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第2話 極楽生徒会

 私立三緑高等学校―――三学の生徒会室は在野エリア内にある。

 人がなかなか足を踏み入れない在野別館の三階。この学校の生徒会室は、まるで時を忘れたようにカビ臭い埃と蜘蛛の巣に覆われている。


 しかし、そんな雰囲気とは違って生徒会室の中はかなり賑やかだった。ここにも女、あそこにも女。目を奪われるほどの美少女たちが、一人の男に寄り添い思い切り愛嬌を振りまいていた。


「さあ、会長さん。これ食べてみて。あ〜ん」


 一人の少女が体を傾けて、たまご焼きを男の口に運んだ。

 あらかじめボタンを外しておいた襟元の間に、豊かな胸の谷間が見えた。ちらりと覗いている下着はセクシーな黒だ。男はたまご焼きを頬ばりながら、ちらちらと胸の谷間を横目で見た。ちらちら見る振りをしているが、決して目は離さない。


「いや〜ん、会長さんのエッチ♡」


 少女はぶりっ子をしながら自分の胸を手で覆った。その動作一つ一つが男を誘惑するために鍛錬された技術だ。今度は別の少女が机の上に上がり、脚を組んだ。学校で指定されている長さよりもはるかに短いスカートの下に、ボリュームのある太ももが露わになった。


「さあ、会長? こっちも食べてみて? そのたまご焼きよりこっちのほうが美味しいんだから」


 少女はウィンナーソーセージを男に差し出した。だが男の視線はウィンナーソーセージより少女の脚に釘付けになっていた。その視線に気づいた少女は意味深な笑みを浮かべた。


「あら? どこ見てるの? 生徒会長がそんないやらし〜い目をするなんて、他の生徒の模範になれないわよ? さあ、早くウィンナーソーセージを召し上がれ。お〜いし〜いウィンナーソーセージですよ〜」


 後宮に囲まれた皇帝そのものだった。他の男ならこのような状況では戸惑ったり恥ずかしがるだろう。しかしこの男にはそんな態度は見られない。


「会長さ〜ん、こっちも見て〜。ほら、あ〜ん」

「会長~、こっちも〜」


 彼の名は天月太郎。この学校の生徒会長だ。ハーレムさながらに女をはべらせているが、一応生徒会長だ。醜いほど鼻息を荒くしているが、とにかく生徒会長なのだ。


「美味しいでしょ? 会長さんのために朝から作ったのよ」


 少女らは愛嬌を振りまきながら体をくねらせた。ところがそうしている最中、少女の視線は何かを狙うように鋭く光った。


「だから会長さん〜? 私 の話を聞いてくれるわよねぇ?」


 一人の少女が天月に密着しながら耳がとろけそうな甘い声で囁いた。


「あっ! ずるい。私が先よ。私の話から聞いてくださいな~」


 今度は他の少女が天月にぴたりとくっついた。


「ああ、これは困ったぞ。あは。あはは」


 言葉とは裏腹にこの人間の唇は始終にやついていた。


 バーン―――!!


 生徒会室の扉が埃を巻き上げながら大きな音を立てて開いた。勢い余って一瞬木の扉がミシッと不吉な音を立てて軋むほどだった。

 ―――開いた扉から鬼神が現れた。

 それは「鬼神」としか言い表しようのない姿だった。おどろおどろしく濃い紫のオーラを全身から漂わせている。髪の毛も濃い紫に染まり、妙でありながらも神秘的な雰囲気を醸し出していた。その姿は美しく、恐ろしい。

 鬼神が顔をゆっくりと上げながら玲瓏たる紫の瞳を少女たちに向けた。


「「「ひいっ!」」」


 天月にありったけの愛嬌を振りまいていた少女らが一斉に悲鳴をあげた。鬼神は無言で扉の外を指した。


「あ、あああ。き、きき、急に用事を思い出したわ!」

「お、おお、お弁当はここに置いとくから遠慮なく食べてね!」

「じ、じ、じゃあまた!」


 鬼神が指差すと同時に、少女たちは一人だけ残して一目散に生徒会室の外へと飛び出していった。


「ああっ。俺のハーレムが!」


 天月は少女たちに向かって手を差し伸べたが、時既に遅し。この古びた生徒会室に残ったのは、 天月と紫の鬼神だけだった。

 鬼神は天月に向かってゆっくりと歩み寄った。なぜか一歩一歩近付いてくるたびに床が揺れた。鬼神の怒りをそのまま表すように、髪の毛が正体不明の気をまといながらユラユラと揺れた。


「ハ―――レム―――?」


 怖い鬼神とは思えないほど澄んだ、細い声だった。しかしその中に潜んでいる気は、逆らう気すら起きないほど陰鬱としていた。


「太郎―――? 私がたまった仕事を片付けてる間に―――何してたの?」


 天月は鬼神をしばらく見ていたが、サラサラの髪の毛を手で触った。


「そうか。まあ強いて言うなら」

「言うなら?」

「女子に対する耐性をつけていたんだ。知っての通りこの学校の生徒会は魏・呉・蜀の良いカモじゃないか? 色仕掛けでやられるのは目に見えている! だから彼女らの下心にひっかかる振りをしつつ、簡単に誘惑に乗らないように訓練していたのさ」


 完璧な理論武装だ。―――天月は自画自賛した。天月の話を聞いて、鬼神の陰鬱な気配が少し薄れた。その時、赤い髪の小さな少女が駆け寄り、鬼神にぴったりとくっついた。


「騎手。お帰りなさい」


 中学校上がりたてくらいの歳に見える幼い女の子だ。

 赤い髪の少女は、中国の古代衣服になぞらえたようなだぶついた服を着ていたが、そのせいか鬼神よりも現実味のない、妙な雰囲気を醸し出していた。

 少女の無邪気な笑顔に、鬼神の陰鬱な雰囲気はほぼ完全に消え去った。髪の毛も紫からだんだんと黒に変わっていった。

 そして、天使のような笑顔で少女が言った。


「騎手。この男、完璧な理論武装だと思ってるみたいですよ。ウジ虫みたいな汚い口から吐き出すしょうもなくてウンコみたいな言葉で騎手の耳を惑わそうとするなんて。根性が腐りきって下水溝に溜まった男くさくてみっともなくてちんけで汚い考えだと思いませんか」


 表情とは違って吐き出す言葉は恐ろしいほど毒舌だった。鬼神さえも慌てた顔で少女を見た。


「せ、赤兎? ちょっと言い過ぎよ」

「はい……?」


 赤い髪の少女は、真珠のように輝く瞳をぱちくりさせながら首を傾げた。


「何がです?」


 笑顔で罵倒するという言葉がある。ただ、この少女は自分の発した言葉が罵声であると認識できていないようだ。

 天月は少女を見て汗を流した。彼は少女の罵声より他のことに驚いていた。


「おい… 赤兎、お前いつからここにいた?」

「あなたが女どもに囲まれて正気を失っている時からです。状況を小説のように説明するなら、『鬼神が指差すと同時に少女たちは一人だけ残して素早く生徒会室の外へと飛び出していった』というくだりの中で、一人だけというのが私のことを説明しています」

「……」


 背中に何かが滴り落ちた。ダラダラと流れる感覚がかなり不快だ。天月は、これが冷や汗の感触かと呟きながら格好をつけた。


「乳牛のように胸が大きな女の胸元をちらちら見たり、下着が見えるくらい破廉恥なスカート丈の女に夢中になって鼻息を荒くしてる姿も全部見ました」

「うおおっ!」


 紫、リターンズ。

 天月はいつの間にか側に来ていた鬼神に髪の毛を掴まれた。鬼神の手は天月の額を辛うじて隠せるほどとても小さい。ところがどうしたことか、その手で額を掴み持ち上げた瞬間、天月の体が自然と手の動きにつられて動いた。指先の握力だけで男を持ち上げられるくらいの怪力だ。


「ああ~あの桃寧? 痛い。ものすごく痛い。割れるようにい痛い。神経が悲鳴をあげるほど痛い。脳が、おいこら主人よ、こりゃ一体何事だ? と罵るくらい痛い。と、とりあえずちゃんと説明するから聞いてくれよ」

「―――大丈夫よ、太郎。全部わかってるわ」


 鬼神が天使のように笑った。


「太郎がたいそうな女好きな変態だということくらい知ってるわよ。伊達に10年以上幼馴染やってるわけじゃないのよ」

「そうか。素晴らしい理解力をもった幼馴染がいて俺は本当に幸せ者だ」


 天月が笑った。


「でもなんで手の力がさらに強くなるんだ?―――痛い。痛、イタタタタタ!」


 そして悲鳴をあげた。


「わかってるんだけど不思議ね? イライラが鎮まらないのよ。何かぐつぐつ煮えくり返るような感じあるじゃない? なぜかしら?」

「それを俺に聞いてどうするんだ?」

「ねえ、一発だけ殴っていい? 一発だけ。そうすればこのぐつぐつが治まりそうなの」


 鬼神は可愛く愛嬌を振りまくように言った。ただ、話の内容が恐すぎる。握力だけで人間の頭を捻り潰せそうな怪力だ。この鬼神の拳にやられでもしたら、色んな意味でおしまいだろう。


「言葉で! 言葉で話しあおう。俺たちは人間だ。知的な生命体らしく言葉で解決しようじゃないか!」


 天月の叫びに鬼神は目を瞬かせた。


「そうね、さすが太郎だわ。こんなにも簡単に私の苛立ちを鎮める方法を探すなんて」


鬼神は感嘆したようににっこりと笑った。


「言葉で言うわ。赤兎」

「どうしたんです? 騎手」


 赤い髪を揺らめかせなが少女が動くと、天月はこの世の終わりが近いことを予感した。


「散歩の時間よ♪」


 散歩という言葉を聞くと、少女の顔がぱっと明るくなった。鬼神は自分の名牌カードを取り出した。銀縁のカードが輝くのを見た瞬間、天月は息を呑んだ。


「おい! それは『言葉』で解決の意味がちが―――」


 止めようとしても遅かった。鬼神は自分の名牌カードを発動させた。


【名牌技 : 騎乗=馬中赤兎!】


 鬼神が唱え終わるが早いか、少女が赤い光に包まれた。

 その奇妙な光景を見た者は誰もが目を疑うだろう。少女の姿は跡形もなく消え去り、全身が赤い色の馬が立っていたのだから。


「どう?『言葉』で解決したわよ?」

「……偉そうに胸を張るな」


 天月は唇を尖らせて目の前の馬を見た。赤兎馬だ。赤兎馬は召喚されるや否や、首につながれた手綱を天月に括りつけた。


「……」


 馬は散歩を心待ちにしている子犬のような瞳で目を輝かせた。天月は顔を上げた。天井が見える。うつむいた。床が見える。これが最後の光景になるかも知れないと思い、深く胸に刻み込んだ。


「ヒヒーン―――」


 馬が走りだした。


「後で覚えとけよおおおおぉぉ―――!」


 天月は赤兎馬に引っ張られながら悲鳴と共に生徒会室の外へと消えていった。


「……。……一発殴ればよかったかしら?」


 苛立ちが鎮まらない鬼神はむすっとした表情で呟いた。


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