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第3話 生徒会は抗争中も通常運転

 侵略戦争、開始

 生徒会の予算でニンジンのクッションを買った。

 赤兎はそのニンジンクッションが気に入ったのか、暇さえあれば「きゃっきゃっ♡」と言いながらソファーの上を転がっていた。


「えへへ。ありがとうございます。騎手、ウジ虫さん」


 プレゼントをもらった時に見せた赤兎の笑顔に、天月は色んな意味で倒れそうになった。


「赤兎? 人に向かってウジ虫って呼ぶのは罵詈雑言っていうんだ、罵詈雑言。悪い言葉だってわかるだろ?」

「はい?」


 赤兎は意味がわからないというように目を瞬かせた。


「ウジ虫は天月さんを呼ぶ時の名称なのになぜ悪い言葉なのですか?」


 天月は説明を諦めた。

 今日も赤兎はニンジンクッションを抱いてソファーの上で寝転がっていたが、何かを感じ取ったのか鼻をクンクンさせた。


「外から戦いの匂いがします」


 赤兎はこれが何かすぐにわかった。


「侵略戦争ですね」


 ―――侵略戦争。

 魏呉蜀、どこかが相手方のエリアを侵犯したということだ。天月と桃寧の表情が少し変わった。


「よくもまあ、飽きないもんだ」


 天月は面倒くさそうに頭を掻いた。


「観戦しに行きますか?」

「戦争規模は?」

「小規模です」


 大規模の戦争が起これば生徒会は観戦が義務付けられる。それが「献帝」の役割だ。


「パス。小規模まで観戦する必要あるか? 面倒くせえ。あいつら同士勝手に戦ってればいいんだ」

「すぐそこですよ、ウジ虫。生徒会長は息をするのも嫌がるクソウジ虫に与えられる地位なのですか? どうせ仕事もしないくせに何がそんなに面倒なのですか? なぜ生きてるんですか?」


 天使のような笑顔で恐ろしい毒舌を吐く。悪意がないというところがさらにタチが悪い。


「ああ、すぐそこだと……? どこだ?」

「最近まで共用エリアだった文房具店です」

「ああ、蜀が占領したあそこか? 魏か呉か知らんがなんでそんなところを狙うんだ?」


 そこは学校の外れに位置している。拠点としての価値は全くない。あるとしても、せいぜい在野に嫌がらせするくらいにしかならないだろう。


「どうする?」


 問題集を見ていた桃寧が天月をちらりと見て尋ねた。

 単なる小規模戦争ならともなく、在野エリアのすぐ目の前で戦闘が繰り広げられている。しかし天月の答えはさっきと同じだった。


「どこがすぐそこだよ? 歩いて10分もかかるじゃないか。嫌だ。面倒くさすぎる。だから行くのは無理だ」


 人間のクズがここにいる。


「私が引っ張って行きます!」

「……殺す気が?」


 仕事を面倒だという男、彼の名は天月太郎。彼に自殺の趣味はない。


「じゃあ、何をするっていうんです? 毎日フラフラ、フラフラ、呼吸はちゃんとしてます?ニートですよ。引きこもりの廃人ですよ。ウジ虫だからウジウジしてるんですか?」

「エネルギー節約型人間なんだ。ロハス(LOHAS)ってやつさ。無駄なエネルギーの消費を減らす最高の暮らしだ」

「うう……」


 赤兎は不満そうに唇を尖らせた。


「えい! こうなった以上、玉璽の支援装置である赤兎馬が強制的に業務を開始します! そして生徒会長の献帝は戦争を観戦する義務有り! そういうわけで強制的に連れて行きます! 散歩です!」

「お前、そんなに俺を殺したいのか!?」


 すぐにでも天月を引っ張って走り出しそうな勢いだ。今すぐ馬に変身しそうな赤兎を見て天月は腰を抜かした。


「どうせやることもないじゃないですか? 強制的にGO! GO! です!」


 危険だ。このままでは無理矢理散歩コースだ。またRh-の血液で道を描く羽目になる。


「あ、うん、だから。く、くううう。どうしても行けない理由があるんだ」


 天月は危機を脱するために、秘蔵のカードを持ち出した。


「実は生徒会の仕事がある!」

「……えっ?」


 赤兎の顔が「この人間はまた何をふざけたことを言ってるのだ?」という表情に変わった。


「仕事があれば侵略戦争は観に行かなくてもOKってことだろ? ふふふ! ははは! この生徒会長の天月を見くびるでない。お前の散歩に付き合うくらいなら、たまった生徒会の仕事を片付ける!」


 仕事もしないくせに観戦もしないのかと文句を言われた。それで強制的に死の散歩に連れて行かれそうになっている。

 それなら仕事をすればいいじゃないか?

 あまりにも斬新な発想に赤兎も感嘆した。


「……うわ」


 この人間は一体何者なのだという意味の感嘆だ。


「生徒会の仕事って何があるのよ?」

「あるんだとも。それもものすごく面倒な仕事が。この際片付けてしまおう」


 これも全て死の散歩を避けるため!


「ううう、そんなの後でいいですよ。だから早く私と散歩に行きましょう! 散歩! 散! 歩!」

「目的が散歩に変わってるじゃないか、こいつ! それが玉璽支援装置の言うことか?」


 このままでは死んでしまう。天月は慌てて立ち上がると、ホワイトボードを前に引っ張ってきた。


[DRAGON 対策会議]


 天月がホワイトボードに書いた文字を見て、桃寧と赤兎は不思議そうな顔をした。


「会議?」

「そう、会議だ。このまま知らん顔したかったが理事たちがうるさいんだよ。これを機に片付ける!」


 黒のマーカーでホワイトボードをトントンと叩きながら、天月は意欲のない声で言った。

 

 ―――DRAGON.

 

 最近あちこちで聞かれる名前だ。


「DRAGONといえば、この前のカンニングアプリを作った人ね?」


 カンニングアプリ。愛憎の名前だ。桃寧はわずかに眉をしかめた。


「そうだ。桃寧。お前『闇のルート』って知ってるか?」


 何やら怪しげな名前が出てきた。天月はホワイトボードに「闇のルート」という単語を書き足した。


「闇の……ルート?」

「簡単に言うと違法サイト。特定のルートからのみアクセスできるようになってるらしい。教師には当然秘密。生徒も一部しか知らない」

「それで?」

「そこに『DRAGON』というIDを持ったやつが違法アプリをばらまいてるらしい」


 桃寧はやっとこの会議の目的がわかった。

 前回の「カンニングアプリ」を含む様々な違法アプリに関する根本的な対策を立てるための会議だ。


「その闇のルートを塞いだらいいんじゃないの? まずは配布先をシャットダウンすれば?」

「それは既に申請済みだ。ただ塞ぐのは難しい。闇のルートは一つだけじゃないんだ。俺を倒してももう一人の俺が現れる! っていう感じだな。それに既に広まったアプリに対する対処はできない」

「ああ……。そうなのね」


 桃寧は思った以上に事態が深刻であることに気づいた。アプリに関する問題はよくわからない赤兎は大人しくソファに座った。


「まずはDRAGONが作ったアプリにどんなものがあるか調べてみた」


 天月はホワイトボードにアプリの名前を順に書きあげた。


【所属変更】 : 魏呉蜀の所属を変更するアプリ。

【カンニングペーパー】 : 1つの教室内で正答を共有するカンニングアプリ

【スマホ用エミュレーター】 :i○sやアンド○イド用に作られたアプリを名牌カードで実行するエミュレーター。主にゲーム用。

【無料ショートメッセージ】 : 名前の通り。

【ワンタッチインターフェース変更GONテーマ】 :名牌カードのスマートインターフェーステーマ変更用。

【寂しいですか? そんなあなたのためのビキニ美少女写真】 :24時間、あなたの熱い夜のため……


「ちょっと、太郎。なんか変なのが入ってるわ」


 ビキニ美少女写真。桃寧が到底見過ごすことのできない名前を指摘した。


「ビキニ美少女写真って一体何よ?」

「うん? これだ」


 天月はアプリを起動した。もう少しで脱げそうな紐ビキニを着た女性がセクシーなポーズをとっている写真が表示された。


「きゃっ!」


 桃寧は驚いて目を覆った。赤兎は「あの子たちはどうして下着でうろついているのですか? 発情期ですか?」と純真な瞳を輝かせた。


「せ、赤兎はあんなの見ちゃダメ!」桃寧は慌てて赤兎の目を覆った。

「違法アプリが出回っている闇のルートでは評価は星三つ。生徒の反応はどれどれ……」


浪漫の徐庶を愛する匿名 : ああ、どうか購入履歴削除頼む(泣)

60過ぎてロリと結婚した誰かさん :美少女だと? どう見ても20歳越えてるじゃないか!作ったやつ出てこい! 少女の定義もわかっていないけしからんやつめ!

益州LOVE : これを作って流通させた者は神か?

七回逃亡 : 日焼け美女はいないんですか? 更新お願いします。


 桃寧は色んな意味で頭が痛くなった。


「ところで太郎はどうしてそんなアプリ持ってるの?」

「何を言う! 当然調査のためだ」

「そ、そう? そうよね?」


 調査のためだという言葉に桃寧は胸を撫で下ろした。


「特に13番の写真がお勧めだ。見てみろ。この息が止まるような女性の後ろ姿。お尻の食い込みを直すために水着の中に少しだけ指を入れている部分が特に」


【名牌技 : 騎乘=馬中赤兎】


 ―――鬼神は天月に赤兎との熱いデートを命令した。

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