第5話 卑怯な生徒会長
二日後。
私立三緑高等学校在野所属2年7組の教室。
世界史テストの時間。
実際に違法アプリを使おうとしているアホ会長がここにいた。
授業が始まると教師はすぐに答案用紙を配布した。天月は待ってましたと言わんばかりに名牌カードのカンニングアプリを起動した。
このアプリはクラスの生徒全員の頭脳を一つにしてくれるスーパーカンニングソフトだ。わからない問題はお互い教え合いながら協力する。クラス全体が一心同体となり、難関を乗り越える素晴らしいアプリなのだ。
―――と考えている時点で腐りきっているが、天月にとってそんなことはどうでもよかった。
ところが10分経過した頃。
「ど、どうなってるんだ?」
誰一人アプリを立ち上げない。画面で見るとアプリを実行しているのは天月と桃寧、二人だけだ。
「Q1. 中国の魏晋時代。西晋が滅亡するきっかけとなった内乱の名称は?」
第一問から全く進まない。この問題は生徒会室で見たような気もするが、答えは思い出せなかった。天月はちらりと桃寧の方を見た。
「う、うう」
桃寧は穴が空くほど名牌カードを睨みつけていた。しかしどんなに見つめてもアプリに動きがないので、戸惑いを隠せず「呂布」の特性を発揮していた。
瞳は紫。髪の毛も紫。怒りで興奮した時と同じ症状だ。桃寧は目に涙をためながら天月に目で訴えた。
「天月、一体どうなってるの?」
「俺にもわからない」
幼馴染流奥義。アイコンタクト。
「アプリが故障したのかしら?」
「アプリには異常ない」
これが頼みの綱だった。だから勉強もしなかった。天月と桃寧は進退両難に陥った。
「このぽんこつアプリめ!」
天月は全ての責任を罪のないアプリに押し付けた。事情を知っている人なら誰もがこう言っただろう。
―――お前本当に生徒会長か?
【アプリケーションを起動しますか? [YES / NO]】
実は生徒らの名牌カードにはアプリの実行を選択するウィンドウが表示されていた。しかし、誰一人としてYESを押す勇気がなかった。
ゴオオオオオオオ―――。
教室の一番後ろで紫の鬼神が乱気を帯びた目をぎらつかせていた。
「何だ何だ? 怖い。どうしたんだ?」
「誰か呂布の逆鱗に触れたのか?」
「目が! 目が光ってるわ!」
玉璽代理人呂布。
テスト開始直後、彼女は突如鬼神モードになった。その闘気、殺気が四方を支配し、他の生徒は気が気ではなかった。
カンニングを防いでみせると意気込んでいた教師は一言も発することができず、教卓の椅子に大人しく座っていた。鬼神が怖すぎて動くにも動けなかったのだ。
「ア、アプリケーション起動しないのか?」
「あ、あれ見てみろ。俺たちがカンニングしないか監視してるぞ。こんな状況でどうやってカンニングアプリを使うんだよ?」
呂布こと、桃寧は三学風紀委員を代表する存在。しかも生徒会副会長も兼任している。そんな彼女は今フルパワー全開だ。一人の生徒が名牌カードにそっと手を伸ばした。そして桃寧と目が合った。
「―――」
卒倒した。
「せ、先生! 出席番号24番ナ・ジョヨンが気絶しました!」
「テ、テストが終わったら保健室に運びなさい」
そんな状況なので誰もカンニングをしようという気になれなかった。教師は恐怖で震えながらも感嘆した。
「すごいぞ。生徒会長に頼んだ時は特に期待しなかったが」
三学の生徒会長は能無し。
この学校の者なら誰もが知る事実だ。世界史の教師も頼んではみたものの、大して期待はしなかった。
「呂布を利用して端からカンニングを防ぐとは。強圧的な手段ではあるが、不正を根絶やしにするという意思が感じられる。生徒会長・天月太郎と副会長・桃寧、な、なんと素晴らしい生徒なんだ!」
彼らのどこが能無しなのか? 教師は自分の考えを改めなければと思った。
「こ、今年の生徒会は何かが違う。この子たち、何かやってのけるかも知れないぞ」
教師はこのことをすぐに同僚に知らせようと決心した。
呂布―――桃寧はテストが終わるまで鋭い眼光を放ち続けた。
テストが終わった。
テスト終了後も、教室で動く者は誰もいなかった。皆が死んだように机に突っ伏せ魂を抜かれたような顔をしていた。
「すいません。もうカンニングしません」
「許してください。許してください。許してください」
「紫嫌だ。紫嫌だ。紫嫌だ」
生徒たちは壊れた機械のように何かを呟いていた。
「……それでは次の時間もしっかりな。テストの結果が知りたい者は名牌カードの誤答チェックアプリで確認するように」
教師も疲れてくたくたになっていた。教師は教室を出て行く前に天月と桃寧の方を振り向いた。
「「……」」
二人の様子はおかしかった。まるで精魂尽き果てた抜け殻のようになっていた。
「カンニングを防ぐために燃え尽きたか……。すごいやつらだ」
教師は天月と桃寧に感心しながら教室を後にした。
天月と桃寧は呆然と天井を見た。まるで死闘を終えた武将のような姿だった。他の生徒らは二人に話しかけることすらできなかった。彼らができることはただ一つ。
鬼神に殺されずに済んだことに対する感謝のみだ―――。
伝説がある。
天下無双。人中の呂布、馬中の赤兎。その昔、中国を駆け抜け多くの人々を震え上がらせた伝説の武将。そしてその伝説は今、ここ三学に受け継がれた。
「紫の鬼神」という新たな伝説が誕生した瞬間だった―――。
古人曰く。龍の囁きに唆され不正腐敗に手を染める者よ、気をつけよ。紫の鬼神がお前たちの首を斬りに来るだろう。
古人曰く。紫の鬼神の目はいかなる不正も逃さずお前たちを裁くだろう。ゆえに気をつけよ。その後ろに常に紫の鬼神がいることを忘れることなかれ。
―――そして。
「桃寧」
「うん?」
「一応聞くが何門正解した?」
「……25問中9問。あんたは?」
「7問」
「……」
「……」
「……やっぱりカンニングなんてしようとしたのが間違いだったんだわ。ううう」
「……何も言うな」
天月は泣いた。桃寧も泣いた。
MISSION FAILED
「馬鹿ですか? 馬鹿しかいないんですか? ひょっとして私の過大評価だったんですか? 今までの呂布と同レベルなのですか? 脳みそが煮詰まり過ぎて狂っちゃったんですか? 焼いて食べてあげましょうか?」
赤兎の毒舌がパワーアップした。
成果を試すように笑顔で罵倒する赤兎の姿に、桃寧が「クリティカル!」と叫んだのは言うまでもない。




