかきながら視線をそらした。


「だ、だから私も少し興奮するだけですぐに呂布が出てきちゃって……。うう」


 桃寧は2本の指をもじもじさせた。ちょっとしたことで紫に変身することを反省しているようだ。


「憑依は結局玉璽に残された記憶の欠片に過ぎません。実際の霊魂ではないのです。実際の歴史、演技、色んな民話等々、様々な記憶が混在した偽物に過ぎないのです。抑えようと思えばいくらでも抑えられるのですよ」


 赤兎は生徒会の本棚にぎっしり詰まった漫画を取り出しながら桃寧にアドバイスした。


「言うのは簡単だけど、具体的にどうすればいいの?」


 桃寧は期待を込めた瞳を輝かせた。


「根性?」


 赤兎は短く答えた。ちょうど手にとった漫画は、根性と熱血あふれる主人公が登場する少年漫画だった。


「し、真剣に聞いてるんだけど」

「真剣ですよ。勇気と根性さえあれば世界平和だって守れます」


 赤兎は漫画を読みながらソファに寝そべった。ニンジンクッションを枕にして漫画を読む姿はどう見ても真剣ではない。

 桃寧が泣きそうな顔で恨めしそうに赤兎を見たが、馬少女は微動だにしなかった。彼女はもう完全に漫画の世界に入り込んでいる。


「とにかく、DRAGONのアプリは、普通に使えば実生活に役立つものや趣味用の簡単なゲームから、この学校の趣旨を脅かすものまで多岐に渡る。仕方なく俺たちも真剣に対応しなきゃならないってことだ」


 天月は面倒くさそうに鼻の穴をほじくった。一体どこが真剣なのかわからない。


「具体的に何をどうするの?」


 闇のルートを塞ぐのは現実的な解決策にはならない。DRAGONのアプリを防ぐには根本的な対策が必要だ。


「コンピューターは太郎の得意分野じゃない? 1年の時は名牌カード専用アプリもいくつか作ってたし。何か方法があるの?」

「ウジ虫にそんな才能があったのですか?」


 漫画を読んでいた赤兎が驚いたように顔を上げた。


「うんうん。献帝になる前の天月はすごかったの。本当なら『曹操』は天月がなってたはずよ!」


 桃寧はまるで自分のことのように嬉しそうにはしゃいだ。桃寧の言葉に赤兎はさらに驚いて天月を見た。現在「曹操」の玉璽代理人は三学創立以来きっての天才と呼ばれるほどの人材だ。桃寧の言うことが事実なら、天月はその天才に肩を並べるほどの逸材ということになる。


「ふっ」


 天月は血に染まった髪の毛をかきあげた。


「過去によって男は磨かれるのさ」


 キラーン。整った真っ白な歯が輝いた。


「そんなにすごい人がどうしてこんなウジ虫に……」

「……おい、赤兎? お前本当に悪意ないのか?」

「はい? 正当な評価ではないですか?」

「……」


 そして沈没した。

 天月は歯ぎしりをしながら、「今に見てろよ、覚えとけよ」とつぶやいた


「一番簡単な方法はパッチを作ることだ」

「パッチ?」


[PATCH]。天月はホワイトボードに大きく書いた。


「名牌カードには独自のウイルス対策ソフトがあるんだ。それをパッチする。対象のアプリが起動しないように制限をかけるくらいならできるだろう」


 天月が考えた方法とは、ウイルス対策ソフトを利用して、対象のアプリが実行されないようにするものだ。そのパッチを強制的に生徒たちにダウンロードさせれば問題は解決する。


「それに実はもう作ってある!」


 天月は自分の名牌カードを差し出し、自信満々に笑った。他の人が見れば腹が立つほど自信に満ちあふれた笑みだ。


「わ〜、やっぱり太郎はすごいわ」


 桃寧が感嘆しながら拍手した。彼女が拍手を送ると、天月はさらに得意になって「ふはははは!」と高らかに笑った。


「黙ってください。二度と笑えないように声帯を根こそぎ引っこ抜きますよ?」


 赤兎の一言に天月は顔が真っ青になり口を閉じた。天月がぶるぶると震えると、赤兎は大きな目をぱちくりさせながら首を傾げた。


「赤兎。これから少しずつでいいから罵声と一般の言葉の違いを覚えましょうね?」


 桃寧は苦笑いを浮かべながら赤兎に忠告した。「罵声?」赤兎はきょとんとしていた。


「えっへん。とにかく以前アプリをいじってた頃を思い出しながら作ってはみたけど、テストはまだなんだ。一度試してみるか?」

「うん。やってみる」


 桃寧は一瞬の躊躇いもなく答えた。


「じゃあ、まずパッチファイルを転送するぞ。送信…と」

「メールが来たわ!」


 しばらくすると、桃寧の名牌カードからメッセージ受信音が鳴った。 天月からのメールだと確認した桃寧は、メッセージを開けて添付ファイルをインストールした。


「PATCH…うん、インストール完了。これでいいの?」

「一度確認しないとな。きちんとインストールされてたら、カンニングアプリが起動しないはずだ。カンニングアプリ、まだ持ってるか?」

「うん」


 桃寧は頷いた。

 名牌カードの画面に並んだアプリの最後尾に、以前ダウンロードしたカンニングアプリがあった。桃寧はそれを指で軽くタッチした。

 カンニングアプリを起動させしばらく待つ。天月の言うとおりなら、パッチが起動してアプリが立ち上がらないはずだ。


【カンニングペーパー by DRAGON】


「あれ? 起動したわよ」


 アプリが立ち上がったことを示すDRAGONのロゴが現れた。

 桃寧が天月に名牌カードを差し出した。


「あれ?」


 天月は桃寧の名牌カードを覗いた。パッチをインストールしたにもかかわらず、カンニングアプリが起動している。予想外の結果に天月はぽりぽりと頭をかいた。


「くっそ~一体どこがおかしんだ?」


 天月は試しに自分の名牌カードでカンニングアプリを起動させてみた。だが、桃寧の名牌カードと違って、まったく動かない。


「俺のはパッチがちゃんと効いてるぞ? ファイル転送が不安定だったのかなあ……。もう一回送るからちょっと待ってろ」

「うん」


 桃寧は自分の名牌カードをいじった。カードの表には桃寧のカリカチュアがキュートに描かれている。一般生徒のカードと違って、呂布を象徴する鎧姿に武器を持っており、髪と瞳の色も紫だ。


(紫色の髪だって綺麗じゃない)


 カードには紫の桃寧がかなり可愛いく描かれている。まるで自分ではないみたいだ。とんだ自己陶酔だと思いながら、桃寧はカードを撫でさすった。


 ピリッ。


「え?」


 カードに触れた指がチクリと痛んだ。どこか身に覚えのあるような感触だ。

 一体どこで感じただろうかと、桃寧は悩み始めた。

 パソコンに安物のイヤホンを指した時、指に広がるあの感覚だ。何て言うんだっけこの感覚?

 やがて桃寧はその答えにたどり着いた。簡単な答えのはずなのに、頭の回転が遅いせいですぐに思い出せなかった。


「感電ね~アハハ」

 

 答えがわかってスッキリした桃寧は笑いをこぼした。


「ハハ…ハ? ……電気?」


---------3.

冷や汗が流れた。


-------2.

チリッ、チリチリ。名牌カードから心臓に悪い音が聞こえた。


---1.

 その瞬間、桃寧は自分の未来を悟った。


「どうしてえええええー!」


 名牌カードがまばゆい光に包まれ、電気が逆流した。ビリ、ビリビリ。生々しい感電音とともに桃寧は針で全身を突かれるような衝撃を受けた。


「はっ!」

「騎手!」


 突然の事態に天月と赤兎は驚愕した。


「あうううううううう…!」


 静電気が全身をマッサージするような感覚だった。

 桃寧は急いで名牌カードを手から離そうとしたが、カードは指にぴたりとくっついて離れない。


「ぎゃああああああ!」


 ピリッ、ピリピリ!


「一体何をしたんですか? ウジ虫!」

「聞かれたから答えるが、俺も知らん!」

「バカなこと言わないでください! 今あなたが渡したパッチとか何とかっていう怪しいもののせいでこうなってるんでしょうが! さっさとそのウジ虫の巣屈みたいな脳みそを働かせるのです!」

「そんなこと言われたってな」


 天月は電気ショックに痙攣している桃寧を見た。ビクン、ビクン。狂ったように桃寧の全身が踊っている。今起きている状況の原因は紛れもなく名牌カードだ。桃寧の『銀縁の名牌カード』を見つめていた天月は、やがて閃いた。


「そうか!」


 コクコクと頷きながら自分の名牌カードを突き出した。


「名牌カードの主なエネルギー源は『玉璽』だ。この学校の何処かに封印されている聖物『玉璽』から流れ出す力で起動している。玉璽から供給されたエネルギーを名牌カード内の装置で電気に変えて使っているんだ。だから、学校の外では名牌カードは動かない」

「だから?」

「それに、カードの等級ごとに最大電力は異なる。等級が上がるほど高仕様だからな。それを正常に起動させるにはかなりの電力を必要とする。それに、あのパッチはあくまで俺の名牌カード、つまり『六星』を基準に作られてるんだよ」

「……つまり?」


 天月は金縁が輝く名牌カードを頭上高く持ち上げた。無駄に派手だ。


「桃寧の呂布は『五星』! 俺のパッチを起動させるには、パワーが到底及ばない! それを起動させようと名牌カードが玉璽から無理に力を引っ張ってきたんだ。つまり、オーバーヒートしたのだああああ!」


 この男、スペックに応じた「互換性」という最も基本的なことを忘れるほど、能無しだった。


「…結局ウジ虫のせいじゃありませんか!」


 赤兎がばっと手を振り上げたその瞬間、急に空中に馬の後ろ足が現れ、そのまま天月のお腹を強打した。


「ぐえっ……!」


 天月は生徒会長の机をぶち壊しながら後ろに吹っ飛び、壁にぶつかった。普通の人間なら、死んでもおかしくない衝撃だ。


「おい、このクソ馬! 今のはマジで痛かったぞ? 死んだらどうするんだ!」

「なんでまだ生きてるんですか? このウジ虫! 死んでしまえばいいんです!」


 赤兎は強く蹴りすぎたと思ったのか、目に涙を湛えてあたふたした。言ってることとやってることがちぐはぐだ。


「とにかく、騎手をなんとかしてください!」


 ビリッ、ビリリッ。スパークがはじける。そのたびに「うっ! ひい? ぎゃお!」桃寧の悲鳴が上がる。今桃寧に触れば同じ目に遭うだろう。


「そうだ。遠隔操作でパッチをアンインストールすればいいんだ」


 天月は献帝カードの性能を利用して桃寧のカードを操作しようとした。金縁と銀縁のスペックの差は大きい。スマートフォンに例えると、ほぼ2世代以上の差がある。その力さえあれば銀縁カードの操作などお手の物……


「……うん? 間違ったかな?」

「うあっ!」


 ……ではないようだ。


「遠隔操作ってどうやるんだっけ? なんせやったことないからなあ……」

「ぐえっ!あぐぐ……!」


 天月は操作に手間取った。

 カードの問題ではない。扱う人間の問題だ。


「……!」


 桃寧の体がブルブル震えている。絶えず全身を駆け抜ける電気ショックで気が動転していた。


「た、太郎、は、早く、た、たひゅへて……」

「お、おう。ちょっと待て。あ、くそ、遠隔制御自体にはアクセスしたんだけど、パッチのアンインストールが難しいな。なんでこんなにややこしいんだ? こんなの作ったのは一体どこのどいつだ?!」


 お前だ、お前。


「ふあひゅ……」


 桃寧はガタガタと震えている。

 大きな瞳は涙でいっぱいだ。だらしなく開いた口からわずかに舌が出ている。半開きの口の間から、唾液がダラダラと流れ顎から滴り落ちる。


「た、たひゅへて」


 ろれつが回っていない。

 いつの間にか桃寧の全身は汗塗れになっていた。吹き出した汗がにじんで、まるで何時間も運動した人のように服もぐしょぐしょだ。汗だくの制服ごしに真っ白なブラジャーが透けて見える。汗がブルブル震える脚をつたって滴り続ける。


「た、太郎。ひっく? ひゃうっ?」

「おお、つながった。そしてこれをつなげば…あれ?」


 その時になってやっと天月は桃寧の格好に気づいた。

 ビク、ビクッ。

 ガタガタと震えながら涙を流す桃寧の姿が男の末梢神経を刺激する。


「た、た、太郎…ひっ」


 声すらエロチックだ。少し舌がもつれた発音が保護本能を駆り立たせた。


(これって、俺のこと誘っているのか?)


 どうしてそんな結論に至るのかわからない。

 ガクガクと震える桃寧を見ていると、天月の内なる何かが突き動かされた。今の桃寧を見ていると得体の知れない何か―――タブーに目覚めそうな気がした。


「あっ……ああん」


 ゴクリ。


(据え膳食わぬは男の恥!)


 天月の中に潜む禁忌の獣がその姿を露わにし―――


「これ以上時間をムダにしたら……なぶり殺しますよ?」


 クゥーンクゥーン。

 食物連鎖の頂点に立つ捕食者がここにいる。無垢な顔で暴言を吐く、馬少女の前で禁忌の獣は尻尾を巻いて逃げ去った。


「し、死ぬはとほもった」


 桃寧はまだ舌を上手く動かせないのか、発音がおかしい。

 天月は壁に頭を打ち付けられたままピクピクと震えていた。パッチをアンインストールした直後、恥ずかしさのあまり紫の鬼神に覚醒した桃寧にやられた。半殺しにされたのだ。


「うう……下着まで、か、完全にぬへちゃった。どうひよう? ひーん……はつほんがひゃんとできないいい、ふえーん」


 桃寧は今にも泣きそうだ。


「体育着があるでしょう? まずはそれに着替えましょう。小さな子どもじゃあるまいし、こんなことで泣くんじゃありません」

「ひっく……」


 桃寧は鼻をすすった。天月が壁のオブジェになっている間、桃寧は赤兎の助けを借りて着替えた。


(くそぉ……このやろう……)


 壁に顔を突っ込まれたまま天月は悔し涙を流した。


(わざとじゃないのにひどいじゃないか)


 天月は桃寧と赤兎への怒りに歯を食いしばった。今のは天月にとっても予測不可能な事故だったのだ。なのに、こんな仕打ちは理不尽すぎる。


「し、下着はどうしよう……あ、汗で完全にびちょびちょだわ」

「脱ぎましょう」

「え、えええ?」

「大丈夫。どうせ体育着なんだから着なくたって見えやしません」

「そ、そそ、そういう問題じゃないでしょう」

「はい、いいから黙って脱いでください」

「きゃあああ!」


 生々しい現場のライブ音が天月の耳元に伝わる。


「……ふふ」


 天月はほくそ笑んだ。

(我が人生に一片の悔いなし)

 今この瞬間こそ、天月、この男人生の絶頂であった。


 桃寧が体育着に着替えた後、天月はやっとのことで壁から顔を引っこ抜くことができた。

 天月はグリーンの体育着を着た桃寧を眺めた。

 天月にはわかっている。地味なイメージの桃寧だが、実はかなりのナイスボディーの持ち主であることを。小さな体格に比べてみっちり詰まった体型とでも言おうか。バランスよく膨らんだバストとキュッと引き締まったウエスト、そして丸みを帯びたヒップは理想的な黄金比率を誇る。


(今あの体育着の下に、何も着てないってことか――――――!)


 エロスの化身が今ここにいる。天月の鼻息が荒くなった。


「どうしたの? 会議続けないの?」


 桃寧はどうして天月が自分を見ているのかよくわかっていないようだ。純真無垢な顔で天月に聞いた。


「え? あ、うん。続けよう。本当に何も着てないのかを考察するディープな会議を……じゃなくて」


 天月は急いで咳でごまかした。ここで再び道を誤れば紫の鬼神が覚醒してしまう。赤兎馬に殺される。


「コホン。今回はこのパッチは使えそうにない。カードのパワーの違いを見落としていたとは、俺としたことが不覚だったよ……こりゃあ、最初から作り直すしかないな」

「作り直すって言っても、Byウジ虫パッチなんて怖くて使う人なんかいやしませんよ?」

「くっ」


 反論しようにも、たった今しでかしたことがあるからそうにもいかない。天月は大人しく黙っていた。


「大丈夫よ、天月。パッチをばらまいて違法アプリを使う生徒たちに、電撃をくらわせるのよ! そうしたら誰も使わなくなるはずだわ」


 桃寧は元気を出せと言わんばかりに、ガッツポーズをとった。かわいい。でも言ってることはなんとも恐ろしい。


「無理だよ。お前のは五星のカードだからそれくらいで済んだけど、それより低いレベルならもっとパワーが要るはずだ。そうなると名牌カードが玉璽からそれだけの力を無理矢理引っ張ってくることになる。受容可能な限度を超えた電流があふれてそのまま……。……。……ああ、何人か死ぬかもな」

「死ぬ?!」


 桃寧は驚愕した。一歩間違えれば自分がそんな目に遭っていたかもしれないということだ。彼女は体育着を掴んでブルブルと震えた。


「怖い、電気、怖い、怖い」


 やはり、さっきの感電がトラウマになったようだ。


「じゃ、じゃあどうするの? 違法アプリを使わないよう放送で呼びかけるとか?」

「それで解決するな、最初から広まってなんかないさ。特にカンニングアプリは防ぐのが難しい。人間は誘惑に弱いからな」

「確かに……。大して努力しなくても成績が上がるって聞けば、誰だってその気になるわよね。なんだか悲しい」

「だよなあ」


 天月と桃寧は悲しそうに頭を振った。人間の本性はどうにもならない。二人はそのことに悲しみを感じた。

 赤兎はニンジンクッションを抱きかかえてソファーに寝転んだ。


「誘惑に負けた張本人のくせに、よくもまあ、そんなウジ虫みたいに下劣なことが言えますね。脳みそがウジ虫であふれて自分たちがしでかしたこともすっかり忘れちゃったんですか?」

「「すいませんでした!」」


 天月と桃寧は赤兎に向かって腰を90度に曲げて頭を下げた。ちょっとばかり揚げ足を取るつもりだった赤兎は、二人の礼儀正しい姿に面くらい「……?……!……あら、え?」とあたふたした。


「じゃあ、一体どうしたら違法アプリを防げるの?」

「さあな。秘蔵のパッチもこんなザマじゃ、俺としてはどうしようもないな。とりあえず作り直すしかない。あーあ、面倒くせえ」


 誠意の感じられない天月の答えに、桃寧はイライラした。


「自分があげた議題なのに、誠意がなさ過ぎるわ。私は幼馴染君に、より真摯な態度を求めま~す」

「幼馴染ちゃんに訂正を求めま~す。言い出したのは俺じゃない。理事たちがうるさいから議題にしただけさ。それに、俺は一応対策案を出しただろ? 失敗だったけど」


 小指で鼻をほじくる姿に誠意など微塵も感じられない。


「正直俺たちがここで騒いだところで、何も解決できやしないよ。生徒会長の命令だからって従う人間がいるか? この学校に?」


 そう言って、天月は小指についた何かを弾き飛ばした。


「確かに……。魏呉蜀の生徒が従うのは各所属のトップであって、生徒会じゃないしね」


 生徒会がなんと言おうが、それに従う者はいない。


「これが生徒会の現状なのね。操り人形も同然だった三国時代の献帝みたい」

「……まあ、とにかく今このアプリに関して俺たちにできることはない。各リーダーたちがなんとかするだろう」

「会議した甲斐がないわね」


 力なくつぶやく桃寧を見ながら天月は肩をすくめた。生徒会室は妙な雰囲気に包まれた。普段より重い空気に赤兎は二人の顔色をうかがっていた。


(この二人もそれなりに悩んだりするんですね)


 こんな沈鬱な雰囲気にはあまり慣れていない。

 ―――そうすることしばし。赤兎は何かに気づいた。


「あ、戦争が終わりましたよ」

「会議終了!」


 赤兎の言葉が終わるや否や天月は椅子に腰を下ろした。


「あ、ホワイトボードに書いたのは消すなよ。会議をしたって痕跡くらいにはなるだろ」

「もう勉強しなきゃ。ううっ……ちょっとしか休めなかった」

「……そうだな」


 真剣な雰囲気はすぐさま打ち消された。あまりに急な切り替えに赤兎が目をパチクリさせている。


「あの、ちょっと。急に変わりすぎじやありません? 会議の結論も出さないままそれで終わりなんですか?」


 赤兎の抗議に天月と桃寧は顔を見合わせた。


「会議は最初から、戦争の参観がいやだから始めたんだろう?」

「私はちょっと勉強の息抜きがしたかっただけよ。いや、別に勉強なんか絶対したくないとか、そういうことじゃないのよ。ただの休憩よ、休憩。現実逃避じゃないから」


 天月は赤兎が読んでいた漫画を手にした。


「結論はまあ……一応努力はしました。でも無理でした、って後で理事たちに追及されたらそう言えばいいさ」


 無能だ。図々しい。意欲も0だ。


「うん。まあそれくらいでいいんじゃない? どうせ理事たちだってあんまり期待してないだろうし」


 このお嬢さんはまた一緒になって納得している。


「……。この人間たちは一体自分たちの仕事を何だと……」


 赤兎はそう言いながらも、先ほどの雰囲気がなくなったようで安堵した。


「ウジ虫、それは私が読んでいた本です! 汚い手で触るのはやめてください。早くこっちにください」


 彼女が好きなのは普段の馬鹿馬鹿しい雰囲気なのだ―――。

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