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04 仔猫から人間。




 どうしたものか。


 私はにゃやんで……いな、悩んでいた。


 ご主人様が寝室に来るまで起きていようと決めていたのに、いつしか眠りに落ちてしまったのだ。朝陽で目覚めても、寝室にご主人様の姿はない。

 作業しているのか、または作業部屋で寝てしまったのか。

 私はベッドから降りて、盛大に鳴いた。

 だってドアが閉まっているのだもの。


「みゃあ! みゃあ! みゃーあ!」


 ご主人様! 倒れてませんか!?

 生きてますか!? ご主人様ぁ!


 だんだん心配になって、ドアに前足をかける。これで引っ掻いたらご主人様に迷惑かけてしまうかな。


 ドアに体当たりでもするか?


 なんて作戦を練っていたら、ドアが開いてくれた。


「おはよう、ローサ」


 ちょっと三つ編みがほつれたご主人様がしゃがんでいる。


 生きてた!


 私は喜んで飛び付いた。受け止めてくれたご主人様の頬に、頬擦り。

 ちょっと疲れた声をしている。


「お腹空いたかい? 僕もだよ。ちょっと待ってね」


 はぁ、と重たいため息をついて、ご主人様はバスルームで身嗜みを整えては歯を磨いた。それから朝食だ。

 ちゃんとご主人様が食べたことを見た私は、ミルクを堪能させてもらった。

 それから、ご主人様を癒そうと頬擦り。


「ふふふ、さみしい思いをさせてしまってごめんね?」


 独りにされた分、甘えているだけだと思っているご主人様。

 それでも私は一生懸命、頬擦りをした。


 仔猫癒しパワーを受け止めて! ご主人様!


 リビングのテーブルに転がって構ってアピール。

 ご主人様は微笑みながら、コショコショしてきた。


 くすぐったいです、ご主人様。


 ジタバタしていれば、頬杖をやめたご主人様は、両手で私の耳の付け根をこねた。


 あふあ。そこ気持ちいいから、だめぇえ。


「気持ちがいいかい?」


 優しく声をかけるご主人様。


 ふあい……。


「にゃあん」

「気持ちいいんだね」


 そうです……ふわわわぁ。


 もう私のツボは心得たのか、いいところばかり撫でてくる。

 絶妙な力加減。気持ちよすぎる。

 そこで、ドンドン。昨日と同じノックの音が響く。

 私とご主人様の至極の時間は終わりのようだ。

 ご主人様が立ち上がって玄関に向かっていった。

 昨日同様に私はテーブルを飛び降りてから、追いかける。

 またうげってしてしまう香水の匂い。こそっと壁の陰に隠れて伺う。


「ご注文通りの魔導書になります」

「出来たか。ほれ」


 真新しい黄色い本を差し出すご主人様に、お金が入っているであろう袋を投げ渡した。それを受け取るご主人様が、何か言う前に扉を閉めてしまう。


 こっちがお代を確認する前にいなくなるなだし!


「はぁ……。ちゃんとある。向いてないのかなぁやっぱり」


 幸いお金はきっちり払ってくれたようだ。

 ため息をつくご主人様の足に擦り寄る。

 みゃあ、と鳴いて、小さな尻尾も絡ませた。


「魔法しか取り柄がないから、商売なんて不向きかな」


 スッと、ご主人様は片手で抱き上げてくれる。


 ええ? そんなことないよ。


 ご主人様は上手くやっている方だと私は思う。

 押しには弱そうだけれど、愛想はいいし十分な接客をしている。

 この世界の職業については全く知らないけれど、魔法しか取り柄がないならこのままでいいはず。


 向いているよ、ご主人様!


「みゃあー」

「慰めてくれるかい? そうだね、君のためにも働かなくちゃいけないよね」


 ふふふっと笑みを零して、ご主人様はリビングに戻った。

 すりすり。やんわりと頬擦りをしながら。


 わぁ。ご主人様の匂い。落ち着く。

 森の香りがするのは、何故だろうか。

 好きー。


 爪を立てないようにご主人様の顔に抱き付いた。


「甘えん坊さんだな、ローサは」


 ご主人様はクスリとして、私を引き剥がす。掌の上でひっくり返された状態になった私は、ジタバタした。四本足は、相変わらず小さい。

 またコショコショとお腹をくすぐられた。


 やぁあー。くすぐったい。


「ふぁあ……。僕は眠くなってきた……一緒に寝るかい?」


 首を傾げて見つめくるご主人様は、色気というものがある。


 はい! ぜひ!!


「みゃん!」

「なんて。君を潰してしまいかねないから、ベッドは別々で寝よう」

「……みゃあ……」


 期待させてそりゃないよ。


「あれ? 落ち込んでいるの? ほら、ちゅ」


 額にキスをするご主人様。

 私はきゃーと目元を前足で隠した。


「可愛い」


 そんな仕草に褒めてくれるご主人様は、きっとモテること間違いなし。

 そのうち恋人と暮らし始めてしまうのだろうか。

 考えると、嫉妬してしまう。


「ほら、おやすみ」


 私のカゴのベッドに下ろしてくれた。

 ご主人様はローブを脱ぐと、その服のまま横たわってしまう。

 すぐに寝息を立ててしまった。ご主人様は爆睡型らしく、一度眠りに落ちると自分で起きるまではそのままだ。

 私はベッドから床に飛び降りた。

 爪が床に当たる音が響いても、ご主人様は起きる気配がない。

 振り返ってはまた前を向いて、尻尾をふりふりと歩いていく。

 いつもは寝室のドアを閉じるのに、それすらも忘れて寝てしまうなんて、よっぽど疲れたのだろうか。私には好都合なので、くぐり抜けた。


 ご主人様はゆっくり眠っていて!


 作業部屋もドアが、僅かに開いていた。私はドアを頭で押し開けようとしたのだけれど、それは出来ない。重すぎだ。

 でも僅かな隙間に、するりと入れた。最初からこうすればよかった。


 猫だもんね。私。


 前回同様に私は椅子をジャンプして、机に登った。


 さーて。どこだろうか。

 変身する魔法は。


 見付けたところで、私が使えるかどうかはわからない。

 でも何もしないよりは、ちょっと努力をしてみたいのだ。

 そして、きっと魔法は使えるという根拠のない自信が、私の小さな身体にはあった。

 だからワクワクとした高揚感も抱いている。


 うん、ご主人様をお手伝いすることが前提だから、変身魔法を探す。


 なんだか火を吹く魔法だとか空を舞う魔法だとか惹かれるものがあるが、優先すべきは変身の魔法だ。

 幻影を見せる魔法の次のページに、それはあった。


 変身の魔法!


 何何。


 他種族に変身する魔法。この魔法は心の中で唱えることでも、行使可能。


 やったね!


 ぽむっと、肉球で本を叩く。


 魔法が使えるし、ご主人様のお役に立てる!

 一石二鳥! にゃにゃん!


 喜びのダンスをしたいところだけれど、それは魔法を成功させてからにしよう。

 私はじっと文字を目で追った。もう一度先頭に戻って私は読んだ。

 心の中で、読めるけれどチンプンカンプンの文字の列。アブラカタブラと同じかな。

 読んで思った。もっと念じた方がいいのかな。

 人間に変身と思い浮かべてはいるけれども、漠然としたイメージだ。

 それに魔力を込める意識とか全くしていなかった。

 でも変化を感じる。急に寒くなってぶるっと震えた。

 ぶくんと大きくなっている。視界に映る本が少し小さく見えた。

 手を見れば、真っ赤なうぶ毛じゃない。

 人間の肌色。ちょっと色白い。

 しかし目を疑う。その手が赤子の手だ。

 見えるところは全部見たがどう見ても赤子だ。


 私は赤ちゃんだ!


 仔猫が人間の姿になったら、そりゃ赤ちゃんだろうね!

 これじゃあご主人様の役に立てないじゃないか!


 つい癖でジタバタ暴れると、後ろにひっくり返った。

 後ろには何もない。だから落ちた。浮遊感。

 でも床に叩き付けられる直前、ぐるりと回って手足で着地。

 床についた手には、鋭利そうな爪が生えていた。

 お尻の方に、尻尾の感覚もある。


 んん?


 まさかと思い、座り込んで頭に触れてみた。

 耳があったから、ギョッとしてしまう。


 猫耳が頭に生えている!


 尻尾もあって、それを頼りに二本足で立った。


 すっぽんぽんで猫耳尻尾付きとは何事だ!


 けしからん。早く仔猫の姿に戻ろう。

 そう思った時だ。

 間一髪だった。仔猫の姿に戻った瞬間に、ご主人様が部屋に入ってきた。


 すっぽんぽんを見られずに済んだー!

 でもなんで戻ったんだ?


 本をちゃんと読まなかった。


「またここで何をしているんだい? ローサ」

「みゃ、みゃあ」

「もう、魔法に興味深々かい? 嬉しいけれども、あまり僕を心配させないでおくれ」


 本を閉じて、ご主人様は私を抱えた。

 そしてリビングに行く。

 干している草を手にすると、それを煎じて飲む。


 紅茶かな。匂いは、お茶っぽい。


 私が前足を上げてカップの中を覗こうとすれば。


「熱いよ、危ない。これはお茶だよ。魔力の回復を促す薬草のものなんだ。魔力を高める効果もあるから、魔法使いはよく飲むんだよ」

「みゃー」


 そうなんだ。

 あ、もしかして、魔力切れで仔猫の姿に戻ったのだろうか。


 そうに違いない。


 むむむ。ちょっと成長しても魔力が少なくて人間の姿を保てないなら、ご主人様の役に立てないじゃないか。

 よし! 私も飲もう!


「みゃあ」

「え? 君も飲みたいのかい? 猫が飲んでも大丈夫なお茶だったかな……んー」

「みゃあ」


 秘技! 仔猫の上目遣い!


 黒目を真ん丸に見開いた仔猫の目で、ご主人様もメロメロに違いない。


「じゃあ一口だけだよ」


 添えた前足をそっと退かすと、小指をカップの中に入れた。

 その小指を差し出されたので、ペロリと舐める。


 苦い!


 ずっとミルクを飲んでいた私の舌には、苦すぎて身震いした。


「口に合わないだろう?」

「み、みゃあ」


 それでも飲もうと、前足でおねだりする。


 良薬は口に逃がしというしね。


「欲しいのかい? 変な子だね」


 クスクスッとして、ご主人様はまた小指で与えてくれる。

 私は苦さに、また身震いをしたのだった。



 

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