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第1話 三学の頂点、曹操登場

 イェリエルはこの学校が嫌だった。


 だったら学校をやめればいいじゃない?―――と皆口では言うが、そんなに簡単な問題ではない。


 まず、世界的な「名門」である三学の卒業証書。

 在野であれどこであれ、三学を無事卒業すればかなりのスペックになる。とりあえず「スペック」さえあれば色々と恩恵が受けられる。子どものためにも、それを簡単に手放す親はいない。

 次に、三学は私立だが学費はそんなに高くない。

 これはかなり大きなメリットだ。試験に通過することが難しいだけで、受かれば安い学費で名門私立に通えるのだから、そんなに簡単に諦めるわけにはいかない。

 そして色んな個人的な事情もある。イェリエルも同じだった。

 そんな理由で、三学を自主退学したり転校したりする生徒は少ないほうだ。よって、三学社会の弱者はどうにかして耐えるしかないのだ。


「私はこの状況が虫唾がはしるほど嫌なの」


 じゃあ、どうすればいいのか?


「壊さなきゃ」


       ★    ★    ★


 DRAGON。

 その名前はじわじわと三学内に広がっていった。


「蜀でテストの時にこのアプリを使ってカンニングした生徒が摘発された」

「魏でもそんなことがあったぞ」

「呉も同じだ」


 三方向からそれぞれ違う声が聞こえた。


「在野はともかく、優秀な蜀の生徒がこんなアプリを使うわけがない」

「在野はともかく、優秀な魏の生徒がくだらない誘惑にひっかかるはずがない」

「在野はともなく……。すまん、呉ならあり得るかも」


 呉の席に座っていた初老の男が言葉を詰まらせ面目ないという表情で頭を掻いた。魏、蜀の席に座った二人の男は気にすることなく呉を無視した。呉の男は気まずそうに空咳をした。


「これについて、生徒会長から何かあるかね?」

「生徒会長なら当然この事態については知っているだろう?」

「知っていることがあれば言いなさい」


 三人の男に囲まれて天月はポリポリと耳を掻いていた。


「まあ、そういうものが広まっているという事実は知っていましたが」


 不発に終わったが実際に使おうともした。その時のことを思い出しながら天月は三人の男を見た。この学校の理事たちである。


「詳細については何もわかりません」


 天月の言葉に男たちが激憤した。


「生徒会長がそんなに無能でどうする?」

「生徒会長がそんなに無関心でどうする?」

「生徒会長なら自分の学校にちょっとは関心を持ってはどうかね?」


 面倒くさい。天月は理事たちの言葉を適当に聞き流した。


「無能で申し訳ございません。献帝ですので。皆様が好きなステータスで言うなら智力は42です。平均にも達していません」


 天月の答えに三人は黙った。


「生徒会長の役割はあくまでも三学内の紛争が過熱し過ぎた時の干渉です。このような問題を処理するのは私ではなく、魏呉蜀の君主の役割では?」


 天月は自分の責任を自然と他人に擦り付けた。生徒会長としての意志は微塵も感じられない。しかし理事はそんな天月を責めはしなかった。


「全く意志がないようだ」

「無能だ」

「それでこそ献帝」


 ―――かえって献帝が無能であるという事実に安堵を覚えたようだ。天月はそんな三人を見ながらそっと口を開いた。


「実際この学校は厳しすぎるんですよ。カンニングする生徒はどこにでもいますが、この学校のシステムは誰でもカンニングしたがるようになってるんです。ちょっとくらい緩くしてくれてもいいんじゃないですか?」

「うるさい」


 天月の言葉に魏の男がすぐに反応した。


「三学のシステムは生徒の効率的な育成のために設けられている。紛争を通じてお互いの能力を高め、優秀なものは憑依を通じてその能力を最大化する。これのどこが問題だというのだ?」

「……」

「君、三神グループ理事長の孫娘と親しいからといって学校の内政に干渉するような言動は控えてくれ。……ハッキングについてはわかったからもう出て行ってよろしい」


 天月は男たちに向かって軽く礼をした後、部屋を後にした。


「やはり献帝は誰がやっても無能だ」

「中心となる献帝が無能だからこそシステムが上手く回るんじゃないか」

「これも紛争を望む玉璽の意図だろう」


 天月が出て行くと、扉の向こうから理事たちの声が聞こえてきた。しかし天月は気にしなかった。やっと自由の身になった天月は安堵のため息をつ―――


「ごきげんよう?」


 ―――けなかった。


「……虎穴から脱出したと思ったら今度は恐竜か?」


 まるで雪原を彷彿とさせる髪色の少女が手を振った。女性を恐竜に例えるなど失礼極まりないことだが、少女はむしろ嬉しそうに笑っていた。


「あはは。理事ごときを虎に例えるのはやり過ぎだけど、私の威厳は確かに恐竜そのものね」


 理事たちにはそれなりに威厳と品格があった。しかし。


「結局あいつらは私の下で這いつくばる人間だから☆」


 この魅力的でありながらも可愛らしい声の少女には遠く及ばない。彼女が放つ圧倒的な「光」の前では、理事たちの「カリスマ」など色あせて見えるだけだった。

 この少女こそ、私立三緑高等学校―――三学の頂点。


「曹操孟徳」


 治世の能臣、乱世の奸雄。魏の武帝であり三国志のもう一人の主人公とも言える人物だ。


「我、人に背くとも、天下の人、我に背かせじ」


 実に傲慢な言葉を残した人物ではあるが、実際に乱世は彼の天下だった。今、「曹操」の名を受け継いだ銀髪の少女が三学の「頂点」にいるように。


「二人きりなのにその名前で呼ぶの? 曹操孟徳は確かに私が憑依を受ける存在よ。でも曹操孟徳は私じゃない。それは私を飾るために存在するアクセサリーのようなものに過ぎないわ」


 少女は「曹操」をまるで暇つぶしに身につけるアクセサリーのように扱う傲慢さを見せた。それはまるで天下を自分のものと考えた曹操の姿に似ていた。


「さあ、どうかレディーの名前を呼んでくれない? ジェントルマン?」

「そんな気持ち悪いセリフ口にするんじゃねえ。反吐が出そうだ」


 天月は面倒くさそうに鼻の穴をほじくった。少女はそんな天月の態度が不満そうだった。


「名前を呼べる栄光を与えてやるって言ってるのにその態度はあんまりじゃない? 他の生徒だったら私の名前を呼ぶたびにお金をとるわ」


 天月はふと自分の制服についている商標に目をやった。「三神」という名前が刻まれている。制服だけではない。この学校に存在するすべてのものに「三神」の名がついていた。

 三神姫貴――それが彼女の名前だ。この学校を運営しているのは、三神財閥である。


「いつかこの学校は私のものになるわ。学校だけじゃない。この学校を運営するための莫大な資金を維持する三神グループ自体が私のものになるの。どう? ちょっとは呼びたくなった?」


 天月は鼻の穴から指を抜いた。


「じゃあ、まずは曹操を諦めろ。三神なんとかさんなのか、曹操さんなのかややこしいんだよ」


 少女は、天月がこう出ると予想していたかのように肩をすくめた。


「じゃあ私はこうお返しするわ。いますぐ献帝の座から退きなさい。それは呪いなのよ。混沌とした時代の流れの中で何もできなかった無力な後漢の亡霊よ」


 献帝。それは生徒会長天月が憑依を受けた玉璽の記憶である。


「呪われた聖物の『玉璽』についてはあなたも知ってるでしょう? 他の生徒は三神グループが開発したスーパーコンピューターじゃないかって思ってるけど、とんでもない。玉璽代理人となって記憶の『憑依』を受けた者はいずれ悟るのよ。―――これはそんなに単純なものではないことにね。なぜなら憑依した瞬間、その記憶が夢のように蘇るのだから」


 大陸を駆け抜ける。一つの時代を生き抜いた「英雄」たちの記憶。

 玉璽代理人になった者は皆その瞬間の記憶を思い出す。まるで「本物の英雄の霊魂」になったかのように。


「そして本能で『紛争』の必要性を感じるのよ☆ まるで三国の歴史を再現しようとするかのように。戦って、戦って、戦って、戦いまくるの。それが自分の使命であるかのようにね。―――でもそれは勘違い。玉璽代理人の体の中に入ったのは『英雄の霊魂』ではないわ。それは玉璽に残った記憶の欠片よ」


 この学校の玉璽は他のものを意味するのではない。実際に三国時代に存在した貴重な宝。


 ―――玉璽のことである。


「戦争、そこには人間の正義、理念、憎悪、愛情、憤怒、悲しみ、あらゆる感情が渦巻いているわ。それを全部吸収した宝はついに壊れてしまった。そしてそれは呪いへと変わり、当時の状況を絶えず再現しようとしたわ。周りの人間を『代理人』に選び争いを起こす。だから玉璽は封印され長い間眠っていたの」


 天月は大して興味がなさそうな顔だ。


「玉璽代理人なら皆知ってる話をなんでわざわざするんだ」

「なんとなく、あんたの状況の再確認?」


 天月が聞こうが聞くまいがお構いなしに、少女は続けた。


「玉璽を発見してこの地に持ってきたのは私のおじいちゃんよ☆ おじいちゃんは文献を通じて、玉璽の代理人となる者の能力が上がるという事実にたどり着いたわ。おじいちゃんはそれを利用するために、長い間玉璽を封印してきた者たちに新しい封印の方法を提示したの。玉璽の望み通り紛争を起こせる環境を与えてやる。その変わり、それを教育に利用する。これは革命的な方法だった。その証拠に、この学校をモデルに世界各地で玉璽と同じようなものを使って学校を作ったんだから。それがまさに『聖物カリキュラム』!」


 天月は黙って話を聞いていた。


「紛争も玉璽代理人も、全ては『人材』を育成するためのもの。呪いをも逆に利用するなんて、とても効率的なやり方だと思わない? 私はこんな方法を生み出したおじいちゃんを心の底から尊敬してるわ。それでなんだけど……」

「うん?」


 少女は急に天月に抱きついた。急な少女の行動に天月は目をぱちくりさせた。少女はすぐに天月から離れると、後ろに数歩下がった。


「ジャ〜ン」


 銀髪少女の手には見覚えのある金色の名牌カードが握られていた。天月はそれが自分の名牌カードであることに気づいた。


「何の真似だ?」

「名牌カード。玉璽の記憶を効率的に管理するための装置よ。それ以外にもいろんな機能が入ってるけど。さ〜て、太郎の現在のステータスは?」


名前 : 天月太郎

玉璽代理人 : 献帝 <所属:在野 >

等級 : 六星

能力 : 統率: 36 武力: 30 智力: 39 政治: 38 魅力: 34


 名牌カードに書かれた数値を確認した少女は天月を嘲笑った。


「一時は神童、麒麟児ともてはやされた少年が今や平均能力にも満たない無能だなんて。皮肉なもんね」

「返してくれ」


 天月は少女の手から名牌カードを取り返そうとした。


「それに性格までおかしくなっちゃって。それとも、今のが本当の姿? だったらがっかり☆ 今のあんたには品格なんて見当たらないもの」


 少女はひょいと身をかわした。


「玉璽は献帝が『無能』だと記憶している。玉璽は最も高い地位に立つものに例外なく『献帝』を与えるわ。献帝が三国を治められるほど有能なら、紛争は成立しない。だから頂点に立つ者を無能にするの。それこそまさに呪いなのよ。あんたはこんなザマになってまで一体何がしたいの?」


 少女の問いに天月は何も答えなかった。少女も答えを期待したわけではなかったのか肩をすくめた。


「まあ、誰も止められるわけないわよね。献帝になるって言った時も反対したのに一切耳を貸さない頑固一徹なんだから」


 少女は名牌カードに軽く口づけした後、天月に投げた。薄く口紅を塗っているのか唇の痕がついていた。


「もう一度言うけど、私はおじいちゃんが作ったこの学校が好きよ。素晴らしいシステムだと思ってる。だから少しでも変な気を起こしたらあんたでもただじゃおかないわよ」

「俺が何をしたってんだよ?」

「……それもそうね?」


 天月の抗議に少女は舌を出して照れ笑いした。


「だってあんた、中学の頃からトラブルメーカーだったじゃない? 生徒会長になったのも、何かしでかそうと企んでるんじゃないかって思っただけよ。違ったならゴメン☆」

「……俺はかなりの女好きだがお前がぶりっ子するとおかしなくらい寒気がするんだ。どうしてだろう?」


 少女は怒ったように唇を尖らせた。そしてもう用は済んだというように後ろを向いた。


「いつか頼むから名前を呼ばせてくださいって泣きつかせてみせるわ☆ その時になって、ああ、あの時その有り難い名前を呼んでおくんだった〜って後悔しないことね」

「へい、へい」


 適当に答えながら天月は鼻をほじった。どんなにかわい子ぶっても効果がないので、少女は舌打ちして歩き出した。


「あ、そうだ」


 少女は思い出したように立ち止まって振り向いた。


「在野にイェリエル・乃愛って子がいるでしょ? 知ってる?」

「ああ。知ってる」


 あの銀河の星屑は忘れられない。


「あの子は要注意人物よ。気をつけて」

「あん?」


 突拍子もないことを言い出すものだと、天月は顔をしかめた。少女は手で口を覆って笑った。


「あの子生意気にも私より美しいのよ。この私に『観覧料を払わなきゃいけないかしら?』と思わせたくらいなんだから。それに、私もそうだけど、美しいものにはトゲがあるって言うでしょ?」


 特にあの子のトゲはかなり鋭いわよ―――。

 少女は一言付け加えた。

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